あれから中立都市の人々は、争いをすることもなく、平和に暮らしていた。
今では、森と人との間には、少しずつ友好的な雰囲気が生まれつつあり、森が人を襲うことは減ってきた。
都市の外では、二度と作動することのないイストークがたたずんでいた。
この世界を昔のようにしたいと願っていたトゥーラはその後、ミンカが働いている食堂で一緒に仕事をすることになった。
彼女はこれまで社会に出て働くことがなかったため、戸惑うことも多かったが、職場でのミンカの笑顔に後押しされながら、何とか毎日を過ごしていた。
一方、アギトとカインはその後もトラブルを起こしたりすることもあったが、熱心に農作業に励み、取れた作物を食堂に運んだりしながら過ごしていた。
ある日の朝、カインとミンカがトゥーラを連れて家から出てきた。
今日はアギトを加えた4人で木を植えることになっていた。
カインは家の前で近況について問いかけた。
「ミンカ、トゥーラの仕事の調子はどうだ?」
「うん、今では一人前に仕事をこなせるようになってきたよ。」
「そうか。よかったなトゥーラ。」
「カイン、そう言ってくれてありがとう。ミンカもね。最初は色々失敗して迷惑もかけたし、泣いて帰ってきたこともあったけれど、あなたのおかげでここまで来れたわ。」
「あたしは、当然のことをしたまでよ。困った時には何でも遠慮なく相談してね。」
「うん。これまではあなたと一緒に料理を運ぶ仕事だったけれど、来週からわたしは料理を担当することになるから、ミンカは忙しくなるけれど、がんばってね。」
「心配しないで。トゥーラもがんばってね。」
2人の楽しそうな会話に、カインも参加した。
「おれは何も出来ずにいるけれど、いい返事が聞けてよかった。」
「そんなことないわ。カインだって、わたしにとって大きな存在よ。一言一言に重みがあって、どれだけ助けられたか。」
「そ、そうか?」
「うん。兄ちゃんがリーダーとなって、あたし達4人のまとめ役になってくれたから、今の関係があると思うの。そうでなかったら、あたしとトゥーラの関係はきっとギクシャクしていたと思うし、アギトにもどう気持ちを表現したらいいか、分からなかったと思うの。」
「ごめんね、ミンカ。アギトをとっちゃって。」
「それはもういいの。でもあたしは友達として、アギトのこと好きだから。」
「それでいいよ。とにかく、おれ達が仲良しになれてよかった。」
3人が会話をしていると、自分の家から走ってきたアギトが合流した。
「ごめん、遅くなって。」
「アギト、おれん家に泊まってもよかったのに。」
カインがため息をつきながら言った。
「夕べは自分の家で過ごしたかったんだ。でも、3日に1度はカインの家に泊まっているし。」
「とにかく、全員そろったんだし、それじゃ、しゅっぱーつ!」
ミンカが元気よく叫んだ。4人ははずむ足取りで、歩き出した。
やがてアギト達は都市を離れ、一面に平原が広がる場所に来た。
彼らはこの後苗木や水を運び、この場所に木を植えることになっていた。
4人はすぐに作業に取り掛かろうとはせず、かけっこをしたりしながら、楽しそうに時間を満喫していた。
時間を忘れて遊びに夢中になるうちに、やがて草原に座った。
みんな息が切れていたが、それでも心地よい気分だった。
しばらくすると、カインが辺りを見渡しながら言った。
「この辺りも変わったよなあ。以前は何もない灼熱の砂漠だったのに。」
「そうだね。今では丈の短い草が生えていて、少しは過ごしやすくなったし。」
ミンカが続いた。
「いつの日か、ここも緑の森に出来ないかなあ…。」
アギトが青空に浮かんでいる、割れた月を見上げながら言った。
彼はあの大冒険の時に、森も人もみんなひとつにつながっている。これからは森と人とを結ぶんだ。と、心に誓った。
そして自分で木を植える作業をすることを決意した。いつの日か、何もない荒地を、緑の森にしたいという夢をのせて。
その作業には、トゥーラ、カイン、ミンカもすぐに加わった。
しかしこの時期、木を植えるという発想は、アギト達3人を含め、都市の人達にはほとんどなかった。
そのため、トゥーラは木の植え方をアギト達に詳しく話した。その説明を聞いた時、彼らは驚きを隠せなかった。
『森って自分で枝を伸ばしていって、瞬時に新たな森を作り出すものだと思ってたんだけど。』
『え〜、森を作るのってそんなに面倒なことなの?あたし不安になってきちゃった。』
『父さんに相談出来れば、もっといい方法あるかもしれないのに。』
それでもカイン、ミンカ、アギトはヨルダ、ハジャンの支えもあって、木を植えることに取り組むことを決めた。
作業の中で、トゥーラは自分が持っている限りの知識を使ってアギト達を支えていた。
「本当に、森って作れるのかな。途方もない夢のような感じもするけれど…。」
「そんなことないわ、アギト。わたし、お父さんがいつかこう言っていたの。『最初に成功した人よりも、もっと評価されるべき人がいる。それは新しいことを最初に始めた人だ。』と。だから、あきらめないで。」
「うん、途方もないようなことでも、夢を大事にしていこうよ。」
「そうそう。夢を持っていなければ、現実を夢みたいに出来ないんだからさ。」
トゥーラに続いて、ミンカとカインもアドバイスをした。
「みんなありがとう。」
アギトの表情が和らいだ。4人は優しく微笑みあいながら、しばらく空を見上げていた。
「さあ、そろそろ時間だ。これからまた森から苗木や水を取ってきて、また植えていこう。」
カインがリーダーらしく、はつらつとした態度で言った。
4人は立ち上がると弾む足取りで森へと歩いていき、苗木や水を手に入れた。
森では相変わらず大勢のゾルイドがいた。
しかし、彼らは警告を発することはなかった。
そのおかげで、アギト達4人は堂々と森に足を踏み入れ、苗木や水を手に入れることが出来た。
その裏には、すっかり木になって森の一部になったアギトの父アガシや、改心したシュナック、さらには都市の代表を務めているヨルダ、銀色の髪の3人の中の一人、ハジャンの協力があった。
アガシとシュナックはアギト達が森に向かってくると、あらかじめ必要な量の水と、必要な数の苗木を用意していた。
またヨルダとハジャンは木を植えることの目的や意義を中立都市の人達に教えてまわっていた。
彼らは陰からアギト達を支えていた。
森を出ると、4人はさっきまで遊んでいたところに行き、土を掘り起こしては苗木を植える作業を始めた。
最近ではヨルダやハジャンをはじめ、手伝ってくれる人も出てきたが、今日は4人だけでの作業だった。
この作業はいつしか彼らの日課になり、彼らの楽しみになっていた。
苗木を植え終わると、今度はそれらにまんべんなく水をまいていった。
それでも水があまったため、以前に植えた苗木にもまいていった。
作業が終わると、4人は再び草原に座った。疲れてもいたが、心地よい疲れだった。
「トゥーラ、もうこの世界に慣れたようだけど、どう?」
ふと、アギトが問いかけた。
「そうね…。この世界に来てからは、生きることに精一杯で、余裕なんてなかった気がするけれど、やっと明るく生きられるようになってきたわ。」
少し間があいて、さらに続けた。
「ここに住んでみて、大切なものは過去よりも未来ということに気づいたの。それにね、世の中が豊かだから人の心も豊かだとか、世の中が貧しいから人の心も貧しいというわけでもない。こんな世の中でも、夢に向かって前向きに生きている人がいる。人はこういう世界でも幸せになれると思ったの。」
「なるほど、幸せはどこにでもあるんだね。」
カインが言った。
「アギトには以前、『森と人とが争うことなんて、私の世界ではありえなかったことよ。』って、言ったことがあるわ。覚えてる?」
「覚えてるよ。あの時は頭に血がのぼっちゃったけどね。」
「でもね、過去の世界でも、人の手によって森林破壊が起きて、人間の生活も脅かされていくという現実があったわ。そう考えると、あの頃だって、人と森は敵対していたと考えるべきかもしれないの。結局、あの頃は豊かさと引き換えに、別の何かを失っていたかもしれないわ。」
「ふーん、豊かだけでは人は幸せにはなれないってことなんだね。確かトゥーラは300年前では家で一人寂しく過ごしていたんだよね?」
ミンカも続いた。
「そうね。でも今はもう一人じゃないわ。あなた達がいるから。もう一人ぼっちで悩まない。それに、もし過去の人が発見されたら、この世界の素晴らしさを伝えていきたいと思っているの。」
「素敵な目標だね。おれ達も協力するよ。」
「ありがとう。」
カインの一言を受けて、トゥーラは笑顔を振りまいた。
辺りには心地よいそよ風が吹いていた。
辺りの苗木はその風に揺られながらざわざわと音を立てていた。
4人はやがて青い空を見上げた。そこには割れた月が浮かんでいた。
アギト、カイン、ミンカは生まれた時からそのような形だったので、何とも思わなかったが、300年前の世界を知っているトゥーラにとっては、見るたびにあの日のことを思い出してしまうことがあった。
それは彼女の父親、サクル博士が率いていた地球緑化プロジェクトの一員、シュナックが月面ドームで植物を暴走させてしまい、それが原因で月が割れ、植物が地球を襲った日のことだった。
あの時、大パニックとなった群集の中で、トゥーラは一緒にいた友達とはぐれてしまった。
ラバンで必死に呼び出そうとしたが、結局連絡は取れなかった。
あれ以来、彼女とは一度も会っていない…。
彼女が生きているのかも分からないまま、トゥーラは自分だけ生き残ってしまった。
(マリア…。もう一度会えるのかしら。もし永遠の別れを宣告されることになったら…。)
考えたくないことを思い出してしまい、トゥーラの表情はみるみる曇ってきた。
「ねえ、また例の友達のことを思い出しているの?」
ミンカが思わず聞いた。アギトとカインも心配そうに見つめていた。
「えっ?」
トゥーラはビクッと反応した。彼女はそれ以降うつむいてしまった。
しばらく重苦しい雰囲気が漂った。
その中でトゥーラは300年前の世界での記憶を掘り起こした。
彼女が小学生だった頃…。
”それではみなさん、今日は作文を書きましょう。テーマは自分の両親についてです。仕事をしている時のことでもいいし、一家団らんの時に何をしているか。そして、最近出かけたところなど、何でもいいので、400字詰め原稿用紙2枚以上にまとめてください。いいですか?”
”はーい。”
先生の問いかけに対し、生徒達は元気よく返事をした。しかしそんな中でトゥーラは困った表情を浮かべていた。
(どうしよう、一体何を書けばいいのかしら。お父さんもお母さんもめったに帰ってこないから家ではいつも一人ぼっちだし、仕事何をしているのかも分からないし。それに、一緒に出かけた覚えなんてないし…。)
彼女は思い切って先生にどうすればいいのか質問をしたかった。
しかし、他の生徒達に”書けないの?”と言われ、冷やかされそうな気がしたため、結局何も言えなかった。
その後、トゥーラは精一杯知恵を絞って何とか書き上げて提出したが、その内容は他の生徒達と比べると、明らかに見劣りするものだった。
彼女に作文が返された時、先生は生徒達の前で言った。
”あなたもっと書くことあるでしょう?この程度しか書けないようなら、今度からは評価の対象にはしませんよ。”
”はい…。でも先生…。”
”何ですか?”
”…何でもないです…。ごめんなさい…。”
トゥーラは事情を話したくなっても結局言えず、落ち込みながら受け取った。
するとクラスの男子生徒の1人が彼女のところに来て、作文を取り上げた。
”おーい、見ろよ。こいつ200字も書いてないぞ!”
”返してよ!”
トゥーラは怒って取り返そうとしたが、その生徒は冷やかすばかりで返してくれなかった。
ふと他の生徒達を見ると、何人かがクスクス笑っていた。
それを見て、トゥーラの目からは涙があふれてきた。
”返してあげなさい!”
先生が厳しい口調で言うと、その生徒は反省したのか、やっと作文を返してくれた。
しかしトゥーラは泣き止むどころか、その場にうずくまり、泣き崩れてしまった。
”あなたには酷な課題を出してしまったようですね。ごめんなさい。”
”…先生は謝る必要ないです…。書けなかったわたしが悪いの…。”
彼女は自分を責め立てながら、親が家にいないことをひたすら悔やんでいた。
トゥーラは次に、中学校の遠足に出かけた日のランチタイムのことを思い出した。
他の生徒達は親に作ってくれたお弁当を見せ合い、おかずの交換をしたりしていた。
しかしトゥーラはその日も親がいなかったため、自分でお弁当を作るしかなかった。結局梅干入りのおにぎりを3個持ってきただけだった。
彼女は他の生徒達に見せるのが嫌で、少し離れた木陰に座って1人で寂しく食べ始めた。
その時、同じクラスの1人の少女が近づいてきた。
”ねえ、お弁当それだけなの?”
”…。”
トゥーラは何も言えず、うつむいてしまった。
”それなら、私のお弁当を分けてあげるね。ママ、たくさん作ってくれたせいで1人では食べきれないから。”
”えっ、いいの?”
”うん。”
その少女は笑顔でトゥーラの横に座ると、おにぎりを包んでいたアルミホイルの上に卵焼きやウインナーソーセージ、ゆでたブロッコリーを乗せてくれた。
”私のママの手作りよ。遠慮しないで食べていいよ。”
トゥーラは本当に言葉に甘えていいのかと思い、最初はちゅうちょしていたが、やがて少女の優しさに後押しされ、食べる決心をした。
そしておにぎりを全部食べ終わると、それを包んでいたラップ越しに少女がくれたおかずをつかんで、口に運んでいった。
”おいしい…。”
”本当?うれしい。”
トゥーラはおかずを全部食べ終えると、少女に向かってお辞儀をした。
”ありがとう。”
”いいよ、お礼なんて。ねえ、あなたは1人ぼっちなの?お友達いないの?”
”…。”
明るく話しかける少女に対し、トゥーラは何を言えばいいのか分からずにいた。
”それなら私のお友達になってよ。私こないだ転校してきたばかりだから、お友達ほしかったの。いい?”
”えっ?こんな私でもいいの?”
”うん。”
トゥーラは戸惑いながらも、少女と少しずつ話し出した。
やがて2人はどんどん話がはずんでいった。最初はどこか心を閉ざしているような感じだったトゥーラもやがて表情が明るくなっていった。
”紹介が遅れたわね。わたしはトゥーラ。よろしくね。”
”私はマリア。こちらこそよろしく。”
2人は仲良く握手をした。
その後、彼女達はすっかり打ち解けあい、お互い大切な友達同士になっていった。
だからこそ、トゥーラは植物が地球をおそった時に混乱の中で離れ離れになったっきり1度も会っていない彼女の友達のことが気がかりだった。
「マリア…。」
トゥーラは思わず友達の名前をつぶやいた。
アギト、カイン、ミンカの3人はこれまで埋めることの出来ない考え方の違いや、生活の違いに戸惑いを感じながらも、相談に乗ってきた。しかしこればかりはどうしようもなかった。
なかなかいい言葉が浮かばなかった。
「大丈夫。信じていれば奇跡は起こるよ。きっとどこかで生きているよ。」
「もし僕達が旅に出たら、世界中のステイフィールドを探し回って見つけ出してあげるから。」
「彼女の代わりにはなれないけれど、あたしでよかったら何でも悩みを聞いてあげるよ。一人で悩まないで。」
何を言えばいいのか悩みながらも、カイン、ミンカ、アギトは思いつく限りの言葉を並べて、励ました。
こういう時に励ますのがいいことなのかどうか、それは誰にも分からなかった。
それでもトゥーラは3人の気持ちを受け入れ、徐々に明るさを取り戻していった。
「みんなありがとう。わたしも奇跡を信じてみたくなった。たとえ奇跡に等しい確率であったとしても、あきらめないわ。」
トゥーラはそう言うと、たくさんの苗木を見つめた。
(そうよね、信じていれば奇跡は起きるわよね。きっと会えるよね。もし会えたら、わたし達が植えた、この一面に広がる木々を見せてあげるわ。そしてわたしがこの世界で学んだことを教えてあげるから。)
彼女が明るさを取り戻したことは、他の3人にも伝わり、やがてみんなで微笑みあった。
そうしていると、カインが意外なことを言い出した。
「あのさトゥーラ、その友達ってさ…。」
「何?」
「その娘って確か、ミンカと似ているんだよな?」
「そうよ。髪の色は違うけれどね。」
「それって不思議だよね。もし会えたらあたしと仲良くなれるかな?」
「きっとなれるよ。会える時が楽しみだね。」
ミンカとアギトがそう言う中で、カインは一人で照れていた。トゥーラはそれを不思議に思い、聞いてみた。
「どうしてそんな顔をしながらそういうことを聞くの?」
「いやあ、その…。会ったら何言おうかなと思って…。」
それだけ言うとカインは言葉に詰まってしまった。
「ひょっとして、惚れた?」
「アギト!何言ってんだよ!」
「あー、兄ちゃん、顔真っ赤だあ。こうなったら是が非でもトゥーラの友達を見つけてあげきゃいけないね。」
「………!!」
カインは何も言えないまま、気持ちを抑えきれずにいた。
そうしていると、ミンカももし過去の世界の男の人が発見されたら、ぜひ会ってみたいと言い出した。
すると、みんな一気に笑い出した。
4人はしばらくの間、過去から来た人には何か特別な魅力でもあるのかなという話題で盛り上がっていた。
そうしているうちに日は西に傾いてきた。
4人は立ち上がると、中立都市に向かって歩き始めた。
その中でトゥーラは夢を持つことの大切さについて考えていた。
300年前の世界では夢を持とうともせずに、何気なく生きてきたような感じだった。しかし今は違う。
この世界で、胸を張って生きたい。そして夢を持って毎日を過ごしたい。
途方もない夢だっていい。自分達の手で森を作ってみたい。父が果たせなかった夢を自分でかなえてみたい。そして、みんなから最初に木を植えた人としてたたえられる人になりたい。
この世界では、電気もガスも水道もないけれど、生きる食料を分けてくれた仲間達がいる。
アギト、カイン、ミンカがいなければ今の自分はなかった。
だから、もう一人ぼっちで悩まない。
あなた達がいるから…。
トゥーラは3人の後に続き、彼らの背中を見つめながらそう心の中でつぶやいていた。
|