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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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乾いた牙



 数百メートルもの距離を一息に駆け抜けたハルカは、さっき出会ったばかりの少年が追いかけて来ないことを確認してようやく足を止めた。思い出したように呼吸が突然荒くなり、為す術無くその場にうずくまって喘ぐ。数回情けなく咳き込んで、ようやく少し落ち着いた。



 ──やっちゃった。



 言いようもない後悔と自責の念が全身に絡みつく。彼は至極真っ当なことを言っただけなのに、なんであんな言い方をしてしまったんだろう。



 いつも、そうだ。ハルカは思った。



 ザガンのこととなると視界に暗い蓋がされ、盲目的なまでにザガン捜索に執着する。その他の全てを犠牲にしても構わないとさえ思う。



 今回だって、仲間の忠告を無視して一人暴走した結果が流砂への転落だ。



 でも、ハルカはずっと不満だった。自分と同じようにザガンへ妄執的な憎悪を抱く仲間の存在がいないことが。



 いつも先頭を走るのは自分だ。そんな自分を諫めてくれる仲間はハルカの目には弱気に映る。そんな仲間を叱咤激励するのは自分で、だからハルカは一度も仲間に弱さを見せることがなかった。



 知らない内に、一番疲弊していたのは自分自身だったのかもしれない。




 だから、今日出会ったセツナという少年にそれを期待したのは、思えば自然なことだった。ハルカは、セツナに自分を引っ張ってくれることを身勝手に期待した。



 だが彼はあくまで、冷静で客観的だった。ザガン討伐への熱意量は決してそんなもので計れることではないのに、ハルカはセツナを軽蔑してしまった。



 しかし、それでも。今すぐにでもここを脱出したいという思いは、彼の言葉がいかに正しくとも揺らがない。



 一刻も早くあの獅子を倒して、仲間と合流する。ヌシを倒せばきっとセツナもついでにここから脱出できるはずだから、彼にはそれで一飯の恩義と先の謝罪を兼ねることにしよう。



 意思は固まった。あの獅子を見つけ、倒す。ハルカは手早くマップ画面を開いた。



 獅子に追いかけられながらかなりの距離を走ったが、それによってこのダンジョンのマップはマッピングが完了していた。



 緩やかに湾曲する道の続くこのフィールドは、実は輪状の形をしていたのだ。ハルカとセツナは真っ直ぐ走り続けていただけだったが、あの時二人はこのリング状のダンジョンを一周していたことになる。



 あのヌシがどこにいるのかは、マーキング系のアイテムを使っていない限りマップを見ても分からない。だが、推測することはできる。



 あれはシステム的にも力量的にもこのフィールドのボスである。つまり、ボス部屋のような存在がこのフィールドに用意されているとするなら、あの獅子はそこに普段駐在している可能性が高い。



 見たところこのフィールドはリング状だが、マップを見ると所々外周部の壁が欠けて描かれている箇所が点在している。そこには壁は存在しないわけで、つまりそこから分岐した横穴のようなものがあるということになる。



 欠けた長さが長いほど、当然入り口、及び横穴の容積は大きいはずだ。ハルカが目を付けたリング状フィールドの真北部分の外周部には、一際大きく壁の欠けた地点が存在した。



 ここが最も大部屋、つまりボス部屋である可能性が極めて濃厚である。しかも都合のいいことに、ここから程近いところにある。



 ハルカはマップを閉じるのももどかしく残りの道程を瞬く間に走破すると、果たして、大きな横穴が壁に穿たれているのを発見した。



 あの巨体が十分通れそうな広さ。そしてわざとらしくそこ周辺の大地に刻み込まれた、巨大なネコ科の足跡。



 ──ビンゴ。



 ハルカは壁が無くなる直前の冷たい岩に背中をつけ、顔だけ中を覗かせた。十メートルほどくり貫かれた穴の向こうは驚くほどに広大なフィールドが用意されており、その最奥部の少し高くなっている岩──寝床と思われる──で丸くなっている巨体。



 心臓がバクンと高鳴った。あの獅子だ。眠っている。



 改めてみると凄まじい大きさだ。ここから五十メートルは離れているが、その存在感は少しも損なわれない。



 ごくり、と生唾を飲み込んでから、ハルカは意を決して大きく一歩を踏み出した。



 岩のドームみたいだ。



 ボス部屋に足を踏み入れたハルカが、遙か高みで自分達を覆う岩の天井を見上げて思ったのはそんなことだった。



 ヌシが盛大なイビキをかいて眠っているボス部屋は、フリーバトルの半球ドームを一回り大きくして、壁の材質を岩にした感じだった。大きく湾曲しながら聳え立つ壁。部屋の中心から天井までの高さは三十メートルはあろうか。



 ヌシが眠っているのは、そこだけ壁と床が誂えたように高くなっている場所だった。今は平和そうに眠っているが、これから自分から喧嘩を売りに行かねばならない。



 一撃でも攻撃してしまえば、もう一対一の殺し合いだ。



 ごくり、もう一度喉が鳴った。



 ロックオンタブが付いた。獅子の頭上に表示された名は《アダストファング》──乾いた牙。砂漠の支配者に相応しい名だ。



 ハルカは腰の愛剣に手をかけた。先手必勝。睡眠状態のモンスターへのダメージはクリティカルボーナスで必ず二倍になるということをハルカは知っていた。



 覚悟は決まった。脳裏に過ぎる、憎き男の高笑い。



「待ってなさい……ッ!!」



 一度閉じた目を見開き、歯を食いしばってハルカは剣を抜き放った。アダストファングに向かって猛烈な突進を仕掛ける。



 ハルカの剣は、細長い槍のような形状と美しい銀色の刃、そして先端から貫くように空いた孔が特徴的な、《ガン・レイピア》というカテゴリの武器である。



 刺突属性、という切断属性とは似て非なる攻撃属性を保有する細剣レイピアと、遠距離で真価を発揮する銃撃の両立が実現した画期的な武器であると同時に、扱いが非常に難しく使い手を選ぶという欠点を併せ持つ。



 一本の矢のように獅子に迫ったハルカは、なんとなく弱点っぽい獅子の鼻っ面目がけ、加速の勢いそのままに渾身の突進突きを敢行した。耳をつんざくような大音響と共に大量の火花が弾ける。



 突然の大ダメージに獅子が地鳴りのような悲鳴を上げる。巨大な顔をぶんぶん振り回すも、剣は見事鼻に突き立ったままだ。



 柄をしっかりと両手で握って離すまいとするハルカは、獅子に振り落とされそうになりながらも空中でウェポンズスキルを発動した。



「【ホットショット】!」



 直後。轟音と共に獅子の鼻が内部から爆発した。



 灼熱に染まる視界。確かな手応えと共に剣は反動で抜け、ハルカは空中でくるくると舞いながら大地に着地した。大量の黒い煙が獅子の顔全体を覆うまでに肥大する。



 アダストファングの苦しみ様は痛快の一言に尽きた。ガン・レイピアの銃弾は剣の切っ先から放たれるので、体の大きなモンスターが相手ならまず剣を突き刺してから発砲することで大ダメージを狙うことができる。



 外皮の屈強なモンスターは数多くあれど、内部は概して柔らかく設計されているものだ。この獅子も例外ではなかったようで、少し不憫に思えるくらいの悲鳴を上げながらHPを凄い勢いで減少させていった。



 だが、まだ優に七割近くを残している。今のはクリティカルボーナス込みの大ダメージであるから決して手放しで喜べる結果ではない。予想以上に長期戦になりそうだ。



 大ダメージによるノックバックから解放された獅子は、雄叫びを上げてハルカに向かって突進してきた。巨体に見合わぬ驚くべき速度だが、モーションが単調で隙がデカいため避けられないこともない。



 真横に走って突進を躱したハルカは、剣をさながらライフルのように着地した獅子の尻に向け。



「【フラワードライブ】!」



 言いつつ鍔の底に仕込まれたトリガーを引く。かなり大きな反動と共に、切っ先の銃口からオレンジ色のライトエフェクトを帯びた弾丸が発射された。



 緋弾は空中を十メートルほど駆け抜けた辺りで、まるで花びらが開くように五つの弾丸に分裂し、それぞれが錐もみ回転しながら獅子の無防備な尻に命中した。刹那──



 起爆。重なり合う五つの爆発音と高熱の猛攻に獅子がまたしても大きくのけ反り、低い唸り声を絞り出しながら怨みがましくぎらつく瞳をハルカに向ける。



「──次」



 ハルカの剣には既に、次の特殊弾が装填されていた。──【チェインバーン・ストライク】。大技だ。



 ドパァン、と、一際大きな発砲音と反動。深紅の光芒を引いて虚空を駆け抜けた弾丸は巨体を重複する痛快なエフェクト音を奏でながら貫通した。



 一瞬遅れて獅子の体内で爆炎の花が咲き乱れる。凄まじい熱風がハルカの肌を焼き、黒煙は泣き叫ぶ獅子を握り潰すように拡散した。



 貫通攻撃は当然、目標が巨体であればあるほど多くダメージを与える。連続ヒット回数が稼げるからだ。



 更にこの高ランクスキルは、ヒットした部分が起爆するという追加効果を含んでいる。恐らく七、八連撃は与えたであろうこの技で、獅子にとうとう異変が起きた。



 切断、刺突、打撃。ゲームシステム上の攻撃属性にはこの三つが設定されているが、爆弾や起爆弾のような攻撃は打撃属性と火属性の要素を含むということになっている。



 火属性というのは攻撃属性とは別に存在する付加属性というヤツで、他にも水や風といったポピュラーなものから毒、土といった少し変わったものまで多く用意されている。



 ハルカは獅子に、この短時間で多量の爆発系攻撃を浴びせた。これら全ては火属性と打撃属性を含有しているため、獅子には二つの状態異常が期待される。



 《やけど》と、《スタン》だ。



 黒煙が晴れたとき、獅子の様子は明らかに先までと異なっていた。眉間に地脈の如き皺を寄せて苦悶の表情を見せながら、四肢を踏ん張って何かに耐えているように震えている。



 HPバーの横に表示された、小さな炎のイラストと、二つの黄色いひし形。やけどとスタン効果の付与に成功した証だ。



 チャンス──!



 ハルカは大技の連発で悲鳴を上げる全身を鼓舞して足を前に動かした。SPの消費はペースが早ければ早いほど使用者に擬似的疲労を強いる。強いて言うまでもないが、擬似的、仮想的とは言えその疲労感は看過できぬ苦痛を伴う。



 それでも、チャンスは今しかない。残りのSPを全てつぎ込むつもりでハルカは次のスキルの算段を付ける──その時。



 獅子が一瞬、全身を紅蓮の炎の渦に包んだ。やけどによるダメージの演出。そのダメージにより獅子のHPはとうとう五割を下回ったのだが。



 その瞬間、獅子は水を得たようにスタンの拘束から逃れた。繋がれていた鎖から解き放たれた猛獣の如く快哉の咆哮を上げる。狼よろしく顎を反らせて吼える獅子の巨大な口を中心に、空間が歪む。



 ビリビリと大気が震える。明らかに強化された獅子の咆哮は衝撃波となって全方位へ駆け抜け、残り数メートルにまで肉薄していたハルカを虫のように弾き飛ばした。

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