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自分で変えた世界

最終話です

 ピロピロピロピロピロピロピロピロ――。

 目覚まし時計を煩雑な動作で叩く。

 冷気に目を覚まされながら、俺はベットから四つん這いになり這い出した。


 「んぁ……朝、日直間に合うか?」


 俺――高橋 本木は今日も昨日同じように目覚める。

 現在時刻6時10分。おそらくこの分なら朝飯をのんびり食べても間に合うだろう。


 そこそこ散らかった床に散乱している資料やら本をを跨ぎ、ドアに手をかける。

 なんら変わらない……俺の部屋は中学の時、入院した時となんら変わらない。

 高校生になった今でもなぜ病気が治ったのか分からないが日々に違和感は感じ……感じるか。


 一年前、どんどん筋力が落ちるという病にかかっていたはずなのだが、そんな事は遥か過去。

 突然治ったその時の皆の驚きといったら……落ち着いていたのは、唯一あまり状況が分からなかった俺だけだった。 


 病院から退院して一年半。

 もはや入院中の衰えた身体はない、むしろ少し筋肉質なくらいだった。

 首を鳴らしながら階段を早々と駆け下り、朝食の席に着き、いつものようにテレビを点ける。

 

 『今日は午前は晴れ、午後になってから雲行きが怪しくなり、夜は明日までかけ雪が降ることでしょう』

 「げ、明日雪かよ。傘学校にあったかなー」

 「本木、アンタ日直なんでしょ。早く行きなさい」

 「へいへい」


 ――季節は冬。

 去年より少し遅い寒波を体中に受け身を縮こませながらポケットの中でカイロを暖めはじめる。

 駅までの道を歩きながら今日の放課後に何をするかと考える。うん、帰宅部だから無いね。

 部活には所属してはいないので、高校一年にしては俺は暇を持て余す……この忙しそうな高校生でありながら暇のバーゲンセール状態だ。


 (毎日同じ夢、っていうのも珍しいものだ)


 欠伸をしながら、今日見た夢を頭で反芻する。

 ここ最近変な夢を見ることが多い。それも不思議なことにいつも同じ夢だ。

 それにありえない現象、体験の連続でありながらその夢は現実味を帯びているから性質が悪い。


 その夢の中で、俺はただただひたすらに多いこの世にはいない異形の化物どもを相手に、異臭のする体液まみれの大剣を振り回していた。

 夢の中の俺の白地が青と赤と緑とが混合し、ドス黒い色になっても剣を止めなかった。

 そして気色が悪いという感覚は愚か、怖さすら感じなかった。

 その上、驚くべきことに俺は戦い方を知っていたのだ。剣をどう振ればいいか、重心をどこに置くを。

 

 (夢にしてはリアルだよなぁ……)


 本来、剣など扱った経験など無いはずなのに。

 両手両足、剣、自らの四肢を武器と成す動きを知りえていた。

 夢というのは現実にあった事が深く関わってくる。

 つまり、あんな服着て、見たこともないような化物共を相手にしている俺、という経験が過去にあったのだろうか? どう頭を捻らせようが思いつかないが。


 「おーい、本木。今日は早いな」

 「おう、日直遅れると、うっさいからなー先生」

 「ああ、そういうこと」


 高校への道端で部活に使うだろうと思われる竹刀袋を背負った友人に会う。

 放課後に時々ゲーセンに寄っている俺、毎日部活の朝練に出ている彼、俺と彼は真反対だ。

 よく毎日毎日飽きないものだな、と思うが、運動部には飽きるという感覚すらないということを、色々な運動部の連中と話して俺は知っていた。


 「なぁ、もう冬だな」 

 「冬だな」

 「剣道の大会が春にあるんだ」

 「剣道はやらん、何度も言わせるな」

 

 この会話も何回したか分からない。

 彼はいつも俺に入部してくるように勧めてくる。

 その勧誘を俺がめんどくさそうに振り払う、いつものパターンだった。


 勧誘は剣道に限ったことではない。

 体育でやったことのあるスポーツ全般はほぼ声がかかるといっていいだろう。

 なぜこんな運動神経があるのか自分では全く分からないが、あって損するものでもなし。


 はじめて俺が剣道をやり、竹刀を握ったのは今年の夏休み前。

 自分でも驚いたことだが、俺は竹刀――刀の振り方を知っていた。剣道部の彼の話だと、独特な振り方らしい……自分では普通に振ったつもりだったのだが。


 それだけならまだ、振りが様になってるということだけだったのだが。

 その後の模擬試合で、俺と皆は目を疑った。

 俺自身がまず驚いたのは自分の反応速度だった。

 相手の剣筋がとてもスローモーションに見え、難なく中段からの攻撃を受け流すといつのまにか俺の竹刀が相手に届き、気絶させていた。

 

 「いやー本当あの時は驚いたよ。だって視界から消えちゃうんだもんなぁ」

 「でもあれは剣道とはとは違うだろ」

 「どちらかと言えば体術に近いな」

 

 模擬試合後から聞いた話だが、見ている人間からは俺は水平に動いて見えただとか、コマ送りで見えただのよく分からない感想が相次いでいた。

 

 「もう冬だがどこかには入っとけよ、宝の持ち腐れだ」

 「俺自身望んでないんだよなぁ……」

 


 学校の昇降口で剣道部の彼と別れる。

 職員室で担任からクラス帳簿受け取り、教室では友人と他愛も無い話で時間を潰す。


 「ここでの定数αは先の1の式に2の式を代入して……」

 「…………暇だ」


 授業を聞き流しながら、頭を空にして呆ける。

 きっと静かにしていれば当てられないだろうという安直な発想の元に目を閉じる。

 さっきまでは眠気などなかったのに……駄目だ、少し眠ろうか。


 ***


 まただ……また俺は戦っている。

 そこはいつも通り、暗い洞窟のようで光の一切を拒絶した不気味どころか美しさすらも感じる空間。

 いつものように化物が襲ってくる……不思議なことに俺自身もこの狂った夢が割りと嫌いでもなく、むしろ好きだったりする。


 「……ぇ?」

 

 ――突如、糸ほどの細さの光が目に映る。眼をそらせば見逃してしまいそうな華奢な光線。

 そして洞窟の奥には今までと違い、そこにはゴール――終わりと思われる扉があった。

 俺に覆いかぶさる六本足の牛型の異形の化物を素手で引きちぎる。

 走る、走る、走る。異形の化物共を剣と豪腕に任せて振り払う。


 そうだ、酒場にいる皆に最後に会う時もこんなに走ったっけ……ぁ? 何を言っている、俺は未成年だ。酒場なんて行くはずもなかろうに。


 「はぁ……はぁ……あと少し」


 細い光を見失いよう瞬きを惜しみ、扉に近づく。

 やがて扉の隙間から漏れた光の線は俺に絡みつくと、俺を導くかのように輝きが増す。

 伝う汗をぬぐいその場に剣を無造作に放る。


 「光は……」


 扉に手を掛け、押し開ける。

 外観は荘厳で、余程の力を入れなければ開けられないと思っていたが、そんな心配は杞憂に終わった。

 まるで自分の部屋のドアを開けるような、そんな気軽な軽い扉だった。


 何かのトラップかもしれない、と一瞬ためらったが、ここは夢だった。

 夢ならば大丈夫だろう、死ぬことは無いはずだ。

 

 「どこだ……いや夢の中だったか」


 扉の中へと踏み出す。

 極彩の光で視界が一瞬だけ奪われ、自分が先ほど何を考えていたのかすら曖昧になる。

 光に慣れてきた目が映し出したのは壁も天井もない部屋、というよりかは空間に近かった。

 振り返ると、いつの間にか俺が入ってきた扉は消え、莫大な空間に隔離される。


 突如、少量の光が空間の一点を目指し集まり続ける。

 その凝縮された光は徐々に人の形をとっていき目の前に顕現した。


 「やぁ、元気してた?」

 「お前は……前にどこかであったな。聞いたことのある言葉だ」


 空間に俺以外の存在、小学生ほどの背丈の少年がいた。 

 初対面のはずだ。だが俺は知っている……気がする。

 勿論この世界ではない、ありえるなら違う世界でだ。そんなものがあるのかは、にわか信じがたいが。



 自分の二の腕をさする。

 直感だ、勘だ、妄想に過ぎない。だけど、コイツとこれ以上話してしまえば、自分が――性格が変わってしまう気がした。

 勝ったのは恐怖よりも好奇心だった。

 

 「少し……思い出してきたかな?」

 「かすかにだが。見えてきた」

 「もっと知りたい? 君の過去、決して触れることのない過去」


 そうだ。

 このモヤモヤはそれだ、記憶だ、徐々に確信に変わってく。

 最初はかすかなものだった。次第に肉付けをしていくようにはっきりとした物に変わっていく。

 

 「知りたい」

 「でも記憶を消すことによって、君の負の部分は帳消しにされている、思い出せばまた不幸なことが起きる、それでも」

 「教えろ」


 少し強めの口調で少年に命令した。

 少年は深くため息を吐き、自らの手に光を集め始めた。

 

 「本当は上から大目玉くらうんだけど……まぁ記憶の半端な消去で怒られたからこの際どうでもいいか」

 「記憶を戻すために俺は何をすればいい?」

 「そのままで目を閉じて」


 少年の言うとおりに目を閉じる。

 ――ピクり。

 まるで思い出したかのように、数人の顔が浮かぶ。同時に名前も思い出していく。


 「ちなみに全部思い出せるわけじゃないからね」

 「ああ、分かっている」

 

 ――カチッ。

 俺は本木、モトキ、本木。

 俺は高校一年生。俺は22の会社員。俺は勇者になれなかった半端者。

 俺の家族は……母さん、父さん。俺の家は酒場……多くの者が集う場所。

 


 「そうか……そういうことか」

 「難儀な人生だったねぇ、二つとも」


 この世界の前世が、違う世界の前世が。

 俺の頭を回り巡り少しずつ人や場所の記憶が、今の俺の元へ収束していく。

 知人の記憶が流れてきて、体がビクリとはねる。


 「そうか……俺は二回転生したのか?」

 「そうだよ。それにしても泣くほどかい?」

 「あぁ俺今、泣いているのか」


 自分でも気づかなかった。

 あちらの世界での記憶は完璧ではない、知り合った人と、そこでの生活や自分が何をやってきたか、というのを大雑把にしか思い出せない。

 それでも、大切だということだけは分かった。

 

 「あっちの世界が恋しい?」

 「ああ、恋しいのかもしれないな」


 それは辛くもあったが俺の人生の一つ。

 多くと出会い、多くと別れた。俺はその世界で別れるのが惜しいくらいに繋がりをつくった。

 今は届かない記憶の人々を懐かしみ、こぶしを強く握り締める。

 

 「じゃあ、還りたい?」

 「どこに?」

 「君の大好きな世界に」

 

 少年は突拍子も無いことを言い出した。

 前髪が長いせいか目は見えなかったが、口元には薄ら笑いを浮かべている。

 あの世界、また戻れるものなら戻ってみたいが。


 「君の病気は治されたけど、それは負を記憶に分散したに過ぎない」

 「そうか」

 「きっとこのまま生きていけば、よくないことが次々と起きる、それが君の人生」

 「そうか」

 

 今いる世界は辛いのか。ならば「わかった」と答えれば楽になるだろうか? 

 だが、イエスと返事をする前に一つの記憶が俺の頭に入り込んだ。

 今までの記憶でもっとも簡潔で濃密な記憶は俺の考えを吹き飛ばす。


 「……否」

 「え、ホント?」

 「否だ、それが答えだ」


 少年の勧誘を拒否する、キッパリと。

 初めての動揺をみせた少年はゆっくりと体勢を立て直すと言葉を続ける。


 「へぇ、還りたくないの? なんでさ?」

 「それは、戻る、還ると言っているがそれは逃避行に過ぎない」

 「逃げはいけないと?」

 「貴様が薦めているのはこの世界を捨て、自らの望む世界で生きること。それは好きな事だけをし、嫌いな事から逃げているのに同義」


 頭に入り込んだ記憶は、俺の怒りと悲しみであった。

 だが俺は諦めなかった、敵に国がいようが構わず不屈であった。

 この男の記憶を持って、俺にこの世界から逃げるような行為をしろと?


  一人目の本木は逃げなかった。

 二人目のモトキには逃げずに現実に挑んだ。

 ならば今の俺、三人目はどうする?


 「俺は……諦めなかった。俺は俺に敗走で泥を塗りたくない」

 「変なプライドだ」

 「でもここでそいつを捨てちまったら駄目な気がするんだ」

 

 言葉を続ける、もう選択は、頭の中に一つしかなかった。


 「それに、本来会えないんだ」

 「そうだね」

 「会いたいけど決して交わらない。俺は二回転生した本木であって、アッチにいた一回転生したモトキとは違うんだよ」

 

 皆には会いたい、だが皆は俺とは違う。

 その差異はどんなにがんばっていても埋められそうになかった。

 人は人と、異世界人は異世界人と、それが結論だ。

 


 「そっちは辛いことだらけだよ?」

 「知ってる」

 「死ぬより辛いよ」

 「知ってる。でも、俺は死と隣りあわせで、理不尽勝ってきたんだぜ?」


 理不尽がどうした。

 俺はモトキの時、とんでもないデカいのを体験している。

 それ以上だったら? いつから上限があると思っていた? お前の手に負えなければ?

 

 無論。 

 あの世界と同じように理不尽の力以上の力で封じ込めてしまえばいい。

 一度目は後悔の上に死に、そのおかげで二度目を迎えた。

 三度目の正直というところだろう。


 「覚悟、決めたんだね」

 「ああ、それと還れるって話嘘だろ?」

 「よく気づいたね。ちょっと記憶戻して下手に狂行にでないかと危惧してたんだけど、この分なら心配いらないかな」

 

 意識が遠のき、夢が終わる。

 瞼を開け、空を見据える。

 周囲は変わらず授業を受けていた。俺に変わった感覚はない。

 だけれど一つ選択をし、選びとった、それだけは確かだった。


 「おーい本木ーーーお前起きろって。先生がお冠だぞ」

 「こいよ……理不尽」

 「ん? なんか言ったか?」

 「いいや、ちょっと進路を考えてた」


 呆れ顔のクラスメイトを横目に、ゆったりと背伸びをする。

 進路……そうだな、とんでもなく人生を分かつ進路講座だったな。


 少年はこれからとんでもなく不幸なことが次々と起こると言っていた。

 不幸? 関係ない。

 本木でありモトキであり本木でもある俺は不屈。

 

 「んんーー……よく寝た」


 俺は今日も変わらず生きていく。

 そして今日、この時までは変わらずに生きてきた。

 不幸でもいいから日常が変わることに期待し、震えてる俺がいた。

 

 

 



 


 

 


 

 


 

 

 



 

 

 

今度また書くことがあったらもっと短くてフランクなものにしたいですね……反省。

お暇なら評価していただくとありがたいです。

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