嵐の前 1
結局その夜は、真紀の部屋で女装お散歩・・・・・・いや、玲の言う天女活動は終わった。
詳しい話は次の夜に凛花の女装ルームで聞くことにして、三人は解散すると、それぞれの場所に帰って眠りについた。
翌日。
いつものように夕方に事務所へと行き、一時間ほどヒマをつぶしてからそこを出た洋一は、夕日に照らされたビルの前で大きく伸びをした。
「おつかれさんしたッ、二代目!」 「お疲れさんッス!」
男臭さMAXの声に見送られながら、煙草を口にくわえて「さぁ、女装ルームへいくか」と微笑んでいたら、
「りーんーかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
という明るくでっかい声がして、ブッと煙草を吹き出した。
声がした方にさっと目をむけると、女子高の制服である紺のブレザー姿の玲が、満面の笑顔で手を振ってこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
洋一はすばやく背を向けたが、むこうの足の方が早かった。
二代目の手をとり、子犬のようにまとわりつく女子高生を見た見送りの組員たちは、その光景に度肝を抜かれて、それぞれの表情で固まった。
とりあえず逃げるしかないと判断した洋一は、自分にじゃれついている玲を引きずりながら、早足で組事務所を後にした。
唖然としていた男たちの一人、中堅組員の狂介は思った。
-----二代目ってなんでもアリなんだな・・・・・・ いいなぁ
別な意味でそれは的中していたのだが、狂介にわかるはずもなく、仲間といっしょに夕日の中で立ち尽くすのであった。
事務所が見えなくなった地点で、洋一は玲の頭をわきの下に抱え込むと、小声で叫んだ。
「てめェ、絶対わざとやってんだろ、あァ? 秘密守る気なんか全然ないんだろ? 俺を破滅さす気かこのやろう!」
楽しくまとわりついていた玲は、手を放すとプンッと横をむく。
「だーいじょうぶだって! ちゃんと凛花って呼んだし。わかんないってばぁ」
「おまえが俺に引っついてきた時点でおかしいんだよっ。 てかなんで組まで追っかけてきてんだ!」
「あぁ、真紀くんいっしょに迎えにいこうかと思って」
この娘の妙にズレたフレンドリー感覚についてゆけず、洋一は頭を抱え込んだ。
そんな二代目の姿を、玲は不思議そうな顔をして見ている。
「・・・・・・あのなぁ。 ちっとは俺の立場っての考えてくれよ・・・・・・」
力なくつぶやいたが、やがてあきらめた。
----- こいつは悪気なく人をドツボに落としてしまう天然小悪魔だ。・・・・・・おまけにちょっとマッドも入ってる。 へたにいらねえこと言えば、ますますこいつの罠にはまるだけだ
己の超弩級の変態ぶりを、成層圏の彼方まで吹っ飛ばしてのあまりな評価だったが、あながち間違っていないのが恐ろしい。
当の玲はといえば、もう先ほどのことなどすっかり忘れて、にこやかに笑いながら歩いている。
なるべく離れてその後ろをついてゆきながら、洋一はどうすればこの娘が持ってくる厄災から逃れることができるのかを真剣に考えるのだった。