『レンガのお家』攻防戦
同時掲載の悪魔譚『触るなっ!!』がちょっと毒があるので、そういうのが苦手な方用にこちらもアップしました。
大変阿呆なお話なので、お気軽にお楽しみ下さい。
これまでのあらすじ:
ある所に三匹の子豚の兄弟がいました。
彼らは母親に命じられ、自分達の家を建てる事となりました。
長男はわらの家を建てました。
次男は木の家を建てました。
三男はレンガの家を建てようとしましたが、レンガの家は建てるのに時間が掛かります。長男と次男に笑われながらも、何とか三男はレンガの家を建てられました。
ある時、狼がやって来て、長男のわらの家を一息で吹き飛ばしました。
長男は慌てて次男の家に駆け込みましたが、狼の飛び蹴り一発でこれまた吹き飛んでしまいました。
長男と次男は命からがら三男の家に駆け込みました。
「はぁ……」
三男はため息をつき、自分の眼鏡を直した。
だから、前々から言っていたのだ。
万が一狼に襲われたら、ひとたまりも無いですよ、と。
「兄さんの家はともかく、狼の攻撃ぐらい、本来なら木の家でも充分耐えられた筈なんだっ!」
次男は頭を振りながら抗議した。
「しかし、実際ぶち壊されちゃったじゃないですか」
三男は覗き穴から、外の草原を観察した。
夜の草原に、奴はいた。
血走った赤い両目と、八つの副眼。
ぱっくりと、顎まで裂けた口から覗く赤い舌にサーベルのような犬歯。
巨大な四本の腕と鋭く長い鉤爪。
発達した筋肉は荒い毛皮で覆われ、生半可な攻撃は効きそうに無い。
そして敏捷そうな発達した二本の脚に、大蛇よりも太い尻尾。
頭部には山羊のような角が生え、背中には蝙蝠のような羽が生えている。
「……厄介そうな狼ですね」
三男は顔を顰めながら覗き穴を閉じ、部屋の中央にある安楽椅子に腰掛けた。
「まあ、この家は並大抵の事では壊れませんから安心してください。レンガの中には超合金装甲も埋め込んでますし、呪術師に頼んで方陣も強いてありますから、奴の超能力も効きません」
「なあ、前々から思ってたんだが」
長男が首を傾げた。
「あれ、本当に狼か?」
「何を言っているんですか、上の兄さん」
三男は、やれやれという風に肩を竦めた。
「僕は動物図鑑で見た事があるんですよ。あれはまさしく狼です。口から吐く炎で兄さん達が焼き殺されなかったのは、不幸中の幸いですよ。どうせ、耐火服も用意していなかったんでしょう?」
外から、狼のうなり声が聞こえ、長男と次男はビクッと身を竦ませた。
「慌てない」
三男は冷静だった。
「し、しかし、相手は斧も銃も効かない相手なんだぞ?」
次男は抗弁する。
長男は面倒くさがりなので、それすら次男任せだった。まあ、こんな性格だからこそ、わらの家などというお前もうちょっと本気出せよと突っ込みたくなるモノを作ったのだが。
「下の兄さんが使った銃って、どういう銃ですか?」
「普通のオートマティック銃だが?」
次男は懐から自動小銃を取り出した。自分の家が破壊された時、一応の抵抗は試みたのだが、あの鋼のような毛皮に阻まれてしまったのだ。
「駄目ですよ。その程度じゃ、あの狼は殺しきれません。最低でも対戦車用ロケットは用意しないと」
その時だった。
おそらく、家を襲撃しようとした狼を迎撃しようと防衛装置が働いたのだろう。
家の外でタイプライターを連打するような音と、爆発音が聞こえた。
三男は椅子からひょいと降りると、クローゼットを開いた。
マシンガン、ガトリングガン、グレネードランチャー、バズーカ砲、手榴弾に焼夷弾……クローゼットの中は重火器のオンパレードだった。
「これを装備してください。上の兄さんはバズーカ砲。下の兄さんはガトリングガンで。下の兄さんが足止めしている間に、上の兄さんがとどめを刺す、と言う戦法を使って下さい。はい、これが弾丸です。五〇〇〇発はありますから、すぐに弾切れになることは無いと思います」
「お、お前……これどこで手に入れた?」
「備えあれば憂いなし。このご時世、多少の手間を掛けても、自衛に金を惜しんじゃいけません。もっとも、この状況で篭城戦など愚の骨頂。相手は殺る気満々ですから、いずれはぶち殺さなければいけません」
それから三男は自分の部屋を見回した。
「その前に、家の整理ですね。二人が汚れたまま部屋に飛び込んできたものですから、すっかり汚れてしまいました。上の兄さんは食器の後片付け、下の兄さんは部屋の掃除。カーペットの毛玉もしっかり取ってください。兄さん達は居候なんですから、それぐらいはやってもらいますよ?」
「GRRRR……」
三つ目の家の前で、狼は攻めあぐねていた。
先刻の防衛装置の迎撃により、体のあちこちに矢が突き刺さり、毛皮にも焦げ跡が出来た。
これまでの二軒と異なり、この家はひどく頑丈な上に攻撃的だ。
角型センサーで、家の周囲の探知を試みる。
目の前の草原には幾重にも張り巡らされた原始的なブービートラップと、無数の高性能地雷が埋め込まれているし、自動発射式の小銃装置もいくつか設置されていた。小さな畑にある案山子には機関銃。目の部分が赤く光っていた。
一息に跳躍する――というのも試してみたが、これもまた打ち落とされた。対空ミサイルまで装備しているとはなかなかやる。
しかし、あの中には三匹のブタがいる。久し振りの獲物だ。逃す手はない。
狼は大きく息を吸い込んだ。
大きく大きく。
胸部が風船のように膨らむ。
そして、狼は吼えた。
「GOOOOOOOOOOOOOOOーーーーーーーーーー!!」
三男の家は、地震にでも遭ったかのように大きく震えた。
「な、何だ?」
慌てふためいた次男は、覗き穴から外の様子を見ようとした。
しかし、それを三男は制した。
「小さい兄さん、落ち着いて。この家はそう簡単には壊れません」
しかし、三男が次男を制したのにはもう一つの事情があった。
(驚いたな。超音波による共鳴現象か)
覗き穴を開けば、超音波攻撃の影響が内部にも出てしまう。
それを避けるためにも、覗き穴を開けるわけにはいかないのだ。
「……なるほど。しかもこれはレンガの硬度は関係ない。考えたもんだ」
「お、落ち着いている場合か! どうするんだよ」
三男はため息をつきながら首を振った。
「冷静に観察してくださいよ。あの攻撃をしている間、奴はどうしています?」
「何って……吼えているんじゃないか?」
「……本物の馬鹿ですか、小さい兄さん。いいですか? 吼えている間、奴は動いていません。というか、おそらく動けないのでしょう。肺と横隔膜をフルに活動させ、なおかつ身体を動かすなんて芸当、例え狼といえども出来ません」
三男はパソコンの前に腰掛けると、キーをせわしなく叩き始めた。
「つまり、今の奴は完全な無防備状態なのですよ」
緑色の画面に、この地方の地図が映っていた。
縦と横の細い線が画面上で十字にクロスしている。
三男がキーを叩くと、画面は繰り返し拡大され、やがて毛むくじゃらの『何か』が映った。
「ロックオン――発射」
三男は躊躇なくエンターキーを押した。
――その瞬間、夜空の星の一つが一際強く輝いたように見えた。
狼を中心とした周囲五メートルほどが、白い光の柱に包まれた。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーーーー!?」
「な――――」
三男の許可を得、外を見た次男は絶句した。
狼が、真っ黒焦げのローストオオカミと化していた。
ピクピクと動いている所を見ると、どうやらまだ生きてはいるようだが。
三男は、回転椅子をくるりと回した。
「時々訪れる行商から買った、軍事衛星ですよ。レーザーの標準精度に今一つ自信がなかったので範囲を広めたのですが……これならもう少し範囲を狭めて、即死させればよかったですね。充填に時間が掛かるのが欠点です」
三男の眼鏡が、キラリと光を反射した。
こいつだけは敵に回したくない。
次男は本気でそう思った。
まずい、と狼も思っていた。
このままでは殺られる。
ここは引くべきだと、狼の本能が警鐘を鳴らしていた。
足が、一歩後ろに引く。
だが。
狼は踏みとどまった。
本能を、プライドが凌駕した。
ブタは殺して食う物だ。逆ではない。
「RRRRR……」
足に力を込める。
距離にして50。
狼は――多少のダメージは承知の上の覚悟を決めた。
瞬間、狼の姿は消失した。
「まずいっ!!」
三男は初めて険しい顔をした。
「やはり先ほどの衛星攻撃でケリを着けておくべきだった。狼の最大の武器、敏捷力と反射神経の前では、重火器も効果がありません。どれだけ強力な武器といえども、当たらなければ無用の長物だからです」
高性能地雷が爆発し――
自動小銃が火を噴き――――
様々なトラップが作動する――
――よりも早く、狼は草原を駆け抜けた。
目の前に三本の矢が迫るが、爪の一線で散華する。
案山子の目が光り輝き、ジャコンと黒い銃口が突きつけられるが、
「GAFFFFUUUU!!」
狼は案山子の頭を大きな口腔と、鋭い牙で噛み裂いた。
「しかし、狼が突進してきても、この家は無事なんだろう?」
次男の質問に、三男は首を振った。
「いいえ、この家にも弱点はあります。例えどれだけ強固な家と言えども、あそこだけはどうしようもなかった」
三男は厳しい顔をしたまま、長男が熟睡している場所を指差した。
正確にはその後方にある――暖炉。
「――つまり、煙突です」
勝った、と屋上にある煙突の縁に立った狼は思った。
跳躍した時にも、予想通り背後からの攻撃があった。
背中の傷は狼の恥……しかし、食ってしまえばこちらの勝ちなのである。
煙突の煤で汚れるかと思ったが、今更なので気にしない。
さあ、思う存分食うぞ、と狼は煙突に飛び込んだ。
「これだけは使いたくなかったのですが……」
三男は悲壮に満ちた表情で、操作盤のキーを叩いた。
「非常事態ですし、憂いはここで絶っておく必要が必要がありますね」
三男が、黄色と黒の縞に囲まれた、いかにも危険そうな赤いボタンを押す。
次男は見た。
その途端、暖炉から濛々と白い煙と轟音が巻き起こった。
「こ、今度はお前……何をした?」
「家の中が滅茶苦茶になっちゃうので、やりたくはなかったのですよ、本当に」
「だから、何を!?」
三男は肩を竦めて、
「暖炉の底に仕込んでいた、打ち上げ用ロケットです。敵を、宇宙にまでぶっ飛ばします」
狼の悲鳴が聞こえた……ような気がしたが、ロケットの噴射音で耳の可聴域は限界に達していたのでおそらく気のせいだろう。そう、次男は思う事にした。
「やれやれ……家がボロボロだ」
三男はぼやいた。
確かに彼の言う通り、家の中は嵐にでも遭ったかのように荒れ果てていた。屋内でロケットの打ち上げなど行ったのだから、無理もないというか、これだけで済んだだけ御の字という気もする。
「それでも、命があっただけ良かったじゃないか」
「僕は、平穏な生活を望んでいるだけですよ」
三男のその言葉に、次男は手に持ったマシンガンをしばし眺め、それから三男を見て、何とも言えない表情をした。
「まあ、みんな無事で何より」
やっと起きた長男が、パンと手を打った。
「これで狼の脅威もなくなったし、安心して暮らせるな」
「ええ、そうですね。それで、家を建て直すまで、うちに居候する気でしょう、兄さん?」
「お、分かるか?」
長男はニヤリと笑った。
「はぁ……付き合いが長いですからね。ただし、家事は分担制ですよ? 僕が家を提供するんですから、兄さん達は食料の調達や武器の調達をお願いします」
「しょうがない……それじゃ、行くか弟その一よ」
次男はため息をついた。
「食料調達に?」
「近くに人間の村落があっただろう。あそこを襲えば、当分食料には困らんだろう」
「武器もお忘れなく」
三男が付け加える。
「最近、人間の『勇者』とやらが闊歩しているらしいですから、気をつけて下さいね」
「おう」
長男は小銃だのマシンガンだのを装備すると、外に出た。
「それじゃ、俺も行ってくる」
次男は軽く手を振った。
そして小さくぼやいた。
「まったく、豚には住み辛い世の中だよなあ」