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シン

「おはようございます!」

「ごくろうさんっス!」


事務所にはいると、ドスの効いた声や妙に甲高い声の合唱が洋一を迎えた。

無言で挨拶を受けながら、個室となっている自分の執務室のドアを開けて中に入ると、どっかりとデスクに陣取った。


結局あのあと、ゴミ回収車の夕焼け小焼けのメロディが聞こえてくるまで、女装して遊んでしまった。

そしてベッドに倒れこんでさっきまで寝ていたのだが、身体がまだだるい。

一晩で五回戦連続でエッチしたようなけだるさである。

一日一回は事務所に顔を出す決まりなのでしかたなくやってきたが、すぐに帰るつもりだった。


一時間ほどここで時間をつぶしてから出ようと考えたところで、また恥骨の辺りがソワソワしはじめた。

うっと思わずうめき声が出て、洋一はあわてて口に手をやる。

----- 一晩だけって約束だったのに・・・・・ なんでまたあそこにいこうとしてるんだ、俺?

いったい誰にそんな約束事をしたというのだろう。

しかもこのセリフの40%ぐらいは、すでに女性化している。


洋一の額を脂汗がおおったとき、ドアがコンコンと控えめにノックされた。

瞬時に極道モードへと移行して、低い声で応える。

「おう、はいれ!」

「失礼します」

組事務所に似合わぬ上品な声がして、男がひとり入ってきた。


洋一の付き人兼ボディガードの見習い組員・冴島さえじま しんだった。


「兄貴、お茶をお持ちいたしました」

そういって冴島は、馥郁な香り漂うカップを、音も立てずに洋一の目の前に置いた。

「おっ、ありがとよ」

こう答えてカップに手をのばすと、綺麗な夕日の色をした液体を口にした。

----- うまい・・・・・・ やっぱシンの淹れてくれた紅茶は一味ちがう

目を閉じてそう洋一は思った。


シン。

二人だけの時、彼は冴島をそう呼ぶ。

そして冴島も洋一のことを「兄貴」と呼ぶ。

急いでまた断っておかねばならないが、この二人の間にその道の関係はない。

今までの洋一を見ているから「兄貴」という単語が妖しく聞こえてくるだけで、どちらもノーマルである。

いくら言ってもみんな自分のことを「二代目」と呼ぶし、そしていくら頼んでも今までの付き人は紅茶を旨く淹れてくれなかったが、シンは違う。

それに言葉遣いも丁寧で優しく、不必要に語尾のあたりに、ッとかスをつけないところも気に入っている。

つまり洋一にはピッタリなのだが、ヤクザにはまったく向いていない男。

それがシンだった。






ちらっと横目で見ると、シンはお盆を小脇にかかえ、執事のように謹厳な表情で、洋一の邪魔にならない位置に立っている。

そこは、彼が何かを言いつけようとしたとき、サッとすぐに一歩で前に出てこれるという絶妙なポジションだ。

近いのに主の目の妨げにならない、あくまで影として立てる位置。

いったいこの男はどこで、こんな技術を学んだというのだろう。


洋一がカップをソーサーに戻すと、すっと新聞が置かれる。

左手を動かすとすぐに煙草が手渡される。

だが、シンは火をつけはしない。

洋一が自分でつけることを好むからだ。

新聞から目を離さずに灰をポンポンしても、床を汚すことは決して無い。

そこには必ず灰皿があるからだ。

おまえはドラえもんか、と突っ込みたくなるほど、すぐに望みをかなえてくれる男。

そう、それが冴島 心であった。


「シン、おまえうちに入って何年になった?」

今日も満足して、洋一は優しくそういった。

「三年になります、兄貴」

はっきりとはしているが、ドスを控えた慇懃な声でシンがこたえる。

「そうか・・・・・・ ずいぶんともう見習いも長いな」

シンが少しうつむく。

その恥じ入る表情を見て、洋一の胸がチクッと痛んだ。


債権の取立てにいかせれば、相手に同情して自分の有り金を全部投げてくる。

博打を経営させれば、まっとうなギャンブルにしてしまい、利益が上がらない。

かといって女をだますことなどできっこないから、スケコマシでも食べていけない。

唯一シンができるヤクザらしいことといえば、ずっとやってきた少林寺拳法でのゴロまきだが、自分から仕掛けるということができない自衛隊のような専守防衛・局地戦闘タイプなので、やっぱりボディガードどまりだ。

まだ21だから今はいいとしても、これから先はヤクザではとても生きてはいけない、そう洋一は考えている。

ゆくゆくは足を洗わせてカタギにしてしまおう、そう彼は決めていたが、シンがいなくなった後のことを思うと、つい決心が鈍くなるのだった。


洋一の考えを見透かしたように、シンが心のこもった声でいう。

「私は、兄貴のお世話をずっとこのままさせていただければ、うれしいです」

洋一の目がシンを見た。マジ顔だった。

「・・・・・すまんな」

「いえ、それが本心ですから・・・・」

ええやっちゃなぁワレ、とニセ関西弁で洋一が心中、感動の嵐に包まれている中、シンは、はにかんだ笑みを浮かべて一礼して部屋を出て行った。


ふーっと鼻から息を抜くと、洋一はデスクの上に新聞を投げた。

「なんだかんだいってもヤクザだもんなぁ。シンには似合わないよな・・・・・・・」

小さくつぶやくと、背中を椅子にあずけた。

本皮を張った椅子が、キュッと小気味よい音をたてて、彼を包み込んだ。







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