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嵐の前 4


少し時間が戻って、ここは紅椿一家の組事務所。

まさか玲が待ちうけているとは知らない洋一が、ウキウキとビルの階段を降りるのをみて、シンがすぐに追いかけるべく動き出そうとした時、おもわぬ人物から呼び止められてしまった。


「おう冴島。ちょっとこっち来てくれ」

やたらと重圧感にあふれる野太い声を背中に投げかけられて、胆の据わっているはずのシンが、斬りつけられたようにビクッとする。

振り返るまでもなく、声をかけてきたのは相談役の雄五郎であった。

早く追いかけなければと、内心あせる気持ちを毛ほども見せず、慇懃に礼をして近づいてゆく。


「二代目の部屋までつきあってくれや」

そういって歩き出した背中に付いてゆきながらも、彼はその執事的カンを働かせて、何か嫌な気配を感じ取った。


「お前、最近一人でよく動いてるみたいだが、いったい何やってんだ?」

応接用ソファにどかりと腰をすえ雄五郎はそう尋ねると、首を傾けてシンの顔を見上げた。


直立不動でその三白眼の圧力に耐えながらこたえる。

「二代目の言いつけで、フロントにできそうな商売と物件をあたってます」


嘘ではなかった。

洋一はヤクザとしてはとても使えないシンのことをあんじて、せめて組員籍から名前を消して、資金を自分が出してまっとうな会社をやらせる----- フロント・つまり企業舎弟 -----つもりで、彼に準備するように言いつけていた。

もちろんこの話は組内にも流してあり、相談役である雄五郎も耳にしているはずだった。


----- カマをかけられている。何かを疑ってるな、この男は

瞬時で兄貴の忠実な番犬モードに入ったシンは、雄五郎のことをすでに上司とは見ていない。

こうなるとこの男は、普段の慎み深い遠慮というものが嘘のように消えてしまい、表面上はおだやかだが内面では極めて好戦的で疑り深い人物に変身してしまう。


そう、シンは己が兄貴のことでのみ、ヤクザになるのだ。


「何かそのことで支障でもおありですか、相談役」

「いや、別にねェよ。 ここんとこ二代目の動きが妙につかめなくってな。それでなんかやってんじゃねえかとおもって聞いとこうって腹よ。仮にも俺は目付けだからな。 で、冴島。他には何も言いつかってねえんだな?」

「いえ、ございません。失礼ですが二代目はまだ組長修行中ですので、これといった仕事もございませんし。ですから女のところを渡り歩いておられると思います」


洋一の悪口を口にして、ズキリと胸が痛んだが、ここでこの面倒な男に目をつけられるのをさけるために、しかたなくそういって雄五郎を見た。


わずかだが、目の前の男が息を吐きだしたのを見逃さなかった。

そして表情と照らし合わせて出た答えは、落胆と決意。


「ま、今のとこはそれもしかたねえだろ。お前もお守りは大変だろうが、気入れてやってくれや。なんか困ったことがあったら俺に言ってくれ」

表面上は自分をいたわっているようなその言葉に、シンも儀礼的に礼を言う。


「話はそれだけだ。引き止めて悪かったな」

そういって雄五郎は立ち上がると、大股な足取りで扉へとむかった。

ドアを開ける前に一度立ち止ると、振り向かずに背後で見送るシンいった。


「冴島。 おめェが俺を見る眼・・・・・・まるで仇みてえだぜ。気をつけな」

びくっとしたシンを見もせず、雄五郎は部屋を出て行った。


絶対に気づかれていないと思っていた自信が音をたてて崩れてゆき、洋一のデスクに手をついてうつむく。

無意識に手をやった額に、汗が浮き出ているのを感じておどろく。


----- もっと気をつけて対応しないといけない、あの男には。 しかし「今のところは」とはどういう意味なんだ?正式に組長に就任するまでは、ということじゃなかった気がする。何かあるのだろうか?

見破られた驚きを上回る不安が胸中に生まれ、考え込んでしまう。

しかし情報量の少ない今、その答えは見つかるはずもない。


-----  兄貴の女装に気を取られているうちに、何か組内で事が始まっているのかもしれない。もっと俺が気をつけなくては

次に打つ手を考えながら、シンは女装ルームへとむかった洋一の元へ行くために、部屋を出ていった。







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