第4色 迷いの森にて【雷】
……はぐれた……迷った……どうして? なぜ周りには誰もいないのだ? 俺は一番後ろにいたはずだ。それなのに、俺の前に誰もいないのはなぜだ? どの辺りでいなくなった? 確か、入ってから十分間はいたはずだ。それから――
――「次は右ですから、左ですね」
地図を手に、錺が意味不明な事をほざいた。右だから左に行く? ……バカなのか?
その後ろを何の疑惑を抱く事なく、ついていく二人。澪と瑠御礼さんだった。
二人ともかなり怖がっていて、ちょっとした物音でも驚いていた。二人とも眼には涙を溜めていた。二人は震えながら、お互いを支えあっていた。
「次は左ですから、右ですね」
また意味不明な事をいう。
なるほど、地図とは逆の方向に行ってるのだな。確かに、あの地図は物凄く怪しい。森の入口にある看板に張り付けてあった物だから。そう簡単には信用しない、というわけか。
「次は右ですから……右ですね」
はぁー? なんで? 右だったら左じゃないの?
「次は左ですから、右ですね」
また戻った。
「次は左ですから、左ですね」
…………。……もう、無視しよ。やってられん。
そう思い、澪達と同じように景色観賞(二人は景色観賞なんて生易しい物ではなく、景色警戒だが)する事にしよう。
かなり薄暗く、時折、動物の声らしき物が聞こえ、草木がたまに、がさがさ、と動く。かなり不気味である。何か出るぞ、と言われれば、何かが出ても不思議ではないくらいには。
ある程度、周りを見回した後、視線を前に戻した。
最早そこには。
三人の姿は。
無かった……――
というわけで、はぐれ、迷った、という事である。
……俺は小学生か。よそ見しているうちに迷子になるとは。ある意味、天才!?(ただのバカ)
どうしよう……そうだ。まずは現状を把握しなければいけない。
まずは、俺の方が迷子だという事。
たまに、自分以外の人の方を迷子にする人もいるが、この場合、向こうは地図を持っていて、こっちは何もを持っていない。これらの事から考えられる事は、俺の方が迷子である、という結論である。
次に考えられる事は、動くべきか、動かざるべきか。要するに、助けを待つか、自ら捜しにいくか。である。悩みどころである。……さて、どうしたものか。
俺は、道の端に座って考える事にした。
うーん、と悩んでいるその時、後ろから首筋を、ベロリ、と舐められた。
「!!!!!!!!」
俺はすぐさま飛び退いて、後ろを振り返った。
「…………。……ぷっ。わははははははは!」
やがて草むらから、豪快な笑い声が聞こえてきた。
「いやいや、悪ぃな。すまねー。だから違うって、わざとだって、てか。わははは。あんまり気にするなよ? おいらの癖みたいなもんさ。人を見ると味見したくなるんだよねー。なるよね? ならない? おいらだけ? わははは。ん、お兄さん一人? こんなとこで? なにしてるの? って、迷ってるんだっつーの。わははははははは」
なんだこいつ?
誰?
本当に誰?
……知ってる……わけないよな。
こんな完璧なまでに金髪の奴なんか見たことないし、背は低いし、肌は綺麗に日焼けしてるし、所々傷だらけだし。……誰?
「そうか、自己紹介がまだだったねぇ。おいらは、馘桐雷茲だ。職業は『雷神』だ。かっけーだろ?」
格好いい……。憧れる……。俺の羊とは雲泥の差だ。だって、神と動物だよ。雲に乗っかってる奴と雲のようにふかふかしてそうな奴だよ。――いいなぁ……。
「うん? あんたの職業『羊』なんだ。てことは……あんたがまーちゃんだな。すげーっ!偶然ってあるもんだな。おいらの日頃の行いが良かったのかな。なーんつって。わはははははは」
なっ! 俺の名前まで知っている!? なんて事だ……。こんな知らない奴にも俺=羊という恥ずかしい事を知られているとは! 最悪だ……。俺は日頃の行いが悪いのだろうか……。
「そんなに落ち込むなよ、まーちゃん。気にしちゃダメだって。むしろ、『羊』っていうのは、すげーんだぜ。……いや、何がすげーのかは、よく知らないけど。とにかく、すげーんだ。だから誇るべきだ」
そんな言い方されて誇れるかっ!
「――そういえばおいら、まーちゃんに会いたかったんだ。けど、なんで会いたかったかが思い出せねぇ。なんでだっけ?」
知るかっ!
「……ねー、何か喋ってよ。おいら……寂しい……じゃんかよー……。泣くよ? おいら泣くよ? 泣いたらすぐに、風兄が助けに来るよ……」
マジで涙を眼に溜めて、本当に泣きそうだった。てか、もう泣いてる?
「……ん、風兄? ……何か思い出せそう……。あっ、そうだ! 風兄が呼んで来いって。そうだった。よかった。思い出せた。――というわけで、まーちゃん、おいらについてきてくれ」
なんでだよっ!
意味わかんねーよ!
それに小さい時に言われてるんだよ。知らない人にはついていかないように、ってな。
――おいおい、一転して嬉しそうだな。そんなに嬉しそうな顔、見た事無いよ。俺が行く事、もしかして確定? もしかしなくても確定?
「なー、まーちゃん。早く行こうぜ。おいら、怒られちゃう。それに、向こうも待ちくたびれちゃうよ」
そう言いながら、俺の手を掴んでくる。
結局、行くしかないのか……。
……道に迷っていて行き先無かったから、別にいいけど。
「わかったよ、行くよ。とにかく手を放せ。……ったく。ついていけばいいんだろ?」
「今度ははぐれないようについてきてくれよ。はぐれたら、捜すのメンドーだからよ」
ぐぁ! 他人に言われると傷つく。もう忘れてくれ! そんな過去! ……俺は、俺は、迷ってなんかいない!
「過去を反省し、改めてこそ、人間は成長できるんだぞ。まーちゃん」
……………………。
……いや、そうなんだけどさ……なんか……お前に言われるとさ……なんか……違うような……。
「何をっ!? おいらは日々成長を重ねているぞ! この間だって、驚くなよ……なんと遂に、九九をマスターしたんだぞ!」
九九を? 今更? 何歳? 俺と同じくらいだよな? まさかの小学生! なんて事は無いよな?
「――聞いて驚け。1×1=1、1×2=2、1×3=3、1×4=4、1×5=5、1×6=6、1×7=7、1×8=8、1×9=……9=……9……=……=……? ……?? ……????????? なんだっけ?」
なんでだよっ! なぜ九九を!? しかも一の段……間違える要素ゼロだろっ!? そのままリズム良くいけよ!
「まっ、いっか。また覚えればいいや。そんなことより早く行こうぜ。怒られちゃう。怒ったら、恐いんだ。だから早く行くぞ」
「……そうだな。こんな馬鹿なやりとりをしていても無駄だ。じゃあ、案内してくれ」
「オーケー。了解だよ、まーちゃん。――さぁ、こっちだ。ちゃんとついてきてくれよ」
そう言い残し、雷茲は、砂埃を立てながら物凄いスピードで走り去っていった……。その様子は、木々が薙ぎ倒されているかのようで。
森の中へ消えていった……。
はぁ……。
俺はこっちに来てから何度目かの溜息を吐き、呟いた。
ついていけるか、と。
数分た経つと、雷茲が戻ってきた。なぜか号泣している。
「ふぇぇーん! ま、まーちゃんが、つ、ついて、こ、来ないから、お、おいら、怒られ……ふぇぇぇーん!」
…………。……いや、俺のせい? 俺の責任? 勝手に突っ走って行ってしまって、どこに行ったかわからなくなって……てか、案内ちゃんとしろよ。あんなスピードじゃ、並の人間はついていけない。
「そ、そんな事、い、言われても、お、おいら、あ、案内、屋、じゃな……ふぇぇーん!」
……引く! 怒られたという理由だけでここまで泣かれると引くぞ。子供かっ!? もしかして、本当に小学生?
「そんなわけ、ないだろっ! うぇぇーん!」
あーあ、鼻水まで垂らしちゃって。ハンカチ持ってないしなー。どうしよ……。
「うぐ……えぐ……うう……えーん!」
まだ泣くかっ!
どうしたらいい? この状況を打破するには、一体どうすれば?
「……あのな」
恐る恐るという感じで、話しかけた。
「もう泣くなって。ほら、今度はちゃんとついていくからさ。泣くなって。――あっ、でも、歩いて行こうな。そうすればさ、はぐれることも無いだろ?」
「う、うん……」
ふう……。やっと泣き止んだか……。
「えへへ……、まーちゃんは優しいな」
今度は一転して笑顔だった。
感情の入れ替わりが速い奴め。泣かれるよりはずっといいが……。
「よし! 今度こそ行くぞ。次は――ついてこいよ」
ついていくさ。走らなければな。
って、言ったのに……また……。
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