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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

《『倉本藍の営業/日下渚の困窮』シリーズ一覧》

倉本藍の営業(3):ビジネスの魔物

作者: 賀茂川家鴨

倉本蒼「人間にはどのような価値が残されているのでしょうか?」

「昨日のニュースはご覧になりましたか」

 のんびりとした昼休みの教室で、私はトマトチーズサンドを食べています。

 私は倉本藍くらもとあお、高校一年生、肉体年齢十五歳です。

 華奢な身体と長い黒髪、天才的頭脳と抜群の運動神経が取り柄です。

 胸がないのは愛嬌です。

「観てない」

 机に突っ伏しているのは、日下真奈花くさかまなか、私の数少ない友人の一人です。真奈花は金色の髪を縛り、左右に垂らしています。真奈花とは同級生、同じA組です。真奈花はハワイの帰国子女です。

「なんでも、ここ最近、失踪事件が相次いでいるそうです」

「ふうん。前にもこんな話、しなかったっけ」

 私はニヤニヤと怪しい笑みを浮かべます。真奈花は気にも留めません。

「捜査に協力してくれませんか」

「何でそんなことしなくちゃならないのさ」

「ここの生徒も数名いなくなっています。面白そうでしょう?」

 真奈花はぴくりと眉を動かしました。

「そんなこともあったなあ」

「面白そうでしょう? だから、捜査しましょう」

 私が満面の笑みで真奈花の机に手をつきます。

 真奈花は腕の中に顔を埋めてしまいました。

「眠いから、やだ」

「まあ、そう言わずに。パフエ代を奢りますから」

 と言って、一〇〇〇円を真奈花のポケットに忍ばせました。

「やってやらないこともない」

 真奈花は急に背筋を伸ばして、鋭い眼光を光らせています。

 欲望に忠実な人間ほど御しやすいものはありません。



 放課後、午後五時頃の夕暮れ時、私と真奈花は湖の桟橋の上を歩いていました。

 真奈花の武器は、BB弾一式と拳銃一丁です。ちょっぴり私が改造しました。

 まあ、今回、使うことはないでしょう。

 白い桟橋の鉄骨が、橙色の太陽光を反射します。

 私の黒色の髪が、ふわふわと風に揺られます。

 桟橋には私と真奈花だけです。人通りはほとんどありません。

「おやおや。本日の迷える子羊がいましたよ」

 私は薄っすらとした瞳を、よれよれのスーツを着たサラリーマンに向けます。

 真奈花は小さくあくびをしながら、男を指差します。

「あの人?」

「そうですよ。いまにも消えてしまいそうでしょう?」

 男は前のめりになり、腕をだらりと下げたまま歩いている。

「やあ、そこの君」

 私は瞬間移動して、男のすぐ傍で声を掛けます。

 男は溜息を吐いて、私を無視しました。

 困りましたねえ。

「おっと、失礼」

 私はわざと足を引っ掛けます。

 男は派手に倒れましたが、地面に衝突する直前で止めてやります。

 男は呆然として、アスファルトと睨めっこをしています。

 私は男を地面にドサリと下ろすと、醒めた目で彼を見下ろしました。

「私は倉本藍、悪魔です」

 私に瞳には、ゆらゆらと揺れる陽の光が灯っています。

 真奈花は私の隣にやって来て、肩をすくめています。

「そこのお兄さん。何か悩みごとがありそうですね」

 男は立ち上がると、気味悪そうに後ずさりしました。

「ああ、そうでした。まずはこちらをどうぞ」

 私は用意していた営業パンフレットを取り出します。

「ちょっと貸しなさい」

 真奈花はそれを私の手からぶんどると、ひととおり目を通しました。

 私は予備のパンフレットを男に手渡します。

 男は不審がりながらも、興味本位でパンフレットを読んでしまいます。

「さあ、私と契約すれば、あなたの悩みを解決してあげます」

 そろそろお腹が空いて仕方がありません。私に生命を少しばかり分けて下さい。

 人間の食料は、人間の肉体を満たすことはできます。私は完全な人間ではありませんから、何も食べなくても半永久的に生きていくことは可能です。

 しかし、私は生命をいただかないと、精神が消えてしまいます。

「まさか。冗談でしょう?」

 男は中肉中背で、何かに怯えるような口調です。

「君は私の魔法を体験しておいて、まだ疑いを隠せないのですか?」

 私は身体を斜に構えて、流し目で男を睨みます。

 男は何故か焦っています。どうしてでしょうねえ。

「悪魔は人間の魂を対価に貰うはずだろう」

「おやおや、君の常識はあくまで人間の常識ではありませんか」

 悪魔は魂を対価に人間の欲望を叶える、間違ってはいません。

 ですが、魂は真奈花に半分分けていただきましたから、当分、必要ありません。

 もう半分魂が揃えば、私は完全な人間となれるのですが、完全体の人間など不便なだけです。興味ありません。それに、真奈花との契約を成し遂げるためには、私は悪魔であり続けなければなりませんから。雇用者を守るのは労働者たる私の務めです。

 前回の営業は押しが強すぎて失敗したので、今回は引き気味にいきましょう。

 私は大きく腕を広げました。もちろん満面の笑顔です。

「生命といっても、人生全体から見れば、ほんの少しです。欲望の申し子達がタールやアルコールを大量摂取して縮めている生命よりも、はるかに微量です」

「はあ」

 男は呆れた様子で頷いています。

「さあ、悩みごとをおっしゃって下さい!」

「いや、やっぱり遠慮しておきます」

「おや、どうしてですか」

「悪魔に頼むくらいなら、自分で何とかしたほうがいいかと思いまして」

 真奈花はやれやれと首を振りました。

「せめて悩みだけでも話してみたらどうなの」

「はあ、そうですか。実は、勤め先で上司から毎日のように怒鳴られていまして、同僚は相談にすら乗ってくれないのです。このまま業績不振ならクビにするぞと脅されています」

「クビにされたら裁判でも起こしたらどうなの」

「世の中甘くありません。クビにされた元同僚は、裁判費用や無職でいる期間の長さから、訴訟を諦めました。それに、復職を望んでいないのに、不当解雇を理由に復職したいと主張するのはおかしな話です」

「難しい話はよくわからないけれど、結構大変なのかな」

 男は愛想笑いを浮かべています。私にはすべてお見通しです。

 男は私に視線を移しました。

「ええ、まあ。残業をしてでも上司から追加された仕事を終わらせているのに、残業はするなと言うのです。残業をしなければそのぶん残業代は出ませんし、上司は仕事が終わらなければ給料を削減すると言い張ります。きっと、不況の波を乗り切るために、わたしを辞めさせたいのだと思います」

 男は私に丁寧な礼をしました。真奈花もつられて礼をします。

「まだ解雇されたわけではありませんし、もう少し頑張ってみようと思います」

「そうですか。その気になったら、いつでも私にお電話を下さい」

 真奈花はパンフレットを一瞥して、苦笑いしました。

 パンフレットですから、当然、連絡先はきちんと書いてあります。

 私は去っていく男に微笑みながら手を振りました。



 私は少しふらふらしながら、真奈花と帰路に着きました。

「ん、お疲れさま」

 自宅のドアの前に着くと、真奈花はうんと伸びをしました。

 私と真奈花はアパート暮らしですが、お互いすぐ隣の部屋に住んでいます。

「真奈花、少しでいいので、生命を貸して下さい」

 真奈花は私の額を軽くデコピンします。

「ちゃんと返してよ。今日は遅いから明日ね」

「ありがとうございます」

 私は右手で額を擦りながら、深くお辞儀をしました。

「そいじゃ、おやすみ」

 真奈花がドアを閉じたところで、私はぼんやりと星空を眺めました。

 真奈花がいなければ、危ないところでした。


 私はベッドに寝転がり、枕に顔を埋めます。

 電気の消えた室内で、私は未来を見据えます。

 あの男は必ず私に相談しなければならなくなると思います。

 そうでなければ、あの男はストレスで魔物になるでしょう。

 あなたは罪を許す優しく愛に溺れているだけです。

 実に、不幸なことです。

 君を取り巻く環境は、何一つ解決していないのですから。


 もっとも、君の悩みを解決したところで、根本的な問題は何も変わりません。

 人間は欲望を支配していると思い込んでいるつもりでいます。

 ですが、実は、人間は欲望に支配されています。

 人間が欲望を持つ生き物である限り、私の糧が尽きることはありません。


 とはいったものの、不思議なことに、私と契約をしたがる人間は、めっきりと減ってしまいました。人間は欲望の圧力に押しつぶされて、悪魔すら信用できなくなってしまったのでしょうか。

 悪魔をはねつける正義のこころは、所詮、独りよがりなものです。人間はいつでも、善にも悪にもなりえます。悪魔を拒絶しても、人間の悪が消えたことにはなりません。悪魔の私が言うのは変ですが、構ってもらえなくて寂しいです。


 真奈花のような面白い人間に出会いたいものです。

 愛に溺れることなく、強靭な意志を私にぶつけてみせて下さい。

 私は必ず、あなたの意志に応えてみせましょう。(了)

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