第0色 始まり
世界の事をどう思っているのだろうか?
揺るぎなく、そこに存在している。
そう思っているのだろうか?
ただ一つの確固たる存在だ、と思っているのだろうか?
信じているのだろうか?
もちろん、俺はそう思っていた。少なくとも、信じてはいた。
でも、それは、あまりにも的外れな、正解に最もかけ離れた、解答だった。
この物語は、誰も知らない世界で、誰も知らない者たちが、誰にも知られる事なく、それぞれの想いを懸けた争いに巻き込まれた、
ある少女の話。
少女だけの物語。
だと思っていた。
でも違った。
観客席にいると思っていた。いや、観客席にすらいないと思っていた。完璧なまでに部外者だと思っていたのに。
俺はステージの上にいた。
役割まで与えられていた。
だからこの物語は、劇のように、
無駄など無く、
無意味など無く、
すべての存在に意味が有り、
すべての事柄に意味が有る、
そんな物語。
それでは始めようか。
物語を……。
事の始まりは、妹が熱を出した事にある。
その日は、高校に入ってから初めての夏休みの初日。
妹が熱を出した。
かなりの高熱だった。
両親は仕事で、夜にならないと帰ってこない。薬も無かった。
だが、ますます辛そうにする妹。
こうなれば仕方がない……。可愛い妹が苦しんでいるのだ。
俺が動くしかあるまい。
たとえ、気温が三十度を超える炎天下だろうと、薬局が近所に無く、三十分くらい行った所にしか無かろうと。
俺が行くしかあるまい(正直に言うと、行きたくはなかった。しかし、近所でも評判の可愛い妹が、涙目で、「お兄ちゃん、つらいよぉ」と、言ってきたら、もう行くしかないだろ)。
というわけで、俺は自転車に乗り、家から五分ほど行った場所に差し掛かっていた。
分かれ道。分岐点。
さて、どちらに行こうか。
片方は回り道。一般的な普通のコンクリート道路。
もう一方は近道。危険な道。通称ゴミ山と呼ばれる場所を横切る道だ。
小さな物はねじから、大きい物は車まで。それらが、山のように、いつ崩れてもおかしくないほどに、高く積み上げられている。
故に、このゴミ山は立ち入り禁止区域になっている。とはいうものの、大半の人がここを往来している。だからそんなに深くは考えずに、いつも通りにゴミ山のほうへと向かった。
後でもう少し考えて、選べばよかった、と後悔するとも知らずに。
――ここが本当に分岐点になるとは、思いもしなかったから――
ゴミ山はかなり狭い道だ。慎重に運転しないと、ゴミに突っ込むことになってしまう。そんな事になりたくはないので、自然とスピードが遅くなる。
だからこそ気付けたのだろう。
ゴミに囲まれた中で立っている人影が。
誰だろうと思いつつも、誰だかは察しがついた。改めて後姿を見ると、それは確信へと変わった。間違ってるはずも無い。
幼馴染の葵月澪だ。
そして彼女の前には、ドアがあった。
何の支えも無く、立っていた。
何をしているのだろう。
何気なく、声をかけようと思ったが、澪が、異様なほど周りを警戒していて、話しかけにくい雰囲気があったので、ゴミに隠れて様子を窺うことにした。
やがて彼女は、ドアノブに手をかけた。
ドアが開く。
ドアの向こう側には、ゴミ景色が広がる。
彼女は深呼吸をして、ドアを潜った。
そして、
姿が消えた。
影も消えた。
形も消えた。
存在が――消えた。
な、はぁー!?
意味が分からない。
どういうわけ?
消えたって、消えるって――どういう事?
澪が、人が一人消えるって、何?
瞬間移動? 某漫画みたいに? 額に指当てて、気探って?
……ありえん。
絶対有り得ん!
ドアに何かあるのかと思い、ドアに近付きいろいろ調べてみたが、何も無かった。反対側にはもちろんゴミだけ。
……どういう事だ?
試しに澪と同じ行動をしてみる。
ドアの前に立つ――変化なし。
ドアノブに手をかける――変化なし。
ドアを開ける――変化なし。
ドアの向こうは、ゴミの山。
あとは潜るだけなのだが、何だろう? 体が強張る。ドアを潜ることを拒否する。あと一歩が ない……。根が張ったように、体が……動かない。むしろ、ドアから離れようとしている。本能が、行くな、と呼びかける。
だが無理やり、振り切るように、足を踏み出す。そして、
ドアを――潜る。
途端に景色が歪む。
宇宙に放り出されたかのように、体が宙に浮く。
今、どの方向に向いているのだろうか? ……わからない。
上下前後左右があやふやになる。
頭の中がかき混ぜられているかのように、気分が悪くなる。
………………。
……吐きそう。いや、吐く! このままだと確実に吐く!
うぅー……もう無理だ……限界に近い……。
…………はっ!
……吐ける……。今なら、吐けるっ!
そう思った時、体が安定してきた。
景色も元に戻ろうとしている。景色は明らかにゴミ山の景色ではなくなっている。
そして思う。
妹のために薬を買って帰らなければ、と。
人間という生き物は、不可解な事態に遭遇すると、冷静になり、日常的なことを思い出し、今起こっている事態から目を背けたくなるものである。
格好良く言ってみたけど、要するに、冷静になるという名目での、現実逃避である。こんな不可解な事態をすんなりと受け入れられるほど、俺は人間ができていないんでね。
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