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色世界
作:伊玖夜紗望



第5色  迷いの森にて【風】


 ――結局、また戻ってきて、先程と同じような展開になり、そして、今は俺が手を引き、先導しているという状況だ。
 ……なぜ、案内される立場の俺が前を歩いているのだろうか?
 ちなみに、雷茲は後ろでまだ泣いている。
「うう……ぐすっ……ううっ……ぐすっ……」
 はぁ……。
「……なぁ、雷茲。誰が俺を呼んでいるんだ?」
 澪達だったりして。
 それは無いだろうけど。
「ぐすっ……風、兄。が、呼んで、い、る」
「風兄?」
「う、うん。おいら達、クビキリキョウダイって呼ばれてる」
 物騒な呼び名だ。
「その……兄貴に怒られたのか?」
「……うん」
 怖そうなお兄様だこと。
「いや、でも風兄は凄いんだぞ。何でも知ってるし、格好いいし、優しいし、そして、何より強いからな。――おいらは風兄の事を尊敬している。だから風兄の事をそんな風に思って欲しくはない……」
 自分の事のように、誇らしげに言う。
 ――尊敬。
 正直、羨ましいと思う。
 俺にも、大事で可愛い妹がいるが、尊敬されているか、と言われると、そんな事は無いと思う。絶対に。
 ……少し落ち込む。
「それは悪かった……。で、次はどっちだ?」
「右だ」
「――道は覚えているんだな……」
 ここはそこら辺の道ではない。迷いの森である。それなのに、九九も覚えていない奴が……。
「風兄が呼んでくれてるから。――時折、風が吹いて来るだろう? その先に風兄はいる」
 確かに風が吹いている。常に吹いている。それも、正面から。いや、正確には、風が吹いて来る方向へと歩いている。
「――お前は、道を覚えているのか?」
「あー! お前って失礼なんだー!」
「わ、悪い……」
 馬鹿に正論で怒られると、なんか、腹立つな……。
「可愛く、ライちゃん、って呼んでおくれ」
「却下! てめーなんか、お前で十分だ!」
「いいから一回だけ。ライちゃんって呼んでよー。きっとわかるよ」
 何がわかるんだよ!?
「風兄すら呼んでくれないんだよなぁ。なんでだろう?」
 可愛くは無いからだろう。不細工では無いけど、どっちかって言うと、ワイルド。凛々しい感じだからだろ。可愛いより格好いいからだろ。でも、一回くらいなら……。
「それで……ラ……ライちゃん? 道は覚えてるのか?」
 うあー! 恥ずっ! すごく恥ずかしい!
「ん? 何?」
 聞いてなかったのかよっ! 俺の決死の覚悟は一体……。
「はぁ……。まぁ、いい。それで、道は覚えているのか?」
「いいや、全く覚えてない。まーちゃん、ここは迷いの森だぞ。おいらがこの森を歩いたら、三歩で迷える自信があるぞ!」
 自信たっぷりに言われても……。
「……それじゃあ、どうやって俺を探そうとしていたんだ?」
「勘」
「あっ……そう……」
 なんかもう行き当たりばったりだな。
「? おいらは、突当り右って感じで歩いてきたけど」
「……突当り右って?」
「突当りまで行って、そこを右に曲がるって決めて、歩き捜したって事。そうすれば、まーちゃんに会えると思っていたから」
 それって、同じ所をぐるぐる回っていただけじゃ……。
 ――まぁ、それで俺に会えたのだから、こいつの勘もあながち冗談ではないという事か……。
「もうすぐだぞ。風が強くなってきた」
 確かに先程よりは強くなってきた。
 風兄……なんかきつそうなイメージが……。
「大丈夫だよ。風兄は優しいから、いきなり取って食いはしない。だから、緊張しなくていいぞ」
 お前の兄貴は優しくなければ、人をいきなり取って食うのか?
 ……ふう。正直、初対面の人と会うのは苦手だ。何を話せばいいかがわからない。基本的に俺は、無口で口下手だから。
 雷茲が草を掻き分けて進む。俺も後に続く。
「着いたぞ。ここだ」
 そこは――今までとは違っていた。
 思わず、言葉を失った……。

 光が溢れていた。天から降り注ぐ光。その中心に、人がいた。
 黒く艶やかな長い髪に、豪華絢爛な着物。
 美しい、と思った。
 儚げも美しい瞳を、指先に止まっている鳥に向けている。
 その手は、白く、長く、細く。今にも壊れそうで……。
 美しい、と思った。
 思わず、見蕩れてしまうほど……。
「風兄ぃー!」
 雷茲は走りだした。その人に向って。自分の兄に向って……。
 って、あれ男!?
 マジで!?
 俺、男に見蕩れてた!?
 そんな! 詐欺だろ!?
 ……いや、きっと雷茲が間違って呼んでるんだろう。兄と姉の呼び方を間違ってるんだろう。
 ――そう思う。そう願う。そうであって欲しい。頼むから。
 雷茲が走って来るのに気づいた彼女(ここでは望みを捨てずに、彼女、と呼ばしていただきたい)は、両手を広げ、雷茲を抱きしめるのかと思った瞬間、その勢いのまま、綺麗な一本背負いをきめた。ドゴーン! と、凄い音が辺りに響く。そして、彼女は口を開く。
「遅いですよ、雷。待ちくたびれました」
 その声は、美しく、まるで歌っているみたいで、心地よいテノールの響きだった……。
 ……ん、テノール?
 って事は、やっぱり……。
 はぁ……。もう少し夢を見ていたかった……。
「どうも、初めまして。雷茲の兄の風茲ふうじです。職業は『風神』です。会いたかったですよ、まーちゃん」
 ニコッ、と笑いかけてくる。
 こいつが男だとわかっても、ドキッ、ってしてしまう。
 なぜ男なんだ!? 神様は頭が狂っているのか? なんでだー!?
 ……いや、まだ男と確定したわけではない。声の低い女性かもしれない。聞いてみるか……。
「初めまして。ところで、あなたは女性ですか?」
「……女性? いえいえ、男ですよ」
 やっぱりーっ! 望みが潰えた……。
 ちくしょーっ! こんなに綺麗な人見た事無かったのに……。
「でも、なぜか皆さん、ぼくを女性に間違えるんですよね。本人はそうは思わないんですけど……。どっちかって言うと、男っぽいイメージで日々を過ごしているんですが……」
 どこがだよっ!
 自分の顔見てみろ!
 綺麗だから! 物凄く綺麗だから!
「はぁ……。それで何の用ですか? 道も覚えていない弟を捜しに行かせるなんて」
「弟? ああ、なるほど。――雷。こちらにおいで」
 投げ飛ばされた雷茲は、いつの間にか立ち直っていて、蝶を追いかけていた。
 そんな雷茲を、手招きで呼び寄せる。
 その仕草があまりにも優雅で、ドキッ、としてしまう。
「何? 風兄?」
「そのまま――手を後ろにまわして――そのまま。動いてはいけません」
 弟を直立させた風茲は、次に俺の手を取り(もちろん、ドキドキした)、そのまま雷茲の胸に手を押し付けた。
 ムニッ。
 柔らかかった。
 まさか……この……柔らかい感触って……。
「にゃああああー!」
 雷茲は、凄いスピードで後ろに下がっていった。
 そして顔を紅潮させて、
「まーちゃんのえっち……」
 と、呟いた。
 ま、まさか……こいつ……。
「ええ。雷は女ですよ。可愛い妹です」
 なんですとー!
 発育してなさすぎて、わからなかった……。
「……気にしているのに。何よりも気にしているのに」
 雷茲は泣きそうだった。てか、泣いていた。
「傷ついた……。おいらの乙女心は深く傷ついた……」
「ご、ごめんなさい?」
「何で疑問形なんだー! 謝れ! 全身全霊をかけて謝れ!」
「こらこら。落ち着きなさい、雷。まーちゃんも一応謝っといてください」
 よく考えれば、原因はこの人なんだよな……。
 でも、そんな事をこの美貌の前では言えない……。男だけど……。
「ごめんなさい」
「うん。許す」
 軽っ!
「これで双方、仲良しですね。良かった」
 なんか……騙された気が……。
「被害妄想ですよ、まーちゃん。――それより、お話をしましょう。その為にあなたを呼んできて貰ったんですから」
「そんな事ですか……。もっと重要な事かと……」
「重要ですよ。――雷。少し遊んできなさい」
「胸を大きくするにはどうすればいいんだろう?」
 どうすれば……。そう呟きながら、蝶を追いかけ始めた。
 蝶を追いかけても胸は大きくならないと思うが……。
「まずはお礼を言っておきます。雷が世話になりました。騒がしかったでしょう?」
「……そうですね。でも、迷っていたんで助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、別に礼を言われる事ではありませんよ」
 ――それからは、どうって事の無い会話を続けた。
 髪を掻き揚げる仕草に、ドキッ、としたりしたが、それも次第に慣れていった。

 かなりの時間が経過したと思う。
 相変わらず、雷茲は蝶を追いかけているが。
「そういえば、まーちゃん」
「何ですか?」
「あなたは……澪と知り合いでしたね?」
 なぜ澪を知っているんだろう。
 ……そうか、あいつは、おそらく何度もこの世界に来ているからどこかで会ったことがあるのか。
「まぁ、幼馴染ですから」
「どう思ってます?」
「?」
 質問の意味が分からない。
「別に深い意味はありませんよ。今思っている事を言ってくだされば」
「…………」
 風茲は次の言葉を待っているようだった。
「……大事だと思います」
「どのくらい?」
「それは……わかりません。でも……」
 わからない……。
 それは事実だ。
 でも、大事だと思う。大切だと思う。
 世界が澪の敵になったとしても、俺だけは……味方でいようと思う。
 それくらい、大事で大切だ。
 やっぱり、よくわからないけど……。
「そうですか……」
 深く息を吐き、何かを決意したように立ち上がる。
「死んでもらいましょう」
「は?」
「まーちゃん、あなたには死んでもらいます」
 なんで?
 どうして?
「ぼくも出来れば殺したくは無かったですが……仕方が無い。ぜろの味方をするというならば」
 零……?
 誰だそれは?
「雷っ! いきますよっ!」
「はいよー!」
 雷茲があの物凄いスピードで突っ込んでくる。
「心に負った傷の分だけ殴ってやるー!」
 しっかりと根に持っていた。
 ――って、そんなこと考えてる暇無ぇ!
 とにかく、避けないと……。
 横に跳び退く。
 後ろにあった岩が、粉々に砕け散る……。
 ありえねー! 避けて良かった……。
 ふと、影が覆ってくる。
 後ろに、何かが当たった衝撃。
「チェックメイト。終わりです」
 手には煌くナイフ。
 死んだと思った……。
 なぜなら――
 ――腹から手が生えてきたから……。

 その手は、ナイフを掴む。
 それに驚いた風茲は、ナイフを手放し、後ろに退く。
「腕……う、う、う、腕が……生えてきたー!」
 この状況に一番驚いているのは、俺だった。
 なんじゃこりゃー! マジックかー!?
 腕はナイフをポイっと捨て、更に伸びてきた。
 やがて肩が出てきて、頭が出てきて、もう片方の腕が出てきて、胴体が出てきて、足が出てきて。
 その真っ黒な人影は、俺から飛び出した。
「呼ばれて飛び出てジャジャーン! 史上最高なまでの最悪! 絶対的な絶望悪! 只今、参上!」
 …………。
 ……誰?
 ただ黒い。どこまでも黒い。果て無い闇のようだ。
 しかし、存在感は圧倒的に凄い。あの彼女の……じゃなく、彼の美貌すら薄れてしまうほど……。
 それほどの圧倒的なまでの、
 闇の存在感。
 全ての存在を消してしまうほどの、
 黒の存在感。
「なぜ、あなたが……?」
 風茲が闇に問う。
「ふん。理由なんてねーよ。ただの気紛れだ」
「あなただって彼の存在が……」
「知ってるよ。そんな事くらい。今はそんな事聞いてる時じゃねーだろ? 殺り合うのか、どうか。だろ?」
「イイトコだったのにー! 殴ってやるー!」
「やめなさい! 雷! ――あなたに敵うはずがありませんから、ここは退かせて貰いますよ?」
「いいよん。好きにしな。今日は遊びに来ただけだ」
「そうですか。それでは――ああ、まーちゃん。いつかあなたの首は切らせて貰いますから。気長にお待ちください。――雷、行きますよ」
「はーい……。じゃあ、またね。まーちゃん。バイバイー!」
「ばい……ばい……」
 雷茲は遠ざかりながらも、手を振ってきた。
 ……こっちはお前等に殺されかけたってのに。
「よっ、まーちゃん。初めましてー。オレは、ぎん。職業は『一匹狼』。夜露死苦!」
 手を差し伸べられ、起こされながら自己紹介された。
 真っ黒なマントに身を包み、更に真っ黒なフードまで被っていて、男性か女性かどうかも判断できなかった。
「よろしく……わっ!」
 そのまま両腕を掴まれて、回された。
「あはは。あはは」
「…………」
 状況についていけない……。
「笑えよ」
「……はい」
 ……怒られた。凄く怖かった……。笑うしかなかった……。
「あはは」
「は……は、は」
「もっと優雅に笑えよ」
「……すいません」
 ……物凄く怒られた。もっと、凄く、怖かった……。優雅に笑うしかなかった……。
「あはは」
「あはは」
 何だこの状況?
 両腕を掴まれて、狠を中心に振り回されている。
 最早、俺は宙に浮いている。
 なんだ、この展開?
「あはは」
「あ……は……は……」
 目が回ってきた……。
「いっくよー!」
「はい?」
「せーの……。どっせーい!」
「えっ……。ええっー!?」
 手を放された。てか、投げられた。
 当然、俺は空にぶっ飛ぶわけで。
「飛んでる。飛んでるぜー!」
 地面がかなり下にあった。
「これどうしたらいいんだーっ?」
 森を飛び越えていく……。
 落ちる気配は無い。
「どこまで行くんだー!? 助けてくれー!!」
 空に誰かがいるわけはなく。
 どこまでも……飛んで行く……。















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