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魔剣だって恋がしたいのです。

作者:なまず娘
「酷いです、マスター。あんまりです!」
「げっ、アル! どうしてここがわかった!?」

夏の新緑が輝くゲシュタの森。
その街道を歩くマスターの前に瞬間移動テレポートでポンと現れた私は、白銀の身体を震わせながら悲鳴をあげた。

「なにかあったときのために、マスターに追尾マーキングの魔法をかけておいたんですよ。まさか、こんなことで役立つとは思いませんでしたけど!」

私がわめくと、マスターは苦々しい顔をした。

「ちくしょう、お前、なんてヤツだ! 主人に断りもなく勝手に追尾マーキングの魔法なんてかけやがって!」
「なんてヤツはマスターの方です! 酷いじゃないですか! 寝ている間にうら若き乙女を売り払うなんて!」

私は憤慨した。
こともあろうにマスターは、私になんの断りもなく、寝ている隙をついて、私を売り払ってしまったのだ。
鬼畜の所業である、許せない。

「うら若き乙女がどこにいる!」

マスターは、私に負けじとも劣らない剣幕で怒鳴った。

「ここにいます、マスター。あなたの目の前に!」
「何が乙女だ、厚かましい。お前は胸も尻もない、ただの無機物だろうが!」

マスターの言葉に、私はウッと身体を震わせた。
マスターの言うとおり、私は無機物だ。
正真正銘の剣なのだ。
私の刀身は細長く優雅な弧を描いていて、柄頭には美しい緋色の魔石が埋まっている。
魔剣アルベルタ。
魔力を持った、意志を持つ剣である。

「か、身体は確かに剣ですけど、心は乙女です!」

私は高らかに主張した。
無機物だからなんだ。
私は人の心を持っている。ゆえに乙女だ!
私の主張にマスタ-は鼻を鳴らした。

「なるほど、確かにお前に心があるのは認めよう。性別も女なのかもしれない。だけどな、千年も生きている魔剣が乙女を名乗れると思うのか!? どう考えてもババアだろう!」

マスターの言葉に、私はブオンと魔力で身体を震わせた。

「ば、ババアじゃないです! 千年っていっても、ずっと封印されていたんですから無効ですよ、無効! 私の精神年齢は十八歳です!!」

マスターが私を見つけてくれるまで、私はず封印されて眠っている状態だったのだ。
確かに私が生まれてから千年以上の時が流れているが、封印されている間の時間はカウントしないでほしい、切実に!

「アルの精神年齢が何歳だろうがどうでもいい。とにかく、俺はお前と離れたいんだ。お前もいつまでも俺に執着しないで、新しい主人を探せよ!」
「嫌です! 私はマスター以外の人に使われたくなんてありません!」

マスターに向かって私はきっぱりと言い放った。
なんどもそう主張しているのに、武器屋に売り払うなんてあんまりだ。

「わ、私の何が不満なんですか!? 切れ味だって抜群ですし、魔法だって使えます。私以上の剣なんてどこを探しても見つかりませんよ!?」
「確かに、お前が俺の相棒として頼りになるのは間違いない。それは認めよう」
「だったら、どうして私を売ったんですか!」

私は悲痛な声で叫んだ。
するとマスターは拳を握りしめて、私に向かって高らかに宣言する。

「それでもだ! 俺は、俺はなぁ、可愛い女の子のパーティが欲しいんだよぉぉぉっ!!」






結局、しつこく食い下がった私は、再びマスターの腰に収まることになった。
もう一度私を売り払うと鼻息荒く主張するマスターを宥めすかしている間に、すっかり日が傾いてしまった。
野宿の準備を手早く済まし、夕食を食べたマスターは、私の後ろでスヤスヤと眠っている。
私はマスターを守るように、しっかりと地面に突き刺さっている。
夜の見張り番だ。

「まったく、懲りないね。君達は」

焚火に当りながら、私に向かって苦笑したのはマスターの仲間のスミスさんだ。
金髪碧眼の王宮騎士で、若い女性にもてるだろう甘いマスクの持ち主である。
私のマスターは、名前をディルクという。
柔らかな黒髪と、鋭い目が特徴的な青年である。
私を封印から解き放ってくれた彼は、魔王を倒す使命を帯びた勇者だった。
ディガンダの王様に魔王討伐を命じられて出発した旅の途中なのだ。

「ディルクもアルを売り払うなんて無茶をする。パーティメンバー探しを邪魔されて、相当頭に来てたんだろうな」
「わ、私だって、マスターが真面目に仲間を探すなら邪魔したりしませんでしたよ?」

マスターは理想的な主人だけど、ちょっとした欠点があった。
女の子が大好きで、それで、ちょっとばかりエッチなのである。
可愛い魔法使いの女の子をパーティに入れて、恋人同士になることを夢見ているのだ。

「動悸が不純です! マスターが声をかけた女の人は、確かに可愛かったけど、でも、実力は大したことなかったんですよ?」

魔王を倒すためのパーティに相応しい人材だとは思えなかった。
だから、魔法勝負をしかけて叩きのめし、彼女達の自信を喪失させたのだ。
剣にも劣る分際でよく魔法使いを名乗れますね!と罵ってやったら、涙を流して逃げて行った。

「それに、魔法使いの女の子だったら、私がいるじゃないですか」

ちょっと拗ねた口調でいると、スミスさんは苦笑した。

「アルはディルクの理想よりも、細すぎるし硬すぎるからね」

そりゃあ、剣ですからね。
柔らかな肌なんてないし、胸もなければ顔もない。
マスターを抱きしめることだってできない。
触れば切れてしまう、冷たい刀身が私の身体だ。

「分かってますよ。マスターは、人間の恋人が欲しいんだってことくらい」

私の刀身が、ゆらゆらと揺れる焚火の炎を照り返す。
私は剣だから寂しそうな顔をつくることすらできない。

「だけど、私はマスターが好きなんです。――嫉妬くらいしちゃいますよ、乙女ですから」

封印されてから、千年だ。
気が遠くなるくらい長い間、ずっと一人だった。
このまま永遠に一人で、孤独に朽ち果てていくのかと思っていた。
冷たく寒い岩に突き刺さっていた私を、たった一人、引き抜いてくれたのがマスターだったのだ。
マスターが私の柄に触れてくれたときの、手の暖かさを覚えている。
一緒に行こうと言ってくれて、震えるほど嬉しかったのだ。
あの瞬間、私はマスターに恋をした。
私は剣で、マスターは人間。
私の恋心が叶う日は来ないと知っている。
それでも、嫉妬してしまう心を抑えることができなかった。

「せめて、ナンパみたいにパーティメンバーを探すのを止めてくれたら……。実力が伴った人だったら、女性でもなんとか我慢できるのに」

マスターが仲間を探す基準は、絶対に顔だ。間違いない。
昨日声をかけていたのも、美少女ばかりだった。

「美少女がなんですか。そんなに可愛い子が良いんですか。巨乳が好きなんですか」
「そうディルクを責めるんじゃないよ。なにせ、男二人のパーティだからね。華が欲しいと思うのも無理ないんじゃないかな?」
「私じゃ華になれませんか?」
「うーん。君の心は可愛いと思うけど、見た目が剣だからね」

期待を込めてスミスさんに尋ねると、スミスさんは困ったようにそう言った。
そりゃあそうだ。
異常な性癖の持ち主でなければ、剣を恋愛対称にできる人などいないだろう。

「せめて私が甲冑だったら、少しは違ったんでしょうか」
「人型ではあるけど、甲冑でも厳しいんじゃないかな」

やはり無機物は駄目らしい。
体温が無いのが駄目なんだろうか。
ファイアの魔法を微調整して、体温を持たせてみても無駄だろうか。

「それにしても、売られたのは流石にショックでした」

一応剣として、マスターの役に立っていた自負があったんだけど。
まさか、仲間探しを邪魔したくらいで売られるなんて思いませんでしたとも。

「私って、マスターにとってその程度の存在なんでしょうか」

だとしたら、流石に少しへこむ。
売られたくらいでマスターの側を離れたりしないけど、傷つくものは傷つくのだ。

「まさか。本気でディルクがアルを売るわけないだろう」
「え?」
「武器屋に売ったんじゃなくて、預けたんだよ。君が反省した頃に受け取りにいくつもりだったんだ」

ポカンとする私に向かって、スミスさんはウインクしてみせた。

「その証拠に、今日は森の入口あたりをぐるぐるしてたんだよ。本気でアルを置き去りにするつもりなら、もっと森の奥まで進んでる」

ということは……本気で嫌われた訳ではなかったのか。
スミスさんの言葉に私はほっとする。

「マスターってば、本気で私を捨てるつもりなんて無かったんですね」
「俺が言ったことは、ディルクには内緒にな」
「わかりました。ふふふ。マスターってば、照れ屋さんなんですね」
「それは違うと思うけどね」

スミスさんの言葉を無視して、私は嬉々として刀身を輝かせた。




この世界には、およそ百年の周期で魔王が誕生する。
魔王が誕生すると、各地の魔物が活性化して人を襲いはじめる。
それゆえ、各国の王は、魔王が生まれると様々な人間を勇者に仕立てて魔王討伐の旅に送りだすのだ。
力の強いもの、魔力の高いもの、知恵のあるもの。
マスターは魔剣に選ばれた者として、国に勇者と認められ、魔王討伐の任を負ったのだ。
その魔剣というのは、もちろん私のことだ。
つまり、マスターは私のせいで勇者になってしまったのである。

「マスター、まだ怒っていますか?」

ゲシュタの森を早足で歩くマスターに向かって、私は恐る恐る声をかけた。

「もう怒っては無い。だけど、今度俺の恋路の邪魔をしたら、アルを鍛冶炉に突っこんでやる」
「うわああああん、マスターの鬼畜!」

私は叫んだ。溶かされるのは流石に嫌だ!

「分かったら、次は大人しくしていてくれ」
「うぅぅぅ。でも、マスターのは恋じゃなくて、肉欲でしょう? ヤリたいだけの恋愛なんて、私は
認めませんよマスター!」

恋というのは、もっと精神的なものなのです。
ハートが大事なんですよ、マスター!

無機物アルに何が分かる。ヤリたい盛りのこの時期に恋人も作れず、むさい男と二人で魔王退治に向かわされた俺の気持ちが分かるか!? 魔王退治に何年かかると思ってるんだ。 その間、俺にずっと禁欲しろっていうのか?」
「私がいるじゃないですか。いくらでも相手になりますよ!」
「剣を相手に何をどうしろと!!!」

マスターがパシリと私の柄頭を叩く。

「君達、雑談はそのくらいに」

前を歩くスミスさんが、硬い声を出して柄に手をかけた。
その仕草で私も気づく。近くに魔物がいるのだ。

「あっちだな」

マスターが私の柄を握って、森の奥に鋭い視線を向ける。
柄から伝わるマスターの魔力が研ぎ澄まされていくのが分かる。

「行くぞ」

マスターとスミスさんが頷きあって、森を駆けた。
数メートル走ると、茂みの中から赤色の魔物が姿を現す。
レッドベア。朱色の体毛を持つ熊型のモンスターが三体。

「はあああっ!」

マスターの前を走るスミスさんが、その内一匹に切りかかり、不意をついて右肩から腕を切り落とした。
獣の咆哮が森の木々を揺らす。

「そらよ、アル。食事の時間だ!」

マスターがそう叫びながら、腕を失い体勢を崩したレッドベアの心臓に私を突きたてた。
肉を切り裂く感触と共に、どろりと暖かいものが身体の中に流れ込んでくる。
レッドベアの魔力だ。
臭いも形もないそれを、私はゴクリと飲みほした。
ああ、美味しい。

「マスター。もっとです! 次、次!!」

レッドベアから引き抜かれ、私はマスターに向かってそう叫んだ。
私の声を聞いて、マスターがにやりと笑う。

「食い過ぎは太るぞ、大食漢」
「乙女に向かってなんてことを!」

軽口を叩きながら、マスターは二匹目にむかって私を振う。
魔物の源である魔力を喰らいながら、私は三匹目に意識を向けた。
三匹目のレッドベアは、他の二匹と少し様子が違う。
正面を向いた最後のレッドベアは、その口に人間の腕を咥えていた。

「っ! こんにゃろう!」

息を飲んだマスターが、怒りを顕わにレッドベアに切りかかる。
レッドベアは前足を振り回して抵抗するが、私とマスターに敵うはずもない。
呆気なく切り裂かれ、咥えていた腕をぽたりと地面に落とした。
私についた血を一振りで払ったあと、マスターは地面に落ちた腕を拾い上げる。

「まだ温かい。ついさっき切られたばかりって感じだ」
「なら、まだ息がある可能性がありますね。アル」

スミスさんが私の名前を呼ぶ。
その意図を察して、私は周囲に索敵の魔法を展開した。

「北東20メートルくらいに、僅かな熱源があります」

私の言葉に、マスターとスミスさんは顔を見合わせて、レッドベアが出てきた茂みの中に足を踏み入れた。
草を踏み分けて少し歩くと、地面に一人の少女が倒れている。

綺麗な銀色の髪の少女だった。
年齢はまだ若い。多分、十五、六歳くらいだろう。
服装から旅慣れていることがすぐに分かる。
全身が傷だらけで、右腕と左足が欠損していた。
そこから溢れだした血が、地面に溜まりを作っている。

「出血が酷いな、これじゃあもう息は無いか……」

スミスさんが少女をみて顔を顰める。

「いえ、かろうじて生きていると思いますよ。熱反応がありましたから」

私が言うと、マスターとスミスさんは慌てて彼女に駆け寄った。
少女はうつぶせた状態で倒れていて、意識があるようには見えない。
このままだと、確実に死んでしまうのは間違いないだろう。

「アル。助けられるか?」
「マスターの頼みであれば、やってみましょう。幸い、さっきのレッドベアで満腹になりましたからね」

私は切った者の魔力を捕食し、自らの魔力とすることができる。
先ほど三匹のレッドベアを喰らったため、魔力の調子はすこぶる良かった。
しかしながら、少女の状態は酷い。
通常の癒し《ヒール》では命を取り留めることができないだろう。
さらに上位の回復魔法をつかわなければいけない。
できるだろうか?
私は少しだけ逡巡した。
封印がとかれた直後の私は、ほんの少しの魔力しかなかった。
けれども、マスターのおかげで私の魔力も随分と増えた。
封印前には遠く及ばないけれど、上級魔法の一回くらいならば使えそうだ。

復元エクストラヒール

身体中の魔力をかき集めて、私は彼女に魔法をかけた。
傷を治す癒し《ヒール》とは違い、身体の欠損部まで快癒させる上級回復魔法である。
ぐんぐん魔力を吸い取られ、みるみるうちに彼女の傷が塞がっていく。
切り取られた腕と足は根元から生え、数秒後には何事もなかったかのように五体満足の少女が地面に寝そべっていた。
治療が終わるのを見計らって、マスターが倒れた彼女を抱き起こす。
さらりとした銀髪が流れて、少女の顔が露わになった。

「っ!」

少女の顔をみて、マスターが息を飲んだ。
筋の通った鼻に桜色の小さな唇。
地に倒れていた女の子は、文句無しの美少女だった。
しかも、マスター好みの巨乳である。

「ぅん……」

少女が小さく身じろぎをして、長いまつげをゆっくりと持ち上げた。
少女の綺麗な緑の目と、マスターの澄んだ黒の目が交わる。

「あなたは……私を助けて下さったんですか?」

少女はそういって、マスターにむかって微笑んだ。
マスターの頬がほんのりと桃色に染まる。
――ん?
まて、まて、まてまてまて。
なんだか、嫌な予感がするんですけど。



ニコニコ。マスターは少女の隣に腰掛けながら、上機嫌な笑みを浮かべている。
銀髪の少女はメイラという名前で、あろうことか魔法使いだった。
マスターが切望している、可愛い女の子の魔法使いだ。
私は警戒でビリビリしながら、メイラの話を聞いていた。
彼女は冒険者として登録している魔法使いらしい。
旅をしながら、各地で暴れるモンスターを狩って生計を立てているのだとか。

「だけど、魔法使いが一人で旅をするのは危険だろう」

心配そうにマスターがメイラに言った。
私にはみせることのない優しげな眼だった。

「キヌーアの街までは仲間がいたんです。でも、ちょっと仲たがいをしてしまって。新しい仲間を探すなら王都が良いと思って、向かう途中だったんです」

魔法使いは、よほど腕に覚えのある者以外は単独で旅をしない。
剣士と違って、魔法使いは魔力を使い果たせばただの人である。
使用した魔力は時間がたてば回復するが、回復にはかなりの時間がかかる。
また、魔力を回復するアイテムは希少なため、魔力を使いきった時の保険として、魔法使いは剣士と組んで旅をするのが一般的だった。

「レッドベア程度ならどうにかなるんですけど、その前に変異種ユニークモンスターに遭遇して、魔力を使いきってしまったんです」
「それは間の悪い」
「本当に。ディルク様達に助けていただかなければ命を失うところでした。ありがとうございます」

メイラは透き通った緑の目でマスターを見つめながら、感極まったようにマスターの両腕を掴んだ。
って、なにマスターの手を握っているんですかぁぁぁぁっ!!!
マスターは童貞なんですよ。そんな風に手を握って目を見つめたりなんてしたら……っ!
私は慌ててマスターの表情を伺った。
マスターは耳まで真っ赤にしながら、慌てた様子で握られた手とメイラの顔を交互に見ている。

「い、いや、このくらいどうってことない。怪我している人がいたら、助けるのは当然だ」

回復魔法を使ったのは私ですけどね。
まあ、私はマスターの剣だから、私の手柄はマスターの手柄なんだけど。
しかし、不味い。
この流れは非常に不味いぞ。
このままだったら、マスターが何を口走ることか……。

「ここで会ったのも何かの縁だ。メイラ、僕らのパーティに入ってみないか?」

ああ、やっぱりだよ、ちくしょう!!

「マスター! 何馬鹿なことを言ってるんですか!」

私は我慢できずに声を荒げた。
すると、メイラが目を丸くしてきょろきょろと周囲を見回す。

「い、今の声は? 女性の声のようでしたけど」
「ここですよ。マスターの剣です」

メイラに向かって私はそう声をかけた。
すると、メイラは驚いたように目を瞬いた。

「剣が喋った?」
「はじめまして。私、魔剣アルベルタと申します。マスターの相棒にして最愛の恋人です」
「え!?」

メイラが驚いて声をあげると、マスターが私の柄頭を殴った。

「誰が恋人だ、俺は無機物を恋人にする趣味はねぇ!」

マスターは私に怒鳴ってから、慌ててメイラに向かって笑顔を作った。

「すまん。俺の武器、魔剣なんだけど、ちょっと……いや、かなり変なんだ」
「惜しい! 変という字の夂を心に変えましょう!」
「お前と恋する予定はない!」

すかさずツッコミを入れたあと、マスターは大きく息を吐きだした。

「まあ、こんな奇妙な剣のいるパーティなんだけど。駄目かな?」
「だから、ちょっと待って下さいって!」

さりげなくメイラをパーティに誘うマスターに向かって、私はもう一度ストップをかけた。
マスターは嫌な顔をして私を睨む。

「なんだアル。またしても俺の邪魔をする気か?」

もちろんだとも!
と、同意したいけど、ここで同意したらまたしてもマスターを怒らせてしまう。
売られるのはもう嫌だし、鍛冶炉で溶かされるのも遠慮したい。

「落ち着いて下さい。私達の旅の目的をお忘れですか? 彼女をパーティに誘う前に、その辺のことをきっちり話しておかないと」

マスターはこれでも勇者なのだ。
魔王を倒す使命があり、これは魔王を倒すための旅である。
普通の冒険者パーティではないのだ。
私の言葉に、マスターは目を見開いた。

「アル、お前、まともな意見も言えたんだな」
「マスターは私を何だと思っているのですか」

私は憤慨してスミスさんに話を振った。
マスターは油断すると暴走しがちだ。
こういう話はスミスさんにしてもらうのが一番だろう。
スミスさんは困ったような顔でメイラにむかって口をひらいた。

「見えないかもしれないけど、ディルクはディカンダ国に認められた勇者なんだ」
「勇者様、ですか? ということは、まさか、魔王を倒す旅の途中とか……」

勇者というだけで、メイラはだいたいの事情を察したらしい。
まあ、古来より勇者は魔王を倒す者に与えられる称号だ。
勇者が率いるパーティの目的など、押して知るべし。
確認するように尋ねたメイラの言葉に、スミスさんは頷いた。

「その通り。だから、普通の冒険者のパーティとは違うんだ。仲間になってくれるなら大歓迎なんだけど、打倒魔王を目標にしている以上、ある程度の力がないと危険だと思うし、ちゃんと伝えておかないとね」

スミスさんはそう釘をさして、私に向かってこっそりとウインクした。
さすがスミスさん。
私が言いたかったことを代わりに言ってくれた。
オブラートに包んでいるが、実力が無ければ引っ込んでいろという意味である。

「なあに、そんなに難しく考えなくても大丈夫だよ。もしメイラがパーティに入ってくれるなら、俺が責任をもって君を守る。魔法だってこれから覚えれば良いんだ」

そして、マスターは空気を読んでくれない。
俺が責任を持って君を守るって、私にはそんな台詞一度だって言ってくれたこと無いのに!
そんなに彼女が気に入りましたか、マスター!
それでも。それでも、だ。
腕に覚えがない限り、普通の神経であれば、勇者のパーティになんて参加しない。
見たところ、メイラは非常識ではなさそうだ。
マスターの誘いを断ってくれるだろう。というか、断ってくれ。
そう願いを込めながらメイラを見つめると、彼女は深く考える素振りをしながら、ちらちらと横目で私を見ていた。
なんだろう。喋る魔剣が珍しいのだろうか。
メイラの視線を気にしていると、やがて彼女は意を決したようにマスターに言った。

「分かりました。不束者ですが、私を仲間にしていただけませんでしょうか」

彼女の言葉に、スミスさんは驚いたように大口を空けて、

「やったああああああああああっ!」
「なんでええええええええええっ!」

私とマスターの正反対の悲鳴が重なったのだった。






メイラは私の想像以上に魔法が使えた。
もちろん私には及ばないが、一般的な魔法使いと比べると優秀である。
今も突然襲ってきた魔物の群れを魔法で焼き殺したところだった。
魔物が全滅したのを見計らって、マスターは興奮した様子でメイラに声をかけた。

「凄いじゃないか、メイラ!」

思いがけないメイラの実力に、マスターは舞い上がっている。
わ、私だってそのくらい!
ううん、もっと強力な魔法だって使えるのにっ!

「あれくらい、大したことありませんよ」
「いや、大したもんだ。一時はどうなるかと思ったが、良い魔法使いが仲間になってくれて良かった 」

謙遜するメイラに向かって、スミスさんまで笑顔になる。
面白くない。
けどまあ、スミスさんの気持ちは分からなくもない。
マスターが今まで仲間に誘って来たのは、顔は可愛いが初級魔法しか使えないような魔法使いばかりだったのだ。
役に立つ子が仲間になってくれて嬉しいのだろう。

「凄いなぁメイラは。アルだって、メイラなら認めざるをえないだろ?」

マスターが目をキラキラさせながら私に同意を求めてくる。

「まぁ、全くの無能ってわけじゃないみたいですね」

私は尖った声で言った。
無能どころか、優秀な魔法使いだろうことは間違いない。
だけど、マスターの輝く笑顔を見ていたら、そのことを素直に認めることはできなかった。
メイラが男だったら。
あるいは美少女ではなくて、胸ももう少し小ぶりだったら、私だって素直に新しい仲間を歓迎できたものを。

「アル、感じ悪いぞ」

私の言葉にマスターが顔をしかめる。

「良いんです。ふふ、喋る剣なんて面白いじゃないですか」

メイラが目を細めて私を見る。
どことなく上から目線の台詞に、ちょっとむっとした。
私の方が実力は上で、かつ、マスターとの付き合いも長いのに……っ!

「凄い剣ですよね。アルベルタっていう名前なんでしたっけ。どこで手に入れたんですか?」

メイラは私ではなく、マスターに向かって問いかける。

「カレドの谷で出会ったんです」

マスターの返答を遮るように、出会ったの部分を強調して答えた。

「カレドってたしか、大昔の魔王城があった場所ですよね」
「ああ。過去の魔王城跡には、魔物が多いけどレアな宝が眠ってることも多いからな。金に困って資金集めに出かけたところで、アルを見つけたんだ」

マスターの言葉にメイラはなるほどと頷いた。

「古代の魔王の遺産ですか。その柄についている魔石も凄い大きさですよね。こんな大きな魔石、見たことありませんよ」

メイラは品定めをするような目で私を見つめる。
なんだか居心地が悪い。
この魔石は、私の命のようなものなのだ。あまりじろじろと見ないで欲しい。

「魔王の遺産という言葉は嫌ですね。それだと、まるで私が魔王の物だったみたいじゃないですか」
「違うんですか?」
「違うのか?」

メイラだけじゃなく、マスターまで驚いていた。

「違いますよ。心配しないで下さい。私の初めての主人ひとはマスターです。元カレなんていません」
「そんな心配はしていないし、誤解を招く物言いはやめろ!」

マスターが私の柄頭を叩く。
この痛みもそろそろ癖になってきた。

「ふふふふ。照れなくてもいいんですよ。マスターが私を愛してくれているのは知っていますから」
「ああ、そりゃそうだな。魔王がお前みたいな変な剣を使っていたなんて、そんなはずはないよな。むしろアレだろう。お前、性格がアレすぎて封印されていたんだろう?」
「違いますよ!私が封印されていたのには、深くて悲しい理由があるんです! 多分!」
「多分ってなんだよ」
「その辺のことは、よく覚えてないんですよ。封印される前の記憶が無いんです」
「記憶が無いなら、魔王に使われてないかどうかなんて、分からないじゃないか」
「記憶がなくても、私の初めてはマスターです! そうに決まっています!」

私が抗議すると、メイラがクスクスと笑いだした。

「本当、面白い剣ですね。凄いです」
「煩いだけだぞ?」
「そんなことないですよ。ディルクさん、剣に認められているんですね」
「認められているというよりも、ストーカーされている気分だ。こいつ、俺に追尾マーキングの魔法までかけてやがるんだぜ?」

マスターの言葉にメイラが目をまるくした。

「まあ。剣なのに魔法まで使えるんですか?」

そういえば、彼女には私が魔法を使えることを言っていたなかったことを思い出す。

「言っておきますけど、怪我したあなたを魔法で治療したのは私ですからねっ!」

恩を売るつもりで、押しつけがましく私は言った。

「え、え? でも、私の怪我の治療って、上級魔法でしたよね?」
「そうですよ」
「まさか、上級魔法が使えるんですか? 剣が!?」

驚くメイラを見て、私はふふんと得意気になる。
どうだ、驚いたか、凄いだろう!
遠慮しないで、もっと褒めてくれても良いんですよ。

「性格も性能も規格外なんだよ。この性能がなかったらとっくに捨ててるんだが……」
「そんなこと言って、マスター。私を捨てるつもりなんて無いくせに」

私を売ったのも、本気じゃなかったってスミスさんに聞いたもんね。

「……本気で捨ててやろうか」
「やめたほうがいいよ、ディルク。どうせ瞬間移動テレポートで追いかけられる」
「クソッ! 捨てることさえできないって、呪いの武器かよ!」

失礼な! 呪われてなんていませんよ!

「それに、捨てるくらいなら俺が欲しいね」
「うえええええ!?」

スミスさんの台詞に、マスターは奇声をあげた。
私も驚く。本当ですか、スミスさん!

「スミス、お前、アルが欲しいのか!?」
「スミスさん、まさか、私が好きだったの!? 駄目よ、私にはマスターという人が!」

私とマスターの声が重なると、マスターは雑巾でもみるような目で私を見る。

「こんなことを言う剣だぞ!? 正気か、スミス!」
「一途にディルクを想うなんて、可愛いじゃないか」

スミスさんの言葉に、マスターは衝撃を受けたように凍りついた。
宇宙人でも見つけたような表情で、スミスさんを見ている。

「冗談だよな、スミス。頼むから冗談だと言ってくれ。仲間の正気を疑うなんてことしたくないんだ!」

って、私を可愛い発言が、そんなに驚きですか!?

「や、まあ、可愛いというのは冗談だけど。でも、アルが欲しいのは本当だよ? 切れ味抜群で、上位魔法まで扱える。おまけに切った相手の魔力まで吸収できるなんて、剣士だったら最高のパートナーじゃないか」
「能力が優れているのは認める。認めるが、でもなぁ……」

マスターは不満そうな顔をする。
能力だけじゃなくて、性格だっておススメですよ。
こんなに一途にマスターを想う剣なんて、きっと他にありませんよ?

「ディルクさんの剣を他の人が使うことはできないんですか?」

メイラに問いかけられて、マスターは首を傾げた。

「さあ。アル、お前、俺以外の奴でも使えるのか?」
「マスター以外の人に使われたくありませんって、前から何度も言ってるじゃないですか!」
「けどさあ。使われたくないってことは、他の奴でも使えるってことだろう?」
「そりゃあ、柄を握って振り回せば使えます。でも、私は認めた人以外に使われるつもりはありませんよ? 変な人に使われるくらいなら、瞬間移動テレポートで逃げますから」

他の剣と違って、私には意志と魔力がある。
自力で移動できるのだから、魔力切れでもない限りは他人に使われたりはしない。

「それで俺のところに戻ってくるんだろ。……やっぱり、呪いの武器だな」

心底嫌そうに呟いたマスター。
私に手足があったら、愛のパンチを喰らわしてやるのに。




なんてこった、畜生、やられた。
身体を鎖でぐるぐる巻きにされた私は、心の中で悪態をついた。
どうやら箱の中に入れられているようで、周囲の様子は見て取れない。
あの女、よくもやってくれたな!
私はメイラの巨乳を思い浮かべながら、白刃をぶるぶると震わせた。
私がこんなことになっているのは、間違いなくメイラの仕業だろう。
昨夜の野営は、私とメイラが見張り担当だった。眠る必要がない私は見張りに最適だけど、自力歩行ができない私一人だと火の番ができないということで、野営はかならず私と誰か一人がペアになる。
メイラとは最初、なんでもない雑談をしていた。
私はメイラがマスターに恋心を抱いていないか探っていたのだけど、メイラは喋る剣という私の存在に興味津々だった。
しきりに私を観察して、触りたそうにしていたので、しぶしぶ私は彼女に触れる許可を与えてあげた。
だけど、彼女は私の柄に手を伸ばし、あろうことか核である魔石に手を置いて、何か妙な呪文を唱えたのだ。
そのあとの記憶がまったくない。目覚めたら、箱に詰められたこの状態だ。
状況から推測して、メイラが私になにかしたとしか考えられない。
しかし、魔剣である私の意識を奪うなんてどうやったんだろう。普通の魔法使いにできることだと思えないんだけど。

まあいい。そんなことよりも、大事なのはマスターのことである。
私を遠ざけるなんて、メイラはマスターになにか良からぬことを企んでいるに違いない。
具体的には、あの巨乳でマスターを誘惑して淫らなことを……ああ、恐ろしい!
そんな暴挙を許すわけにはいかない。マスターの貞操は私が守るのだ!
さっそく私は追尾マーキングの魔法を発動しようとして……魔法が使えなくなっていることに気付いてあたふたする。

え、え、どうして? 魔法が使えない!
もしかして、この身体に巻きついている鎖の所為だろうか。
良く見ると、鎖には細かい魔法文字が刻まれているようだった。
この魔法文字が、魔法の発動を阻害しているのだろう。

なんてこった! 魔法が使えなければ、私はただの剣である。
誰か助けて! 叫んでみたけれど、声もでない。考えてみれば当然だ。だって、私の声は魔力で発声しているのだもの。
手も足もでなくなって(もともと手足はついていないけど)私は嫌な予感がした。
だって、マスターを夜這いするためだけに、こんな鎖を用意するだろうか。
マスターが危険かもしれない。そう思ったら、いてもたってもいられなかった。
だけど、この鎖をどうにかしなければマスターの元に向かえない。

私は熱で魔法を溶かしてやろうとファイアのを発動する。が、魔力が発動する直前、キュィンと魔法文字が光って、鎖の中に魔力が吸収される感覚があった。
なるほど。どうやらこの鎖は魔力を吸収する役割を担っているらしい。
だけど、鎖はこの小ささだ。見たところ魔石がついている様子もないし、吸収できる魔力にも限りがあるはずだ。
私は鎖を破壊してやろうと、かなり多めの魔力を発動した。核に蓄えていた魔力がぐんぐん消費されていく。ピシリと、鎖に罅が入った。だけど、破壊するには至らない。
魔石の輝きが弱々しくなっていく。蓄えていた魔力をごっそり使ったが、それでも鎖は壊れない。

どうすればいい? 焦りが強くなる。こうしている間に、マスターになにかあるかもしれない。
もしマスターが死ぬようなことがあれば、私は自分を許せない。マスターを守ることだけが、もはや私の唯一の存在意義なのだ。
たった一つだけ、方法がないわけではない。
私の思考や意思、記憶を司る魔力がある。使えば今の私が消滅してしまうかもしれない。
だけど、私の生命活動に関わる魔力は膨大な量なのだ。それを解放すれば、きっとこの鎖も破壊できるはず。
迷いはなかった。今の私には、命よりも大切な人がいる。

マスター、待っていて下さい。あなたの剣が、今行きます!
私は愛しい人の姿を思い浮かべながら、今、すべての魔力を解放した。





俺はまったく、馬鹿だった。
腹部から血を流して倒れているスミスを見下ろして、激しい後悔の念に苛まれる。
俺の前には薄い笑みを浮かべたメイラが、背中から黒い翼を生やして邪悪に微笑んでいた。
メイラは魔族だったのだ。初めから、俺を勇者だと知って近づいていた。
それに気付けなかったばかりに、相棒であるアルを奪われ、不意打ちをくらってスミスに大怪我をさせてしまった。
俺は使い慣れない予備の剣をかまえて、メイラと対峙していた。
けれども先ほどから何度もメイラを切りつけているが、メイラは一向にダメージを受けている様子がない。
切ったその先から、怪我が回復していくのだ。

「ディルクさん。そんななまくら剣では、私にかすり傷一つ負わせることはできませんよ」

メイラは余裕の表情を浮かべてくすくすと笑った。
そういえば、高位の魔族になれば、特別な武器じゃないと倒せないという話しを聞いたことがある。
それを分かっていたからこそ、メイラは真っ先にアルを封じたのだろう。

「お前、アルをどこにやった!」
「魔法が使えないよう封印して、遠くの河原に捨てて来ました。身動きひとつ取れないはずなので、テレポートで来てくれることを期待しても無駄ですよ」

メイラの言葉に俺は舌打ちする。
アルの助けは期待できない。けれど、メイラを傷つけることができる武器もない。

「まったく、あの剣を無防備に置いたまま眠りにつくなんて、どうかしています。あれが一体なんなのか、ディルクさんはまったく知らなかったようですね」
「なに?」

アルが一体なんだというのか。
俺が怪訝な顔をすると、メイラは馬鹿にしたように肩をすくめた。

「千年前の勇者、アルベルタ。数多の魔法を操り、当時の魔王が命と引き換えに剣へと封印した勇者のなれの果て。それがあの魔剣の正体ですよ」
「え?」

アルが勇者? ということは、もとは人間だったのか?

「剣を拘束する封印が解かれたということで、一部の魔族はあれを探し回っていたのです。魔剣に身を変えた今、どれほどの力があるのかと思っていましたが、上級魔法を扱えるほどとは驚きました。あのまま魔力を貯めこまれて、完全に封印を解かれてしまってはたまらない。魔剣を扱う勇者がいると聞いて、怪我をしたふりをして貴方達に近づいて良かった。あの剣は後々、魔王様の脅威になります。だからこそ、その使い手たる貴方を始末して、もう一度あの剣には眠ってもらいます」

メイラはそう良い聞きると、上級魔法の詠唱を始めた。
仲間のフリをしていたときは中級魔法しか使わなかった癖に、どうやら実力を偽っていたらしい。
あの魔法を喰らったらひとたまりもない。俺は回避しようと足を動かすが、その俺をみたメイラが釘をさした。

「言っておきますが、避けるつもりならば、この魔法はスミスさんに当てますよ?」

意識を失って地面に倒れているスミスに、魔法を避けることはできない。
かといって、背の高いスミスを担いで魔法を回避するのも不可能だ。
……万事休す、か。
俺は目をつぶって、握っていた慣れない剣を手放した。
こんな、なんの温かみのない剣と共に死ぬのは嫌だった。
こんなことなら、あいつにも、もうちょっと優しい言葉をかけてやれば良かったな。
憎まれ口ばかり叩いていた相棒のことを思い浮かべる。
魔力の籠ったメイラの手の平が、俺に向けられた。その瞬間。

「マスタァァァァ!」

もう聞くことが無いと思っていた相棒の叫びと共に、俺の右手にずしりと馴染んだ重みが蘇った。





私が瞬間移動テレポートでマスターの元へと戻ると、マスターは満身創痍のボロボロだったあげく、いまにも上級魔法で吹き飛ばされようとしていた。

「マスタァァァァ!」

私はマスターを守るように、残り少ない魔力を振り絞って魔力結界を張る。
命を削って魔力を使っているせいか、魔法を使うたびに意識に霞がかかっていく。
まだ駄目だ。マスターを守り切れていないこの状況で、意識を失うわけにはいかない。
魔力結界に上級魔法が弾かれる。
けれども魔力枯渇状態の不完全な私が作った結界では、魔法の勢いを殺しきれなかった。
いくぶんか弱くなった魔法がマスターへと襲い掛かる。

「うおおおおおおっ!」

マスターは私を握りしめて、正面からその魔法へと突っ込んだ。
そして無造作に私をふるって、迫りくる魔法を切り裂いて真っ二つに割る。

「魔法を切った!?」

その破天荒な振舞いに、メイラが目を見開いた。
マスターを甘く見るからです。マスターの剣技は凄いんですから!
魔法を切り裂いた勢いのまま、マスターがメイラの心臓に私を突き立てた。
極上味の魔力が流れ込む。私は必死でそれを貪ったけれど、すぐに枯渇してしまう。こんな量じゃあ、私を繋ぎとめるのには全然足りない。

「あ……」

小さな悲鳴を最後に、ボロリとメイラが砂になって崩れ落ちた。
人間ではありえないその滅び方に、私はメイラの正体を知る。

「メイラは魔族だったんですね」

おそらくは、マスターの命を狙って近づいたのだろう。
力の強い魔族は、上手く人間に擬態することができる。

「アル、ありがとうな、助かった。だけど、どうやってここに来た? 魔力を封じられたって聞いたぞ?」
「マスターへの愛の力ですよ」

へらっとした私の声を聞いて、マスターは苦笑した。

「お前はいつだってソレだな」
「もちろんです。私はマスターを愛しているんですから」

軽口を叩きながらも、意識がくらくらとした。
私は剣だから、喋るのにも魔力を使うのだ。もうこのまま眠ってしまいたい気分だったけど、私にはまだ仕事が残っている。

「スミスさんの治療をしないと」

腹部から血を流しているスミスさんは、かなり危険な状態だ。早く手当てしなければ。
メイラから吸い取った魔力と、私に残ったありたっけの魔力を使って、上級治療魔法を唱える。

復元エクストラヒール

唱えると、ごっそりと魔力を持って行かれた。
視界が白く染まっていく。魔力の使い過ぎで、視覚の機能が失われたらしい。

「おい、アル! 魔石が点滅してるぞ! どうしたんだ!?」

マスターの切羽詰まった声が聞こえてくる。
ああ、マスターが私を心配してくれている。
それだけのことで、なんだか温かい気持ちになれた。

「マス、ター……。ちょっとばかり、魔力を使いすぎたみたい、です」

上手く声が紡げなくなって、私は切れ切れに言葉を紡いだ。
このまま眠ってしまったら、きっと、何もかもを失ってしまうだろう。
今の人格も、マスターとの思い出も。
私には封印前の記憶がない。多分それは、今と同じように魔力をすべて失ってしまったからなのだろう。
今度もきっとそうなる。私は全てを忘れてしまう。

「マスター、私、記憶が、なくなりそうです」
「なに?」
「魔力なくて……眠ります。次に会ったときは、たぶん、マスターを、おぼえていません」

私の言葉をきいて、マスターが何かを叫んだ気がしたが、もう聞きとることができなかった。
マスターは悲しんでくれるだろうか。
悲しまないといいな。マスターには、笑顔でいてほしい。

だけど、記憶がなくなっても、また私をマスターの剣にして下さい。
最後の願いは、きちんと言葉になっただろうか。
ああ、マスター。私、もう、意識が…………。







ゆらゆらと闇の中を漂う感覚があった。
私は誰だろう。どうしてここにいるの? 
何も分からない。分からないというのは、なんだか、とても心細い気がした。

ふと、私を何か温かいものが包み込んだ。温かくて優しい体温。
その温度につられて、ゆっくりと意識が覚醒する。
初めに見えたのは、私を覗き込む澄んだ黒の瞳だった。
初めて見る顔のはずなのに、なんだかとても懐かしい気がする。

「あなたは、誰?」

私が尋ねると、なぜか彼はとても悲しそうな顔で笑った。

「お前の相棒だよ、アルベルタ」

そういって私を柄を包み込む手の暖かさに、私の魔石がドクンと一つ音を立てて震えた。

人化したら負けな気がするので、今後もきっと人化はしない!

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