蒼い眼の王子様縦書き表示RDF


こちらの小説は、とーやさんより発足された王子様シリーズ(笑)の一つです。それを踏まえてお読みください。
蒼い眼の王子様
作:朧月


 ずっと、生きていく事なんて馬鹿馬鹿しくて空しい事だと思っていた。

 そんな私を救った彼は、私の心を全て見透かしてしまうほど、深く蒼い眼をした人だった。
有名な名探偵。その彼の名は工藤新一。
数々の難事件を解決に導いた、素敵な蒼い眼の王子様。


 彼に会ったのは、そう。私と彼の通う学校の、屋上だった。



 ☆☆☆



 ……腹立たしい。

 どうしてこんなに腹が立っているのかわからないけど。とにかく、酷くむかつくんだ。
この、広い景色を見ることが……そしてこの大空の下にぽつんと立っていることが。

 そう。わくわく期待した始まりの春は過ぎて、初夏。
当然、桜はもう散ってしまって、木は緑色の葉をつけている。
見るだけで、元気になりそうに生き生きと。

 ところが、私はどうだろう。
考えて思い起こしてみても、私はいつも沈んでばかりだ。
沈んで、苛立って、下らない毎日をただ生きているばかり。
だったら何かすればいいじゃんとか、「遊べば?」「勉強すれば?」なんて、無神経な人たちは私にうるさい事ばかり言ってきて。
そんな事言われたって、何もする気が起きない……。
もう、何をするにもうざったくて。何もしたくない……。


 どうして、こんな気持ちになっているんだろう。


 学校の屋上で、先ほどから一人風に吹かれてたたずんでいた。
下らない世間から……下らない会話から逃れるように屋上に来た。
屋上のてすりに寄りかかり、体重全ててすりに預けて、下を見つめる。
そこを歩く人達。誰もかも、小さく見える。

 ……はっ、馬鹿馬鹿しい。

 人間なんて、所詮こんなちっぽけな存在じゃないか。
どうして私は、そんなちっぽけな存在によってこれほど思い悩まなければいけない?
どうして私は、そんなちっぽけな集団に入れないからと落ち込まなければいけない?
世の中なんて、みんなちっぽけで下らない人ばかり……。


 でもかく言う私が、一番ちっぽけで下らないんだろうけど……。


 目を細め、過去を振り返った。
思いだす思い出全て、私はいつだって、孤独だった。
楽しそうにグループを作る馬鹿な女達。
そして一旦作ったグループには自然と壁が出来て、余所者が入り込めないようになっている。
そんな、どのグループにも入ることのなかった、はぐれ狼のような私。
 どうして私だけ一人なのだろうと、いつも考えていた気がする。
最初はみんなの輪の中に入ろうと必死で努力していたのかもしれないけど、
そんなの、無駄な努力だと、分かってしまったから……
気付かなければ幸せなはずの領域に、一歩足を踏み入れてしまったから。

 何度目かの裏切りで私はようやく人への執着に終止符を打った。
もうこれ以上傷つきたくないと思った。
今までたくさん傷ついて傷だらけになって。
それでも尚今の自分を保っていくのは、もう精一杯だから。
 もう嫌だ。どうせまた裏切られて傷つく位なら……
いっそう、誰とも親しくならない方がマシだ。
そう考えてしまった。


 私は自嘲的な笑みを零し、下を見つめた。
コンクリの地面……。
その下に、草木など衝撃を和らげる原因になるようなものは全くない。
そして今なら、真下に人が集まっている事もないから、誰も巻き添えにする事はない。
考えたら、ぞくりと背筋を悪い何かが這った。
その考えは、私を自滅に導くものだ……。
判っていながらも、衝動が抑えられなくて、ごくりと喉を鳴らした。


 ……いっそ、飛び降りてしまおうか。


 死ぬのはとても嫌だし、怖いけれど。
それで全てを忘れる事が出来るなら……。


 もしも、それで楽になれるというのならば……


 そんな考えの元、私はその屋上の手すりに足をかけた。
ぐらり、と身体が傾いた途端心臓がはねて、ぐっと手すりを強く握る。
まだ、まだ心の準備は出来ていない。落ちるにはまだ、数分早い。
そう考えて、足を手すりにまたがらせたまま、下を見下ろす。



 結構……高いんだ。

 心臓の音が、どくんどくんと激しく聞こえてくる。
50%の恐怖と、そして50%の死への欲求が、私の中で交錯していた。
自然、呼吸が荒くなっていく。
私は、しばらくその場で固まっていた。

 もし、飛び降りたら……私はどこに行くんだろう?
私の未来に広がる道は、天国? 地獄? それとも……永久の消滅?

 中々踏ん切りがつかず、そのままの体制を保っていた。
色々な考えが頭の中を行ったり来たり、忙しなく移動した。


 そしてそんなどうしようもない考えの中の一つに、彼が居た。

 そう言えば程度にだけど、ある人物の顔が何故かふっと頭に浮かんだのだ。
今日も何かの事件を解決したと新聞に出ていた、高校生探偵の工藤新一。
あれは一年くらいは前だっけ? 私が高一の半ば頃の事。
彼が新聞で有名になって、ちょうどその頃に辺りの女子達が「同じ学校にいる人だ」って騒ぎ出して……そんな彼はクラスでも、人気になっていた。

 そう。彼は私とは正反対の人だ……。
皆に人気があって、とても好かれていて。
そして、いつも輝いている人……。

 たくさんの殺人事件を、いつも解決してるって聞いた。
どんな事件でも、事件があれば放っておけない推理バカって聞いた。
ふっ……、私がもしここで不自然な死に方をすれば、彼はそれを調べてくれるのだろうか。
浮かんだ考えに、自然と笑みが漏れる。

 だって最後にそんな有名な人が、必死で私の死の真相を調べるのだ。
校内で一番孤独かも知れない私の為に、校内で一番……それどころか日本全国でも名の知られた名探偵の彼が、それを調べるというのだ。


 ふふふっ、悪くないじゃない。

 そう考えたら死ぬ事など本当にどうでも良くなる事が出来て、私はようやく「よしそれで行こう」と心を決めた。

 再度下を見て、改めて覚悟を決めて、先ほどのうるさいほど激しい鼓動はいつの間に静まっていて。
とりあえず手すりを完全に越えてしまおう。と片方の足を動かしたその時。


 ガチャリ、と屋上の戸が開いた。


 私は、両目を普段じゃありえないほど大きく見開かせて、そこを見つめた。
そこで私を驚いた顔で見つめていたのは、今までずっと私の考えに登場していたその人。


 ……そう、高校生探偵の工藤新一。


 二年間も入学したときから同じ学校だったのに、直接見たのはこれが初めてだった。
新聞やテレビで顔は知っていたけれど、これが……工藤新一。


「何してるんだよ。危ないから、こっち来い!!」

 突然の出来事に慌ててるのか、彼は血相を変えて、大声でそう言った。
これってやっぱり、計画は丸つぶれって事?
あ〜あ。……どうせなら、完全に手すりの向こうに行ってから来れば良かったのに。
そうすれば、さっさと飛び降りたんだけどね。

「……噂をすれば、影ってやつね」

 仕方が無くふっと笑った。
まさか、彼の事を考えている時に、普段でも滅多に会う事のなかった彼が、屋上に出てくる事になるとは。

 そんな私にお構いなく、ゆっくりと一歩一歩近づいてくる彼。
はっとした。彼に見つかったからって、死ぬ決意に変わりはないのに。
何か言わなければ。それ以上、近くに来られたら……っ!


「来ないでよ! それ以上近づいたら、飛び降りてやる」

 うっわ。私、馬鹿みたい。
何どっかのドラマみたいな事言ってんのよ。
こんなお決まりの台詞吐いたって、仕方が無い事は分かってるのに。
すると彼は少し考えてから、その場に立ち止まった。

「何でそんな事やってんだ!?」

 私に問うその声は、とても力強いものだった。
あなたには、分からない。
色々な事に恵まれて育って来たあなたには。
こんな惨めな私の気持ちなんて……。

 いえ、他の誰にも分からない……。
その人の気持ちなんて、本人以外にはわかるはずが無いものなのよ。
私の気持ちは彼に分からない、けれど代わりに彼の気持ちも私には分からない。
人間なんてそんな、孤独な生き物。

 それなのに、その彼はとても綺麗な目で私を見つめていた。
ただ、その瞳を見ているだけで、全てが浄化されてしまいそうな。
蒼くて……蒼い眼。

 まるで全てを見透かしているような、見透かしてしまいそうな、そんな深くて大きな瞳で。
こうしている今にも吸い込まれそうだった。
穏やかでとても澄んでいるその瞳に。

「……そうやって、あなたは人の心を見透かして来たの?」

 私の問いに、彼はその目を大きく見開いた。
先ほどよりも更に、どんどんその目に吸い込まれていく自分が腹立たしい。
けれども彼はそんな私を見つめながら、口を開いた。

「……人の心なんて、見透かせないさ」

 あまりにも、静かな答えが返ってきた。
見透かせない……そんなの嘘よ。
じゃあ、あなたはどうやって犯人を見つけ出してるって言うの?

「俺は、ただそのトリックを暴いているだけだ。……探偵としてな」

 ……やっぱり嘘。
今だって、私の考えている事が分ったみたいに、言葉が返ってきたじゃない。
私が彼に疑惑の目を向けると、彼は小さく苦笑した。

「人の心は見透かせなくても……表情見てれば大体何考えてるか分かるんだ」

 分かる……? 私の表情が読めるって言うの?
あれだけ皆に無表情だのなんだの言われた私の表情が?
考えている事が分からないようにとあれだけ癖になるほど表情を隠して来たというのに?

「……あなた、神様か何かの類なわけ?」

すると彼は、ふっと笑った。

「そんなんじゃねえよ。俺はただの探偵だ……。まぁ、そんなだから普通の人よりは、人の気持ちに鋭いのかも知れねえけどな」

 観察を怠らないのは、探偵の基本だからと、彼は言った。

 私は少し考えて、手すりにかけていた足を元の校舎側に戻した。
いいや、もう。こんな空気のどこで飛び降りていいのか分らないし。
話し辛いし、死のうと思えば何も会話を終えてからだって……。

 はぁ、とため息を一つ。

 先ほどまたいでいた手すりに寄りかかり、私は改めて彼を見つめた。
そんな私の態度に、彼はほっとしたような顔を浮かべている。
私は、そんな彼に言った。

「人の気持ちに鋭くても……きっと私の気持ちは分からないわよ?」

 皮肉を込めて、笑ってそう言って見せると、彼は申し訳無さそうな笑みを浮かべた。

「まだ会ったばかりだからな……。君がどんな人なのかもまだわからねぇし。でも、何かに凄く寂しい思いをしているのは分かるぜ?」


 彼の言葉に、私は再びふぅと息をついた。
寂しい思いをしている……か。まぁ、当たりなのかしらね。
頭の中に浮かんできたのは、一人孤独な、あの空間。

 ……この人だったら、もしかして本当に分かってくれるかしら。
全く違う境遇の、全く違う世界を生きてる、私の気持ち……。
いや、何期待してるんだか。そんなの、多分無理……絶対無理。
だって、私の気持ちなんて……私でさえも分からないのだから。
自分が何を考えているか分からないなんて、もう最悪だわ。

「……言ってみろよ。聞くだけでも聞いてやるから」
「無理よ」
「人に話せば楽になる事だってあるんだぞ」

優しい微笑み……そして、優しい蒼い瞳。
無理だって言ってるのに。どうして、そんな顔で私を見るのよ。
そうやって下手な希望を、与えないで。
私は、それを求める心を必死で捨てて、諦める事でやっと自分を保っていたのに。
また消えるしかない希望を、これ以上与えないで。

「私はね、自分の気持ちすらも……自分の考えすらも分からない人間なのよ」

 それは誰にも知られたくない私。つまらない、人間……
俯いたまま言った私を、彼は真剣な顔で見つめた。
じっと、何も言わずに。次の言葉を急かしたりもせずに。
真剣に、私の話を聞こうとしてくれているの……?
会話の時に相手が黙っている状況なんて、いつもプレッシャーでしかなかったけれど。
彼は、凄く穏やかに……俯いている私にも届くほど、この屋上の空気を落ち着いたオーラで包んでいたから。
プレッシャーも何も、全くのしかかって来ない。
静かに、自分の心を確かめながら話す事が、とても自然に出来る気がした。

聞こうとしてくれている気持ち。
全てを、受け止めてくれようとしている気持ち。

全てこの空気の中で私の心に伝わって、私の胸にも話す勇気を与える。
こんなの、初めてかも知れない。

「……いつもさ、皆仲間で行動してるじゃない? グループ作って楽しそうに笑いながら。でも、私はいつも一人なのよ。私だけが……いつもクラスの中で一人ぼっちなの。皆が皆輪を作っている中で、私一人が輪の中に居ない……そんな状況は、まるで私一人が皆と違う存在のようで。凄く、嫌なのよ」

 私が何かを話し掛けると、気まずそうに顔を顰める人たち……。
どうして、皆私と仲良くしてくれないの……?
どうして、私だけが一人なの……?
何度も何度もそんな考えにとらわれて、何度も何度も苦しんで。
いつもその事実に泣いて悲しんでいた、弱虫だけど素直な私も、もう居ない。
そう。今の私の瞳からは、もう涙も出ない。

「昔は、友達も居たのに……その子達は本当は皆私の事影で笑ってて……。それを知った時、私の心の中で恐怖という小さなかけらが生まれた。『あぁ、私はいつも心の中で笑われながらその子達と遊んでたんだ』って思ったわ。それから、段々大きくなっていくそれによって、友達と話すのが怖くなった」

 そう。皆私の事を影で笑いものにしていた。
昔っから馬鹿にされてばかりでいい事あまりなかったけど……。
馬鹿な奴らにいくら悪口を言われても、友達がいれば構わなかったのに……。
ある日、その友達に笑われながら酷い事を言われた。
それは、誰かにとっては些細な事かも知れないけれど、私にとって大きな裏切りで。
いつも、私は一生懸命その子の我儘を聞いていたのに……。
遊んでいる時には、いつも鬼ごっこの鬼だとか悪役ばかりやらされていても……。
友達だと思っていたから何でもない事と我慢してきたのに。
無理矢理、暴行を受けたりもした事がある。……信じていた、友達だと思っていた人に。
そして、親友だと思っていた子は、それを止めずに……それどころか加担してさえもいた。
一緒に笑って、一緒に私を痛めつけて。
裏切り裏切られ。そんな世界の中で私は彼女達を恨んで、そんな事の繰り返しの人生を生きて。
気がついたら、人と話す事も人と接する事も、とても怖くなった。

「私は、人が憎くて仕方が無い。たまに人類全てを滅亡させたくなるほどに。でも……多分それと同じくらい人の事が好きなのよ。だから……余計に辛い」

 もしも、どうしてこんな酷い仕打ちをするのだと言えたならば……どんなに楽か。
もしも、完全に人の事を嫌いになってしまえば、どれほど楽なのか……。
けれどただ、私は……こんなちっぽけな集団に悩まされ、苦しめられている。
どうして、こんな思いをしなければならないの。
必死でいつも、心の中で悲鳴をあげて、助けを求めてきた。

 誰か、教えて……私が、何をしたって言うの??

誰も助けになど……来てはくれなかったけど。



 その蒼い眼は、穏やかに私を見つめていた。
その眼を見ると、何だかどんどん気持ちが溢れてきて……全てを話してしまいそうだ。
混沌とした私のこの心にある全て。

「あのね、私は……全て恐怖によって成り立ってるのよ」

 いつもいつもびくびくしてる……そんな自分が、大っ嫌いで……。

 本当、馬鹿だわ……私。こんな事言ってなんになる?
どうせ笑われるだけだ。適当な事だけ言って、心の中で笑うのよ。
そう思ったけれど、彼は笑わなかった。
表面的に、じゃなくて。心の中でも笑ってない。私を馬鹿にしてない。
それが私にも分った。

「俺の知り合いにも、似たような奴がいるよ……」

 少しだけ間を置いてから、そう言ってくれた。
似たような奴がいる……?
嘘よ。だって、こんな私と?

「……誰?」

私がそう聞くと、彼は苦々しげに笑った。

「そいつも、いつも怖がってばかりだったんだ。
 いや、君とは恐怖の質は違うのかも知れないけどな」
「……質?」

意味が分らず首を傾げると、彼は頷いた。

「ああ。そいつは、友達に裏切られたとか笑われたとかじゃねえけど。
 家族も皆殺されて、危険な組織を裏切って逃げて来たんだ」

家族を皆殺されて、危険な組織を裏切って逃げてきた……。
まさか。そんなの、まるでドラマみたいじゃない。

「……本当の話なの?」
「当たり前だろ? 嘘ついてどうすんだよ」

 普通の人がそんな話をしたら、ドラマの話でしかないと思うけれど。
彼がそういう日常で生きている人だと思えば、何だかあっさり信じてしまう。
そういう境遇も、実際あるんじゃないかって、あっさりと受け入れてしまう。
本当に、そんな事があるなんて……。
それじゃあ、まるっきり一人じゃない……私より酷いわ。

「……その人は今、どうしてるの?」

そう尋ねると、彼はたくましく笑った。

「ちゃんと元気にしてるよ。今は孤独だった昔とは違う。
 たくさん仲間にも囲まれて、幸せに生きてる」

「もちろん、俺も含めてな」と、彼は笑った。
その笑顔が、何だか妙に眩しかった。

そんなにドラマみたいな悲劇を味わって来た人が、
今は沢山仲間に囲まれて、幸せに生きてるの…………?


 いつの間にか、私の頬を何か冷たいものがつたっていた。
それが涙だという事に気がついたのは、彼に指摘されるまで気付かなかった。
彼は何も言わずに、そっとハンカチを差し出してくれた。
私は少し考えてから、それを受け取った。

 こんなに優しくされたのは……初めての経験だ。
まさか、私がまた涙を流す時が来るとは思わなかった。
ずっと、ずっと……感情を封じ込めたままだったから。
そんな感情は全て、人に見せずに生きてきたままだったから。


「……どうだ? 話して、ちょっとは楽になったか?」

 彼は、落ち着いてきた私の頭に、ポンと手を乗せた。
見上げると、優しい蒼い眼。
綺麗でとても知的な……そしてやはり全てを見透かしていそうな蒼。

「……まあちょっとはね」
「オメー、あいつと一緒で可愛くねえな。
 それで? ちゃんと生きてく決心はついたのか?」

蒼い眼で私を見つめる彼。
それに引き込まれる…………とても。

「……私だって、幸せになれるかも知れないもの」

 もしかしたらもうすぐ先の未来に、私の幸せは私を待っているかも知れないから。
ただ、今少しだけそれが見えてないだけかも知れないから。
そう思う事が出来た私は、少しだけ心が楽になった。
彼は、私に言った。

「そうだな。お前も、運命から逃げるなよ。
 俺、どん底から幸せになってった人……たくさん知ってるんだよ。
 だから、どんなに今が辛くても……きっといつか幸せになれる日が来るから」
「……あなた、随分気障なのね」
「悪かったな!!」

 運命から逃げるな……か。
運命に立ち向かって行けば、私もいつか昔のように……、
友達と笑いあう事が出来るようになるのかしら。

「……ま、とりあえず今は、死ぬのは止めるわ」
「『今は』ってなんだよ……『今は』って」

彼が呆れた顔で私に言った。
……本当、私も素直じゃないわね。
こんなんだから、友達が出来ないのかも知れないけど……。

「だから。いつかまた死にたくなったら……また止めに来て欲しいなって思ったのよ」

 何だか、顔中の筋肉が緩んでいるように感じた。
私今、どんな顔をしているの?自分でもわからないけれど、凄く心が晴れている。
一瞬驚いた顔を浮かべた彼は、嬉しそうに言った。

「何だよ、ちゃんと笑えるんじゃねえか」

 え……、笑ってる? 私が……本当に…………?
信じられないけれど、この筋肉の緩み加減は、確かに久方ぶりのもの。

「友達が欲しいなら、俺も居る……だから、お前は一人じゃないんじゃねーか?」

 お前は一人じゃない……。
その言葉はありきたりのような気もしたけれど、何だかとても信頼できた。
私にも、また友達が出来たんだ……。その事が、何だかとてつもなく嬉しくて……。

「私、霧島昴。一応あなたと同い年よ。よろしくね、工藤君」


 ふと見渡した景色は、少し前よりも色鮮やかなイメージを感じた。
澄み切った空へ向かって、しばらく地面の上をうろうろしていた鳥が飛び立った。
広い大空の向こうに、何かを探して。
昔は見えていなかった景色が、私の前に広がった。
ふっと顔を見せた太陽のまぶしさに、思わず手で顔を覆いながら。
太陽に照らされた顔面にはまた、笑顔が浮かんでいた。




 ありがとう、工藤君……
 ありがとう、蒼い眼の王子様。



☆☆☆


 後日談。


「なぁ、志保……この間さ、お前みたいな奴にあったぞ」

 阿笠邸。
新一は出されたコーヒーカップを無造作に手に持って揺らしながら、
ゆっくりくつろいでいた志保に話し掛けた。
彼女は怪訝な顔で新一を見つめ、答える。

「何? 組織を裏切って逃げてる少女にでも会ったのかしら?」
「あのなぁ。……おめーじゃあるまいし」

呆れたように答えた新一に、志保はクールな表情を浮かべた。

「あら、自分で『お前みたいな奴にあった』って言っておいて……」

揚げ足をとられ、苦い笑みを浮かべつつ、彼は言った。

「だから、境遇は似てねえけど、どっか雰囲気がお前に似てたんだよ」
「へぇ、そう……それで、それがどうかしたのかしら?」

志保は興味なさげに、そこに置かれた温かいコーヒーを飲んだ。

「だから、彼女がお前に会いたいって言って……」

 と、言いかけたその時。阿笠邸のチャイムが鳴り響いた。
新一が「あっ。」と言う声を上げて玄関へ向い、
その客と一言二言会話した後、その少女を志保の前まで連れて来た。
新一の後ろにいる彼女は、志保をじっと眺めていた。
戸惑いがちに、彼女は口を開く。

「こんにちは、霧島昴です。あの、宮野志保さん……ですよね?」
「ええ」
「初めまして。よろしくお願いします」

そう言った彼女は、楽しそうな顔で笑っていた。
志保は少し考え込んでから、顔に柔らかい微笑を浮かべた。

「よろしくね、霧島さん」

 二人はにこやかに握手を交わした。
この日、少女にとっては二人目の友達が出来た。
一人目は新一、そして二人目は志保。二人共それから彼女の友達となった。
ずっと望んでいた姿。同情でも親近感でもなく、純粋な友情が結ばれたのだ。
かけがえのない友情をやっと手に入れた彼女は、もう二度と命を捨てようとは考えなかった。

 一人じゃないと分かったから……、
生きることを楽しいと思えるようになったから……。


 彼は、今まで何人の人を救って来ただろうか。
たまに、救えない存在もあったけれども。
けれど、だからこそ、彼が人を救いたいと思う気持ちは大きくなって……。
これからも、彼はたくさんの人を救っていくだろう。


 蒼い眼の王子様……そんな呼び名をつけられながら。


そしてまたこれからも、彼の周りに人は集まっていくのだ。



☆☆☆



 おまけ〜眠りの王子様〜


 あれから、私は毎日が楽しくて仕方が無い。
朝起きてから、学校に部活に委員会に下校に。
今までずっと孤独だった時間、私はもう一人じゃない。私には友達が出来たから。
それもこれも……全部彼、工藤新一のおかげ。
そして今日も、彼の彼女である蘭ちゃんの家へと向かっている。
工藤君伝いに知り合った、彼と同じクラスで彼の幼馴染兼公認夫婦の、蘭ちゃん。

 彼女の家、探偵事務所の上の三階の自宅のドアをノックすると、
あのいつもの明るい声が聞えてきた。
「霧島です」と名前を名乗ると、ドアが開けられる。

「あっ、昴ちゃん? いらっしゃい!!」

 彼女はにこやかに出迎えてくれた。
そんな彼女に釣られて私の顔にも自然と笑顔が浮かんで、
そのまま招き入れられて、中に入っていく。

「あっ、そう言えば蘭ちゃんのお父さんって、眠りの小五郎って言われてるのよねっ」
「え……ええ、まあね」

 蘭ちゃんの顔に、僅かに苦い笑いが浮かんだ。
探偵事務所が見たいと言った私に、彼女は快くOKしてくれた。
中に入ってみると、そこには新聞でよく見るあの眠りの小五郎が居て。
ちょび髭の中年のおじさん。ちょっとお調子者とは聞いていたけど。

 それにしても……

「やだ、本当に寝てるよ」

 その気持ちよさそうな寝顔と言ったら……。
たまに「ヨ〜コちゅわ〜ん。」なんて訳の分からない寝言を言っているけど……。
テーブルに転がった無数のビールが生活のだらしなさも物語る。
蘭ちゃんが恥ずかしそうな顔で彼を起こそうとしたのを、私は止めた。

「駄目。ほら、気持ちよさそうに寝てるのに、悪いじゃない?」
「で、でも昴ちゃん…………」
「いいの。それにね、何かここまで気持ちよさそうな寝顔見てると……」

くすくす、抑え切れなかった笑いが漏れた。
蘭ちゃんの顔が赤く染まる。

 そう。一家に一人、癒し系のペットとして飼いたいわ。
何か、とっても幸せな気分になってくるんだもの。
事件の犯人たちは、皆この寝顔に癒されるのかしら……?


 言うなれば、眠りの王子様……。
……いえ、やっぱり眠りの迷探偵が一番似合ってるわね。


こんな事、蘭ちゃんには言えないけどね……。

隣で、怪訝な顔をして、私と彼を交互に見つめる蘭ちゃんに、
私はまた、抑えきれずにくすくすと笑った。



今日もまた、清々しい一日だ。



えっと、こんにちは!
そして、初めての方は、初めまして。

そして、今回はこのつたない作品をお読みくださいまして、ありがとうございます。
とーやさんが発足された、王子様シリーズ(笑)の新一編として書かせていただいたのですが、最後にちょっぴり小五郎も(笑)
前回CNRの方に掲載させていただいておりましたのですが、移転に伴い、ところどころ加筆修正して、再び投稿させていただきました。
元祖『蒼い眼の王子様』を読んだ事がある方。
前より、よくなっている所もあると思います。
もしかしたら、前の方がよかった所もあるかもしれません。
自分の作品の手直しって何だか難しくて^^;
ただ少しでも自然な流れになればいいな、文をもうちょっとつなげたいな、と思った部分を加筆修正しております。
おまけ話『眠りの王子様』は、当時掲示板で好評だったのでいれたお話だったのですが、リニューアルする時、実は抜こうかと思いました。
でも、結局入れちゃった^^

こんな未熟なお話ではありますが、最後まで読んでいただけて嬉しい限りです!ありがとうございます〜v
もし少しでも、気に入っていただけたら、とても幸せです。

これからも再投稿の小説を含め、新しい小説についても頑張っていきますので、どうぞよろしくお願い致します。

あっ、ちなみに。『蒼い眼』の読み方。
『あおいまなこ』ですからねっ!
『あおいめ』じゃありませんよ(笑)
響きが変わると雰囲気も変わるので、念のため(笑)

BY朧月













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