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凛花 2


両手に大きな袋を提げて、颯爽と歩く桃色ナースと少女のペアは、深夜と言えどもかなりの注目度であった。


----- ヤバいなぁ。 高校生といっしょじゃポリとか職質かけてきそう・・・・・・

ハラハラする凛花の気も知らず、彼女は上機嫌で鼻歌をうたいながら、大手を振ってついてくる。


警戒のため、切れ長の鋭い目を辺りに配っていると、玲が持っている袋の中に手を突っ込んで、ヴェフィータジンの瓶を引っ張り出した。

あっと思ったが、すでにこの娘はオヤジのようにラッパ飲みして、「ぷっはぁ~っ」とかやっている。


「ちょっとあんた!高校生なのに飲みすぎだってば」

自分は中学の時から飲んでいたことを棚に上げて叱る凛花を横目でじろりと睨んで玲はいう。


「こら! 凛花こそその「あんた」ってのやめてよね。玲ってちゃーんとした名前があるんだから。だ-いじょうぶだって。うちの家系はお酒強いんだから」

ほぼ当てにならない根拠を元にした反論にあきれかえる凛花を尻目に、彼女はまたジンを口に含んでいう。


「ぷっは~ぁ。 お酒って味ないけどなんかたのしいね。てかさっきの話のつづきなんだけど、あの夜にさ、ナイフ投げてやっつけてたでしょ。あれも武術かなんかなの?」

「あぁ、あれはナイフじゃなくって小柄こづかね。 昔の武士とかが使ってた、日本刀を小さくしたようなやつ」

「へえ~、じゃ、あれは剣術かなんかなんだぁ」

「うーん・・・・・まぁそんな感じ? 母さんの家が代々受け継いでる古武術ね」


急に玲の目が輝きを帯びた。

「おぉっ! じゃ忍者かなんかの末裔とか?凛花のお母さんっ家って」

「忍者って・・・・・・映画じゃないんだから。そうじゃなくて、室内で戦う為の術って言ってた。母さんは一度に十本あやつれるけど、あたしはまだ五本がせいぜいだけどね」

「わぁ! じゃあじゃあ今夜もなんかあったらまた見れる?」

「だーめ。あれはほんとはあんまし人に見せちゃいけないものなの。てか玲。あんた騒ぎになるの喜んでない?」

きつい目になって睨む凛花に、ふるふると玲は首を横に振ってみせる。


そんなことを話しているうちに、地下街の入り口が見えてきた。




重い袋をよいしょとゆすりあげて、二人が階段のところまで来た時、横合いから和服の女がすっと姿をあらわした。

ぶつかりそうになったのを双方で避けると、女は小腰をかがめて会釈した。

その顔を見て凛花がうっとうめく。


----- あ、綾乃!

おもわずそう口にしそうになって、あわてて手でふさぐ。


そう、彼女は洋一の愛のハーレムを構成している一人。

この街No1の夜の蝶、綾乃であった。


年は29歳と少々高めだが、抜群の肢体と静かな知性を併せ持つ、女帝といったオーラをまとう女人である。

「可愛い綺麗は当たり前」のこの世界で、男はもちろん何人もの女性から「姉さん」と慕われ尊敬されている彼女には、洋一だけでなくシンも一目置いていた。


目の前でフリーズしているナースに、綾乃は少し不審な目をしたが、そこは夜の嗜みですぐに温和な笑顔に戻ると、もう一度丁寧な会釈をして歩き出す。

そんな二人を交互に見ていた玲は、去って行く綾乃を見ながらささやいた。


「知ってる人なの?」

「あ、ああ・・・・・・まあな」

言いよどんでいるし、男言葉に戻ってもいたので、これは彼女かなんかだと察した玲が、ふーんとうなる。


「まっ、バレなくってよかったじゃん。あたしの言ったとおりっしょ?その姿なら誰もヤグザだってわかんないって」

「しーっ、声でけーって!」

小声で注意してから、凛花が早く立ち去ろうと階段に足をかけた時、背後で

「あの・・・・ちょっと失礼」

と涼やかな声がした。


ぎくりと立ち止まる背中に、とろりとしたおだやかな口調の言葉が降りかかる。

「どこかでお会いしてますよね? ちゃんとご挨拶もせず、どうも失礼しました」


----- や、ヤベぇ! 声を出したら綾乃は絶対に俺だと見破るだろう。ど、どうしよ!?

脂汗を流す凛花に、道を引き返してきた綾乃がゆっくりと歩み寄ってくる。


「お召し物でわからなかったのですが、お店以外でお会いしてますよね。 すみません、お顔をもう一度・・・・・・」

『いえ、あなたのお部屋で何度も』と凛花はおもったが、そんなことは言えるはずがない。


もはや絶体絶命かと思われた瞬間、いきなり横からヴィフィータジンの瓶が突き出されて、凛花のわき腹に深く埋まった。


『!!?』

なんとかうめき声はこらえたが、痛みに身体がくの字に曲がる。


----- な、なにすんの玲!?

かがみこもうとした彼女の腕を荒くつかむと、玲は大きな声で叫びだした。

「このインランお姉! よくもあたしの彼氏に手ぇだしたなっ。毎回毎回、人の男に色目ばっか使いやがって、このエロ女!」


眉を吊り上げて突然怒り出した彼女に凛花は一瞬とまどったが、すぐにこれはこの場をごまかすための演技だと悟り、とりあえずここはこの娘に任せることにした。


綾乃から顔をそむけてうつむき、恥じ入るような悲しむような表情を作ってみせる。

容赦の無い一撃による痛みも、この芝居に一役買っていた。


「あたしがちょっと部屋を空けた隙に、彼氏とあんなこんなの桃色三昧!う~ん、ゆるせん! あれだけやっといてあたしが気がつかないとでも思った?どうせまたそのエロいコスで誘惑したんでしょ。 ちょっとこっちきなさい! 今日こそ決着つけようじゃないのっ」

言い終わると玲はくるりと綾乃の方へと向きなおり、


「ということで、どこのどなたかご存知ありませんが、あたしたちは取り込み中ですので、これで失礼します」

そう一方的にまくしたてた後、ぺこりとお辞儀すると、凛花の腕を引っ張って足早に歩き出した。


「このバカ姉!コスプレ好きのヘンタイ!それからえっと・・・・尻軽女!」

思いつく限りの罵詈雑言を口にしながら、風のように去って行く玲と凛花の背中を見送って、綾乃はその場に立ち尽くしていた。

しばらくそうしてポカーンとしていたが、やがて我に帰ると、「あらあらまぁまぁ」などとつぶやきながら動き始めた。


数歩行ったところで一度足が止まり、うふっと笑ったような気配がしたが、それも一瞬のこと。

綾乃はまたいつもの優雅な足取りに戻って、店への道を歩み始めた。








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