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色世界
作:伊玖夜紗望



第9色  迷った末の決意【真実】


 なんだよ……これは……。
 誰なんだ……あいつは?
 小顔に整った鼻、薄い唇、くっきりとした二重瞼に、少し吊上った、吸い込まれそうなくらいに綺麗で大きな瞳。
 よく知っている顔。
 見間違うはずもない顔。
 それでも――
 ――誰だか知らない。
 ――誰だかわからない。
 俺が知っているあいつは、こんな事が出来る奴じゃない。
 こんな事が出来る奴は、あいつじゃない。
 小顔に整った鼻、薄い唇、くっきりとした二重瞼に、少し吊上った、吸い込まれそうなくらいに綺麗で大きな瞳。
 よく知っている顔。
 見間違うはずもない顔。
 それは――澪だった。
 ……いや、あれは澪なんかじゃない。澪と同じ外見をした別物だ。人ですらない、あれは――。

 視線の先には――澪がいる。
 いや、澪じゃない何かがいる。
 そして、その何かの右腕で胸の辺りを貫かれたままの村長。
 その腕の先には、赤黒く、びくびくと脈を打っている物が掌の上に乗っている。
「キャハハハハハハ!」
 それは、高らかに嗤う。
 この満月の夜に嗤い声は辺り一面に響く……。
 その嗤い声は、どこか壊れているかのようで、狂っているかのようで、聞いている者に恐怖を与える。
「キャハハ! キャハハハハ! キャハハハハハハ!」
 まだ嗤い続けている。
 なんで? どうして? こんな事になってしまったんだ……。



 ――……数時間前。
 温泉から帰る途中だった。
「はぁ……。俺も入りたかったぜ」
「駄目だよ、まーちゃんは。温泉に入る前になぜかのぼせちゃって、鼻血を出しちゃったんだから」
 それを言われると何も言えなくなってしまう。
 二人の浴衣姿を見て鼻血が出ました。なんて言えるわけがない。言った瞬間、変態確定だ。
 確かに、温泉に入る前にのぼせて倒れてしまうとは我ながら恥ずかしいと思うが、あんなものを見てしまったら……ねぇ……。
「いやー、凄く気持ち良かったですよ、まーさん」
 錺が、肩にポンと手を置きながら話しかけてきた。
 …………。
 何だろう? この胸の奥から込み上げてくる黒い感情は?
 これが殺意というものなのだろうか?
「まぁ、また入ればいいですよ。朝にでも……ね?」
 瑠御礼さんが、俺の感情を感じ取ってか、にこやかな笑顔で話してくる。
 …………。
 その笑顔を見ているだけで、俺の中の黒い感情が消え去っていく……。
 笑顔には人を癒す力がある事を俺は今確信した。

 あの後、俺は鼻血が出てしまい、倒れてしまった。
 その間に、錺は一人温泉に入り、倒れる原因となった、澪と瑠御礼さんが介抱をしてくれた。
 そして今は、あのボロ小……ではなく、あの廃屋……でもなく、親切な村長が我々のために貸してくださった馬小屋へと戻るところである。

 他愛もない会話をしていると不意に話し声が聞こえてきた。
 前方に数人の人が集まっている。
「……本当……彼女……全然……」
「間違い……見た……同じ……」
「村長……俺は……」
「……俺も……恨み……」
 何か話しているようだが、よく聞こえない。

「どうかしましたか?」
 錺が一歩前に出て、その四人組に声をかける。
 その声に反応した四人が一斉にこちらを振り向く。
「あ、あ、あんたらは……」
「ああ、温泉に入っていたのですよ。貴方達はこの村の住人ですか?」
「あ、ああ、そうだ……」
 その四人組は錺と会話をしつつも、しきりにこちらを見てくる。
 おそらく、いや、間違いなく、この二人の浴衣姿に見蕩れているのであろう。
 その気持ちはよくわかる。俺は被害者第一号だからな。
 被害者なんて言い方は失礼だろうが、あの二人の格好は、完璧に凶器に値する。それ程の魅力が備わっている。
「そ、それじゃ、そろそろ私達は帰るよ」
「そうですか。それでは、おやすみなさい」
「あ、ああ……」
 いそいそと四人組は帰っていく。
 村長以外の村人は初めてだったが、あの四人組、最初から最後まで挙動がおかしかった。何かを隠しているかのようで。

「ふいー、戻ってきたぜ!」
 小屋に戻り、そう声を上げたのは、澪だった。
 普段ならこんな事に声を上げるような奴ではないのだが、今日はやたらとテンションが高い。
 どうかしたのだろうか?
「さて、そろそろ寝ますか? 明日は朝早くから行きましょう」
 錺が寝袋の準備をし始める。
「まー君、これ……どうぞ……」
 瑠御礼さんが寝袋を渡してくれる。
「それでは、僕は先に寝させてもらいますよ。……すーすー」
 早っ! もう寝息を立てている!
「私も、もう寝させてもらいますね。それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい、瑠御礼さん」
「おやすみー、ルミちゃん」
 そう言い、瑠御礼さんは俺等から少し離れた所に寝袋を敷いて寝始めた。
 ……うん、正直に言おう。かなり離れた場所に寝袋を敷いた。言うなら、こっちの壁から向こうの壁くらいの距離。と言うか、この小屋で取る事が出来る最大の距離。
 ……別にいいんだけど、ここまで距離をあけられ警戒されると、信用されてないのかなー、って思っちゃったりして。
「皆、寝ちゃったね……」
 あと起きているのは、俺と澪だけになるわけで。
「疲れているんだろう。かなり歩き回ったからな」
「まーちゃんは大丈夫?」
「俺? ああ、大丈夫に決まっているだろう。あれぐらいじゃ疲れない」
「そうだよねー。まーちゃんだもんねー」
「その言い方には、貶されている感じがするな」
「そんな事無いよー。褒めてるんだって」
「ふーん」
「…………」
「…………」
 言葉は途切れ、沈黙が続く……。
 もっと話したい事があるはずなのに。
 もっと話していたいのに。
「…………、まーちゃん」
 澪が、突然口を開く。
「まーちゃん、私達……帰れるよね? 元の場所に戻れるよね?」
 涙を流しながら、澪は言葉を紡ぐ。
「私……帰りたいよ……帰りたいよぉ……」
 澪が大粒の涙を静かに流し、俺に心の内を訴えてくる。
 澪はずっと不安に思っていたんだ。だからこそ、その不安に押しつぶされないようにと、無理にでもはしゃいでいたんだ。不安に思わないはずがないんだ。澪は普通の女の子なのだ。
 不安にさせないようにと、俺は優しく澪に話しかける。
「大丈夫だよ。きっと帰れるさ。皆もいるし。俺はずっと一緒にいるからさ。だから――泣くなよ?」
「……うん」
 澪は服の袖で目を拭い、こちらを向いてニコッと笑ってくる。
「えへへ、ごめんね? 心配かけちゃって」
「気にするな。いつもの事だろう」
「うん、そうだね。――それじゃあ、私も寝るね。おやすみなさい」
 そして、俺の真横に寝袋を敷き、寝始めた。
 さて、俺もそろそろ寝ようかな……。

 ……って、寝れるわけがない。
 気持ちが昂っているというか、緊張しているというか、とにかく眠れない。原因の一つはこれなんだろうが……。
 横を見る。澪が静かに寝息を立ててぐっすりと眠っている。その寝顔は、あまりにも優しくて……。
 その目からは、雫が流れていた。
 起こさぬように、そっとそれを指で拭う。
 その時、壁の穴から見える外の様子が異様に明るいのに気付く。
「まーさん」
 いつの間にか錺は起きており、俺の横にいた。
「どうやら村の人達のようですね。何かあったのでしょうか?」
「さぁな。俺等に用があるのかもしれない」
「ちょっと外を見てきますので、二人を起こしておいてください」
「了解」
 錺は外へと出て行く。
 さて、二人を起こそうかな。
「おい、起きろ」
「……すー……すー……」
 まぁ、予想通りだ。澪はそう簡単には起きない事を俺は知っている。
 というわけで、まずは瑠御礼さんから起こすとしよう。
「瑠御……っ!」
 なんじゃこりゃー! 可愛い、可愛いすぎる! なんたる寝顔! これはもう芸術作品だ! 作品名は『天使の寝顔』。……おっと、こんな事をしている暇は無い。さっさと、カメラを……って、違うだろっ、俺! 起こさないと……。
「瑠御礼さん! 起きてください!」
「……ふぁい? ……まーさん……どうかしたんですかぁ?」
「少し外が騒がしいんですよ。すみませんが、ちょっとだけ起きといて貰いませんか?」
「……ええ、わかりました」
 瑠御礼さんは、眠たそうな目を擦り、うーんっ、と背伸びをした。
 その時、薄い浴衣からならなおわかりやすい、しかも背伸びをする事によって更に強調された、決して控え目と言えない胸の膨らみに俺の視線が釘付けになってしまう。いかにも変態みたいな感じだが、俺は男なのである! なのである!!
「どうしました、まー君?」
「…………。……えっ、あ、その……ああ、そうだ――瑠御礼さん。頼み事があるのですが……いいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「澪を起こすのを手伝って貰いませんでしょうか?」

 それから二人でなんとか澪を起こす事に成功した時、
「何を言っているのですか!? 貴方達は!」
 と、外から怒鳴り声が聞こえてきた。
 あの声は、錺の声……。
 何やら徒ならぬ雰囲気。
 嫌な予感がする……。
「澪、瑠御礼さん――服を着替えておいて貰いますか? 俺は外の様子を見てきます」
 そう言い残し、俺は外へと出た。
 そこには錺とこの小屋を囲む大勢の村人が対峙していた。
 おそらくこの村に住んでいる全員がいる。なぜなら、大人だけではなく子供までもがいた。そして、彼らの手には赤く燃えている松明と包丁、鍬などの人に向ければ間違いなく凶器として使用できる道具を持っていた。それは大人子供例外なく全ての人間が……。
「おいっ! 錺、どうしたんだよ? 怒鳴り声なんか出して……。それにこの人達は……一体……」
「ああ、まーさんですか。……彼らはですね、この小屋を燃やすと言い出したんですよ。我々が眠っている間に!」
「なっ! なんで、何でそんな事するんだっ!?」
 俺は村人を見渡す。
「おいっ! てめー等、殺す気かっ!? 何でそんな事するんだよ!? 答えやがれ!」
 やがて、群衆の中から村長が姿を現した。
「簡単な事だ……。復讐だよ、復讐……」
 何の事だ? 復讐? 誰に対する? 俺等は全員、初めてここに来たはずだ。
 村長は、ふんっ、と鼻を鳴らし、言葉を紡いだ。
「まぁ……そんな事はどうでも良い……。――零を出せ! さぁ早く……出せっ!」
 零? 誰の事だ?
 村長は、俺の表情から理解できていないのがわかったのか、少し笑いながら言った。
「……そうか……知らんのか。なるほど、なるほど……。――女だ。あの、澪とかいう女を出せ。そうすれば、貴様等は逃がしてやる……」
 澪? 澪が何かやったのか?
 次の瞬間、村長が驚くべき事を口にする。
「何かやったのかという問題ではないわっ! あいつは……あの女は――

 ――儂等の村を壊したんだ!」
 












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