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黄巾無双  作者: 味の素
黄巾の章
16/62

第十二話 天下大吉

私たちが恐れなければならない唯一のことは、恐れそのものである。


~フランクリン・デラノ・ローズヴェルト~

「・・・クソッタレが」


官軍が攻めて来やがった。

だがなぁ、そんな腑抜けきった愚か者共に負けるほど俺らは弱くはねぇ。

潁川郡にてその官軍を蹂躙し、勝利を掴み取った。

さらに俺達は長社に展開された官軍を追い詰め、有利に戦場を進めていた。

包囲も完了。

後は殲滅するだけだ。

時代は黄巾の世を求めている。

黄天は既に天へと昇り、蒼天は消え去った。

我らの時代が来るのだ。



全てはうまくいくはずだった。



だが気がつけば敗走しているのは己だ。

あと少しでこの戦も勝利する。

仲間の誰もがそう思っていた。

だが急に風向きが変わったと思った瞬間、官軍によって火計が行われ、大敗した。


天は・・・黄天を望んでいるのではないのか?

なぜ、なぜ時代の寵児である我らが今こんな有様で敗走している?


周りを見ても仲間の誰もが傷つき、顔には疲労が浮かんでいた。

あの勝利を確信し、笑っていた仲間の半分以上が既に死んだ。

歯を噛み締める。


惨めだ。


惨めだ。


惨めだ。




悔しさに身を震わせていた、その時。


ジャーンジャーン


銅鑼の音が辺りに響き渡る。

そして無数の兵がこちらに突撃してきた。

だが官軍からは既に逃げ切ったはずだった。

だとすれば別の敵か!?


「っちぃ!!あいつらだけじゃ無かったってのか!?」


旗には『曹』。

見える将は周りの兵達よりも小さいがその目には言いようのない力がある。

戦って打ち破りたいが士気もなく、そもそも戦える状態ではない。

逃げるしか彼らには手はなかった。


「お前ら退け!!退くぞ!!」


どこに退くというのだ。

既に自分たちの砦は落とされ、兵糧もなく、身を落ち着ける所はない。

それでも逃げなくては殺される。

俺は将だ。

あいつらが一般の黄巾の兵ならまだしも俺を生かす義理はない。


身を翻し、逃げようとする私の腕に『曹』の軍から飛来した弓矢が突き刺さる。


「っぐあ!!」


背後を見るとそこには髭をはやした指揮官らしき男が鷹のような目で弓を構えていた。

普通の人間が狙い撃てる距離からは余りにも遠い位置からの射撃。


「(あの遠さから俺を射貫くだと!?)」


馬を走らせながら矢を抜き取る。

傷は軽くはない。

今すぐあいつを殺してやりたいが、近づけば矢で殺される。

それ以前に満足にこの傷では戦うことは出来ない。


俺は逃げた。

ひたすら逃げた。


あいつらはよっぽど俺の首が欲しいらしい。

俺がどこまで逃げても追ってくる。

数十キロ先の陽翟にまで敗走する頃には、仲間は数百名にまで減っていた。


だが俺もここまでらしい。


先に見えるのは俺達の火計を使って大勝利をしやがった官軍の旗。

その数は数万。

対する俺らは数百名、それもこの傷つき、疲労困憊な有様では勝てることはない。

逃げるのにも限界が近づいていた。


「黄巾党の波才も落ちぶれたもんだ・・・」


腰を上げようとするが、焼けるような痛みに顔を歪める。

肩の傷は化膿し、激痛が走る。

剣すらまともに握ることが出来ない。

当然治療などしてる暇もなくここへ来た。


逃げて、逃げて、逃げて来た。

だが、それももう終わりだ。







数万の官軍の軍勢が雪崩れ込む。

まるで蟻を水の濁流が飲み干すが如く仲間は討ち取られていく。

一人、また一人。

弓矢で、槍で、剣で。

自分の血にまみれて倒れていった。


怪我を負っていない方の手で剣を握り戦う。

既に仲間の姿は官軍の兵に飲み込まれて見えない。

それでも俺は戦う。

一人だろうが傷を負っていようが知るか。

家族を奪われ、平和な世を奪われ、その上自分さえもこいつらには奪われるのか。

だとすればなんて。


なんて。


なんて惨めな最後なのだ。


一人の官軍の兵士の剣を払いのけ、斬りつける。

その為に足を踏み込んで前進に力が入る。




ッズキ


痛みが傷ついた腕から全身へと伝わり波才の動きが一瞬止まり、隙が出来る。


ッグサ!!


その隙に官軍の兵が俺の腹に槍を突き立てた。

痛いなんてものではない。

燃えさかる火のような激痛が体を駆け巡る。


「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!!」


その槍を切断し、その兵士に剣を突き立てる。


ッグサッグサ!!


体が仰け反る。

顔を下に向けるとそこには槍の先が胸から生えていた。

粘着質でどろどろとしたどす黒いものが服を赤く染めていく。


ッグサッグサ!!


更に数本の槍が俺へと殺到した。

剣を振り上げようとするが腕が上がらない。

声を張り出そうとするが胸から込み上げてきた死の濁流によってせき止められる。

戦場の喧騒がどこか遠くに聞こえる。

だんだんと視界が霞み、暗くなっていく。



冷たい。

寒い。



こんな所で俺は。




死ぬのか?












「ふ・・・ざけんじゃ・・・ねぇ!!」


虚ろになっていた目に命の強き灯火が灯る。

自分の動きを止めている槍を一刀のもとに切り落とし、兵を吹き飛ばす。

周りから自分を見る兵士達の目には驚愕。

目の前で消えかけていた炎が突如全てを巻き込もうと燃え上がったことに対する恐怖。



倒れ込む兵士に目掛けて剣を振ろうとする、が。


「ぐぼふぁあ」


口から大量の血液。

込み上げる濁流に抗いきれずはき出す。


剣が力を無くした手からこぼれ落ちた。


そして自分の体も後ろへと崩れていく。

地面へと落ちた衝撃が体を襲う。

だが既にあれだけ疎ましいと思った傷の痛みも、今負っていた火のような焼ける痛みも。

疲労も何も感じてはいなかった。

ただ、冷たく、自分の意識が闇へと落ちて行くのを感じる。

炎が一瞬の輝きを見せて消えていくのを感じる。


俺の周りに恐る恐る兵士が近づく。

立ち上がろうにも目が霞み、もはや指一本すらも動かせない。

それでも歯を食いしばり、手に力を戻そうと足掻く。


足掻く。


足掻く。



そんな波才をよそに官軍の兵士共は俺が動けないのを確認すると。











ッグサグサグサグサグサグサ


各々の武器が俺の体に吸い込まれていった。


体が不自然に飛び上がる。

吸い込まれた槍が体の臓器を突き破り、蹂躙する。

声を上げようとするも肺が犯されているために声が出ない。


虚しい、弱々しい消えるような息が口から漏れる。


消える。


俺という存在が消える。



闇へと落ち行く意識の中で



俺は



















天に蒼天が輝いているのを見た。















「・・・」


目を開けるとそこには陣幕の天井が見えた。

体には大量の汗。

体を起こし、背を伸ばす。


何か気を紛らわすために楽しい事思い出そうとするが、体に貫かれた刃の感触を思い出して背筋が寒くなった。


最悪の目覚めです。


「ハァ・・・」


あれは私が黄巾軍として戦ったときの記憶。

最近よくそれを見る。


理由はまぁ・・・あの皇甫嵩との戦闘ですかね。

あれ以来よくあの頃の夢を見ます。

そしてそのどの夢にも空に黄天が輝いている。


あの戦で自分で解った。

私は天和様達のために戦っていたのだと思った。

だがそれだけではない。

負ける、負けると解っていても私は黄巾党に滅んで欲しくはなかった。

二つのものに気を取られていた。

二つのものを望んでいた。

張角様の黄巾党。

天和様達との平穏。


馬鹿馬鹿しすぎる。

どう望んでも、思ってもその二つは相容れず、片方しか手には入ることはない。


馬鹿だ。


私は馬鹿だ。


だがそんな愚かな事を切望し、叶えようとした。

その結果があれだ。

あの時心の迷い・・・いや、違う。

私はまだ認めたくないのだろう。

認める、私は怖かった。

あの二人の将軍、皇甫嵩と朱儁が恐ろしく、怖かった。

怖いが故に自らを悪鬼という仮面で覆い隠し、戦った。

朱儁を討ち取った瞬間の喜び、あれは歓喜。

武人としてなどそんな崇高なものではない、恐怖として心にすくっていた人間を殺した事による歓喜。


あれから更に時はたった。

黄巾党はもう死に体だ。

体を刃に犯され、蹂躙され、絞り尽くされた。

罪人の報いだ。

弱者を喰らい、平和を喰らい、ぬくぬくと肥えた愚か者達を許すほど人は馬鹿ではないのだから。


だがそんな、そんな豚を愛おしく思う自分。

吐き気だ。

吐き気がする。

余りにも救いようが無くて、愚かで。




なりたくなかった者に知らない間になっていた。



力任せ側にあった机に手を振り下ろした。

机が砕け、破片が辺りに飛び散る。

傷がふさがった己の手を見る。


朱儁はこんな愚か者に殺されたのか。

最後まで武人として戦い、武人として散っていった者に私は邪念を持って殺した。

自分を許せん。

何故殺したことに後悔をしている。

それならば戦わなければ良いではないか。

戦わなければ後悔することなど無かった。

それなのに私は、自分で決めたことにすら恐怖し、悔やんでいる。

なんと、なんと自分は滑稽で愚かで救えないのか。


私はなんだ。

この先に何を望む?

私は何がしたい?

解らない。

私の望みとは何か。

私が守るべき者は何か。

私はなんのために戦っていたんだ?

殺し、殺され、生きながらえたつもりがいつの間にか自分が殺されていた。



私は何を殺せばいい?

何を殺せば自分が自分で在り続けられるのだ?












「主!!何があったのですか!?」



先の不可解な音に気がついたのか美須々が額に汗を浮かべ陣幕に飛び込んできた。


「!!」


彼女の目に入ったのは修羅の如く義憤と憤怒が心に渦巻く自身の主の姿。

禍々しく、歯を噛み締めて血の流れる手を握る様は悪鬼のような姿であった。


「何でもないですよ・・・」


悪鬼が、いや、主が口を開く。

何もないわけがない。

見たところ誰かが進入し争った形跡はない。

ならばこれは主が起こした所業。

いつもの主とは余りにもかけ離れた様子。

あの戦以来主の調子がおかしいのは知っていた。

だがまさかここまでとは。

だがそこで波才の目を見て美須々はあることに気がつく。

とても悲しく、許しを請い、激痛に身をよじるような目。


今の主は泣いておられる。


そう思った美須々は気が付けば












「・・・」


その場に跪いていた。


「どうしたのですか?」


そう話す主の目には未だ悪鬼のような抜き身の剣の鋭さがある。

だからこそ私がやらなければ。


私は学は無い。

戦うことしか脳が無く、字すら解らず、兵法や知識などは何も知らない。

だが、それでも解る。


今ここで主がその道に行ってしまうことは誰も望まない。


天和様達も、私も、明埜も、琉生も、主自身でさえも望んでいない。

止めなくてはいけない。

今すぐ止めなければ、時間を待たずして変わる。

波才という人間が、道が、主が、私達が。

私には明埜のように言葉で語ることは出来ない。

言うべき、語るべき言葉を知らない。


だから。


「主、命令を」







「・・・」


その言葉に私は美須々がいったいどうしたのか解らなかった。

何故彼女は命令を私に望む?


「私は主と共にあり。主が迷うのならばそれは私はその迷いを断ち切りましょう。それが主の害となるならば私は主の希望すら断ちきりましょう」


その言葉を聞いて私は気がついた。

彼女がいつもとはまるで違う覚悟を決めたことに。


「主が万の屍を築く道を行くならば私はその道を進みましょう。主が誰かの死を望むのならば私がそれを殺しましょう。主が悪鬼と成りて道を進むのならば私も悪鬼と成りてその道を進みましょう」


そして決意の目で私を見た。

その目は揺るぎない覚悟、そして青い大空のような奥深さ。

だがとても悲しく、見ていて虚しくなる。

なんだこれは。

なんなんだ。




「主、命令を。私は主と共にあり」







・・・。

ああ、そうですか。

私はそんな姿でしたか。


貴方にそんなくだらない覚悟を決めさせてしまうほどの醜さと醜悪さがあったのですか。


心が清んでいく。

渦巻く思考が穏やかな湖へと変わる。


やっぱり私は馬鹿ですね。

彼女の覚悟のように私も覚悟が決まっているじゃないですか。

この世界に来て、黄巾党ができるずっと前からその覚悟を決めていたじゃないですか。


惑わされた。

過去の幻惑に。

惑わされた。

過去の誘惑に。

惑わされた。

己の恐怖に。






「私はあなた方を守りたい、あなた方を救いたい、あなた方の望みを叶えたい、そのためならばこの波才、命を捨てる覚悟ができています」





自分が波才としてこの世界で生まれた言葉。

見えなくなってしまったものを再び見つけた。





「美須々」


「っは!!」


忠義の臣が私を見上げる。

私はふっきれた笑い顔で言った。





「生きて・・・生きて帰りますよ。貴方には天和様達のボディーガードになってもらわなければ」




美須々は笑う。

彼女の主が言った言葉の意味は解らない。

だが主が伝えたい意志を理解してくれた。

嬉しくて笑う。

彼女が望み、愛してやまない自らの道がそこにある。

その道に自分がいる喜び、主君と歩めるという喜び。



ああ、この人が私の主だ。




「御意」









天に黄天は昇らない。

昇ることは許されない。


だけど存在している。

ここに在る。

確かにある。


だから・・・。




私は笑った。

波才として、波才であるとして。




「黄天當に立つべし 」


天下大吉なり。

前回感想が多くて嬉しくて気分が乗ってしまい、ついつい熱を入れて返信したために書きだめ補充できなかった味の素です。

楽しかった、後悔はしていない。


花粉症は全人類の敵ですね。

でも経済効果もあるよと友達が言っていましたが花粉症患者じゃない者にこの苦しみは解らないんだろうなぁ……。


そして時間が無い。

文才もない。

つまりどうしようもない。


この三段論法もどきをどうしてくれよう……。


そして疲れているのか予約投稿じゃなくて普通に投稿してしまった。

次回からはいつも通り12時からやります。

……ちょっと休んだ方がいいかもしれない。

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