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その1:走る少年と少女
「お願いします、魔王様になって下さい!!」
「断る! 何で魔王にならないといけないんだ!? 俺は今まで通りに平穏に生きていきたいんだ!!」

 広い廊下を走りながらの会話。
 逃げる少年、追う少女。逃げている少年は学ランを着ていて爆走している。追いかけている少女はメイド服を着ていてやはり爆走している。

「お願いします、これでは何の為に召喚したのか分からなくなります」
「んなもんしるか! そっちが勝手に召喚したんだろうが! 俺は元の世界にぜってー帰るからな!」

 どうやら少年は異世界に召喚された模様。ついでに召喚された理由が魔王になる為らしい。
 異世界から魔王にする為に召喚される人達からすると厄介事以外の何物でもない傍迷惑な理由である。

「無理です。この世界は他の世界から入ることは出来ますが、出ることは出来ないんです」
「だったら最初から喚ぶなっ!! それに俺は何がなんでも、どんなことをしても必ず帰るんだよ!!」

 角を右に曲がる二人。
 特に人影は無く、二人とも誰かにもぶつかるという事は無かった。

「だから無理なんですって。いい加減諦めて魔王様になって下さいよ! 代わりにわたしのことを好きにして良いですから。わたしはあなたの忠実な(しもべ)なんですから大丈夫です」
「ウルセー!! 帰るったら帰るんだ! ………ちっ!」

 行く先には壁のみが視界に映った。要するに行き止まり。
 足を止め、振り返る少年。

「もう逃げられませんよ。さぁ、魔王様になりましょう!」

 笑顔で近づいてくるメイドさん。
 だが、ここは5人横に並んで歩いてもまだ余裕がありそうな程の広さがある廊下である。

「ふん、誰が諦めるか」

 少年は駆け出し、メイドさんの脇を通り過ぎようとした。
 だが、メイドさんは右手を動かし、何かをして少年の行動の邪魔を開始する。

「あらあら、無駄ですよ? “バインドグラビティ”」
「ぐっ!!」

 少年の周りの重力がいきなり強くなり、まともに立つことが苦しくなっていく。
 少年はメイドさんの魔法により、床に這いつくばざるをえなくなった。

「もう諦めて下さい」

 少年がどれだけ全身に力を籠めても立ち上がるどころか、体を持ち上げることすら出来なかった。
 メイドさんは少年の顔を覗き込む為に目の前にしゃがんだ。その結果、少年はあるモノを見た。

「……ふ〜ん、ピンクの縞々か。可愛くて似合ってるな」
「本当ですか? 有難う御座います」

 メイドさんはニコニコしたまま何ら動きを見せない。
 少年は焦った。何故なら下着の色を言ってメイドさんを怒らせようと考えていたからだ。メイドさんが怒れば体を押さえつけている“バインドグラビティ”なる魔法が解けると思ったからだ。だが、その思惑は外れ、少年は未だに動けないままだった。

「わたしを怒らせようとしたんですよね? でも残念でした。わたしはあなたになら下着を見られても平気なんです」

 メイドさんはやはりニコニコしたままだった。
 その笑顔にはなにも含まれておらず、ただただ少年へと満面の笑みが向けられているだけだった。

「信じてもらえないと思いますが、わたしはあなたを好きになったんです。ですからあなたに見られても平気なんです。他の人なら記憶が消えるか死ぬ一歩手前まで殴り続けますが」

 ニコニコしていた顔が優しく穏やかな笑顔に変わったのを見て、少年は(ようや)く諦めた。
 それと同時に全身に力を籠めることも遂に止めてしまった。

「……なぁ、魔法解いてくれないか?」
「え?」
「逃げないからさ。解いてくれないか? しんどいんだ」

 少年は諦めを含んだ笑みで懇願した。
 流石に結構な距離を全力疾走をして力を全身に籠め続けていた少年に力は余り残っていなかった。

「分かりました」

 その言葉と共に少年を押さえつけていた力は感じられなくなった。
 ゆったりと、いやのっそりの方が合いそうな感じで立ち上がる。

「……魔王になればいいんだよな?」

 肩を回したり腕を何度か振ったり足を上げ下げしたりして体を調べる。
 特に体に異常がないと判った少年は渋々、という様子でメイドさんに確認した。

「はい。有難う御座います、魔王様」

 メイドさんのとびっきりの笑顔を見て、少年は色々なことを諦めて魔王になることにした。
 そして少年はこう思った。

 俺は今日から魔王になるのか……。ところで魔王って何ですか?


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