真紀 2
だが後ろ隠れて見ていたシンだけは、その異変を正確に察知していた。
凛花が男たちにむかって走り出した瞬間から、その姿に恐るべき殺気を感じていたのだ。
それはヤクザとしての洋一の時にも無い殺気。
理由まではわからなかったが、シンは危険を感じて、いつでも止められるように構えていたのだ。
----- 凛花さんになっている時の兄貴には、なにか負の変化がある
玲に止められてすぐに攻撃をやめたことにほっとしながら、変化の意味を解こうとしたがわからなかった。
しかし胸に刻んで忘れないことにした。
その変化が、洋一の身に何か良くないことを起こしそうな予感がしたからだった。
シンが物陰でそうやって考え込んでいると、女装子らしき少年を先頭にして、凛花と玲が動き出すのが見えた。
思考をそこで中断して、ふたたび追跡を開始する。
三人はアーケードをそれて裏通りへと入ってゆく。
どうやら少年を保護して家まで送り届けてやるように見えた。
とりあえず急な出来事は起こりそうにない、そう判断して、ほっと緊張をといた。
彼らの後を追いながら、今のうちにもう一度さっきの洋一⇒凛花の異変のことを考えてみることにする。
あの時の凛花から放たれていた殺気は、「半ば本気だった」そうシンは思う。
洋一の付き人になってから、ずっと彼のことを観察しているが、さっきみたいな危険なものは、まだ一度たりとも感じたことはない。
組長代行という立場の人間なので、直接自分で手を下すことなどありはしないが、やはりヤクザであるから、怒気を発することはよくある。
シンはその執事的な洞察力で、他人のあらゆる感情を察知し、そして見分けることができたが、そのカンをもってしても、今までの洋一からあのように剥き出しに近い殺気など感じたことはなかった。
しかもそれを発した対象は、別に恨み重なる奴とかでもない。
殺気も気になっていたが、シンはこちらの方がもっと問題だと思った。
どう表現したらいいのかわからないが、それは制御の効かないとても危ういものに思えてしかたがなかったのだ。
----- どうも気になってしかたがない・・・・・ 後で玲にもあの時の凛花さんの様子を詳しく聞いてみよう
そう考えて、前を行く三人にまた意識を向け直した。
アーケードのある繁華街より少し北の方角。小高い丘を越えて下った辺り。
大学や大きな病院が立ち並ぶ区画の中に少年のアパートはあった。
その二階にある彼の部屋に玲と凛花はいた。
別に招かれたわけではなく、女装子という者に興味をもった玲の記者スキルがまた発動して、半ば押しかけ気味に乗り込んでしまったのである。
しかしそこは彼女の期待していた、ズラリと女物の服が並ぶ魅惑の部屋ではなく、男にしてはきれいに整頓された普通の一人暮らしの部屋で、少しがっかりとしてしまう。
まぁ落胆の理由は、凛花の女装ルームを初めに見てしまっている、というのが大きかったのだが。
女装子さんは自分のことを、雅野 真紀と名乗った。
「名前まで女の子みたいね」
玲の口から率直な言葉が音速で飛び出し、となりに座っていた凛花が彼女のわき腹を肘でつっつく。
「はい。 そうなんですけど、それ以外でも僕は小さい時から女の子っぽくて・・・・・・ それでよくいじめられてました」
丸いガラステーブルをはさんで座る二人の前で、正座して話し始めた真紀は、そういって少しうつむいた。
「女の子の服や持ち物が気になったりと、僕も前からヘンだなって自分で感じてたんです。それが大学に入って一人暮らしをするようになって、その思いが段々と我慢できなくなってきて」
「で、ついにやっちゃったと」
真紀の言葉を引き取って玲はそういうと、ふーんとあらためて目の前の男をながめた。
身長ギリギリ160cmの自分と同じくらいの、小柄で細い体型をしている。
メイクで本当の顔はよくわからないが、キリッとしているとか男らしいとかではなく、優しいユニセックスな顔立ちなのだろうと思う。
着ている服やかぶっているウィッグは、凛花が身に付けている物と比べたら、全然お話にならないくらい安物に見えた。
----- まっ、凛花は特別なヘンタイだもん、比べちゃこの子がかわいそうだわ
じろっと横目で玲が自分を見たので、凛花は居心地悪そうにモジモジとする。
「はじめは部屋の中で一人で楽しんでいただけだったんですが、そのうちにどうしてもこの姿で外を歩いてみたくなって・・・・・ それで思い切って外出したときにあいつらに見られてしまって・・・・・・それから会うたびにいじめられるようになったんです」
とつとつと語る真紀の話を聞きながら玲は、ほぼ同じ経過をたどって女装化した凛花の方にまた目をむける。
------ この真紀って子には同情するけど、なんで凛花にはそういう感情がまったく湧かないのかな、あたし
それは凛花に変化していない時、すなわち元の洋一に、「可愛げ」とか「か弱さ」とかがまったく無いのがそう思う理由だったが、ヤクザの二代目を一時的に支配下に置いているこの女子高生は気づくはずが無い。