黄昏。誰そ彼。そう呼ばれる時間帯。この図書館にも淡く夕陽が差し込み、本の背表紙も本棚も赤く染まる。その光景はまるで全てを炎に呑み込まれてしまったようで、失ってしまった気がして怖くなる。
そして、徐々に優しい紫色に変わるのを見て私は今日もまた安堵するのだ。
繰り返し、繰り返し。
まだ、これらは価値を失っていない。まだ、失ってしまってはいない、と。
何時になったらこんな自虐じみた真似を止めるのだろう。もう何回繰り返しただろう。何度も繰り返したせいで習慣になってしまったこの癖から脱することは出来るだろうか。これまた癖になってしまっている本日何度目かのため息をついた。
ふと、本棚から視線を少しずらしてみるとやはり彼がいた。中庭で相変わらず楽しそうに友達と騒ぎ合っている。今日はうっすらと雪が積もり、まだ降りやまないと天気予報でも告げていたのに。こんな時、男の人がいつまでも子供だという世論に頷きそうになってしまう。
きっとそのうち、いつものように。寒いと喚きながら図書館に押し入って来ることを思うと知らず知らずのうちに笑みが溢れていた。
「ねぇ、永遠って信じてる?」結局いつものように指先や顔を寒さで赤くしながらストーブの前に陣取った彼が真剣な顔をして言ったその言葉が、本を読んでいた耳にもやたらと響いて聞こえた。しかし、それに返る言葉は聞こえてこない。訝しんで顔をあげればこちらを向いて返答を待っている彼がいた。
「私?」
「うん。ねぇ、信じてる?」
「信じてると言えば嘘になるかな。どうして?」
「なんとなく?気にすんな。」
「そっか…」
彼の、この“なんとなく”の音がすんなり胸に染み入ったのが分かる。許容するようでいて、理解を放棄しているような。本当に何気無く感じて何気無く言葉にしてみた感じ。
私みたいにごちゃごちゃ後から理由をくっつける訳じゃない。ありのままに述べた感覚。
それが“なんとなく”好きだった。
「いつ帰る?夕陽は沈んだけど。」
本当にこういうところは分かってやっていないようだから、余計にタチが悪い。つい、全部分かっていてやってるんじゃないかと勘繰りたくなる。
「ん〜、もう帰るよ。雪積もっちゃったし。」
「そうか、じゃあ俺はもう少しいるから。コケるなよ〜」
「うん、また明日。」
「お疲れ〜」
彼と図書館に別れを告げ、独り帰路に着く。雲が所々かかってはいるものの、もう空には星が瞬いている。そして光を反射して星に負けず劣らず煌めく雪の粒は中々やむ気配は無く、後から後から降り続けていた。
「永遠、ね…」
何故急にそんなことを聞くのだろう。理由は“なんとなく”であることは分かっているけれど。
永遠なんて、生き物には到底望めないモノに、なんで名前なんか付けてしまったのだろう。認識したところで手は届かないのに。いくら欲しがったところで絵空事に過ぎないのに。そんなモノは私には信じられない。
「な〜んか、追いついちゃった?珍しく歩くの遅いね。考え事?」気付けば大分ゆっくり歩いていたようで追いつかれてしまっていた。
「ううん、坂が恐いから。冷たい思いも痛い思いも嫌だし。」
「一回転べば二回も三回も変わんないって。それに上見て歩いてる時点で危ないじゃん。」
「それ、転ぶのを期待してるって言ってるように聞こえるんだけど。」
「気のせい、気のせい。てか、俺のが転びそう。」
そう言いながらも器用にスピードは緩めずに下って行った背中が少しずつ小さくなっていく。かと思えば、彼はおもむろに立ち止まり振り返っていた。そして、私が追いつくのを確認して、また歩き出す。それを何度も繰り返したところで、やっと坂を下り終えた。
「ねぇ、永遠を信じてる?」今度は私が聞く。
「うん。何事もさ、信じることは大切だから。そこにあってもなくても俺は信じたいと思うよ。」
「すごいね。私は…、永遠なんて信じられなかった。信じたかったけど、何もなかったから。すぐに壊れて失ってしまう気がしてた。でも分かった。永遠は永遠じゃないんだね。」
「よく分かんないけど。まぁ、いいんじゃない?」
そういうと彼は笑った。またあの、“なんとなく”の感じ。またひとつ永遠になった。
“永遠”は“永遠”だけど。自分の中で“永遠”にすれば良い。覚えていられるだけ、美化したり劣化したり、一人思い出してニヤケてみたり、懐かしく思って。時には誰かに話しながら、少しずつ形は変わってしまったとしてもそんな風に大切にしていけば、それはきっと自分の“永遠”になるから。そして、それは未来の自分を支えてくれる筈だから。
「…ありがとう。」
「え?何が?」
「うん、なんとなく?」
「そっか。」
「うん、そう。あ、明日は夕陽が沈む前に帰るから。夜危ないし。」
「転ぶから?」
「今日まだ転んでないからっ!転ぶからじゃなくて、ほら不審者とか…」
「ああ、危ないよね。此処に一人いるし。」
「うわ、ひどっ!」
「良かったね。」
「え?」
「…なんでもない。」
こんな他愛ない会話も何気無い時間もいつか、私を支える“永遠”になるんだろう。
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