第10色 迷った末の決意【決心】
「そうだ! あの女は儂等の村を壊したんだ! 完膚なきまでに壊したんだ!」
村長は肩で息をしながら、俺等に叫ぶ。
過去に起こった出来事を……。
「あれは数年前だ……。儂等は、違う場所に住んでいた。平和な日々だった。あの女が現れるまでは!」
以後は、村長の話の要約である。
ある日、彼等の村に一人の少女が現れた。その少女は、ひどく衰弱しきっていた。親切な村人達は必死に看病をし、少女は次第に次第に元気を取り戻していった……。
しかし、事件が起こる。
少女が何の前触れも無く、村人を殺したのだった。
それから目につくすべての生命を殺しまわり、存在する建物すべてを破壊してまわった。
辺りは一時間もしない内にすべてが破壊された……。
何とか逃げ延びる事が出来た人々は、新たな村を創った。あの少女の事を忘れようと、平穏に暮らそうと……。忘れる事などありえないのに……。
その少女というのが――澪――だと言う。
永遠に忘れる事がない名前。
「そうだ、忘れられるわけがない……。――多少は成長しているようだがそんな事でわからなくなる程にこの恨みは浅くはない。おい……小僧、想像が出来るか? 平穏を築くために一体、どれ程の時を費やしたと思う? あの事件から立ち直るためにどれ程の時を失ったと思う? もう一度村を築くのに、どれ程の時が経過したと思う? 一体、どれだけの命が犠牲になったと思う!?」
怒りで語尾が強くなっていく。
でも、俺には信じられなかった……。
あの澪が、澪がそんな事出来るはずがない。そう断言できる。
「そして――またあの女が現れた……。またこの村が壊される……そう思った。忘れようと努力していた事件がまた脳裏に浮かんできた……。――殺された者たちの復讐をせねば。怨みを晴らさねば……。そこを退けっ! さもなくば殺すぞっ!」
「そう簡単に、はいそうですか、とはいかねえよ」
「そうか……。ならば力ずくだ……。行けぇぇぇー!」
村長がそう叫ぶと、シャベルと鶴嘴を持った村人二人が襲いかかってきた。
まず最初に来た鶴嘴の方を右足で足払いをし、そのまま回転して即座に襲ってきたシャベルの方を回し蹴りの要領で左側頭部に蹴りを入れる。その後、立ち上がりかけている鶴嘴の方の鳩尾に右ストレートを入れる。
パチパチパチパチ……。
「おおー! 凄いですねー、まーさん」
錺が暢気にも拍手をしている。
「おい、お前も何かし……」
「まーさん! 後ろっ!」
ガンッ!
後頭部に思いがけない重い衝撃が走った。
「まーちゃん!!」
薄れゆく意識の中で、澪の姿が目に入った……。
――……俺が目を覚ました時には、そこは惨状だった。
「あっ、目を覚ましましたか?」
傍らには錺と瑠御礼さんがいた。
「おいっ、これはどういう……痛っ!」
「まだ動いちゃ駄目ですよ。まー君は安静にてください」
いつの間にか瑠御礼さんの太ももを枕にしていた。本当ならば、凄く満喫したいのだが状況がそれを許さなかった。
この状況、村長を貫いた澪らしき人物の腕……。
「説明なら僕がしましょう。貴方が気絶してから――」
――――…………
「まーちゃん! まーちゃん! 起きてよ、まーちゃん!」
葵月さんはまーさんに縋りつき、涙を流しながらまーさんの名を叫び続けている。
「葵月さん。頭を揺らしてはいけません。――大丈夫です。おそらく脳震盪ですから」
「まーちゃん……ううっ……ううっ……ううっ……」
葵月さんはまだ泣いている。
「あの女だ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!」
村人が一斉に吠える。
「殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!」
女子供が一斉に石を投げる。
男達は武器を握りしめる。
「瑠御礼さん、下がっていて下さい。危険です」
僕が一番前に立って石を防ごうとするが、多方向から投げ込まれる石を防げるわけもなく、頭、肩、腹、足、体のあらゆる場所に当たり血が滲み出てくるのを感じられた。
それは、瑠御礼さん、葵月さん、も例外なく、唯一無事なのは気絶して倒れているまーさんだけだった。
一つの大きな石が飛んできた。
それは――葵月さんの頭に当たった……。
それがきっかけだったのかもしれないし、別の何かがきっかけだったのかもしれない。
葵月さんが――壊れた……。
「ううっ……ううっ……ううっ…………うふ……ふふ……ひゃはは……きゃはは……キャハハハ……キャハハハハ!」
それからは自分でもよくわからない。葵月さん……否、彼女はまーさんから手を離すとすたすたと村人たちの集まりへと歩いて行く。
「キャハハハハハ! キャハハハハハハ!」
彼女は嗤い続ける。
その様子に怖気づいたのか、村人は誰一人としてその場から動かなかった。否、動けなかった……。
「キャハハハハ! キャハハハハハ!」
「うっ……うう……」
そのままで彼女は村長の前にまで来た。
「キャハハハハハハハハ!」
「うぐっ!」
次の瞬間には、村長の胸を貫いていた。手には赤黒く脈打つモノが乗っている。
それは――心臓だった……。
「――これが、貴方が寝ている間に起こった出来事です」
信じられない……。澪が……あの澪が……。
「でも、これが事実……まーさん!」
錺の言葉が終る前に俺は駆けだしていた。
頭がふらふらし、ズキズキと痛む……。でもそんなのに構っている暇は無い!
早く速く、澪の所に行かないと……。
村長はまだ死んではいなかった。最後の抵抗に己の心臓を持つ腕を力の限りに握っている。
「キャハハハハ!」
その光景を見下ろし、更に彼女は嗤う……。
そして、一気に腕を引き抜き、心臓を――握り潰す……。ぐちゅ、という音が辺りに響く……。
村長は遂に力尽き――絶命した……。
「キャハ。キャハハ。キャハハハハハ!」
嗤う……。嗤い続ける……。子供の様に、無邪気に、悪意無く、恐怖の嗤いを続ける――。
「キャハハハハ! キャハハハハハハハ! キャハハ……」
「はぁ……。やっと辿り着いた……。もう止めよう……泣いてるじゃないか……澪」
後ろから抱き締め、耳元にそっと呟く……。
「もう止めよう……。涙が流れているじゃないか、心を痛めているんだろう?」
「ま、まーちゃん……」
澪だった。それは、俺がよく知る澪だった。
「今だっ! 皆、今の内に……殺せっ!」
誰かのその声で、村人達が一斉に襲い掛かってくる。
もう無理か……。そう諦めた時、目の前の空間から人が現れた。いや、最初は人とは判断できなかった。それは夜の闇が具現化したかの様に黒かったからだ。
「呼ばれなくても飛び出てジャジャーン! 史上最高なまでの最悪! 絶対的な絶望悪! 只今、参上! 」
職業『一匹狼』――狠だった。
「いやはや、えらくボロボロですねー。まーちゃん?」
気軽に話しかけてくる。この状況がわかっていないのだろうか?
「状況ならわかってるぜ! 天下○武道会だろっ!? これは予選か? その割にはえらく盛り上がっているな。まさかのオレ登場で盛り上がっちゃったわけ!? いやー、人気者はつらい!」
はぁ……。一気に場の空気が変わってしまった……。村人も気を削がれたみたいだ。
そんな事を考えていると澪の呟きが聞こえてきた。
「私……知ってる。……お兄ちゃん?」
え……。お兄ちゃん?
澪の視線はこの狠に向いている。お兄ちゃん? こいつが? いや、いやいや、澪に兄弟はいないはずだ。じゃあ……一体……。
その視線を受けた狠は、ふっ、と笑い、
「さぁ、早くお行き。ここは危険だから……」
そう言い、俺等の前に立って逃げ道を示す。
「さぁ、行けっ!」
「行くぞ! 錺! 瑠御礼さん!」
「わ、わかりました……」
「は、はい!」
そして、俺達は走り出す。しかし、澪は走らない。
急いで戻り、手を引っ張る。
「澪! 行くぞ!」
「で、でも、お兄ちゃんが……」
「澪! あいつはお前の兄貴じゃない! 行くぞ!」
「う、うん……」
俺等は村の外へと走り出す……。
「ま、待てっ!」
「おっと、ここから先は通行禁止だ。――さて、どうしたものか? 村長の死体で遊ぼうか? それとも、君達……生体で遊ぼうか? どっちにしろ最悪な死に際を覚悟しとけよ? オレに向かってくるならな。所詮、絵如きがオレに勝てるわけもないんだから大人しくしとけば? ……なーんて、オレがそうさせると思ったかよ?」
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。
こ、ここまで逃げれば大丈夫だろう……。
「みん、皆、い、いる、かぁ?」
「と、とりあえずは、だ、大丈夫そうですね」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「…………」
「澪……大丈夫か?」
「私、殺したんだね……」
そう言い、澪は俯いてしまう。
「…………」
こういう時、何て声をかければいいかがわからない……。
ただ、落ち込んでいる澪を見守る事しかできない。
沈黙が続く……。
それを打開するために、錺に話しかける。
「……錺、これからどうする?」
「……ああ、そうですね――」
次の瞬間、更に場の空気が悪くなる言葉を言った。
「――葵月さんとは決別しようかと思います」
「は? 何で?」
「まーさんは怖くはないんですか? あんなに簡単に――いくら人ではないとはいえ人に近いモノを――殺してしまうこの人を……。正直、僕は怖くて怖くて仕方がありません。いつ、自分が殺されるかわからない」
「あれは澪じゃない!」
「だとしてもです。あれが本性だろうと本性じゃなかろうとそんなのは関係無いのです。ただ怖いのです。本能が、生命としての本能が、彼女に対して恐怖を抱いてしまったのです」
「だが、あれは……」
「もういいよ、まーちゃん」
澪が会話に入ってくる。
「もういいよ。そうだよね、怖がらない方がおかしいもんね。……ごめんね、嫌な思いさせちゃって」
ごめんね、再度そう謝り、また俯いてしまう。
「いえ、こちらこそ。――それではそろそろ行かせていただきます。では……」
錺はどこかへと歩いて行ってしまった……。
「……瑠御礼さんはどうします?」
「……私は……彼一人だと心配なので、彼に付いて行きます」
「……そうですか」
瑠御礼さんは錺の後を追って走って行った。
俺と澪だけが残った……。
「まーちゃんも……」
不意に澪が話しかけてくる。
「まーちゃんも……行っていいんだよ? 嫌でしょ? こんな女と一緒にいるのなんて……。無理しなくていいんだよ? 私から……離れても……いいんだよ?」
澪は言う。
痛々しい笑みを浮かべて言う。
そんな澪を今度は正面から抱きしめる。
そして、耳元に口を近づける。
ここで、俺の想いをすべて伝えたかった……。でもそれは、卑怯な気がして……。だから、ここでは少しだけ、ほんの少しだけ――想いを告げる。
「俺はそばにいるから。ずっとここにいるから。手を伸ばせば触れられる距離にいるから」
いつか、問われた。
『彼女の事をどう思っているか?』
と。
それに対して俺は、
『世界が澪の敵になっても味方でいてやろうと思う』
そう答えた。
それが今だ。今なら断言できる。
俺は澪の味方だ、と。
「ううっ……ありがとうぅ……」
澪は俺の胸で静かに泣く……。
俺は、更に強く、澪を抱きしめる……。
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