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エレベーターと勘違い

作者:茅野真奈
「高校二年の時に一緒にエレベーターに閉じ込められたことがあるんだけど、覚えてる? それが好きになったきっかけなんだけど」
「……それ、私じゃない」

 照れくさそうに笑った山科くんの表情が凍った。



 ***



 バカみたい。バッカみたい! やってられないわッ!!
 どうして想いが通じあった瞬間に破局しなきゃなんないのよ。「好きになったきっかけってなんなの?」って聞いた私が悪かった? そんなわけないでしょう!
 というか、エレベーターに閉じ込められたって話は聞き覚えあるわ。そして山科くんが勘違いした理由もよーくわかった。余計に腹が立つ。

「――え? ち、ちがう? 覚えてないとかじゃなくて?」
「同い年の従姉妹の千夏が高二の時にそんなことがあったわ。父親が双子だし、私達は姉妹みたいに似ているよ。どっちも苗字は桜井。高校からの持ち上がりでこの大学に進学した私とは違って、あの子は国立大学にいったわ。残念だったわね。人違いで。それじゃあもう用はないわね。さようなら」

 赤くなったり青くなったりして動揺している山科くんを見るのもバカらしいし、一気に事実を伝え終えるとすぐさま背中を向けて歩き出した。
 千夏がエレベーターに閉じ込められた時のことは覚えている。怖かったけど、励ましてくれた同い年の男の子がいたから助かったよっていう話も聞いた。それが山科くんなんだろう。
 そんな相手が私と同じ大学になるなんて、すごい偶然ね。……いや、まったくの偶然というわけじゃないのかもしれない。学校帰りに事故にあった千夏は、大半がそのまま附属大学に進む私立高校の制服を着ていたはずだし、「もしかしたら会えるかも」と思ってこの大学に来た可能性は否定できない。

「待った! 待って桜井さん!」

 腕を掴まれて引き止められたけど、放っておいてほしい。山科くんに触れてしまった私にとっては、馬鹿らしくて腹立たしいこの事実を受け止めて整理する時間が必要なのよ。

「千夏には幼なじみの彼氏がいるから望みはないわよ」

 幼なじみの年上彼氏だ。小さな頃からラブラブなあの二人に、ぽっと出の山科くんが敵うわけがない。

「彼氏? マジで? ――って、そうじゃなくて!」

 ちょっと、あなた素でショックを受けた顔したでしょう。はいはい、千夏に彼氏がいて残念でしたね。ご愁傷さまでした。

「私はあなたのエレベーターの君じゃないの。人違い。さっきの告白も全部なかったことにしてあげる。だから放して」

 睨みつけたら泣きそうな顔をされた。泣きたいのは私だ。この勘違い野郎。

「エレベーターはきっかけで、この一年で好きになったのは桜井さんだって!」
「あらそうありがとう。でも迷惑だわ。さあ放して」

 にっこりと笑う。ここで泣いて縋る可愛げがあればよかったのかしら。でも無理だ。悲しさよりも怒りや悔しさのほうが強い。
 だって、私はやたらと自分の周りに出没して好意を示してくるこの人を好きになっただけだ。今日まで直接好きだと言われたことはなかったけど、彼の好意は周知の事実といってもいいくらいにはあからさまで、疑ったことはなかった。なのにその好意は勘違いからくるものだったなんて笑えない。
 私は勇気を出したのに。山科くんのことを好きになったから、今日ここで好きだって告白をしたのに。真っ赤になって喜んで、うれしいって、オレも好きだよって抱きしめてくれたのはたった数分前だったのに。
 悔しい。悔しい悔しい悔しい。好意を持たれていたのは私じゃなかった。この一年で好きになったのは私だって山科くんは言うけれど、千夏がここにいたらあの子を好きになっていたんでしょう? そんなの、代用品みたいじゃない。千夏のことがなくたって私を好きになってくれただなんて思えない。

「俺のこと好きって言ってくれたじゃん! なら話を、」
「――ッ、放せって言ってるでしょう!」

 ふざけないで! 俺のこと好きだって? ええ好きよ。さっき私から告白したものね。人違いでアプローチされて、まんまと惚れた滑稽な私を笑いたければ笑えばいいじゃない! というか山科くんってデリカシーない!

「な、泣くなって」

 泣いてなんかないわ。視界がぼやけてなんか出てくるけど泣いてなんかないんだから! 山科くんの前で流す涙なんて欠片もない!!

「バカ山科ッ!」

 思いっきりすねを蹴った私は悪くない。



 ***



 山科くんとの出会いは、一年の前期だった。
 その頃は一般教養の講義をひとつだけ同じものをとっていたらしいけど、人数の多い大講堂の授業だからそうそう知り合うこともない。
 学科が違うし、サークルも違う。内部受験の私は大学内に男女どちらも知り合いは多いけれど、その人達を経由して知り合ったわけでもない。
 だけど山科くんが、その唯一同じ講義の時に隣に座って話しかけてきたんだよね。故意か偶然なのかという違いはあるけど、きっかけをもたらしたのは山科くんだ。
 最初の頃は「なにこの人」って警戒したな。一度声をかけられてからは、講義のたびどころか、構内ですれ違うたびに足を止めて挨拶をされた。持ち上がり組でもない、友達の友達というわけでもない男の人にそんなあからさまなことをされたら警戒したって仕方がない。
 でも、面白がった高校からの男友達が山科くんに話しかけ、その後なんだか彼ら同士で仲良くなり、男女問わず私の友達は山科くんへの警戒を解いてしまった。一目惚れした女の子に必死にアプローチする奴として受け入れられ、その一目惚れされた女の子である私は、友達と一緒にそれなりに話をするようになって、一年も経てば好きになってしまった。
 好意を持たれていたから好きになるというのは単純なのかもしれない。でも、好きになったんだから仕方がないじゃない。たとえ、好意が勘違いからくるものだったとしても。
 ああ、どうして今までエレベーターの話が出なかったんだろう。もっと早く話題に出してくれていたら気がついたのに。好きになる前に、気がつけたのに。
 山科くんがよく知りもしない頃からなぜ私のことを好きになったのか聞いた場面に遭遇したことがあるけれど、彼は赤い顔で誤魔化していた。周囲はそれを「一目惚れか」と解釈していたけれど、本当はエレベーターで出会った千夏との勘違いだったんだね。
 その勘違いがなければ、私と山科くんは仲良くなることはなかったし、ましてや好きになることもなかった。なら勘違いであっても山科くんが私に話しかけてくれるきっかけになったというなら、感謝してもいいのかもしれない。
 でも、だからって簡単に割り切れるほど私の心は広くない。悔しいし、腹立たしい。勘違いからはじまった恋を、受け入れたくはない。
 私は山科くんを好きになったんだ。好きに、なんてしまったんだ。一生懸命私に好意を示してくれる彼を、好きになった。なのにその示された好意の相手が私じゃなかったのだとしたら、どうしればいいかわからない。
 確かに、この一年山科くんと話をしていたのは私だ。はじまりは勘違いでも、山科くんは本人が言っていたように、私自身のことを好きになってくれていたんだろう。頭では冷静にそう思える。でも気持ちがついていかない。

『じゃあ次は小春がアプローチすれば?』

 ひとりで悶々としていてもしんどいだけなので、当事者の千夏に電話をして事情を話したら、そう言われた。

「……私、今日は自分から告白したんだけど」
『がんばったよね。相手が自分のこと好きだってわかってても、告白するのは勇気いるもんね。でもさ、最終的にはこじれちゃったんでしょう?』
「こじれたというか、怒って逃げてきたっていうか」
『怒る気持ちはわかるし、それは別にいいと思うけど、好きなんだったらそこで終わるのはもったいないよ。私なら怒って拗ねて、こんなに私は荘くんのことが好きなのに!ってアピールしちゃうな』

 いやまぁ、千夏ならそうだろうね。幼なじみで三つ年上の荘くんに、昔から好き好きアピールをしていた。三歳差ってけっこう大きいんだよね。不安になることも多いみたいで、嫉妬したり喧嘩したりという波乱はけっこうあって、その度に怒った千夏は自分がどんなに荘くんのことを好きかと本人に演説したり、友達や雑誌から得た知識でアピールしたりしていた。
 荘くんはそんな千夏がかわいくてたまらないみたいだし、山科くんにも効果はあるのかもしれないけど、私は千夏じゃない。そういうのは柄じゃない。

『その、山科くんだっけ? 名前は知らなかったけど、顔は覚えているよ。どっちかといえば、小春の好きそうな可愛いタイプの顔だったよね。せっかくなんだからがんばれ!』

 そうだね、厳つめの顔をした荘くんラブな千夏からしたら可愛いタイプの顔だ。千夏の好みじゃないか。それはよかった。
 というか、千夏は山科くんの顔を覚えているのか。なら千夏がうちの大学にそのまま進学していたら、自分から山科くんに話しかけていたかもしれない。そしたら山科くんだって、やっぱり千夏を好きになったんだろう。従姉妹の私とも話はするかもしれないけど、千夏がいるなら私を好きにはなってくれなかったんだと思う。千夏が山科くんを好きになる可能性は限りなくゼロに近いけど。だって壮くんがいるし。

「千夏がいたら私を好きにはなってくれないだろうなって思ったら、悔しくてアプローチなんかしたくない」
『でも私はいなかったわけじゃない? もしもとかそんなのでうじうじして好きな人を逃すのはもったいないよ。悔しいなら、悔しいって言えばいいよ。こんなにも好きにさせた責任とってよ!って怒ったら?』
「それ言われる立場だったら怖い」

 勘違いだとしてもあからさまな好意を示してきた山科くんに惚れた私がそう言うのはまぁセーフかもしれないけど、もし言われる立場だったら怖いものは怖い。そういうのは、千夏と荘くんの間だから許される言葉だと思うよ。

『でもさ、今までアプローチしてくれてたのは彼なんでしょう? だったら次は小春がアプローチしてもいいじゃない』
「だから告白は私からしたんだよ。アプローチしてくれたから、告白は私からしようってがんばったんだよ。まさに今日」

 結果は彼氏彼女になった数分後には破局になるという悲惨なものだったけど、がんばったのは確かだ。

『さらにがんばろう。愛していると言われるまでがんばろう』
「前向きだね千夏は」

 小さな頃から壮くん一筋の千夏は、へこたれても前進するのをやめない。好きだから好きになってほしい。好きだから手に入れたい。好きだから仲直りしたい。好きだから好きだと言うことをやめない。これで荘くんが千夏に惚れてなかったら、どうなっていたんだろうと思うとちょっと怖い。二人が相思相愛でよかったと本気で思う。
 というか、愛しているって言われるのもなんだかこっ恥ずかしいよ。愛しているってどういう状況で言うものなの? 好きならともかく、出会って一年くらいの山科くんに愛しているなんて言われたら逆に安っぽい。劇的なことがあって愛を深めたとかならまぁわかるけど、そんなこともないし。

『小春がこのまま山科くんと疎遠になってもいいんなら怒って無視しといてもいいと思うけど、好きなんでしょう? だったらがんばろうよ』

 疎遠か。無視し続けたら疎遠になるね。――もう山科くんと話したりできなくなるのは、確かにさびしい。嫌だなって思う。だからって千夏みたいに割り切れないよ。
 ああ、心の狭い自分が嫌だ。千夏みたいに好きなら好きだって素直に言いたい。悔しいとか怒ってるとかで拒絶して好きな人を遠ざけるなんてバカだ。わかっている。

「……すぐには無理かもしれないけど、がんばってみる。がんばり、たい」

 でもがんばってみよう。悔しくて素直になんかなれないかもしれないし、無視しちゃうことだってあるかもしれないけど、がんばりたいと思う気持ちを押し込めたりしたくない。

「ありがとう千夏。話を聞いてくれて、元気が出たよ」
『こちらこそ話してくれてありがとう。小春の恋のライバルとしていつの間にか登場して、何も知らないまま嫌われなくてよかった』
「千夏を嫌うわけないじゃない」
『恋は人を変えるんだよ』
「千夏は昔から恋に狂ってるから今更変わらないけどね」
『狂ってるんじゃなくて溺れてるんだよ!』

 即座に訂正してきた千夏に笑いながら、今日は本当に電話をして話を聞いてもらってよかったなとしみじみ思った。



 ***



 二限目の講義を終えて食堂に向かう途中で山科くんに捕まった。今日は山科くんって講義がない曜日だったはずだけど、わざわざ私と話をするために来たんだろうか。
 友達といたけれど、山科くんの必死な様子にニヤニヤとして彼女たちは先に行ってしまった。まあ、ひとりだと思わず逃げていたかもしれないし、友達のおせっかいはありがたかったかもしれない。

「桜井さん、昨日はごめん」

 とりあえず人に聞かれたい話でもないからと空き教室に入ったら、即座に山科くんは頭を下げた。

「勘違いしていたことは本当だし、桜井さんの従姉妹っていう子が気になっていたことは否定できないけど、俺が今すごく好きなのは桜井さんだよ」

 顔をあげた山科くんが、私の目をしっかり見て好きだと言ってくれる。うれしい。好きだと言われることはうれしい。しかも「すごく」だって。でもそれを素直に表には出したくなくて、うつむいた。

「昨日好きだって言ってくれて、本当にうれしかったんだ。俺は桜井さんと付き合いたい」

 千夏には、がんばるって言ったのにな。自分からアプローチしなよって言われたのに、山科くんのほうががんばってくれている。私は言葉が出てこなくてうつむいたままだ。情けない。

「最初の頃は話しかけたらものすごく戸惑った顔をして適当にあしらって逃げたり、友達が俺と仲良くなって仲間に入れてくれるようになった頃は裏切られたって顔で拗ねたりして避け気味だったのに、俺がレポートに苦しんでいたらデータベースの使い方を教えてくれたり、俺が好きそうなイベント見つけたらすぐに教えてくれたりする桜井さんが好きだよ。だんだん笑ってくれる回数が増えることが、うれしかったんだ」

 そういう風に言われると照れる。というか、思い返すと最初の頃はかなり警戒を表に出していたのに、それでも果敢に話しかけてきた山科くんすごいな。
 ちなみにイベントっていうのは、アトラクション系のイベントだ。私は工芸やアートのワークショップ系が好きで探すけど、山科くんは身体を動かすアトラクションやゲーム系が好きで、一緒に行ったことはないけど自分のを探すついでに見つけたら教えていた。山科くんだって私が好きそうなのを見つけたら教えてくれたんだよね。こっちも一緒に行ったことはないけど。
 一緒に行ったことがないのは、好みの系統が違うっていうこともあったけど、関心がないわけじゃなかった。ただ、付き合ってもない人と二人で出かける気がなかったから誘わなかったし、山科くんも遠慮していたんだろう。――でも、これからは?

「……さ来週の日曜日に」

 うつむいたまま、言葉を絞り出す。

「革雑貨のワークショップがあるんだけど、一緒に行く?」
「――え!? あ、うん、行く! 一緒に行きたいです!」

 勢いよく行くと言ってくれたことにホッとした。でもあともう少しがんばろう。悔しいけど、怒っているけど、逃したくないからがんばりたい。
 うつむいていた顔をあげると、真っ赤になった山科くんと目が合った。たぶん私も赤くなっていると思う。目を合わせたまま一気に距離を縮めて山科くんの服を掴むと、背伸びをして顔を近づけた。
 柔らかい感触と一緒に歯がぶつかったけど、痛みより何より恥ずかしさのほうが勝る。

「詳しいことはあとでメールする。もうお昼食べに行くね。じゃあ!」

 驚いた顔のまま固まる山科くんを放置して、ダッシュでその場から逃げる。今日はもうこれ以上はがんばれない。山科くんが目の前にいるだけで羞恥に耐えられなくなる。

「さ、桜井さん!?」

 追いかけてくる足音に捕まるまで時間の問題だとわかっていても、とりあえず一秒でも長く逃げたかった。

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