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雄五郎


「いたぞ、こっちだ!」

男の声があがり、数人が自分の方へと駆け寄ってくる。

ヤバいと身をひるがえして逃げ出す背中に、フラッシュの嵐が襲い掛かった。


----- あんな娘の言うことなんか真に受けなきゃよかった!


その夜も玲の指示通りに女装して街へ出た洋一は、待ち構えていたギャラリーにたちまち捕捉され、逃げ回っていた。


だが、走っても走っても、物陰や店から黒い人影が湧いてきて、必ず見つかってしまうのだ。


「わっ!」

足をひねって転倒した。

痛みに顔をしかめて足元を見ると、靴のかかとが折れている。

洋一はハイヒールを脱ぎ捨ててまた駆け出した。


だが数メートルもゆかぬうちに、コンクリートで囲まれた袋小路に入り込んで、立ち止まってしまう。

咽喉の奥でうなりをあげる間に、ものすごい数の人に取り囲まれて、目もくらむようなストロボがたかれた。


「やめろ!写真を撮るなっ、カンベンしてくれ」


顔を手でふさぎ、うつむいても、眩しい白い閃光は止まない。

やがて自分を囲んだ人々の中から、たくさんの手が伸びてきて・・・・・・


「・・・・若、若」

「ううっ、ゆるして・・・・」

「若っ! どうしたんです若!」


「ぐわぁぁぁぁぁ!」


はっと目覚めると、そこは組事務所の中にある自分のデスク。

白髪の男が正面から、シンがすぐ横から困った表情で自分を見ている。


----- あぁ・・・・夢・・・・・・だったのか

動悸うつ心臓を静めながら、洋一は額の汗を指でぬぐった。


「若。どこか身体でも悪いんで?」

白髪の男が野太い声でそうたずねてくる。


中肉中背だが、ダークスーツの上からでもそうとわかる、鍛えた身体をした初老の男である。

浅黒い顔に、白目が勝った三白眼と左頬の赤黒い刀傷が見え、それがこの男もヤクザであることを示していた。


二代目の相談役。つまり洋一の極道渡世指導教官兼、お目付けの真渦まうず 雄五郎ゆうごろう60歳であった。


「医者の手配をしましょう」

そういって雄五郎はシンに目配せをする。

うむを言わさず病院へと連れてゆく気だ。

洋一がうなされていた原因に、なんとなく心当たりがあるシンは、そういわれてとまどう。


「いや大丈夫だ。ちょっと昨夜のみすぎちまってな」

「一度医者に見てもらいましょう。二代目に何かあったら、俺がエンコ飛ばしたくらいじゃおっつきませんから」

重々しくそう告げる雄五郎の顔を睨み付けながら、小さく叫ぶ。


「俺がいいって言ってんだ。ヤクザがいちいち身体がどうのって騒ぐんじゃねぇ!それこそかっこがつかねぇだろうがっ」

「・・・・さすが若。見事な渡世の心意気です。これも日々の任侠道の賜物ですな」

暗に自分の指導のおかげ、という部分を濃厚に匂わせて雄五郎がつぶやく。


舌打ちしたいのをこらえて、洋一はそっぽをむいて煙草をくわえた。

彼はこの雄五郎が煙たくってしかたないのだ。


思い起こせば、まだ自分が幼少の頃からこの男はすでにそばにいて、事あるごとに極道として生きることとその精神を強要してきた張本人の一人だった。

ヤクザの道に疑問を抱いていた洋一は、ことごとく雄五郎に逆らってきたのだが、この脳が極道という巌で出来てる男は、彼をなだめもすかしもせずに直球、上段から心を打ち据え、真直ぐに渡世へと引っ張ってきたのだった。


こういう人物に少々の手管は通用しない。

なので洋一は、父・義隆以上にこの男が苦手なのであった。


煙草に火をつけて、煙を天井へと吹き上げながらたずねる。

「で、なんか用か?」

「はい。組外の義理事の件です」

「言ってみろ」

「会長の指示で、これまでできるだけ若に義理掛けに行ってもらっておりましたが、どうも若は積極的に他の組との友誼を深めてくれません。今日はそのことを一つ申し上げに参上しました」


ようするに、お小言をいいにきたのだった。

洋一の目の前で雄五郎は、とうとうと極道同士の付き合い、つまり義理事の必要性を語って止まない。

その小姑のような口調と態度が嫌いな彼は、顔をしかめて煙草を吹かす。


だが二代目オーラをそよ風とも感じぬこの老極道にはかなわず、ただ聞いているしかない。

お説教は小一時間に渡り、洋一の精神を痛めた続けた。





ようやく話が終わってほっとした顔をする二代目に、雄五郎はぼそりとつぶやいた。


「このままでは示しがつきませんので、若をどこかの組織に一時預かりしてもらって、一から渡世のことを学んでいただこうと・・・・」

「ちょい待て!そりゃおまえが言ってんのか?」

話を途中でさえぎると、洋一は剣呑な声をあげた。


「いえ、会長です」

「チッ!」

こらえきれず舌打ちしてしまう。


------ あのエロヤクザが!てめぇは1ダースの妾とよろしくやってんのに、まだ俺を檻に閉じ込める気かよっ


好色で銭金にがめつく、息子であっても心を許さないという、ヤクザになる為に生まれてきたような義隆の顔が脳裏をよぎって、その不快感に身震いしてしまう。

あの美意識のかけらもない男を洋一は呪っていた。

その分だけ、真逆である母を慕ってきたといっていい。


考え込む洋一に最後に雄五郎は告げた。

「とにかく。このままでは会長の指示通りに行儀預かりにせざるをえません。相談役として申し上げます。もっと身を入れて極道渡世、ひいては義理に精を出してください」

そう言い終え、びしっと一礼すると、老極道は部屋を出て行った。


バタンとドアが閉まってから、煙草をひねり潰して洋一が罵る。

「なーにが相談役だっ。口を開けば渡世渡世って、おまえはアザラシかっての!」

「兄貴・・・・ それを言うならオットセイです」

「お、そうか?」


気の毒そうな目で自分を見つめているシンに、強いて明るくいう。

「ちゃーんとやりますよ。これまで以上にきっちりキリキリって、このツラ見せて回ってやるわ!」

おどける兄貴にシンが引きつった笑みを浮かべる。


実は彼の心配事の全ては二代目の女装癖にあるのだが、そんなことは知らない洋一は、無理に笑顔を繕い、変な声で笑い続けた。










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