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嵐の前 3

洋一と玲が待ち合わせの場所であるアーケード西口に着くと、もう真紀がそこにきて立っていた。

少し短めの黒髪をして、チェックのシャツにデニムという、普通の男の子の姿だ。


「真紀くーん!」

うれしそうに手を振って駆け寄ってくる彼女に、真紀は自分も笑顔をみせたが、すぐ後ろにいる洋一の姿を見つけて顔をこわばらせる。

玲はその変化にすばやく気づくと、短く耳打ちした。


「これ凛花だから。ヤクザだけど大丈夫、あたしがちゃんと管理してるからね」

うふふと笑うその顔をみながら、真紀は「ヤクザ」という言葉に口をゆがめた。


「ほんとに平気だってば。ほら、こわくないし、これ」

ヤクザを物扱いして腕を組んでくる玲をあわてて振り払う洋一の姿をじっと見つめながら、『本当にこれが昨夜の綺麗なお姉さんなのか!?』と疑ったが、自分を助けてくれた彼女を信用して、歩きはじめた二人についていく。

ただその足取りはまだビクビクとしていたが。


だがマンションに着いて女装ルームへと足を踏み入れた途端に、真紀の心配は吹き飛んでしまった。


「わぁーっ、すごい・・・・・・」

感想が言葉にならない。

自分の持っている物とは数も種類も質もまるで違う、「凛コレクション」を目の当たりにしてしまったのだから無理はない。


見ているうちに段々と目と仕草が女性化してきた真紀を見て、玲がおかしそうに笑う。


今は己の所有物となっているコレクションを誉められ、洋一も満更でもなさそうな顔になると、ソファに腰を下ろして煙草を取り出そうとした。

その時、緋色の絹織りに菖蒲柄という、ド派手な和服を着込んだ綾乃が部屋に飛び込んできた。


彼女は場違いな若い男がいたので一瞬、おやっという目をしたが、すぐにきりっとした表情になって洋一の方へ駆け寄る。


「洋ちゃん。ちゃんと新しいコンセプトを考えてきました。わたしが思うに、やっぱりちゃんとした豪華なドレスを仕立ててヨーロッパの世紀末風でいきましょ。 ほら、こんな感じで」

そういって綾乃がバッグから取り出して見せたのは、どう見ても「ベル薔薇」の漫画本だった。


「・・・・・・綾乃。宝塚じゃねぇんだそ」

「いいじゃないの。天女なんかよりよほどちゃんとした設定よ」


そのセリフを耳にした玲の目が、コブラを前にしたマングースのように戦闘的な光を帯びる。


「ごめーん綾乃さん。もう天女活動はきのうから始まっちゃってるのー。ちょっとおそかったね、あははっ」

あははとか言いながら、まったく目は笑ってなどいない。

しかもどう聴いても、その口調には嘲りの要素が多分に含まれていた。


しばらく綾乃は玲を睨んでいたが、やがてその目が洋一に移される。


「ちょっと洋ちゃん。 これはどういうことかしら?」


『あれだけ釘を刺しておいたのに、それを破ってどうなるかわかってるんでしょうね?』

と、その怒りの瞳は語っていた。

正確にそれを読み取った洋一が、答えに窮して目を泳がせる。


突然勃発した争いに巻き込まれた真紀は、おどおどしながら三人を交互に見ていたが、危険を感じてきたので逃げ出そうとした。


「あのぉ・・・・お忙しそうなんで、また今度にします」

少しづつ玄関の方へと移動しながらそういった言葉に、綾乃が反応した。


「あら、あたしがいないうちになんか悪だくみでもしてたのかしらねぇ」

「ちがうってば! 真紀くんはあたしたちの仲間になったのっ。それにこの子はこのおじさんの女装の師匠なのよ!」


考えつく限り最悪の紹介をされた真紀が固まり、「おいおい、いつからチームになったんだよ」と洋一は突っ込んだが、目の前の二人は聞いていない。


やがて綾乃のトゲを含んだ薔薇の目が真紀の方をむいた。

おもわずビクッと震えてうつむく姿を彼女は見ていたが、尖っていたその目が急に緩んだ。

そしてするすると彼の目の前までいくと、品定めをするように上から下まで遠慮の無い視線を這わせる。

真紀が身体をまさぐられるような居心地の悪さに耐えていると、突然ふわりと抱き寄せられてぎょっとした。


「それじゃあ、あたしはこの子をいただきます。そして洋ちゃんなんかに負けない立派な女の子にしてみせるわ!」

あまりな展開にさすがの玲もついてゆけず、唖然とした顔をする。


----- こ、こいつ。別に俺にこだわってたんじゃなくて、自分で好きなように女装させれる奴がほしかっただけかっ!

さすがに付き合いの長い洋一は、すぐに彼女の真意を悟って憮然とした表情になる。


いきなり凛花をも軽く越える無敵の美貌を誇る女人に抱きしめられ、あまつさえそのふくよかな胸に身体を埋められて、真紀はむせ返るいい香りにクラクラしながらもわけがわからずに混乱した。


「よく見ると可愛い顔立ちだし、洋ちゃんより素質ありそうねぇ」

綾乃は艶然と微笑むと、しなやかな指でつるりと捕まえている少年の顔を撫でた。

「あ・・・・・・」

いけない喘ぎが真紀の口から漏れて、洋一と玲がぎょっとする。

その声に、綾乃がちろりと赤い舌を出して唇を舐めた。


「あらあらまぁまぁ、可愛い声で鳴くのねぇ、ボーヤ。 そうだわ!お化粧が終わったら別の事も教えてあげましょうね」

彼女の言葉に己のプライドをいたく刺激された二代目が立ちあがって咆える。


「てめぇ綾乃! 俺の目の前でよくもそんなことを」

だが、彼は最後まで言い終えることができない。壮絶な色香をまとった女帝の眼が自分を射抜いたのだ。

そのある種の欲望をはらむ捕食獣の瞳を見て、ぞくりと背筋に寒気が走る。


----- え、もしかしてこいつ、ちょいヤバい趣味!?


どうやらこの綾乃、両刀使いの気があるらしい。

今や彼女に捕獲されてしまった真紀が、子羊のように震えている。


もう何がなんだかわからないまま、緊張の水位がひたひたと高まる。

その最中、とつぜん玲のケータイが大音量で鳴りはじめた。


ダッダダダダッ ダダダッ ダダダダダダダダダ♪ じぃ~んせーい らくありゃ くぅ~もあるさぁ~♪


予告なく流れ始めた特徴のありすぎる歌と声に、空へ昇る龍のように高まっていた険悪な気が一気に落ちて地を突き抜け、リオデジャネイロまで到達したと言う。


しかもその着うたは、北島三郎ヴァージョンであった。


別な意味でフリーズしてしまった三人を睨み

「なによ!水戸黄門の、さぶちゃんのどこが悪いってのよ」

と玲はぶつぶつ言っていたが、やがてパチンといい音を鳴らしてケータイを開くとボタンを押してでた。

それが合図だったように、三人はそれぞれの位置で座り込んでしまった。


「水戸黄門って・・・しかもさぶちゃんって・・・ おまえ俺よりヘンだぞ、それ」

ヤンキー座りでガリガリとボーズ頭を掻きまわしてぼやく洋一の耳に、はしゃいだ玲の声が入ってくる。


「わぁ、レイラさんおひさ!なんか病気ってきいてたけど大丈夫なの?・・・え、そなの?へぇ~いろいろ大変だったんだね」


玲を睨んでいた目をふと綾乃の方へむけると、彼女はまだ真紀の身体を抱えたまま、はんなりと横座りしている。

もがくこともできないあわれな少年の、首筋あたりを無意識にそっと撫でている仕草が、恐ろしいほど倒錯的だった。


「えぇ!? こっちに来るのレイラさん! え、なんで?え、マジで? えっえっ、それでそれで?」

洋一はやたらと「え」と「?」が混じる会話を聞きながら、ぶっちょう面で煙草をくわえると火をつけた。

ふぅーっと紫煙を天井へと吹き上げながら、「さて、これからどうしようか」と考える。


綾乃のことはなんだか気にさわるが、別れる切れるという話ではないのでこのまま成り行きにまかせることにして、今日はここで解散しよう。

・・・・・・とみせかけて後で戻って、今度こそ一人で思う存分女装を楽しもうと決めると、三人にバレないようにほくそ笑んだ。

その時、耳が痛くなるほど元気のいい叫びが鼓膜を刺し、おもわず煙草の煙を飲み込んでしまった。


「わかったレイラさん!このあたしにまかせといてよっ。 ううん、迷惑だなんてぜんぜん思ってないよ。・・・・・・たまりにたまったそのうっぷんを、晴らしてやるのがあたしらの商売!さぁ泣くのはよしにして、どーんとまかせて!」


玲の仕事人口調を聞いた洋一の口が、イーッと横に大きく伸びた。

----- まずい! こいつがこのしゃべりをしたってことは、とんでもない事が起きる!

まだ火のついていた煙草を灰皿に投げ捨てると、脱兎のごとく逃げ出そうとした。

だがそれより早く、高そうなダークスーツの襟元がしっかと掴まれる。

引き離そうとしても、藻のように絡み付いて放れない。


「うんうん! じゃあ詳細決まったらまた電話するね。レイラさんもそれまでおとなしくしてて、じゃ!」


ピッと切ったケータイを片手に、女子高生はニヤッと気味悪い笑みを口の端に浮かべた。

「送ってもいいの?神戸に・・・・・・」


その言葉で、あの女形役者に三味線の弦を弾かれた悪人のように、がくりと二代目の首が落ちる。


泣くのがいやなら さぁ~あ~る~け~ぇぇぇ♪


でかい鼻の穴から抜ける歌声が、耳に聞こえてきた気がした。







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