真紀 3
「でもさっきは助けてくれてありがとうございました。最近あいつらのやってくることが段々ひどくなってきてたんで・・・・・・ ほんとはさっきもすごく恐かったんです」
真紀はわざわざテーブルから離れると、深々と二人に頭を下げた。
「段々とって、どんな風に?」
「あの・・・・ ちょっと女の子の前では言えないような・・・・・・」
言いよどんでまたうつむく。
恥ずかしがっているのかと思っていたら、肩が震えていることに気がついて近寄ってみると、真紀は泣いていた。
「見つかったらひどいことされるのはわかってたんです。でも、どうしてもこの格好で出歩くのをやめられなくって。もう最近はこのままどっかに飛び込んじゃおうかって・・・・・・」
「ちょっと待ったっ! そんなにひどいことされてるわけ?」
辛さなのか羞恥心なのかわからないが、真紀はポトポトと涙をこぼすだけで、いじめの内容はいってくれない。
玲はさっと凛花のそばにすべると、耳にささやいた。
「凛花、あんた聞いたげなさい。 ほら、あんたおとこ・・・・・・」
ばっと凛花が玲の口をふさぐ。
そして彼女の身体を抱え込んで玄関まで連れてゆくと、目を吊り上げて怒った。
「バッカ!おまえ口軽すぎだってっ。いま言いそうになったろ?」
口調がすっかり元に戻っている。
「うるさい! てか今のあんたのしゃべり方でモロバレじゃん」
つい正体を明かしそうになったことは棚に上げて、玲は逆ギレしてプンッと横をむく。
----- こ、こいつ・・・・ 身内ならエンコの一本も飛ばしてるとこだぞっ。 絶対にこいつは俺の味方じゃない!
ワナワナしながらこっちを睨んでいる姿を見て、少しバツが悪くなったのか、玲はあわてて話を元に戻した。
「それよりちゃんと話聞いてあげなきゃかわいそうでしょ?あたしじゃ言えないっていうんだから、あんたしかいないじゃん」
「聞く必要ないって。だいたいわかっから」
「えっ」
おどろいた玲から顔をそむけると、嫌そうに言葉を吐き出した。
「ほら、あれだよ。性的ないやがらせっての?服を脱がすとかそんなの・・・・・・」
「・・・・・・」
「いるんだよ、そういう性根の腐ったガキがさ」
本当はもっと酷いことをされているんだろうと見当がついたが、玲に遠慮してソフトに作り変えて話したのだ。
それでも彼女はショックを受けたようで、目を見開いて固まってしまった。
やがて見ている目の前で、玲の頬に涙が伝った。
「ひどい・・・・・・それはひどいわ」
それを見て凛花⇒洋一は舌打ちすると、「だから言いたくなかったんだよ」と苦い顔でつぶやく。
だがいつまでもそうして涙を流している玲の姿を見て、いつものエセフェミニンがよみがえったらしく、ガリガリとウイッグを黒い爪先でかき回しながら奇怪な声をあげた。
「わかったよ! なんとかしてやりゃいいんだろ? やるよ、やりますわよ、オホホホホッ!」
やけくそで甲高くわめく言葉を聞いて、玲の瞳に力が戻る。
そして凛花の腕をつかんで揺さぶった。
「ほんと?」
「うん。 まぁ他人事とも思えないし」
「さすが凛花!」
そう叫んで笑顔でハグしてきた玲を引き剥がしながら、ふと嫌な考えが頭をよぎる。
----- 実はさっきの涙も仕掛け・・・・・・ってことはないよね!?
しかしこの娘ならやりかねない罠だとも思ってしまう。
その戸惑いこそ、玲のことをイマイチ信用しきれていない証であった。
少々早まったかなとも思ったが、大学生の一人ぐらいにバレても、いざとなればなんとでもできると考え直して、玲と二人でまだ泣いている真紀のところへ戻った。
「少年。 ほら、泣くなよっ。俺がなんとかしてやっから」
突然聞こえてきた男の声におどろいて、真紀が泣くのをやめてきょとんとした顔で見上げる。
「え・・・男の・・・人?」
こくりとうなづいたのを見て、ポカンと口をあけた。
「気がつかなかったです・・・・きれいな女の人だと思ってました」
「そう? ありがとっ」
今度はちゃんと洋一⇒凛花に戻って、妖艶な笑みを浮かべて笑ってやる。
まだ目を白黒させている真紀の前で、仁王立ちになって腰に手を当てた玲が叫ぶ。
「真紀くん、あたしたちにまかせといて! 世のため地のため人のため、街の悪党はこの戦闘天女が許しておかぬっ。さぁ凛花、あんたの出番よ!」
「・・・・・・だから時代劇入り過ぎだって、それ」
だが今回も凛花=洋一のぼやきは、やはり玲の耳には届かなかったのであった。