天女
「うわぁー、なにこの数と種類!? しかもオーダーメイドっぽい服ばっかじゃん! これって全部あんたが集めたわけ?」
「いや、俺の母親ので・・・・」
「うっ、見たことない高っかそうなブランドのバッグがいっぱい! あんたの母さんってお金持ち?」
「うん。かあさんは関西の本部筋の組の娘だから・・・・」
洋一の女装姿をカメラに収めて、半ば脅迫気味にやってきた彼の母のマンション-----いや、すでにこの名は適切ではなく女装ルームと言った方がよかろう-----で、そのコレクションを見た玲は、ど胆を抜かれたというかあきれたというか、表情に苦労して、ふーっとため息をついた。
----- 意外とこの男の女装壁って母親の影響じゃないかな?
するどいカンであった。
リビングに戻ってソファーにどっかりと座ると、うなだれて立っているアリスメイドの男をじろりと見た。
「・・・・メイク落としてきて」「え?」「早く!」「あ、はい・・・・」
小走りにバスルームへと駆け去る洋一の背中を見送って、ふんと意地悪そうに鼻を鳴らす。
「ほんとにあれでヤクザなわけ?信じらんない」
バスルームからもれる水音を聞きながら、あらためて部屋を見渡してみる。
普段人が住んでいないとはとても思えないほどきちんと清掃され、また整理されていた。
赤い一人がけのソファーや、明るく柔らかい色のカーテン。
壁に掛けられた絵や数々のインテリアを見て、玲は洋一の母親の趣味の良さを感じた。
「・・・・・でも息子がアレじゃあねぇ」
またふーっとため息をついていたら、バスタオルを肩にかけた洋一が戻ってきた。
「・・・・落としてきた」
「じゃ、そこに座って」
ちょこんと向かいのソファーに腰をおろした洋一を、じろっと見る。
完全に男に戻っているが、こちらをビクビクとした目で見上げる仕草がまだオンナだ。
そんな男がおそるおそる口を開いた。
「あの・・・・写真なんだけど」
「ちょっと待って! まずはこうなった経緯から話して。それから考えるから」
「・・・・・・」
ぴしゃりとさえぎられてまた洋一はうなだれたが、尻尾を完全に掴まれて観念したのか、ぽつぽつと女装へと至った道を語り始めた。
ヤクザの息子という立場で育ってきた自分と本性との葛藤。
そしてヤクザ渡世に対する不安と不満。
あの夜の女装子との出会い。
女装による快感と解放感。
とつとつと語る洋一の告白に耳を傾けながら玲は、特殊な環境で育ってきたこの男の人生を想像して、なにやら感慨深いものを感じた。
やがてそれは彼女の中であることへと変換され、熱く大きくなっていく。
うつむく洋一を見つめる玲の瞳に、いつしか力強い輝きが宿っていた。
「・・・・わかった。あんたがやむをえず女装に走ったその気持ち、あたしにもわかる」
すべてを話し終えて大きく息を吐く洋一に、玲は優しくそう言った。
その言葉に、はっと彼は顔を上げる。
玲と洋一の視線が空中で絡み合い、彼は彼女の目の奥に、自分に対する自愛を感じて顔を輝かせた。
----- あぁ、この子はわかってくれる。この誰にも言えない苦しみと立場を・・・・・・ この子ならきっとあたしを悪いようにはしないはず
突然あらわれた理解者に、恋の予感にも似た歓喜を感じながら、ドキドキする胸を押えていった。
「じゃあ写真は・・・・」
「これからもバンバン女装しなさい!あたしがサポートしたげるっ」
この娘は女神かと本気で思い、感動に心はむせび泣く。
洋一は目を輝かせながら、両手を組んでいった。
「そ、それじゃあ写真は・・・・・」
「メイクや今風の格好も教えたげる!このままじゃ昼間とか違和感あるし」
「あ、ありがとう! それで写真を・・・・・」
「そうね。メイドをベースにもっとコスプレ要素を加えて・・・・ で、街に巣食う悪党と戦う・・・・・・」
さすがに話がかみ合ってないことに洋一は気づいて不安になったが、毒を食らわば皿までとおもってまたいった。
「あの、それで写真は?」
「戦闘乙女?いや、違う・・・・ 天使?これも違うわね。てかエンジェルって年じゃないし」
「なにいってんの?それより写真はどうなるの?」
「うっさい!ちょいだまって」
「・・・・・・」
数秒考えてから玲はガバッと立ち上がると、指を洋一に突きつけて叫んだ。
「天女! そうよ戦闘天女! あんたはこれから、人々に愛と平和をあまねく与える天女として生き、そして伝説をつくるのよっ!」
顔を上に上げて、狂ったように高笑いしはじめた玲を見て、洋一の顔が蒼ざめる。
「おい、なんだよそれ! おまえ魔法少女物の見すぎだろそれ!」
ソファから飛び上がって立つと、声を男に戻してヤクザアイで睨みつける。
だがこの娘は、その鋭い視線をかゆいとも感じてはいない。
舌打ちするといった。
「チッ、ほんとうっさいわね。男のくせに細かいことをウジウジと」
「細かくねぇ! おまえ普通じゃないぞそれ。言ってることムチャクチャじゃねーか!」
「女装コスプレのヤクザにいわれても、なーんにも感じないよーだ」
ぐっと言葉に詰まる洋一に、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべると、玲はゆっくりとポケットから腕を引き抜いて、握っていた手を彼の鼻先で広げた。
手のひらにちょこんとのっていたのは、小さなボイスレコーダー。
それを見た洋一が、瞬時にガマガエルのように汗を噴出させる。
「ふふ~ん。 さっきの告白もちゃーんと録音させていただきましたぁ。でもあたし脅迫とか好きじゃないから、自発的に協力してほしいんだけど・・・・・・」
「メッチャ脅してるじゃねーか! てめぇ本職脅してどうなるかわかってんだろうな!」
「うん! あたしがどうにかなるってことは、あんたもそうなるってことでしょ? つまりあたしたちはペア・・・・チームってわけよね。あ、ちなみに写真はデジカメからSDチップでケータイに移し変えてメールであたしの部屋のパソコンに飛ばしてあるから。 玲になんかあったらこれを公表してくださーい!って書いてねっ」
「・・・・・・」
「そだ! 神戸の本部だっけ?そっちがよかったかなぁ・・・・・ ね、どっちがいい?」
「こ、神戸だけはカンベンしてくれ!」
「じゃあ神戸にしよっと♪」
ぐぅとうなると、洋一は床に膝をついた。
その肩にポンと玲が手を置く。
「やだぁ。そんなに心配しないでよ、悪いようにはしないって。それにこんなのただのお遊びじゃん。 ね、おじさん? きっと楽しいよ、これから」
軽く微笑んでそういう玲のことを、キレた目つきで睨む。
----- 悪いようには、なんていうやつは絶対に悪いようにするんだって!
さすが本職、的確な読みだ。
奥歯をかみ締めて心中でそう叫んだが、事態は己の手を離れてこの娘に握られている。
従うしかないのだ。
そう思ったとたんに、鬼のようだった洋一の顔がだらしなく歪み、咽喉から嗚咽がこみ上げてきた。
「えっとね、あしたまでに綿密なプランたててくるから、メアドとケー番おしえといて。 あ、そうそう! あしたはあたしがメイクしたげるから。もっとうまく化けれるよ、楽しみねっ」
男泣きになく洋一の前で、玲は自分の世界に入り込んでペラペラとしゃべっている。
彼女の目にはすでに彼の姿は映っておらず、爆発するように湧き出すこれからのプランをまとめるのに夢中になるのだった。