間章 居残り組
これはある煩悩の男のひとこまである。
4.5 名島城にて・・・
小早川秀秋は筑前と筑後・肥前の一部の三十万七千石の大名である。日ノ本では、かなりの大大名である。そして、秀秋の本拠地は筑前にある名島城である。
ここは、秀秋の義父でもあった小早川隆景が居た城だ。ここは昔、同じく立花山城にある支城として築城された。その名島城に手を加えたのが隆景である。名島城は海に囲まれた天然の要害である。詳しくは間章なので省略する。本編でしっかりと書く予定なので・・・。
舞台はここ名島城の本丸にある天守の大広間である。これは、秀秋が李氏朝鮮に出兵して留守を命じられた者達の物語である。
「何故呼ばれたか分かりますか。」
ギラリと光った目をして冷めた言葉を吐いた人物が尋問者を睨む。顔は嫌悪感を隠そうともしない。
その言葉を吐いた人物の名は堀田勘左衛門正吉である。かの者は小早川家の筆頭家老の稲葉正成の家臣で腹心である。正成のかの者に対する信頼は厚い。
だが、かの者は主人の出兵には同行していない。これは、正成の正室である福がそう命じたのだ。正吉は福にも信頼されてたのである。主人がいなくなる以上、代わりの手駒が欲しかった福は、かの者に白羽の矢を立てたのだ。だがら、正吉は名島城に在住してるのだ。
その奥にはちょこんと城代の杉原重治が不安げな顔で座している。こちらは、秀秋が指名した城代である。っといっても裏では秀秋の正室、古満が完全にここの権力を握っている。所謂、傀儡人形である。だが、重治はそれで納得しているので文句は一切ない。自分の力量を重治は弁えているからだ。
この二人は上座の中央にいて最上座にいない。城代の重治は最上座に座してもいい筈である。これは例え、秀秋が居なくとも座するのは恐れ多いからだ。・・・重治は遠慮してるだけだが。
他に尋問者が逃げないようにする為か、杉原重治の息子である重季を中心に五人が出入り口の襖に仁王立ちして警戒する。
「んー。分からないね。」
尋問者であって、ここに座しているこの男。名を市野実利改め伊岐真利が軽く応えた。最近になって改名したのである。これは乗りだそうだ。因みに、朝鮮出兵した秀秋等は一応は知っている。どうやら、かの者がこの会議での中央人物のようである。だが、本人は全く分からないのか腕を組んで思考する、顔も苦悶していて、結構な熱中している思考である。
いつもの一日が終えようとしていた今日に何故呼ばれたのか。真利は一応は仕事をしている。しなければ、仕事に煩い正吉が上に訴えたら面倒だ。それに、一回だけだが、秀秋からも仕事の怠慢に軽い注意を受けている。流石に主君からのお叱りには敵わない。だから真利は仕事はキチンとこなしている。
真利はゆらゆら行灯の灯が揺れている中、大広間でただただ必死に思考した。だが、そんなのは一瞬で直ぐに分からんっと匙を投げてしまった。元々真利は、思考する嫌いだ。行動派なのである。よくそんなので武術指南役を勤めてるのかと思う程の大雑把でもある。
真利は表情こそ一応は神妙だが、態度がどうも神妙ではない。無論、思考をさっさと止めてしまったからだ。真利はどうせ大したことではないのだろうと軽く構えている。
真利の態度の雰囲気に対して周りにも伝わったようである。現に、殆どの者達が呆れた目をしている。その中で正吉が語気を強めて尋問した。
「今日、貴殿が話した侍女は・・・。」
「んー。三十四人だが。」
正吉の尋問の内容で真利にはやっと分かった。というより、正確に侍女を数えている真利はある意味凄い。真利はキッパリと断言している。大方女性問題だろうっと真利は断定した。
これには後方の重季が更に呆れていた。真利の開き直りにである。行灯の灯も遂に呆れたのか、灯が一瞬だけ弱くなった気がした。
今時に珍しく純情で、初心な正吉がまた小煩く真利に説教を垂れるつもりだ。真利に正吉は日常茶判事に説教をしているのは、小早川家の者達は誰もが周知している。
何故年下に、しかも身分は真利より低く、それでいて私用に説教なぞ真利は大人しく受けるのか。正吉とは仲はいいからである。だからこそ怒らない。
(しくじった。耳栓をするんだったな。)
だが、怒りはしないが、聞き入れるのは個人の自由。真利はもうウンザリして自分に悪態をついた。
既に数え切れない程に説教は受けている。そして正吉の説教内容は、今までほぼ変わらないからだ。だから厭き厭きしてるのだ。
だが、こういう形での説教は初めてだ。基本はその場で説教であり、大掛かりで正吉の部屋での説教だったからだ。女性問題でここまで発展したのは今回が始めてである。その点では真利も少々だが驚いたが・・・。
吉正が赤らめた顔をしているのに対して、真利は今では飄々としている。二人とも説教するいつもこんな感じである。そして、二人の口論が始まった。
「いいですか。貴殿は何故あんなに侍女を追いかけるのですか。貴殿が暇でも他は暇ではありません。話をするなっとは言いません。だが、貴殿はいつもこ、こ、こ、こ腰やし、し、し、し、し・・・。」
「尻か。」
「そう。御尻を触られるのはやりすぎです。」
「別にヤッてる訳ではないんだけどねー。」
なっっと絶句した吉正は、説教で興奮して赤くした顔を羞恥で今度は赤くした。実に初心であるが、意味が分かるので耳年増である。
一方の真利は顔は飄々ではあるが、ウンザリさが出始めている。いつもの説教もこんな雰囲気で進んでいるので、展開が読めるのだ。
「き、貴殿は誰でもいいのですか。」
「そうでもないんだけどねー。一応は区別もしてるつもりなんだけどー。」
吉正はいつもの答えを言った。
そうは言うが真利の許容範囲は広い。何と七十歳を口説いたのが噂になった時は、周囲を騒然とさせた。一歳を口説いた時は親が真利に、必死に止めるように頼んだこともある。真利が口説くときはいつも本気なのだ。真利は歳だろうと人妻だろうと女ならば基本的に気に入れば見境がなくなる。そして、体を触るのである。顔や性格ではなく、なんとなく決めるので始末が悪い。しかも、真利がやると殆どの女は口では怒るが心底では嫌ではないのが余計始末が悪く、不思議なのだ。
だが、気に入ったが口説かない例外もある。それの一つとして、秀秋の正室の古満がいる。
実は、真利は一度、真剣に口説いたのだ。主君の正室を口説くとは、凄い度胸である。勿論だが、秀秋の正室と知ってのことだ。
一応断っておくが、真利は秀秋に対する忠義心はちゃんとある。自分がこれ程に自由に動ける場所は、ここしかないことも自覚し感謝もしてはいる。だが、真利はそれとこれは別だといって古満を真剣に口説いたのだ。
(いける・・・。)
古満を口説いた感触は良かった。だが、真利の手が古満の体に向かった刹那に体が震えた。顔こそ笑ってたが、目は全く笑っていなかった。そして、体からの拒否する雰囲気と殺気に震えた。背後に阿修羅がいると錯覚してしまう程の覇気だった。本能で震える真利は瞬時に悟った。
(・・・これは無理だ。)
元々、無理強いはしない真利は諦めも早い。さっさと諦めた。互いに好きな者が強く想ってたなら無粋なことをするのも嫌だった。・・・一番は命を捨てたくなかったが理由なのだが・・・。
これには余談がある。このことが秀秋に知られた。秀秋はウルウルと目を潤ませて、私はいらないのかっと体をプルプル震えさせながら尋ねたのだ。これには古満が胸がキュンっとときめいた。男で凛々しいのは見たが、可愛いのはこの夫しか見たことがない。
その秀秋の無防備さと可憐さに古満は愛しさが爆発して、ギューっと秀秋を抱きしめる行動を起こして慌てさせた。顔も羞恥で真っ赤になる秀秋に、更に古満が愛しさに抱きしめを強くし、最後は息がし辛くなって秀秋がグッタリと青ざめ、それを古満が逆に慌てさせるまで続けたっという話である。現代でいえば、秀秋の先の姿はチワワに似ていた。秀秋も昔は目もまん丸としていたし、垂れていない。
その他にも稲葉正成の正室である福もそうだ。ただ、これは真利が好みではないので口説かなかった。だが、福はそれが気に入らないのか、ある日になって真利に突如として正拳突きを喰らわして、真利を沈めさせてしまったのだった。真利は武術指南役である以上は一応は強い。だがこの攻撃はあまりの速さに対応が追いつかなかった。
これ以降、真利の一番苦手な女は福である。内心ではあれは女ではないっと、恐怖している程に福が苦手なのだ。だから、福のお気に入りの侍女等は口はそれなりに口説きながらも、一切手を出さない。 その点を考えて手を出さないのは、福と古満に関係している人物であろう。
「ええい。何故そのように女子に手を出してしまうのです。」
「そこに戦があり、浪漫があるからだよ。そこで動かねば漢じゃあないね。だからこそ、見つけたら即動く。これが漢の花道だと思うし、今の自分があるのだよー。」
「馬鹿かー。馬鹿なのか、あんたは。」
正吉は上官だろうが、もう関係ないっと口調が汚くなった。普段ではあまり見られない感情の高ぶりである。右手の人差し指を激しく噛む。かなり苛立っているようである。それを重治はまあまあっと宥めている。
暫しの間、罵倒に近い発言が続いたが全く真利はしらっとしている。自分の信念は間違ってない。だから堂々としていられるのだ。この煩悩は伊達ではない。
「最後に、杉原殿。伊岐殿に言って下さい。」
正吉はハアハアっと息遣いが荒いながらも重治に発言を催促した。一同の視線は重治に集中する。一気に雰囲気も緊張したものに変化した。
これまで、特に発言しなかった重治だが、正直困った。こういう恋路事は苦手なのだ。それに、主なき領地を守る為に政務をしているが、量がとんでもなく多い。家老の殆どが李氏朝鮮に出兵でいないのだ。正直こんな時間はないのである。また、先程から別の大問題もあった。体の動きが若干可笑しいのがその原因だ。
「んー。今後から気をつけるように。」
話は終わりといわんばかりに重治は立ち上がった。早々と退出した。まずは、厠に行きたかった。歳で若干尿意が早いのだ。それが大問題なのだ。足元もぎこちない。それから政務をまたしなけばならない。だからこそ、発言は淡白であった。
これには、流石の当事者の二人も唖然とした。あまりに適当な言い方だったからだ。だが、一応は注意してはいる。
(どうなるのだろうか・・・。)
真利以外の者はそう思った。真利の表情からは何も読み取れなかった。
数日後、結局は変わらず口説く真利に頭を痛める正吉の姿があった。そんな名島城のひとこま・・・。
どうも、歴史転換です。これで投稿して一週間になりました。この作品を見て頂いた読者の皆様には感激と感謝をしています。雑で未熟な文ですが、これからも転換!関ヶ原!を見捨てずに見てくれるとありがたいです。