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兄妹 2

その夜、洋一は母のマンションでうなだれて考え込んでいた。


----- どう考えてもマズいよね、また女装で街に出るのは・・・・・・

ため息を一つついて、テキーラのグラスを傾ける。

だが、今夜も彼はバッチリ女装していた。


青と白を基調に、胸元に豪華にフリルをあしらったブラウス。 パニエで大きく膨らませたフレアースカート。

首には臙脂色のリボンタイを締めて、不思議の国のアリス風メイドであった。


だがそれだけではない。

今夜の彼の頭の上には、なんとネコ耳カチューシャが装着されていたのだ。

そのなんとも言えぬ困った空気を醸し出している姿は、もはや女装などと簡単にくくれないほど複雑怪奇で、まさに「変態!」としか形容しようがない。

トドメはそばに置かれてある、手持ちの小さなトートバッグだった。

中味は煙草とケータイ。

「出る気満々やないかい、ワレ!」と読者諸兄は突っ込まれるだろうが、まずは彼の言い訳も聞いてやって欲しい。


心の病だかなんだかわからないが、ここで女装お出かけを辞めてしまうと、ストレスで稼業の方にも影響が出てきて、きっととんでもないヘマをやらかしてしまうだろう。

というか、そもそもまず出てゆくことを止めるのが不可能に近い。

しかしこれもまた不思議だが、なぜか俺はタウン誌にマークされている。

だから目立つ格好でのお出かけはもう辞めよう。

地味なOLかホステスっぽい格好でならマークもかわせると思うから、これからはそれで我慢することにしよう。


コメント不能なムチャクチャな理論だったが、いちおう結論らしきものが出て、洋一は立ち上がるとキッと顔を上げて叫んだ。

「よし、だから今夜は最後のメイドナイトだ!」


バッグを手にすると、洋一は玄関へと小走りで駆け、用意しておいた黒い厚底のシューズに足を通して、ドアを勢いよく開けて外へと飛び出していった。








まるっきり正常な判断ができなくなっている洋一から少し時間を戻そう。


太陽が沈みかけ、街が紫色に染まる夕刻。

待ち合わせの喫茶店へと着いた玲は、目立たない奥まったボックス席に座っている兄の姿を見つけて手を振った。

軽くうなづいて答える兄。

もうお気づきかとおもうが、それは紅椿一家二代目付きのシンだった。


「わぁ、兄ちゃんの顔みんのひさしぶりだぁ。元気だった?」

にこやかに笑いながら玲はシンの前の席に座ると、注文をとりにきたボーイにミルクティーをオーダーする。

「ああ元気だ。すまないな、急に呼び出したりして」

「ううん、別にいいけど。それよりどしたの?あたしに話なんて初めてじゃん」

無邪気に話しかけてくる妹から目をはずすと、シンは言いよどんで黙り込む。

静寂が訪れ、しばらくは店内を流れる小粋なジャズだけが、二人の間に漂っていた。


ミルクティーが届くまでたっぷりと黙り込んだあと、おもむろにシンは切り出した。

「今週のタウン誌の記事を書いたのは玲か?」

なぜ知っているのかと玲はいぶかしんだが、こくりと一口ミルクティーを飲むと、軽くうなづいた。

「うん、そうだけど。なんで兄ちゃん知ってんの?」

「あの記事に載っていた人をこれからも探すのか?」

質問に質問が返ってきた。

いつもの兄とは違う、性急な物言いにとまどいながら玲が答える。

「うん。 さっきも編集部に顔出したらすんごい反響でね、電話やメールもバンバン来てて。記者の人にも続きよろしくって言われちゃってさ・・・・・」

「それ、やめてくれないか?」

言葉をさえぎられて、おどろいて玲はシンの顔を見つめる。

玲に対して優しい笑みを絶やさなかったシンが、真剣な目をして自分を見ている。

その表情で気がついた。


「あの人って兄ちゃんの知ってる人なんだ・・・・・・」

今度はシンがおどろいた顔になり、息を飲んで目をそらせる。

「兄ちゃんの彼女か好きな人なの?」

玲の問いかけに、兄の肩が小さく揺れた。

「やっぱそうなんだ。 それで・・・・・・」

「ちがう! あの人はそんなのじゃないっ」

おさえた声音だったが、玲がビクッとしてしまったほど強い否定の声だった。


またうつむいてしまった兄の姿を見つめながら、玲は思う。

----- ふーん・・・・ でも兄ちゃん。ちがうっていってもその仕草じゃバレバレだよ

まぁその辺はあまり刺激しないようにしようと冷静な判断を下すと、玲は話を進めだした。


「それはいいとして。知ってる人なのはほんとでしょ?で、なにか事情があって正体がバレると困る人」

そういったとき、一瞬だけれどシンの口元がイーッとゆがんだのを玲は見逃さなかった。

片目をつぶって、少し上目遣いに兄を観察しながら、カップに口をつける。

「兄ちゃん言いたくないんだろうけど、その事情を話してくれないとこっちも困るわけ。これでもちゃーんとお金もらって記事書いてるの、あたし。だから高校生だからっていいかげんな仕事はできないの。兄ちゃんヤっちゃんだから、仕事のケジメってよくわかってるよね?」


理詰めできた妹の言葉に、シンは額に汗が浮かんでくるのを感じた。

----- こ、こればっかりは言えない・・・・・・ でも話さないと、この強情な妹は絶対に兄貴を追うのを止めないだろう

パラドクスな問題に、シンは苦渋に満ちた顔をした。


そんな兄の姿を、玲はまるで実験を見守る科学者のような目で見ながら、また話し始める。

「それにライターとして聞くわけだから、秘守義務ははちゃんと守るし、もちろん興味本位とかはいっさいなしよ。その人の生活に影響が出そうなら、記者の人に話して止めることもできるし」

はっとシンが顔をあげる。

その目に希望の光を見て取って、あと一押しと、玲は一気にたたみかけた。


「それに・・・・・・」

「そ、それに?」

「兄ちゃんあたしが信用できないわけ?兄ちゃんヤクザになってあたしやみんなに迷惑かけたけど、あたしが兄ちゃんに迷惑かけたことある?」

「ない・・・・・・」

「なら話しなさい!悪いようにはしないから」

肉親の情と兄の罪に訴えた、本職のヤクザも顔負けの、アメとムチの使い分けが絶妙な交渉であった。

シンより妹の方がその道にむいているのかもしれない。


証拠の凶器を目の前に置かれた容疑者のように、がっくりとシンは肩を落としてうなだれた。

玲が目でもう一度うながすと、兄は二代目の女装のことをぽつぽつと語り始めたのだった。











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