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歌う酔っ払い
作:うぐいふみ


 それは朝、通勤途中の駅の改札内でのこと。
 電車から降りてホームの階段を登りきると、そこに歳の頃なら五十か六十ぐらい、地味な色合いの作業着のようなものを着たおっちゃんが立っていて、何やら歌っている。
 大声で、しかも手には自動販売機で買ったと思われるカップ酒。
 酔っ払いである。

 酔っ払いというのはよく歌ってるものだから、それ自体は(朝っぱらからということを除けば)珍しくもない。
 けれども、このおっちゃんがただの酔っ払いと違うのは、その声がとてつもなく美声だということだった。
 歌っているのは演歌だったけれど、音程のぶれもなく本当によく通るテノールで、特に長くのびる声(専門用語で何というのかは知らない)がすばらしい。声量もあって、何だか物凄くよく響く。特別な音響効果もない、ただの駅の改札口なのに。
 これほどの美声を生で聞くのは初めてだった。テレビに出ているどんな歌手よりずっとうまいと感じる。むしろ、まるでプロの声楽家のような声の質なのだ。
 これで朝っぱらから酒を飲むような酔っ払いでなかったら、賛辞の言葉と共におひねりの一つや二つあげても全然惜しくはないのに!
 酔っ払いじゃあ、何だかこわくて近付けないじゃないか。
 ほんと、もったいない。

 以上何年か前の、ほとんど通りすがりの出来事でしたが、ちょっと得したかなと思った次第です。

 朝のどんよりした気分に新鮮な驚きを与えてくれた、あの日のおっちゃんに幸あれ。














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