春男の頭の中 1縦書き表示RDF


春男の頭の中 1
作:てるり


辞めたい理由

 作家の名前は春男という。何かの賞を取って、作家になった。ベストセラー作家というわけではなく、売れなくて困っているというわけでもない作家だ。独特の表現が一部の読者に人気のようだ。
 オレは佐々木洋介という。この作家の編集社員をしている。
 変わり者ということで有名なこの作家、春男とは学生時代からの長い付き合いだ。しかし、知り合いだから編集担当になったわけではなく、まったくの偶然だということは強調しておきたい。オレは春男が作家になったことを編集社員になってから知った。
 オレは春男の、この二年間で四代目の編集者だ。真面目だった一代目は失踪したという噂だ。本当かどうかは誰も語ろうとしない。二代目は胃潰瘍になったという噂がある。そのまま会社を辞めたそうだ。
 オレに引継ぐときに春男の対処法を手紙にしてくれた真面目な三代目は入院中。オレが今のところ一番、長く春男とつきあっている。
 春男というのは、彼のペンネームだ。本名は全く違う名前なのだが、本人が言うには自分が秋生まれだから、ペンネームは春男にしたらしい。これがまた、よくわからない理由だ。
 たまに訳のわからない質問をしてくる。これが編集者たちが長く続かない理由だ。ついでに考えすぎて体を壊してしまうようだ。オレにとっては、そんなに大きな問題ではなかった。その時までは。
 それはある日のこと。いつものように春男は聞いた。
「なぁー、五十分苦しんで確実に死ねる薬と五百年の不死の薬ってどっちがほしい?」
 ソファで春男の原稿が上がるのを待ちながら、本を読んでいたオレは答えた。
「……どっちもいらない。」
「選べよー。」
 春男はパソコンに向かってなにやら、打ち込みながら言った。
「じゃあ、五百年生きる。」
「なんで?」
「お前が選べって言ったからだろうが。だいたい、なんで五十分と五百年なんだ?」
 オレは本を読むのをあきらめた。もともと一度に二つのことをできるほど、器用ではない。
「五十年なら生きる方を選ぶだろう?不老じゃないんだ。五百年もたてば、体は老化して、言葉は話せずになるし、話せても古語になってるだろうし。」
 春男は振り向きもせずにパソコンに向かっている。
 オレはふと思った。
「春男、それって、矛盾してないか?」
「どこがー?」
「いいか。五百年の薬を飲んで、三百年くらいたってから死ぬ薬を飲めばいいじゃないか。」
「あ、そっか。だめかー。んじゃ、今回の物語は書き直しだな。」
「なにぃ!」
 オレはあわてて立ち上がった。
「まて!!締め切りは一週間後なんだぞ!いまさら、どうするんだ!」
 後ろから怒鳴りつけているにもかかわらず、春男は振り向きもしないで平然と言った。
「んー。書き直すから待っててー。」
「待っててってどれだけの量があると思ってるんだ!」
 春男は振り向いてにっこりと笑った。
「大丈夫だよ。それに、もう消しちゃったし。」
 頭の中が真っ白になるというのはこういうことなんだと思った。あまりの怒りに声も出ない。
 この一週間、オレは心配のあまりに春男の家に毎日通った。
原稿は何とか完成したが、ストレスで五キロも太った。元に戻るにはかなりの時間がかかった。
そしてオレはその時に心に誓った。次の編集者が現れたら絶対にやめてやると。














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