明日谷大和を影から救え
お読みいただきありがとうございます。
あちらの世界へ入ります。
5時間目のチャイムが鳴り、先生に別れの返事を述べた後、須田愛良と離れ、自転車を立ち漕ぎで家に帰れば、
「英子、英子」
ロロナが飛び跳ねて抱き着きぬ。もふもふ動き、ぺろぺろ顔をなめ、しっぽはふりふりと右腕にあたり、
「どうしたの、ロロナ」
「おかえり、えいこ」
ナツリが静かに歩き、じいっと瞳を見つめる。
「えいこが学校にいる間、いきなりテレビから映像が流れた。明日谷大和君がアルムの世界から無理やり追い出されて、嫌な流れがえいこだけでなく、あちらの世界にも影響を与えている。早く来て」
音を立てて二階に上がり、自室に入れば、
「愛良、じゃなかった、ココアって子が氷漬けにされている」
画面を見れば、ひとりの少女より放つ凍てつく煙、少女や少年、ココアなどを氷に変え、空は黒く、風を切り分ける音が響き、
「寒いよ、英子」
「うう、こちらにも風が吹いてくる。原因は明日谷大和が無理やりこの世界から追い出され、須田愛良と話をしてもらえないから。映像ですべて流れていた。えいこが大二郎って男の子にあたふたしていたのも」
手は冷えねど、心はカイロ。
「人の恋心事情などわたしにはどうでもいいけれど、わたしたちの命にかかわる問題だから、えいこ、あっちの世界に今すぐ行って、あの子を助けてあげて」
「助けろと言われても、説得をすればよいのかしら」
尋ねれば、首を横に振る猫。
「先日、大きな蛇を倒したときのこと、覚えている」
「え、ええ、見ていたの」
二匹はうなずき、抱き着き、
「赤く腫れあがっている部分を壊せば、環境は元に戻る。明日谷大和は今、悪い運気に体が支配されないよう戦っている。英子、そんな顔をしないで、助けてあげて。それが武彦君を助けるカギだから」
息を飲み、張井を見つめる猫。
「わかったわ。あなたを信じる。いや、何を信じて何を疑えばいいかもわからないけれど」
「英子、がんばってね、ロロナ、吠えて応援する」
「うん、いってくる」
画面に触れれば、あちらの世界へ入りぬ。
寒い!
赤く点滅する丸い球が少女のすぐそばにあった。少女の周りに氷漬けにされた少女たちが二人いる。
「これを壊せば」
「そうはいくか」
後ろより低い声がしたので振り向いた。真っ黒な丸い球が浮かんでいる。
「それを壊してもらったら困るんだよ」
「あなたは誰、どうして壊したら困るの?」
黒玉は英子に向かって飛んできた。おなかに当たり、吹っ飛んでしまった。
「くうう……」
「危ないところだった。この世界の連中には苦しんでもらわないと、俺の命がなくなる」
「苦しむって……久しぶりに出会ったわ。人の不幸を笑う奴って」
英子は立ち上がる。
「俺も初めて出会ったよ。人の不幸に怒る偽善者を」
「偽善者? 私が?」
否定しろ、私は正義の見方ではない! という単語が英子の頭をよぎる。
「ああ、偽善者だ。この子たちが人間で年下でかわいい子だから、お前は怒っているのだ。もしここで氷漬けにされている人間がお前にとって大嫌いな奴で、ひどい野郎で、人間の面を被った怪物だったら、そんな奴でも助けてやりたいと思うか?」
一歩だけ前に出る英子。風が英子の進む方角と反対側に吹く。
「ここにいる奴らは自分たちの幸せだけを満たし、他人の生き方など何も考えていない。最も苦しんでいる人に目もくれず、ただ自分の幸せだけを考えている連中さ。こいつらは他人から夢を吸いつくしているのだ。だから苦しんで俺たちが夢の力を奪えばよい。今、お前が助けようとした女、この世界の住人も、将来は己の欲望しか考えず、他人を平気で蹴落とすクソガキに変わる。それなら今のうちに氷漬けにさせたうえで、こいつらが持つエネルギーを私のために使うべき」
また一歩、前に出る。
「ごめん、エネルギーだの幸せだの、何を言っているかさっぱりわからない」
「そうか、わからないのか。お前は俺と同じ『物体』だ。一ついいことを教えてやろう。俺もな、向こうの世界から来た人間だ」
あちらの世界では!や?を使っています。