戦闘輪舞 -バトルロンド- 1
そして時はまた戻って・・・・・
マンションのエントランスから出てきた洋一を見て、シンはうっとうめいた。
「あ、兄貴! それはいったいどんなお姿で・・・・・・・・!?」
「アリス風メイドね。よっぽど自信ないと決まんない服だからあんまし一般的じゃないけど。 てか、あのネコ耳が意味不明」
「そうじゃなくて! なんであんなお姿に・・・・・・ それにちゃんとあの冊子を落として警告したのになぜ」
「知らないよそんなの。好きだからでしょ、きっと。ああいうのは自分じゃ止めらんないもんなの! それより兄ちゃん、いくよ」
すっかり兄妹の立場が逆転していたが、そのことに気づかないシンは、玲の後について洋一の追跡を開始した。
あの後、洗いざらい打ち明けた兄に妹は言った。
「ふーん、そういう事情ならこっちも考えるけど・・・・・・ でも兄ちゃん。あたしが記事にしなくっても、このままあの人があの格好で出歩いてたら、絶対に噂はおっきくなるよ。もう火はついちゃってるわけだし。 その二代目だっけ?その人にちゃんと話して辞めさせる方が先じゃない?」
「それはできない!つらい稼業の息抜きで楽しんでらっしゃる行為を舎弟に見られて説教されたなんてことになったら、もう兄貴のメンツは丸つぶれ。俺も組に、いやあの人のおそばにいられなくなってしまう」
「へぇ~、いろいろとめんどいのねぇ、ヤっちゃんも」
火をつけたのは自分なのに、まるっきり同情していない口調で玲はそういって、冷えてしまったミルクティーをまずそうに飲む。
そして、うーんと顔を上にあげて考え出した。
「こっちから言えないとなると・・・・・・・ そだ!あたしがあの人に言うってのはどう?」
「えっ」
「もう、にぶいなぁ! だから、あたしがあの人の決定的な瞬間を捉えてから、出てってはなすわけ。それならあの人も兄ちゃんもダメージ少ないっしょ?だってあたし赤の他人だし」
「そ、そうかなぁ?」
「じゃ、ほかにいい方法ある?」
黙り込んだシンを見て、玲は言ったのだ。
「決まりね。今夜から兄ちゃんとあたしであの人を尾行よっ。今度は必ずチャンスつかんでやる!」
「おい。それなんか意味ちがってないか?」
兄の言葉はもう妹には届いていなかった。
そして兄妹は今夜、洋一の後をつけているのだ。
「また街に出て行かれるのだろうか」
「うーん、そうだとしたらそうとーキテるわね、あの人」
そう話す二人の前、100メートルほど先で、チラリチラリと青白いスカートが揺れている。
その光景にゴクッとつばを飲み込むシンを見て、玲は目をイヤそうに細めていった。
「てか兄ちゃん。 ほんとはあの人のこと好きなんじゃないんでしょうね?」
「バカ! 兄貴は男だぞ」
「そうだけど・・・・・ なんか兄ちゃんの反応がおかしいから」
「俺はノーマルだ。その気はない」
玲は、ふーんとまだ納得せずうなりをあげていたが、洋一の姿が角を曲がって消えたので、いそいで間を詰めて走った。
ぽくぽくとアリスメイド洋一は夜道を歩いてゆく。
その足は繁華街とは別の方向へと進んでいて、少しだけシンは安心した。
やがて洋一は、街の中心から少しはずれた市民公園へとたどり着いた。
入り口の逆Uの字の柵のあいだを通って、彼の姿は闇の中へと消えてゆく。
深夜の公園なので人影はない。
ここでは騒動など起こるはずがないとシンが胸をなでおろしたとき、洋一の目の前にバッと黒い影が現れたのが見えた。
何か二言三言はなす声が聞こえてきて、シンが前に出ようとしたら、影がものすごい勢いで真横に吹っ飛んで倒れた。
それを見て唖然としたが、当の洋一は、もう後ろも見ずに鼻歌をうたいながら歩き出している。
二人にはよく見えなかったのだが、黒い影は痴漢で、隠れて獲物を待っていたところ、おいしそうなメイドさんが現れたのでこれはラッキーと飛びついて、したたかに洋一に殴られたのだった。
凶器は、左手に持ったテキーラの瓶であった。
なんだかよくわからないが、シンはなぜか用意していたロープで男を縛り上げて転がし、玲が手帳に「この人変質者でーす!」と書いたページを破って背中に貼り付けた。
その作業を一分とかけずに終わらせて、また尾行を開始する。
アリス洋一が公園を出てゆくまでの一時間の間にその被害者は三人にもおよび、深夜の公園でのコスプレ姿がいかに危険であるかを知らしめた。
どいつも一撃で仕留められていたので、玲が出てゆく暇も無かった。
洋一は公園を後にすると、トコトコと歩いて、24時間営業の大きなリカーショップへと入っていった。
どうやら酒が切れたらしい。
面が割れているシンは出入り口の影に待機して、玲が中に入った。
彼女は大胆にも、たくさんの酒が並ぶ棚を一つ一つ吟味している洋一の後ろまで近寄っていって観察した。
----- メイクがイマイチね。明かりの真下でよく見たら、男ってわかっちゃうかも
しかしとても30男でしかもヤクザには見えないな、などと思いながら、ゆっくりと後ろを通り過ぎた。
チラッとカウンターの方を見ると、レジに立っている男が、好色そうな顔をほころばせてメイドさんを見ているのがわかり、ムッとする。
----- なんでかわいい女の子のあたしじゃなくて、女装男の方を見るかな、もう! メイド服に騙されちゃって・・・・・ これだから男はバカね
世の男性にはあまりに酷い感想をつぶやくと、玲はまた洋一の方を見た。
彼はバーボンの銘酒・ブッカーズを手にしてレジへむかっていた。
そして支払いを済ませて店を出てゆく。
店員の顔は最後までほころんだままで、まったく洋一の正体には気がついていないようだった。