凛花 1
「ねぇ。 あんたってめっちゃ強いけど、武道かなんかやってたわけ?」
お惣菜コーナーで、ありったけのお弁当を買い物かごに投げ入れながら玲がたずねた。
「ん~っ、剣道と空手は学生の時にちょっとやったけど・・・・・ あ、あと母さんに教えてもらったのとかもか。 ・・・・てかちょっと!その「あんた」っていうのやめてくんない?なんか感じ悪いから」
棚に並んだ酒瓶を押しているワゴンの中に叩き落しながら洋一がこたえる。
「あぁそうね」と初めて気がついたような顔をして、玲はうーんとうなって考え始めた。
「せめて苗字で呼んでよねっ」と洋一はプリプリしながらワゴンを押すと、今度はおつまみコーナーにある物をカゴへと落としだした。
「あっ! ペンネームじゃないけど、女装のときだけ女の子の名前にするってのどう?」
「声でけーって!」
シーッと人差し指を口に当て、あわてて注意する。
だが玲はまったく気に留めずに、自分の思いつきに没頭していた。
本当にシンと同じ遺伝子を持って生まれたのかと疑いたくなるくらい、玲は自己中心的に洋一にふるまっていた。
ここで玲のために断っておくが、こういう態度は洋一に対してのみであり、高校生なのに半ば社会活動をしている彼女は、必要な場面ではいくらでもお淑やかに、そして女らしくふるまえるのだ。
ただし、本性は今、なのだろう。
「あ、しじみの干物!」
洋一が喜んで見つけた獲物を手にしたところで、玲がすっとんきょうな奇声をあげた。
「凛花・・・・・ そうリンカにしよ! 女装の時のあんたは凛花ね、きまりーっ!」
「だから声でけーってば!」
「リインカネーションからひらめいたのよ。あ、そういってもバカなあんたにはわかんないよね、凛花?」
そういわれてもどう答えていいかわかりはしない。
ただものすごくバカにされているのだけは感じて、頬を膨らませてそっぽを向いた。
「あーっ、なんか急に親しみ湧いてきちゃったぁ。ねっ、凛花っていいネーミングだと思わない?」
自分の後ろにまわって、肩にあごをのせてくる玲を適当にあしらいながら、洋一は考える。
----- 凛花かぁ・・・・・・ 母さんの凛って字がはいってるなぁ
もう一度訂正しておくが、彼は世に言うマザコンではない。
もっとも、違ったケースではあるかもしれないが。
いつの間にか考える洋一の胸元に潜り込んだ玲が、ナース服に付いていたネームプレートに「凛花」とペンで書いているのに気がつき、その頭をはたいた。
にらむ彼女の頬をネイルを施した爪で弾いて、洋一-----これからは女装時は凛花と呼んでやろう-----は微笑んだ。
凛花の顔をとろーんとした目で下から見上げながら玲がいった。
「ねぇ・・・・・・ 凛花って男の子ともエッチできるの?」
ポッと凛花の顔が赤くなる。
いったい何を言うのかと思って玲をよくよく見ると、なんだかこの子の顔もほんのり赤い。
「あっ! あんたお酒のんでる!?」
「うふふふぅ~ あったりぃ!」
くきくきと凛花の髪を撫でながら、玲が笑顔でそうこたえる。
実は、女装ルームで彼がメイクを落としにバスルームへ出たり入ったりを繰り返しているとき、退屈した彼女は、凛の酒コレクションに目をつけて、それらをちょびちょびと味見していたのだ。
しかもセレクトされた酒は、ことごとくアルコール成分の高い蒸留酒であった。
「あはははは、酔うってこんな感じなんだぁ。なんかきっもちいいっ!」
「ね、ねえ大丈夫なのあんた?」
「もっち、いけるわよー!」
凛花の目にはとてもそうは見えなかったが、玲は元気よくそう答える。
そういわれると主導権を握られているし、女装名・凛花とまで贈られた手前、さからうことができない。
「とりあえず出ましょ」
シブイ顔になってレジへむかうと、支払いを済ませてスーパーを後にした。