第五話 黄巾の将波才
怪物と戦う者は、その際自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。
長い間、深淵をのぞきこんでいると、深淵もまた、君をのぞきこむ。
~ニーチェ~
私達がいるのはいつも泊まっている町の宿屋ではない。まるで軍隊の作戦室のような陣幕に私達はいた。
天和様達もいるがその天使のような顔はすぐれない。
一号達も苦虫を噛み締めたような顔をしている。
・・・おそらく私も同じでさぞや酷い顔をしているのでしょうね。
「なんで・・・こうなっちゃったんだろう」
いつもは明るい天和様が暗い顔で俯き、そう呟かれた。
一ヶ月前。
私達はいつも通りセットを済ませると、天和様達がライブをスタート始まった。
真名を受け取って以来ますますファンは増え、今では一回のライブで二万人は集まるようになっていた。歌っている三姉妹も『数え役萬☆姉妹』とユニット名が決まると、今まで以上にはりきってライブを行ってきました。
ファンのみなさんは一号さん(なんでもファンクラブの会長だそうで)にならって頭に黄色い布を着けています。
・・・なんでこの時気が付かなかったのか、今でも悔やまれる。
きっと私の目は盲目となっていたのだろう。ここでの生活があまりにも楽しかったから。
きっと私は目を背けていたのだろう。そんな事はもう起きないのだと。
「みんな~今日は来てくれてありがとう~!」
「「「「「ほあっほあっほあーーーーーーーーーー!!!!!!」」」」」
ホントにすごい熱気だったのを覚えている。・・・ちょっとみなさん目が血走って怖かったことも。
ライブも順調に進み終盤、このまま何事もなく終わる。
そう思っていました。全員の盛り上がりが最高に達した、その瞬間。
「私、この大陸が欲しいな~!!」
天和様がライブ会場のみなさんにそう声を張り上げて言った。
「(なっ!?)」
おそらく、彼女は場を盛り上げるために軽い気持ちで言ったのでしょう。
ですがこの気分が最高潮に盛り上がりトランス状態となったファンの方々にこの言葉は危険では?
私は一抹の不安を覚えましたが、ライブは大盛り上がりでそのまま終了。
気のせいでよかった、とその場では安心しました。
ですがそれからしばらくして、頭に黄色い布を着けた群衆が県令を襲撃したという話が私達の耳に入りました。
それから瞬く間に各地に広がり、今ではファン以外の人民も含め数十万人という数に膨れあがった。
そしてその首謀者が張角という人間で有るということも同時に大陸中に広がっていった・・・。
私達はもはや町にいるわけにも行かず、旅をするわけにもいかず。彼らが用意した陣幕の中にいる。
「姉さんがあんなこと言うから!!」
「こんなことになるとは思わなかったんだもん!!」
「姉さん達。ケンカはやめて」
「だって・・・」
時期が悪かったのだ。
おそらく平和な治世ならば少女の一言だと、それだけで済ませられただろう。
だが今は国は乱れていた。
重い重税。はびこる佞臣。腐敗した国。
民は求めていた。
新たな時代を、指導者を。
そこに天和様が号令とも呼べる言葉を数万の群衆にかけてしまった。
その数万の群衆の大半はこの国に不満を持っていたに違いない。
それは人から人へ伝わり、噂が噂を呼び、ついには「我らも続け!」と行動を起こすものが現れた。そこからは雪崩のように反乱が起き、みな目印である黄巾をつけて新しい国を!と広がったわけだ。
なんとも、なんとも馬鹿らしい話だ。
何故、誰も少女を旗印に当然のように身代わりにして人を殺すことを厭わない?たかが小娘の戯れ言だと笑わない。
・・・そうか、太平妖術の書か。
私の、私のせいなのか。
「人和様のおっしゃる通り、こんな言い争いをしていても解決はしません」
「波才・・・」
「波才さん・・・」
「遅かれ早かれこのような反乱は起こっていたでしょう。この国の悪政で民達には不満が高まっていましたからね。たまたまそれが起こる条件がそろっている場で天和様がたまたまあの言葉を言ってしまったというだけなんですよ、これの発端は」
まさかライブでの一言が黄巾の乱の始まりになるとは思ってもいなかった。
いや・・・よくよく考えれば解ったはずだ。
数万人のファンという信者が集まるアイドルのライブには、反乱の号令の条件がそろいすぎている。
数万の求心力、アイドルというカリスマ、そして圧政に苦しむ民。
「私の注意不足でした。あのように民衆にうけるための発言を盛り上げるために言うべきだと進言したときに注意を添えるのを忘れた私の失態です」
そう、あのパフォーマンスを教えたのは私だ。原因は私にある。
油断していた。天和様は争いを好まないから反乱を起こすはずがないと。
今考えればなんと愚かなことか。御旗がなければ無理矢理にでも掲げればいい話だ。
「波才さん・・・貴方のせいじゃない。私が、私があんなこと言ったから」
天和様が涙を。
私はそっと彼女を抱きしめます。
「・・・私はこうなることが解っていたのかも知れません。言うことは出来ませんがこれは起こるべくして起こったことなのでしょう」
神よ。何故こんなか弱い女の子を巻き込むんですか?彼女は人が死ぬのを受け止められるような人間ではない。あの張角様や張宝様、張梁様のように彼女達は心が強くない。
歌を歌うのが好きでたまらない、そんな女の子なのですよ。
「あの私達が初めて出会った夜を覚えていますか?」
「・・・」
「私は貴方達を守ります。守れなかったものを今度こそ守り通します。例えこの大陸中が貴方達を狙ったとしても私は守り通して見せます」
そうだ。今度こそ守り通す。
もう大切なものを失いたくない。彼女たちには笑っていて欲しい。それだけが私の願い。
「だから泣かないでください、かわいいお顔が台無しですよ?」
そう言って天和様に笑いかけます。
「・・・ありがとう」
天和様が私を抱きしめてきたので私も彼女を抱きしめる。
もう泣き止んでくれたようですね。
私も覚悟を決めましょう。
例え私が平和で平穏な世で暮らしていても、そこに天和様達がいなければ意味がない。
今度こそは・・・守りきる。全ての障害から彼女達を。
もう二度とあのような思いをするものか。
「地和様、人和様。おそらく朝廷も軍を派遣してくるでしょう。指揮官がこの群衆にはいません、なので私が務めたいと思うのですが」
「そんな!?」
「地和様、何も殺されに行くというわけではありません。こう見えても私、兵法に少し通じていますからね」
思えば日本でさまざまな軍略や兵法を興味本位に見ていたのはこのためかも知れない。こんな事ならばもう少し真面目に研究すればよかった。
ともかく今は時間がない。
群衆からめぼしい人材を捜し出して訓練しなければ。数だけでは勝てないことは前世で身をもって知った。
「本当に大丈夫?」
「はい。人和様、私がいままで期待を裏切ったことがありましたか?」
「・・・解った。でも絶対に死なないと約束して。私達が生き残っても貴方が死んだら意味がないから」
「ええ約束します。必ず帰って来ると」
「本当?」
胸の中に顔をうずめていた天和様が顔を上げて潤んだ目で私を見つめてきました。
うわっ!!
なんですかこのかわいい娘!?
「ええ。私が約束を裏切った事はありましたか?」
「・・・ない」
「だから、安心してください。私は帰ってきますから」
・・・生きて帰ろう。そう私は決心を固める。
前世では最後の最後に妹を悲しませてしまった。
あの泣いている妹の顔は本当に悲しそうで胸を締め付けられた。あんな顔をこの娘達にもして欲しくない。
生きて帰って・・・またみんなで紅茶を飲もう。他愛もない話をしよう。
そう思い、天和様を優しく私の体から離れさせる。
「あ・・・」
「それでは行って参ります」
「旦那!!俺たちも」
「いけません。一号達には彼女たちを守って欲しいのです。こんなこと頼めるのは貴方達だけですから」
「旦那・・・わかりやした。どんな事があっても三人を守ります!!」
「俺たちに任せてくだせぇ!!」
「ぜ、絶対に守ってみせるんだな!!」
この三人には暇なときに相手をしてあげてましたから雑兵程度に遅れは取らないでしょう。
信頼も出来るし、彼らほど頼もしい存在はこの軍団の中にはいないはずです。
「頼みましたよ。みなさん」
「「「はい!!(なんだな!)」」」
そう言って天幕を出て行こうとすると。
「波才さん」
張角様が私を呼び止めました。
「あの・・・」
なにやら言いたいことがあるようですね。・・・ここは助け船を出しますか。
「はい、なんでしょう」
「その・・・行ってらっしゃい」
「無事に帰って来てね」
「帰って来たらまたお茶しましょう!」
天和様、地和様、人和様・・・。
「行ってきます」
そう言って今度こそ天幕を離れました。
行ってらっしゃいですか・・・。
帰って来なければなりませんね。
そのためにも今は強く統率が取れた軍隊を作らなければ。あの娘達がまた心から歌えるように。
平和を捨てましょう、我が主のために。
平穏を捨てましょう、我が主のために。
情けを捨てましょう、我が主のために。
自分を捨てましょう、我が主のために。
全てを捨てましょう、我が主のために。
今から私は黄巾党の波才となりましょう。
~天和 side~
「行っちゃった」
波才さんが行ってしまった。
本当は戦って欲しくない。
でも、もうこの私の一言から始まってしまったこの反乱は止められない。
私は泣いてしまった。なんであんなこと言ってしまったんだと。
大陸なんて欲しくはなかった。ただ、地和ちゃんと人和ちゃんと波才さんがいて、みんなで旅をしながら歌えていればそれでよかった。
なんであんなことをしてしまったんだと私は後悔の念が押し寄せて涙が溢れた。
そんな馬鹿な私を波才さんは抱きしめてくれた。慰めてくれた。守り通すと言ってくれた。
正直不安だ。彼が死んでしまったら私は耐えられない。
地和ちゃんも人和ちゃんも波才さんの事が心配みたいだ。
彼はもう私達の中で欠かすことが出来ないほど大きな存在になってしまった。大丈夫と言うけれど、それでも不安で私は波才さんに聞いた。
「本当?」
「ええ。私が約束を裏切った事はありましたか?」
そう言った波才さんの目はとても透き通っていて力強く、思わず見とれてしまった。
何故か大丈夫だと信じてしまう、そんな目だった。
天幕から出て行こうとする波才さんを見て思った。
波才さんは私達にいろんな事をしてくれる。守ってくれる。そんな波才さんに私に出来ることはなんだろう。
そう思って後ろから波才さんを呼び止めた。
なかなか言えなかったけど言えた。
「行ってらっしゃい」って。
そう言わないといけない気がした。
そう言ったらきっと無事で帰ってきてくれる気がしたから。
そして波才さんは
「行ってきます」
と返してくれた。
「お姉ちゃんて波才に惚れてる?」
地和ちゃんが、波才さんが居なくなったあとも天幕の出口を見続ける私に聞いてきた。
「え、え!?えっとその・・・うん」
急な質問だったからしどろもどろになってしまった。
たぶん今私の顔はとても赤くなっているんだと思う。
「やっぱり!!」
「えと、何で解ったの?」
「あんな態度でいれば誰だって気づくと思うわ」
人和ちゃんが呆れ顔でそう言った。
そ、そんなに解るかな?
「「うん」」
はっきりと言われてしまった。
なぜか波才さんといると楽しくてつい大胆になってしまうからかな?
・・・今考えれば結構恥ずかしいことしてたかも!?ああ!そう考えると急に恥ずかしくなってきた!!
そう思い悶えている天和の姿はとても魅力的であり、男としてはそそられるものだった。
もしこの場に波才がいたならば間違いなく内股になっていただろう。
「ふ~ん・・・でも、ちぃも負けないよ?」
「え?」
「ちぃも波才のことが好きだもん!!」
「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
大声を上げたせいで武装して外で見張っていた私達のファンクラブの会員さんが慌てた顔で見に来たけど、大丈夫だからと言って出て行ってもらった。
「ちぃ姉さん・・・本気?」
「本気よ!最初は強いだけの男だと思ったけど優しいし、気遣いができるし。そ、それにちぃのことをか、かわいくて綺麗っていってくれるしね!!」
そういう地和ちゃんの顔は赤い。
「と、というわけで絶対に負けないから!!」
「むぅ私だって負けないもんね!!」
そうだよ!この思いは誰にだって負けるつもりはないもん!!
いくら妹の地和ちゃんだってそこは譲れないよ!!
「姉さん達・・・
別に悪いとは言わないから時と場所を考えて欲しいんだけど」
「「あ」」
気がついたら一号さん達を含めた親衛隊のみなさんが絶望した表情で目から血涙を流していた。
嫉妬の炎に燃える彼らは決意した。
波才が無事に帰ってきたら絶対にボコボコにしてやろうと。
そろそろ連続投稿は無理気味に。
それでもちょこちょこと確実に書いていくのでよろしくおねがいします。