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Download【15】 夏のはじまり

 

 本格的な夏がやってきた。

 俺――鳶羽トビラがそう確信したのは、数日前のことだった。



 ↓↓

 ↓↓↓↓



「しっかり掴まってろよ」

「うん!」


 リコリスをシャツのポケットに入れて、高台から勢いよく激流をすべり降りる。


 学校のグラウンドに作られたのは、水のすべり台(ウォータースライダー)だ。

 毎年この季節になると、生徒会が主催して学校のグラウンドを水の遊園地(ウォーターランド)に造りかえるらしい。ふだんは簡素な校庭に、巨大なプールやスライダー、飛び込み台などがたくさん設置されていた。

 一般客も金を払えば入場証を発行されるので、誰でも遊べる仕様になっている。もちろん俺たち学生はタダだ。ここ水の都には水があふれているから、国立学校のグラウンドに水を牽くくらいたやすいもんだ。

 跳ねる水、吹き抜ける風、リコリスが楽しそうに悲鳴をあげる。

 スライダーの出口はプールになっている。底は浅いので、滑るように着水すると、歩いてプールを出てシャツを絞った。ポケットのリコリスが目を輝かせる。


「もういっかいやりたい!」

「しょーがねえな」


 これでもう三度目だったけど、俺もこういうのは嫌いじゃない。


「リコリスさん、つぎは私もご一緒してよろしいですか?」


 プールサイドから声をかけてきたのは、フィアだ。

 きょうは銀色の髪を上でまとめている。水色のシャツの下に、白い水着がわずかに透ける。日焼けのしていないほっそりとした首筋が、水にぬれてキラキラと輝いていた。

 リッケルレンスでは、プールは水着とシャツで楽しむのがスタンダードスタイルらしい。


「フィア……おまえ、スタイルいいな」

「と、当然です! 仮にも王女ですから」


 肌に張りついたシャツのおかげで、フィアのボディラインがくっきりと浮かび上がっている。背の低い童顔の王女様だが、出るところは出てひっこむところはひっこんでいる。

 フィアは顔を染めて、俺の背中をバシバシ叩いてくる。その片手にもっているのは二つ穴のあいた固めのクッションのようなもの。浮力がある素材らしく、浮き輪として使われているものだ。


「フィオラ様、つぎはオレの番ですよ」


 と、そんなフィアの前に立ちはだかったのはレシオンだった。

 シャツを肩にかけ、上半身裸の水着スタイルだ。俺のいた世界ではこれが普通だったが、この国では上半身裸はかなり珍しい……というか破廉恥らしい。フィアが「服は着てください!」と視線をそらし、そこらへんにいるレシオンファンの女子どもが黄色い歓声をあげている。


「それよりどうだトビラ……オレの大胸筋も、かなりスタイルいいだろ?」

「恥ずかしそうに言うなボケ」


 とりあえず殴っておいた。


 遠くからレシオンファンどものブーイングが飛んできたけど、まあ無視。レシオンが遊ぶって噂をききつけたのか、今日はかなり女子の数が多いようだった。

 さすが美形の大貴族だ。あいかわらずモテやがる。


「おいデカ人間ども、俺とリコをふたりで滑らせろ」


 ひょこん、とレシオンの赤い髪のなかから隠れるようにして顔をのぞかせたのは、金髪の妖精だった。

 名前はナルシサスといって、つい先日レシオンが拾ってきた妖精族だ。なんでもリコリスの幼馴染のようで寮に住みついていた。

 正直、俺はリコリスの仲間たちはもう生きていないと思っていた。でも俺が見たあの惨状は、どうやら偽物だったようだ。彼らは別の場所で暮らしているんだとか。

 それでこの妖精、どうやらリコリスに気があるらしい。こんなふうにいつもリコリスに熱心に絡んでいくけど――


「え? リコ、トビラと一緒がいい。ナルくんはレシオンと滑ってね?」

「ぐぐぐ」


 このとおり、リコリスには通じない。

 ナルシサスの嫉妬の炎が燃えるまえに、俺はリコリスを連れてそそくさとスライダーの上に向かった。そのあとをフィアとレシオンが、どちらが先か口論しながらついてくる。もちろん他の客もいるので、もうすこし静かにしてほしいところだが。


「……ま、楽しけりゃいいか」


 能天気にそんなことを考えて、俺は夏のバケーションを楽しむのだった。






「せあっ!」

「ふっ!」


 ガキン、と金属音が響いたのはその日の夕方。

 プール遊びはすでに終えていた。冷たい水に入ってもまったく寒くならないのは真夏の証拠だろう。大陸南部に位置するこのリッケルレンスの夏は、水の都ってこともありかなり蒸し暑い。すこし動いただけで汗が出てくる。

 そんななか、俺とレシオンは久しぶりの模擬戦をしていた。レシオンは夏休み入ってからというもの、頻繁に実家にもどっては貴族らしい会合などを開いて、着実に当主として成長しているようだ。だからレシオンと手合わせするのは、すこし久しぶりだった。


 ただ今回違うのは、お互い本気の武器を使っていることだろう。

 レシオンの『武雷の槍(ケラウノス)』と、俺の『英霊の剣(プロメテウス)の鍵』がぶつかりあい、火花が散る。

 レシオンの槍さばきはいつ見ても圧巻だ。俺もかなりこの細剣(レイピア)を使いこなせるようになってきたけど、それ以上のスピードでレシオンの槍の技術は進化している。おそらくいまの実力があれば、最初の決闘のときでも勝てなかっただろう。


「おまえが、オレを本気にさせたんだよ!」


 レシオンが距離を開き、足に力を溜めた。

 突進がくる。

 そうわかっていても俺にはなす術がない。カウンターで剣を叩き込んでやることもできるが、さすがに捨て身になるので実戦では使わないだろう。となるとここは突進をちゃんと止めないとダメだ。移動速度で勝てない以上、やはり槍そのものを防がなければならない。

 ――が、つぎの瞬間には、俺の細剣は宙を舞っていた。


 あまりに速い突き。

 俺のなにがレシオンをここまで急激に強くしたのかは知らないが、いまやれば生徒会長ともいい試合ができるだろう。

 武器を飛ばされ、レシオンに槍をつきつけられる。

 ギブアップだ。


「……また負けたわ。さすがだな、大貴族」

「おう。こんどは魔法使って勝負してくれ」

「それはやめとく」

「いいじゃねえか。やろうぜ」


 レシオンは武雷の槍をMACに戻すと、カードホルダーに仕舞う。

 俺は地面に落ちた細剣を拾い、近くに置いてあった鞘におさめようとして気付いた。


「……あ」


 刃が欠けている。

 いまのレシオンの突進で欠けたのか、それより前に欠けていたのかはわからない。ただ、刃こぼれがあるものは武器として使いたくない。


「……どうすんだこれ」

「フルスロットル先生に教えてもらって職人のところに持っていけよ。ってかそれって魔法武器なのにMACにもできないんだし、不完全なもんなんだろ?」

「そうだな」


 魔力耐性に限度がなくなるという魔法剣。

 その鍵であるこの剣は、レシオンの槍と同じ職人が作ったものだと聞いていた気がする。

 たしか名前は、ゲド=カーテオン。稀代の天才職人。

 そいつに頼んで直してもらうか。


 その職人亡くなったことを聞いたのは、ちょうどその日の夕食のことだった。



 ↓↓

 ↓↓↓↓



「よう、元気してたか?」

「…………。」


 日がすこしでも登ればもう暑い。

 とはいえ暑さのせいでもなく、会ったときからの相も変わらぬ無愛想で俺の言葉を無視したのは、名前のない囚人奴隷――エヌだった。


 朝日を浴びてどこぞの貴族のように煌びやかに輝く金髪とは対照的に、彼女の服装はいつもどおりシンプルな白の囚人服だった。それもそのはず、懲役はまだ千年以上残っている。釈放なんてありえない。

 地下刑務所から出てきたエヌの手首にはいつもどおりゴツい錠がはめられていた。〝裏切りの錠〟といって、エヌの膨大な魔力を抑える道具だ。


 それでもなお、こいつの存在感は凄まじい。感覚が鈍い俺でさえ、手が触れるほどのそばにいれば魔力らしき威圧感を肌で感じるのだ。

 久しぶりに会った一番弟子は、陽の高さを確認するように空を見上げて目を細めた。太陽すら久しいんだろう。新鮮な空気をゆっくりと味わうように呼吸をしていた。

 それにしても、たまには愛想笑いくらいできんのかね。

 俺はエヌの正面に立って、顔を膨らませた。


「……怒った師匠の真似。『誰だボクのプリン食べたやつは! ぷっくーっ!』」

「で、なに?」


 ぜんぜん笑いやしねえ。

 とはいえこんなところで足を止めてる暇はない。師匠のモノマネにはちょっと自信があったんだが、まあエヌ相手じゃ出来もわからないな。こんどフィアにやってみるとしよう。

 俺はエヌとともに馬車に乗り込み、北を目指す。

 わざわざ馬車を借りてまで刑務所(こんなところ)まで来たのは、ふたつ理由があった。


 ひとつはフィアの依頼だ。

 リッケルレンスの北にある鉱山の国――デトク皇国の〝銀行〟に用がある。

 デトクの山々には資源が豊富にあり、そのぶん出稼ぎの労働者も集まっている。彼らの資産は故郷などに送られるが、もちろん貯蓄する人もいる。給料としてもらった貨幣を、価値の変わりにくい希少鉱石と交換したり、銀行に預けることができる経済システムがデトクにはあるのだ。デトクの鉱石が豊富で経済が安定しているからできることらしいが、フィアもその銀行にいくらかの資産を預けているらしい。経済危機になる前に預けていたが忘れていたらしく、最近になって通帳が出てきて思い出したんだとか。

 フィアはまだ父親に首都から外にでる許可を貰えないらしく、回収を俺とエヌに頼んだ。

 そしてもうひとつ。

 こっちが今回の本命だ。


『ゲドが住んでいたダンジョンの下に、もうひとつダンジョンがあってね』


 と教えてくれたのは師匠だった。


『その剣の職人であるゲドは、ボクがまだ幼いころに杖を作ってくれた職人でね、それ以来の友人なんだよ。そろそろ歳だと思っていたけどこんなにあっさりと亡くなるなんて思わなくてね、残念だよ。しかしあいにくボクはこれからやることが山積みだから、弟子がボクの代わりにゲドに貸していた物(・・・・・・)を返してもらってきてくれないかい?』


 こうして両方の依頼を受けることになったのだ。師匠がエヌを護衛につけるようにフィアに頼み、俺はエヌとふたりでデトク皇国に向かったのだ。

 天気はよく、夏の気温も山に入れば幾段と下がっていた。デトクは鉱山地帯であり高山地帯でもあるので、渇いた空気と夏でも涼しい気候が特徴だ。

 そのおかげか馬車はパカパカと軽快に山道を走り、夕方の前にはデトクとの国境を越えることができた。

 御者に国境近くの村で待っているように伝え、エヌとふたりで山道を歩く。すこし歩いて森のなかに入り、すぐに縦穴のような坑道を見つけた。

 ゲドが住んでいたという〝モグラ穴〟と呼ばれる古いダンジョンだ。

 なかに飛び下りる。

 光はほとんどないので、持ってきた松明を灯す。


 残念ながら俺もエヌも、ふつうのMACは使えない。

 アナログな灯りに照らされて、師匠に教えてもらったとおりに進むと、隠しダンジョンが――


「……てか隠れてねえじゃん」

「そうね」


 入口は爆破されたように崩れていた。

 まあいい。誰かが先にいったのかもしれない。師匠に教えられていた場所にさえ向かえばなんとかなるだろう。

 入口に立ってなかを覗く。

 ゆっくりと下り坂が続いていて、奥から赤く燃えたような光が漏れていた。心なしか熱気が上昇してくるようだ。


「超高難易度のダンジョンだってよ。まあ真っ正面からぶつかるタイプらしいから、師匠いわくおまえがいれば大丈夫らしいんだけどな」

「ふうん」


 とくに興味もなさそうだ。

 俺とエヌはそのまま進んでいった。ぐるぐると不安定な坂を下降していくと、俺たちを出迎えたのは学校の校舎ほどの巨大な火竜だった。

 あまりにデカい。俺たちが米粒みたいだった。

 いままで出会った魔獣のなかでもダントツでデカくて、強そうだ。

 出会い頭に荒れ狂う炎を吐かれたのには肝を冷やしたが、とはいえエヌの手錠さえ取ってしまえば、その強大すぎる魔力を感じたのか竜はあっさりと大人しくなった。

 まあ、金色の魔力に輝く生物を見て(おのの)かないやつはいないだろう。


「……魔女ってデタラメな生き物なんだなぁ」

「うるさい」


 次の部屋も、その次の部屋も似たようなものだった。

 狒々典すら小物に見えるほどの巨大な竜たちだったが、やはり野生のやつらは強者に従順だった。それに俺たちが来る前にも同じことがあったのか、やけに素直に道を譲ってくれた。


 異変を感じたのは、五つ目の部屋だった。

 そこだけ竜がいなかった。それに、やけに雑魚の魔獣が暴れている。敵を失い、どうすればいいかわからない狂犬のようにただ周りを攻撃していた。無視して通り抜ける。

 決定打はつぎの部屋だ。

 雷を纏った竜が、逃げてきたように入口のそばにいたのだ。奥に行ってみると先の部屋が揺れていた。むこうの天井が崩落しようとしていたのだ。


「……なかに、何人かいるわよ」


 淡々としたエヌの言葉に、俺は入口まで駆け寄った。

 そこで見たのは、落下する天盤と人間らしき人影が五人。

 このままじゃ潰される――


「〝X-Move〟!」


 とっさに発動したのは、慣れ親しんだ魔法だった。

 ちゃんと間に合っただろう。手ごたえはあった。

 ついはるか上空に飛ばしてしまったけど、まああのまま潰されるよりはマシだっただろう。竜たちをくぐりぬけてここまでくるようなやつらだ。空から落ちたくらいじゃ死なないに違いないということにして、俺は崩れてしまった部屋を眺めた。

 岩石がふさいで、もはや入ることすらできない。


「……で、最後の部屋、なくなったけどどうするの?」


 エヌが嘆息した。

 師匠の用事は、この先にあったのだ。

 隠しダンジョン最奥にある部屋。

 

「関係ねえよ……〝X〟」


 俺は、奥の部屋を埋め尽くしていた瓦礫を魔法で押し上げる。崩落した天井の一部がムリヤリもとに戻されて、俺たちの前に開けたのはまっすぐ伸びる一本の道。

 俺とエヌが通れるくらいの広さの道だ。


「よし。んじゃ行くぞ、一番弟子」

「……あんたもたいがいデタラメね」


 最後の部屋を進むと、崩落した土に埋もれて墓石のようなものがあった。師匠に言われたとおり、その墓石を壊す。

 なかから出てきたのはゲドの遺体ではなく、これもやはり聞かされていたとおり、一冊の本だった。

 手にとって眺めてみる。

 真っ黒な装丁に、白い樹が描かれているだけのものだった。

 分厚く、重量感がある。

 すくなくとも絵本には見えない。


集いし英霊たちプロジェクト・プロメテウス


 初めて見たはずだ。

 だけど、なぜだろう。


「…………?」


 その本がどこか懐かしいような、そんな気がした。


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