表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/111

プロローグ

 高校生から二十代を中心に人気のトレーディングカードゲームがある。

 今日はそのTCG【フェアトラーク】の最新ブースターの発売日だ。

 メーカー指定の発売解禁時間が朝七時となっており、発売日には全国のカードショップで早朝販売が行われるのが恒例行事となっている。


 カードゲーマーを自負する俺、和泉(いずみ)裕也(ゆうや)も早朝販売に参加する為、隣町のカードショップまで足を運んだ。

 都内なら殆どの店舗が早朝販売を行い、行列が出来るほどのお祭り騒ぎになる。

 しかし、俺の住む地域では早朝販売を行う店舗は県内で一件しか存在しない。

 それも仕方のない事で、こんな田舎で通勤通学前にカードショップに寄る人は少ない。

 店内の客は俺一人だ。


「おはようございます。予約してたやつ下さい」

「いらっしゃい。和泉くん今回も一番だね」


 代金を支払い、店長から最新ブースターのBOXを受け取る。


「六箱とかスゴイねぇ。いつもの倍じゃないか」

「今日の為に夏休みをバイトで潰しましたからね。

 デュエルスペース使っていいですか?」

「もちろん。お目当てのカードが当たるといいね」

「ありがとうございます」


 店長に断りを入れて対戦用の空間(デュエルスペース)へ移動する。

 大層な名前だが、実際は店の片隅にテーブルと椅子が置かれているだけだ。


「霊騎士のパーツが揃いますように」


 手近な椅子に座り、手に入れたお宝(ブースターパック)を開封する。


「おはよ、調子はどう?」


 一箱目の開封が終わる頃、声をかけられた。

 顔を上げると、目の前にスラッとした体型で眼鏡の似合うイケメンが立っていた。

 去年の全国大会地区予選で知り合った大学生、佐々木(ささき)正義(まさよし)だ。


「順調ですよ」


 SR《霊騎士ガイスト》を見せながら答える。

 【フェアトラーク】のカードには四段階のレアリティがある。

 (コモン)(レア)HR(ハイレア)SR(スーパーレア)の順にレアリティが高くなり、SRは一箱に三枚しか入っていない。

 《霊騎士ガイスト》はその中でも今回一番人気のカードだ。


「じゃあ、裕也の運を分けてもらおうかな」


 佐々木さんは俺の向かいの席に座り、テーブルの上に購入したばかりのBOXを置いた。


 トレカの開封は一人よりも二人の方が楽しい。

 一パック毎にワクワクを共有できる。

 だが、その楽しさは長くは続かないのであった。



「何で六箱も開けてガイストが一枚しか出ないんだよ!」

「まあまあ、落ち着いて。

 ランダムだし、そういう事もあるよ」

「佐々木さんはいいですよね。

 四箱中三枚も当たったんだから」


 俺は霊騎士のデッキを構築したくて、六箱も買ったのだが、最強のカードが一枚しか当たらなかったのだ。

 ブースターパックに収録されるSRは全八種類。

 六箱分のSR、計十八枚中に、当たりが一枚とは相当運が悪い。


「佐々木さんのガイスト一枚と、俺のアラハバキ六枚を交換しませんか?」


 ハズレアである、SR《土偶戦士アラハバキ》は、六箱中六枚も当たった。

 俺の中では封入率百%の快挙である。

 それを元手にトレードを申し込む。


「鮫トレじゃん!

 それに僕も霊騎士使いたいから無理だよ」


 交渉はあっさり決裂した。

 ちなみに、鮫トレとは価値を知らない相手を騙して、海老で鯛を釣る行為である。

 一般的には詐欺と言う。


「しゃーない。

 必要なカードだけ四枚ずつ残して売ってくる」

「だったら、コモンの女の子のカード、一枚一円で買うよ」

「また無限回収ですか?

 買い取りより高いから有難いけど……」


 女の子のイラストが描かれているカードを集めるのが彼の趣味だ。

 同じカードを何百枚も集めて、何に使ってるのかは知らないし、俺には理解出来ない。


 残念なイケメン(佐々木さん)に女の子のカードを渡して、買い取りカウンターへ向かう。

 

「合計で五千六百円での買い取りとなります」

「お願いします。それとシングルカードも欲しいんですが」


 ショーケースに展示されている、《霊騎士ガイスト》を三枚注文する。

 さすがトップレア、一枚三千円もしやがる。

 その下で《土偶戦士アラハバキ》が、一枚五十円で大量に並んでいるのを見て、少し悲しくなった。


 目当ての品を注文し、会計を済ませようとレジへ戻る途中、珍しい物が俺の視界に止まった。


「え? コレって!?」


 【フェアトラーク ラバーストラップコレクション】

 カードのユニットをデフォルメ化した、ラバー製のストラップがランダムに入った、ファンアイテムだ。

 ストラップと同じユニットのPRカードが封入されており、その中に一部強力なカードが存在した為、発売日の内に市場から姿を消した幻の商品である。


「昨日、再販分が届いたんだよ。買うかい?」

「大人買いしたい所けど、ガイストを三枚買うと手持ちが……一個だけ下さい」

「はい。お買い上げありがとうございます」


 残念だが予算がない。

 次のバイト代が入るまで、残っている事を祈ろう。


 会計を済ませ、その場でラバーストラップを開封する。

 中から出てきたのは、白い毛玉につぶらな瞳とたれ耳がついた、ゆるキャラの様なやつだった。


「お、シークレット《迷犬ポチ》じゃないか。

 おめでとう」

「ははは……」


 笑顔でお祝いしてくれる店長に、苦笑で返事をした。


 《迷犬ポチ》は白属性/レベル1/能力なしのバニラユニット、つまり雑魚カードだ。

 イラストはゆるキャラみたいでかわいいが、カードは大ハズレだな。


 毛玉犬(ストラップ)を鞄に付けて、デュエルスペースへ戻る。


「おかえり。初動価格で三枚も買うとかガチ勢は違うね」

「このカードで次は全国目指しますよ」

「それよりさ、このカード見てよ。

 この娘、穿いてないよね!」


 残念なイケメンが、満面の笑顔で、女の子のカードを見せ付けてくる。


「いや、それ膝から下が植物だから……。

 で、何枚集めるんですか?」

「とりあえず目標千枚かな!」


 他愛のない雑談を交わしながら、戦利品を一枚ずつスリーブに入れて保護する。

 最後に全てのカードをデッキホルダーに入れ、鞄に収納して席を立つ。


「それじゃ、そろそろ時間ヤバいから、学校行ってきます。

 これ、佐々木さんにあげます」

「いらねー! どうせなら美少女のカードをくれよ」


 毛玉犬のカードを押し付けて店を出る。

 ちなみに、後半の台詞は聞こえなかった事にした。


 カードショップを出て、駅へと向かう。

 このショップは駅から近い。

 今から学校に向っても、ホームルームの時間に間に合うだろう。



 ◆◆◆◆



 通勤ラッシュの時間帯という事もあり、駅のホームは学生やサラリーマンでごった返している。


 流れに身を任せる様に、到着した電車に乗り込む。

 高校の最寄り駅までは三駅。

 少し狭いが十分程度の我慢だ。


 発車から数分後、一つ目の駅に到着する手前辺りで、耳をつんざく様なブレーキ音と共に電車が急停車した。

 身体が進行方向と逆側に倒れそうになるが、咄嗟に手摺を掴んで持ちこたえる。


「びっくりした……」


 窓の外を見ると、どうやら高架橋の上で停止したらしい。

 

『お客様に申し上げます。線路上に不審物を発見した為、緊急停止致しました。只今、確認作業をおこなっております。ご迷惑をお掛け致しますが、復旧までお待ち頂けます様、お願い致します』


 アナウンスが流れると、車内は喧騒で埋め尽くされる。


 誰かが意図的に不審物とやらを置いた事は、容易に推測できる。

 どうせ中身は無害な物だろう。

 面倒なイタズラをする暇人も居るものだ。


 ともあれ、これを理由に堂々と遅刻が出来るようになった。

 目を瞑り、脳内でのデッキ構築作業に取り掛かる。


「きっと爆弾だよ!」

「えー、こわーい」


 ……煩くて作業が捗らない。

 誰が騒いでるのか知らないが、探偵アニメの見過ぎだな。


 続報のないまま、十分程の時が過ぎる。

 窓の外を見つめる人、スマホを弄る人、先程までの俺と同じく目を瞑っている人……。

 騒いでいた乗客達も、落ち着きを取り戻しつつある様に見える。


 その時、爆音と共に辺りが真っ白な光に包まれた。

 足元へ向かっていた重力が背中へと移動する。


 爆発!? ありえない! ここは日本だぞ!


 何が起こっているのか、理解の追い付く前に、身体が電車のドアに打ち付けられる。

 痛みを感じる暇すら与えず、俺の上に悲鳴と共に人の山が伸し掛かる。


 とにかく、この重圧から逃れなくては……。


 深層意識が警鐘を鳴らすが、身体が言う事を聞かない。

 俺の上に積み重なっている人達も、動く気配がない。

 いや、動けないのだろう。

 辛うじて動く上半身を捻って、必死に足掻く。


 俺が再び自由を取り戻したのは、二度目の爆発音と同時だった。

 重圧から開放されるも束の間、頭に強い衝撃を受けた。

 全身の血が脳へと流れ込む。


 吹雪のように舞うガラスの破片を眺めながら、俺の意識は途絶えるのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ