前回のあらすじ……はひとまずおいといて、長い間お待たせしたことと、待たせた挙句、まだ半分しか書けてないことをお詫びします。今回はボケ少なめです。
青春協奏曲第63回「将来どうなるかなんて分からない。だから青春をエンジョイする!とか言ってる奴はたいてい将来、後悔することになる」
三人連結事件が勃発し、その副産物ともいえる青春の一ページを味わった次の日の朝。まあ、青春の一ページとか綺麗な言い方をしたが、やったことと言えばAVまがいのマニアックなドキドキプレイだ。青春してたのは記野崎の方だけで、俺はあいつの下着姿が脳裏から離れず、家に帰ったら帰ったで…………とまあ、記野崎とそんなことがあった昨日の今日だ。俺のためにもあいつのためにも、今はあまり顔を合わせない方がいいんじゃないか……ていうか、ぶっちゃけ顔を見たらまた変な妄想をしちまいそうで自分が恐い!!
なので、俺はわざと遅刻ギリギリの時間に学校に行った。校門から入り第一グラウンドを突っ切ると、新校舎の一階中央に正面玄関がある。観音開きのガラス戸が大きく開け放たれたその奥が中央昇降口だ。
いつもなら生徒のざわめきで溢れている中央昇降口だが、さすがにこの時間帯には人の気配はしなかった。泥や埃で黒くくすんだ白いタイルに、今はひどく親近感を感じる……まるで俺の心のようだ。そのタイルの上に巨大な木製の下駄箱が三列並んでいた。左から、一年、二年、三年の物だ。ちなみに各クラスの配置は、各学年の左側がA・B組の、右側がC・D組の物だ。さらに手前はA・Dで、奥がB・Dとなっている。
俺は自分のクラスの一年B組の下駄箱の前へ行こうと、一番左の列の左側に回りこんだ。その瞬間、俺の足と一緒に心臓が止まりそうになった。そこにいるはずのない人物がいたからだ。
キューティクルがまぶしいショートカットの黒髪。大きな黒い瞳は悩ましげな憂いをおび、白い頬がわずかに紅潮していた。制服の青いブレザーはぶかぶかで、チェックの柄が入ったグレーのズボンもサイズが合ってないのかダボダボだ。しかし、俺はその下に隠された、均整のとれたスレンダーな体型を知っている。どころか、脳裏に焼きついて未だに離れない……あの黒いハイソックスと白い肌……そしてピンク色のパンテーとブラジャーが……
そう、そこにいたのは、青春の一ページの重要な登場人物、記野崎翔太……いや、翔子だった。
なぜこいつがこんな時間に……いつもはもっと早い時間に来てるのに……ていうか、やっぱり俺妄想しちまったよ!! 最低だよ!! いや、そんなことより何でだ!? 何でこいつこの時間に……まさか俺のことを待ってて!? いやいや、慌てるなよ、服部長輔十五歳!! そんなの俺の勘違いかもしれねえだろ!! たまらま記野崎が少し寝坊しただけかもしれねえだろ!! それなのに、「何か悪いな。わざわざ俺のために……」なんて言って、「は?」てなったら、俺もうマジでこいつにあわせる顔がねえよ!! ていうか、間違いなく登校拒否になるね!!
いや、そんなことより何か会話をしないと……
「あ……えと……」
「…………」
何か話しかけねえと!! でも、何を話したらいいのか、全然分かんねえ!! 記野崎も記野崎で顔を赤らめて下をうつむくばかりで、挨拶もしてくれない……まあ、あんなことした次の日じゃ、仕方ないっちゃ仕方ないけど……いや、このままではダメだ!! 記野崎の方から話してこないなら、俺から……
「あのさ、記野崎……」
「すいません、今日は日直なんで先に教室行きますね」
「あ……」
見え見えのウソと呆けにとららた俺をおきざりに、記野崎は全速力で走り去っていった……日直がこんな時間に来るわけねえだろ……ていうか、何もあんな全力で避けなくても……
いかん……これは本格的にまずいな。俺の妄想もひどいが……いや、そんなことよりこの状態はまずい!! 記野崎の気持ちについてはあいつの口から直接聞くのを待つしかないとしても、こんな状態じゃ学校生活に支障をきたすし……何より俺が色々と困るんだよ……何とかしなければ。
というわけで、俺はあの手この手で記野崎にコンタクトをとることにした。
作戦A。授業中、教科書を見せてもらう。
俺と記野崎の席は隣同士だ。しかも、俺の席は窓側のため、教科書を忘れた時に見せてもらう相手は必然的に記野崎になる。そして教科書を見せてもらう時は机をくっつけるため、言葉にしにくいこともノートに書いて筆談できる。それならこいつだって、避けたりはしないだろう。ていうか、状況的に避けようがないはずだ。これであるいはこいつの気持ちが聞けたら……よし! やるぞ!
「な、なあ、記野崎。俺、日本史の教科書忘れちまって……」
「すいません、僕も忘れました」
ええぇぇ……筆談以前にそこで拒否いぃ!? ていうか、あの、記野崎君……君の机から日本史の教科書が見え隠れしてんだけど……あの、えっと……ええい、次だ!!
作戦B! 休み時間に宿題を写させてもらう!
もう気持ちうんぬんを聞く前に、会話をしてもらうっていうか、返事をしてもらうことに専念しよう! それもNO以外の返事だ! でないと、俺は永遠にこいつに避けられそうな気がする!
それにはまず、こいつがYESと言ってしまいそうな質問をすることだ。つまり、日常的に「はい」という返事をしている質問をして、こいつの俺にたいする拒絶反応を和らげる。それが、いつも見せてもらってる宿題!
記野崎は予習復習を怠らない子なので、宿題は必ずやってくる。そして俺の苦手な数学の宿題をいつも「仕方ないですね」といって見せてくれる。これならいける!!
「あの、記野崎く~ん……毎度のことで悪いんだけど……数学の宿題を」
「すいません、やってくるの忘れました」
え、えぇ……お前、今まで一度も宿題忘れたことなかったのに……で、でもまあ、やってこなかったんなら、仕方な……
「ねえねえ、記野崎君……」
「何ですか、野島さん?」
「悪いんだけど、また数学の宿題見せてくれない……?」
「いいですよ。はい」
「サンキュ♪ いつも悪いね」
「このぐらいお安い御用です」
えぇ……ちょ、おま、ええぇぇ……ひどくない!? いくらなんでも、それはひどくない!? くそ、次だ次!!
作戦C!! 昼休み、連れしょんに行く!!
「なあ、記野崎!! 俺と一緒にトイレに」
「……!!」
"バチイイィィン"
うん、今のは俺が悪かった。昨日の今日でこれはないわ。デリカシーにかけてた。壁にめり込むほど強烈なビンタをされても、文句言えないわ。こうなったら!!
作戦ユニバース!! 大根を持って記野崎にユニバアアァァス!!
昼休み記野崎の前で自らのケツに大根をぶち込み、
“ピブー”
「ユニバアァァス!!」
「……服部君、何がしたいんですか?」
ごめん……俺にも何がしたいのか良く分からない……
なら、最終手段だ……
作戦XYZ!! 生徒会の時に、今日の議題に関する資料をコピーしてもらう!!
それのどこが最終手段なんだよって思うかもしれないが、俺が資料を作成し、記野崎がそれをコピーしてみんなに配り、その資料をもとに会議を進めていく。というのが、一年生コンビの役割というか、習慣になっている。つまり、俺が「じゃあ、記野崎。コピー頼む」って言ったら、記野崎は「はい」と己の意思とは無関係に答えてしまうはずだ!! 要するに作戦Bの応用だ!!
まあ、だからどうなんだ、って言われたらおしまいだが……とにかく、俺としてはもうこの、俺が頼んで記野崎が断る、という無限ループから脱出したいのだ。
そして放課後。生徒会室に会長、会計さん、だわさ先輩、記野崎、俺の五人が集まり、それぞれの席についた。いよいよ最終作戦実行の時だ。
俺は本日の議題に関する資料を鞄から取り出し、隣の席に座る記野崎の方へ向けた。
「嫌です」
「じゃあ、記野…………」
早い!! 断るのが早過ぎるよ、記野崎君!! フライングにもほどがあるよ!? 俺まだ何にも言ってなかったよ!? お前の名前すらちゃんと言えてなかっよ!? ていうか、俺が頼む前に断るってどういうことだよ!! 確かに俺が頼んで断るってループからは脱出できたけど!! これ順序が逆になっただけだろ!! むしろ、最低限そのパターンは守れよ!! 「何これ? どういうこと?」って読者が混乱するだろうが!!
「あのさ、記野崎……」
「よ、用もないのに話しかけないでください」
「いや、用はあるっていうか、その態度を何とか……」
「…………」
「はぁ……」
ダメだ。完全にそっぽ向いちまった。でも、怒った感じじゃない。それに、そっぽを向いたと言っても、全く見向きもしないわけじゃない。時々、隙をついては俺の顔を覗き見るように、チラチラとこちらに視線を送った。その目にも、やはり怒りの感情は感じなかった。てか、こいつが本当に怒ったら、そんな回りくどいことせずに、まずはぶん殴ってくるからな……
でもな……怒ってないからこそ、こっちも強く言えないってとこがあるんだよな。ていうか、強く言おうにもサラッとかわされちまうし。まさに、のれんにショルダータックルって感じだ。
仕方ないので、俺が資料をコピーして、みんなに配り、会議を進めた。
そして、生徒会の活動も終わり、下校時間の6時になった瞬間、記野崎は
「じゃあ、僕は火星に行かなきゃいけないんでお先に失礼します」
と、意味不明な捨て台詞を残し、俺から逃げるようにして生徒会室を飛び出していった。
二日続けてこんな調子だから、さすがに生徒会の面々も不審に思ったのか、殺人事件の容疑者を見るような目で俺を見てきた。
まずいな……ここで何があったのか色々聞かれても、この三人が記野崎の秘密を知らない以上、全部本当のことを言うわけにはいかないし、ていうか全部丸ごと言えないことばっかりだし……変にごまかそうとしても地雷をふむだけだ。ここは大人しく退散しよう……と、思ったが……
「服部君、ちょっといいかな?」
ふんどし一丁で声をかけてきた爽やかなる変態……もとい、会計さんの真剣な目が「帰るな。ちょっと座れ」と言っている……だが、ここで素直に従っていたら、やぶ蛇になる可能性大。適当に言い訳をして逃げよう。
「すいません、俺もちょっと火星に」
「すぐにすむ」
「……はぁ」
ダメだ。こんなシリアスな目に中途半端な言い訳は通用しそうにない。俺は諦めて、立ち上がろうとした腰を再びイスに下ろした。
「何ですか、会計さん?」
「話というのは他でもない。記野崎君のことだ。昨日も何だか様子がおかしかったし……君、何か記野崎君に嫌われるようなことでもやったのかい? だとしたら、早めに謝った方がいいよ?」
「…………」
なぜだろう……会計さんは真剣な表情で、真剣に俺たちのことを心配してくれて、真剣にアドバイスしてくれているのに、俺はなぜだかこう思ってしまう……
お前にだけはそんなこと言われたくねえんだよ!!
まあ、さすがに口には出さないけどね……
「いや、別に喧嘩したわけじゃないんで、大丈夫ですよ」
「そうかい?」
そうだよ。だからもう放っておいてくれ。あんたに何か言われたら、反射的に突っ込みを入れちまいそうになるから!! それでボロを出して記野崎の秘密がばれようものなら、今度こそ本当にあいつにあわせる顔がねえ!!
「副会長、副会長」
「……!!」
会計さんに睨みをきかせていると、幼い声と同時に体がガクンと前のめりになった。そして、その視線のすぐ先には、いつの間にか俺の机の上に土足で上がって、俺のネクタイを引っ張るぬいぐるみのような体型……というか体長の生命体がいた。いわずもがな生徒会のマスコットキャラ、だわさ先輩である。相変わらず、その幼児体型に似つかわしくないほど真剣そのものといった難しい顔をしている。
「何するんですか、だわさ先輩?」
「書記は副会長のことを嫌いになっていないだわさ。あれはちょっとご機嫌ななめになってるだけだわさ。その原因は副会長にある気がするだわさ。だから、副会長が書記のご機嫌を取るだわさ」
「親切丁寧なアドバイスどうも……」
そんなことあんたに言われなくても分かってるよ。でもな、ご機嫌とろうにもコンタクトが取れねえんだよ!! 今日一日避けられっぱなしだったんだよ!!
「服部君」
「今度は会長ですか……」
会長は俺の背後に回って両肩をがっしりと掴み、完全に動きを封じた。もう動くどころか立つことさえできない状況だ。仕方ない、この人の話もどうせロクなもんじゃないだろうけど、聞くしかないか。
「何ですか、会長?」
「安心なさい。あなた達に何があったのか、それを深く問い詰めるつもりはなくてよ。そんなこと、あたくしには関係のないことですし、興味もないから。でもね、あなた達の間に生まれたギスギスした空気を、あたくしの周りにばらまくのはやめてちょうだい。あなた達にそんな風にされると、何だかイライラするのよ。はっきり、言ってしまえば迷惑でしてよ。お分かり?」
「はあ……」
あれ……? 何だろう? 台詞だけ見れば、ひどく刺々しいというか、冷たいことを言われてるのに、会長の口調がどこか温かいせいなのか、冷たさどころか優しささえ感じる。
「分かったのなら、さっさと記野崎君のところへ行って、仲直りしてきなさい」
突き放すようにそう言った会長は、俺の肩をそっと放してくれた。
そして、体が自由になった俺が立ち上がり、そっと後ろを向くと、そこには少し照れくさそうに優しげな笑みを浮かべた会長がいた。その笑顔を見て全てが分かった。
この人はこの人なりに俺たちのことを心配してくれて、仲直りをさせようとしてくれてるんだ。でも、いっつもバカなことばっかり言って俺たちを困らせてる自分が、急に後輩思いの優しい先輩みたいな真面目なことを言うなんて、ガラじゃないって思ったんだろう。だから、照れくさくてあんな風に中途半端にきつい言葉を言っちまったんだ。
いや、会長だけじゃない。会計さんも何があったのかを深く聞こうとしなかったし、だわさ先輩もどこかあいまいな言い方しかしなかった。二人とも、深く突っ込んだら俺と記野崎が困ったことになると思って、気を使ってくれたんだ。
そして、そんなややこしい事情を抱えた後輩なんて放っておきゃいいのに、この人たちときたら何とか助けてやろうとしてくれてる……全く、ありがたい話じゃねえか。ありがたくて涙が出そうになるよ。
「すまない、服部君……」
「どうしたんですか、会計さん」
「何とか君達がすんなり仲直り出来る方法を考えてみたんだけど……」
「ああ……いいアイデアが出なかったんですね。いいですよ、そんなの」
「すまない。いくら考えても、出てくるのは裸の美少女ばかりで……」
よし、分かった。あんたもう何も考えるな。ていうか、もう喋るな。せっかくよくなりかけたあんたのイメージが、今の一言で元に戻っちまったよ!!
「ごめんだわさ、副会長。あちきもアンパンマンしか出てこないだわさ」
あんたも家帰って思う存分アンパンマン見てろ、クソガキ!!
いやでも、助けてくれようと思ってくれたというところだけは評価してやろう。ていうか、いくらこの人たちにいいアイデアを出してもらっても、記野崎に逃げられちゃそれを実行に移せるわけないし……
「服部君。もう一度あなたに言ってさしあげますわ」
「会長……?」
会長は、ブレザーの内ポケットから久しぶりに見る鉄扇を取り出し、その切っ先を俺の眼前に突きつけた。
「これは会長命令よ!! 拒否することも、泣き言も言い訳も許しません!! あなたは早急に記野崎君との仲を元通りにしなさい!!」
「え…………あ!!」
そうか、なるほど。会長命令というなら、四の五の言ってる場合じゃない。この権限に逆らっちゃいけないんだから。生徒会役員である俺も……そして、記野崎も。
「よろしくて?」
「はい!!」
会長。ナイスな大義名分、ありがたく頂戴いたします!!
記野崎を追いかけて、俺は生徒会室を飛び出した。少し時間は空いたが、今ならまだ走れば間に合うはず!! しかし、走って追いかけるまでもなく、記野崎は下駄箱にいた。
沈みかかった夕日が、白いタイルを真っ赤に染めていた。そのせいなのか、あるいは別の理由からなのか、暗い影を落とした記野崎の顔も少し赤くなっていたような気がした。
ていうか、こいつどうしてここに……? もしかして、俺を待ってたのか……?
まあいい。そうだとしても、そうじゃなかったとしても、記野崎と話をつけるいいチャンスだ。
俺は勇気を振り絞り、照れくさい気持ちを必死に押し殺し、飛び出しそうな心臓を抑えながら記野崎に声をかけた。
「よ、よう、記野崎。火星に行ったんじゃなかったのか?」
「あ、その……機材のトラブルでフライトは中止になりました」
「あっそ。まあ、ちょうどいいや。ちょっと話があるからさ、ツラかせよ」
「すいません、火星行きは中止になりましたけど、今度はアンドロメダ星雲まで……」
お前の惑星地球化計画はどこまで手伸ばす気だよ。コーヤコーヤ星まで行く気か? 悪いがそんな与太話にこれ以上付き合うきはないぜ。
「悪いが、記野崎。これは会長命令なんだ。お前と仲直りしろってさ」
「そ、そうですか……そういうことなら……仕方ありませんね」
さすが伝家の宝刀会長命令だ。それ以上は記野崎も妙な言い訳をしようとはせず、しぶしぶではあるが頷いてくれた。
学校を出た俺と記野崎は、歩いて五分ほどのところにある公園に場所を移した。俺が風邪を引いたときに新月と一緒に来て、ネコ耳メイドな記野崎に出会ったあの公園だ。
休みの日や平日の昼間なんかは、小さな子供が無邪気に遊び、そのお母さんたちが井戸端会議を開くその場所も、夕方の6時すぎになると訪れる利用者もガラリと変わってしまう。右を向けばベンチで語らう男女。左を向けば茂みの奥へと消え行く男女。あとは赤黒い夕闇と街灯が遊び相手を失った遊具たちを寂しく照らすばかりだ。
いくら人気がすくないからって……なんて場所にきちまったんだ。ま、まあいい。とりあえずどこかに腰を落ち着けて、ゆっくりと話し合わねば。
「なあ、記野崎……」
「な、何?」
「えと……ベンチに座ろっか?」
「うん……」
俺と記野崎は付き合いたてのカップルみたいなぎこちない会話を交わし、二人がけのベンチに腰を下ろした。
周りに人の気配はなく、ここでなら記野崎との会話を誰かに聞かれる心配もなさそうだ。けど……何を話そうか……てか、どっから切り出したらいいんだろう……と、とにかく話しかけなければ!!
「あの……ええぇっとだな……」
「……?」
ダメだ!! 何話していいか分かんない!! ていうか、何だかこの空気が恥ずかしくて記野崎の顔をまともに見れない!! 完全に場所のチョイスをミスった!!
「あの……服部君。昨日と今日のことで話があるんだけど……いい?」
「う、うん……」
俺が何も話せずにいると、記野崎の方から切り出してきた。
「えと、回りくどい言い方するのも変だから、単刀直入に言うね。自分からあんなことやっておいて、服部君を避けるような真似してごめん!!」
そう言って記野崎は髪がふり乱れるぐらいの勢いで頭を下げた。男言葉で喋るのも忘れて……記野崎翔子になって謝るなんて、こいつはこいつで気にしてたのか……
「あ、おう……別にいいよ。そのぐらい」
「本当?」
「ぐ……!!」
おい、やめろ!! 上目遣いで俺を見るな!! このアングルは可愛過ぎるから!!
「あたしのこと……嫌いになったりしない?」
「き、嫌いになるわけねえだろ、バカ!!」
思わず声を荒げた俺は記野崎の顔を直視できず、物凄い勢いで目をそらした。
いや、でもバカは余計だったかも……へこんだりしてないよな……?
チラリと記野崎の方を盗み見て……
「良かった……」
ホッと胸を撫で下ろす少女の姿に、俺も密かに心の中で胸を撫で下ろした。
て、なんで俺が記野崎にこんなにも気を使わなきゃいけないんだよ!! もう、ダメだ、ダメだ!! こんなんじゃダメだ!!
「なあ、記野崎!! 恥ずかしいっていうお前の気持ちも分かるけど、俺達がこんなんじゃ周りにも気を使わせちまうし、俺もなんていうか……ちょっと困るし……だから、明日からなるべく今までどおり接してくれないか?」
「え……あ、うん……分かった。服部君がそうして欲しいなら、そうするね」
「……!!」
そこでなぜ俺の手を握る!? ていうか、何だその乙女チックな台詞は!? いや、本当は女の子だから、そういう台詞が出てきてもおかしくはないんだろうけど……お前ってそんなキャラだったっけ!? 何か違くない!?
記野崎の豹変ぶりに、ドキドキ通りこして違和感と恐怖にも似た感覚がするが……まあ、いい。とにかくこれで、会長命令の「記野崎と仲直りせよ」というミッションは達成できた。残る問題はあと一つ、か……
「じゃ、じゃあ、あたしもう帰るね……」
「待ってくれ!!」
俺の手をそっと放し、ぎこちない動きで立ち上がろうとした記野崎の手を、今度は俺のほうから強く握った。
「まだ、お前に話があるんだ。いや、話というか頼みなんだが……」
「頼み……?」
「ああ。こんな時にこんなことを頼むのは、何か変な感じになっちまうかもしんないし、デリカシーがないような気もするし……何より卑怯な気がして嫌だったんだけど……やっぱり、そんなこと言ってる場合じゃないと思うんだ。だから……」
「な、何……?」
「俺も回りくどい言い方はしない。単刀直入に言うわ」
俺は射抜かんばかりに記野崎の大きな目を見据え、その言葉を口にした。
「記野崎、俺と付き合ってくれ」
「…………」
すっかり日は落ち、街燈の薄明かりに照らされた記野崎の白い顔が、見る見るうちに赤くなった。いや、俺も人のことは言えないだろう。たぶん俺も、記野崎と同じか、あるいはそれ以上に顔を赤らめているだろうからな。
「あ、あの、服部君……つつつ、付き合ってほしいって……どこへ……?」
「おい、そんなとぼけかたはねえだろ!! だったら、もっとはっきり言ってやろうか!? 俺の恋人になってくれ!! な!?」
「……!!」
「……」
「……」
マネキンのようにカチコチに固まるばかりで、記野崎は返事をしなかった。俺からこんなことを言われたんだ。戸惑うのも無理はない。
でも、ゆっくり考えてもらう時間もないんだ。俺はすぐにでも返事が聞きたい……いや、聞かなければならなかった。それもOKの返事を。
「ダメ……なのか?」
「え、あ、いや……」
「この通りだ、記野崎!! 頼む!!」
俺は地面に頭をこすりつけ、戸惑いの色を隠せずにいる記野崎に懇願した。
こんな格好悪いことしたくなかったが、こんなことしたって記野崎を困らせるだけだって分かっていたが、おつむがあまりよろしくない俺には、他にどうしていいか分からなかった。
「や、やめて、服部君!! そんなことしなくていいから!! あたし別に嫌じゃないから!!」
「え、てことは……いいのか!?」
「まあ……その……服部君があたしでよければ……」
「本当に!? ありがとう記野崎!!」
「キャ!」
「あ、悪い……」
感極まって、思わず記野崎に抱きついてしまった。
「本当悪い……つい……」
「ううん、別にいいよ……」
俺たちは慌てて離れ、頭をポリポリかいたり、身をもじもじさせたりした。やっぱり、恋人になることを引き受けてくれたといっても、こんなスキンシップをするのはちょっと恥ずかしいな……でも、こいつを俺の家族に紹介する日のために、そんなことは言ってられない。
「あの、服部君……なんていうかその……どうしてあたしが良かったの?」
「そりゃ、俺が好きになるとしたら、お前ぐらいしかいないからだよ」
「……!! そ、そっか……あたししかいないんだ……なんというか……ありがと」
「お、おう……」
あれ? 何でお礼を言われたんだ?
「で、でも、急にこんなこと言われたから、あたしビックリしちゃったよ」
「ああ、俺もビックリしているよ……なんせ、昨日あんなことがあったんだからな……」
「昨日……あ、ああ、昨日のことね。うん……まあでも、あたし的には良かったかな……災い転じて福となす、って感じで」
「はぁ!? お前、何言ってくれてんの!?」
他人事な記野崎の無神経な発言に、俺は思わず声を荒げてしまった。
「え、何が?」
「何が、じゃねえよ!! 全然福なんてねえよ!! 災いがさらなる災いを呼び、服部家が家庭崩壊のピンチなんだよ!!」
「え!? え!? 家庭崩壊!?」
「そうだよ!! そしてそのピンチを救えるのはお前しかいねえんだよ!!」
「え、あの、ちょ……あの、ちょっとゴメン!! ほんとに話が見えないんだけど!! ちゃんとあたしにも分かるように説明してくれる!?」
「え……あ、そっか。まだお前には事情を話してなかったんだな。よし、話せば長くなるが、聞いてくれるか?」
「う、うん……嫌な予感しかしないけど……聞くね」
俺は狼狽する記野崎に、昨日家に帰ってから起きた出来事を話すことにした。
青春の甘い思い出に心を弾ませて、スキップしながら家に帰ると、リビングで異様な光景を目にした。
ソファに座り、一枚のプリントを恐ろしい形相で見つめる親父。ストライプが入った黒いスーツに白いYシャツ、そして青いネクタイと仕事着のままだ。着替えることはおろかネクタイを緩めることすら忘れているなんて……よほどショックなことでもあったのか?
その横で正座をしてがっくりとうなだれる亜里沙。長いツインテールの黒髪がフローリングの床につき、目には大粒の涙が溜まっていた。こちらも、セーラー服に黒いニーソックスと、学校から帰ってきたままの姿のようだ。と、いってもこいつの場合は中学の制服が気に入っていて、風呂に入るまでは着替えたりしないんだけどな。
親父の後ろには、心配そうにオロオロする母さんがいた。センター分けにした黒いロングヘアー。お玉を片手にエプロン姿で立っているところを見ると、晩飯の支度をしているときに親父の怒鳴り声を聞きつけて、すっ飛んできたってところか? 四十代なのに二十代でも通りそうな肌の艶と綺麗な顔立ちが暗い影を落としている。その顔が、言葉を語らずに物語ってる。重大な事件が起きてしまったことを……どうしてこんなことになってしまったのだろう、と……
そして俺の足元で、勝手に俺のカバンからビスケットを漁り、満面の笑みでむさぼり食うワン子とニャン子。いつもの通り茶色と黒の忍び装束で身を固め、忍者のコスプレをした幼児にしか見えないが、その犬耳とネコ耳が物語ってる。僕たち、拙者たちは犬猫です、と……
いや、最期のちびっ子アニマルどもはどうでもいいとして、親父たちのこの構図はなんだ? まあ、亜里沙が何かやらかして怒られてるっていうのは分かるんだけど……親父は亜里沙に甘く、よっぽどのことがない限り叱ったり、まして正座なんて絶対させないはずなのに……一体何をやったっていうんだ?
亜里沙も亜里沙だ。親父に怒られたときは、いつも俺に助けを求めにきたのに、今はひたすら自分の膝を見つめるだけで微動だにしようとしない。一体どうしたというんだ?
まあ、考えても分かるはずもないし、親父に聞いてみるか。
「お、親父……ただいま~」
「うむ……」
親父の声のトーンが重い……怒っているというより、へこんでいる感じがするんだけど。
「あの……親父?」
「何だ……」
「どうしたの、これ? 亜里沙の私物から妹もののエロゲーでも見つかった?」
「いや、それよりも事態は深刻だ……そして、その責任の一端はお前にある……」
「え、俺!?」
「ああ……これを見ろ」
そう言って親父は、自分が持っていたプリントを俺に突きつけてきた。まるで「お前も見ろ!! そして私と同じ苦しみを分かち合え!!」と言わんばかりに……
「何これ?」
「これは亜里沙の進路希望調査票だ」
「進路……ああ」
なるほど。大体読めたぞ。
普段の痛々しい言動から想像もできないが、亜里沙は俺と違っておつむの出来が良く、その気になったらかなり高いレベルの高校に行けるはずだ。でも、こいつは甘えん坊で、いつも俺の行くところ行くところに着いてきたがる。だから、たぶん俺と同じ高校に行きたい、とか言って親父たちを困らせたんだろう。
ビックリさせやがって……俺はてっきり亜里沙が万引きでもしたのかと思ったじゃねえか。いやでも……親父たちにすりゃ、これはこれで結構な大問題なんだよな。亜里沙の頭が良い分、過剰に期待をしてるとこがあるし。
そして、親父の言うとおり、この問題の責任の一端は俺にある。俺が亜里沙を甘やかしすぎたせいで、こいつをちょっとしたブラコンにしちまったんだ。だから、俺がこいつに言ってやらなきゃ。少し寂しいが、俺の後をついてくるのはもうやめろ、と。兄として、こいつの将来のためにも。そう、こいつは俺なんかより、ずっと出来た子なんだから……
そう思って親父から受け取った亜里沙の進路希望調査票に目を通した。
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第一希望:お兄ちゃんのお嫁さん♪
第二希望:お兄ちゃんの妻♪
第三希望:お兄ちゃん結婚しよ♪
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はい、前言撤回しまーす!! これのどこが出来た子!? 完全に頭のおかしい子のいたずらだよね!? ていうかこれ、ちょっとしたブラコンってレベルじゃねえぞ!! そうとうヤバイよ!! 痛々しいにもほどがあるだろ!! しかもこれ、言葉変えてるだけで三つとも同じ意味だよな!? 三つ目にいたっては希望ですらねえよ!! 完全に俺へのプロポーズになってるよ!! なに「ヨスガろう?」みたいな軽いノリでとんでもねえこと言ってくれてんだよ!!
ていうか、さすがにこれは俺の手には負えないぞ……これはもう親父にビシっと……
「じゃ、そういうことなんで、後は頼む」
「親父!? おい、ちょ……」
親父は自分の手にも負えないと思ったのか、すたこらさっさと書斎に逃げ込み内側から鍵をかけた。
「じゃあ、お母さんも買い物があるから……長君、あとはよろしくね」
「え、母さ……」
後ろでオロオロしていた母さんも、買い物と言いつつ買い物かごを持たず、行っちまった……というか、逃げやがった。
おい、こういう時って普通は大人が子供に言い聞かせるもんじゃないのかよ。何で俺に丸投げしていくんだよ。どうなってんだよ、うちの変態は……
「せ、拙者はビスケットがおいしいので助けてあげられないニャ」
「ごめんなさいでしゅ」
「…………」
いや、悪いがお前らちびっ子アニマルどもなんかには、はなから期待なんてしちゃいねえよ。もういいから、大人しくあっちでビスケットほうばってろ。
仕方ない……俺が何とかするしかないのか……
「さて、と。おい、亜里沙。もう正座はいいから、そこに座れ」
「…………」
亜里沙は無言で立ち上がると、俺が指差したソファに座った。俺は、ガラス製のコーヒーテーブルを挟んで亜里沙と向かい合うように、その正面のソファに腰を下ろした。
「単刀直入に言おう。亜里沙……さすがにこれはダメだ」
「何で!? お兄ちゃんだけはアリサの味方をしてくれると思ったのに!!」
まず、その発想をこの世から跡形もなく消し去ってくれ。そして外では絶対に口に出さないでくれ。俺まで変な目で見られるから!!
「あのな、亜里沙。兄弟で結婚なんてできるわけねえだろ」
「どうして!? アリサはお兄ちゃんのこと大好きだよ!! お兄ちゃんだってアリサのこと好きでしょ!?」
「うん。でも、お前が思ってる好きと、俺が思ってる好きは違うものだから」
「好きって気持ちに変わりはないよ!!」
「意味合いが変わってくるんだよ、恋愛と家族愛じゃ!! 似て非なる物なんだよ!!」
「もう!! どう言ったら分かってもらえるの!?」
その言葉、そっくりそのままお前に返すよ!!
「は……!! もしかして、お兄ちゃん……恋人がいるの!?」
「お前そんな…………」
いや、待てよ……俺に恋人がいるってなったら、こいつもこのアブノーマルな恋に諦めがつくかもしれない。そうなりゃ普通の恋愛をする普通の少女に戻ってくれるかもしれない。となればここはウソも方便だ。
「亜里沙、実は俺には恋人がいるんだ」
「やっぱり!! お兄ちゃん格好いいもんね……」
「お、おう! まあな!」
「きっと高校ではモテモテで、いつも女の子たちに取り囲まれてるんでしょ?」
「よ、良く分かってんじゃん……」
「下駄箱もラブレターで一杯なんでしょ?」
「ほ、本当困っちゃうな……はは…………」
「それでアリサの知らないところで、他の女の子に言い寄られて付き合うことになったんだ」
「うん、まあ…………そんな感じ……かな……」
もうやめてくれ!! もう許してくれ!! いくら身内びいきの褒め言葉でも、そこまで言われたら逆に辛いんだよ!! 現実とのギャップがあり過ぎて辛いんだよ!!
「ねえ、お兄ちゃん。その人ってどんな人?」
「え、えと……その……」
その人ってどの人だよ。俺にそんな人いねえよ。これ以上俺を追い詰めるなよ。
だが、あとに引くわけにはいかない……ここはこのウソを突き通す!!
「その人は清楚で可憐でお上品なお嬢様みたいな人だ」
「ア、アリサよりも可愛い?」
「ああ、もちろんだ。全然、比べ物にならないぐらい可愛いよ。可愛いという言葉はあいつのためにあると言っても過言ではないぐらいだ」
「……!!」
俺が架空の恋人を大げさなまでにこれでもかと褒めたたえると、亜里沙は唇を固く結び、うつむいて肩を震わせ始めた。目には薄っすらと涙を浮かべて……
ちょっと言い過ぎたか? いやでもこのぐらいがちょうどいい。その方がこいつだって綺麗さっぱり諦めがつくというもの……
「お兄ちゃん……」
亜里沙は泣きたい気持ちをグッとかみ殺し、涙で濡れる顔をゆっくりと上げた。そして震える声で俺にこう言った。
「今度、その人に会わせて……その人がアリサより可愛かったら、諦めるから……」
「……!!」
そう来たか……こうなったらもう誰かに俺の恋人のふりをしてもらうしかない。幸い、ウチの学校は女子生徒のレベルが結構高く、美人はたくさんいる……けど、問題は俺がさっき口走った「清楚で可憐でお上品なお嬢様みたいな人」というわけの分からん条件にあう人物がいるか否かだ……
会長:見た目はお嬢様っぽいが、喋れば三分でウソがばれる。
鏡先輩:お上品や清楚とは対極に位置するキャラだから無理。
芝井先輩:演劇部の部長だし、そういう演技をしてくれたらばれないだろうけど、いつの間にか亜里沙が米軍兵士にすり替わる可能性がある。
百合根先輩:演劇部だし、演技はばれないだろうけど、亜里沙が別のアブノーマルな性癖に目覚める可能性がある。
スーちゃん:優しいし空気を読める子だから、引き受けてくれるかもしれないけど……ちょっと天然なところがあるから、たぶんボロが出る。
野島:パロスペシャル。
だわさ先輩:なんぞこれ?
うちの女子生徒はロクな人間がいねえな、おい……こんなのに頼むわけにはいかねえ。ていうか、頼んだところで、絶対ウソがばれるに決まってるんだから。仕方ない、ここはなんとかごまかそう。
「あー……いや、まあ、なんだ。会わせてやってもいいんだが、会ったところで何も変わんねえよ」
「何で!? ねえ、どうして!?」
「そ、それは……」
「それは?」
「それは俺の恋人が男だからだよ!!」
「ええぇぇ!?」
「だから、女のお前は恋愛対象外なの!! 分かった!?」
「何ですとおぉ!?」
本当、なに言っちゃってんだろ、俺……
いや、待てよ……これはこれでありじゃないか。だって、俺がゲイだということになれば、こいつに付け入る隙は微塵もない。もう諦めるしかないんだ。ろくでもない女たちに恋人のふりをしてもらうより、よっぽど効果的だろう。
と、思ったんだが……実際は逆効果だった。
「そんなの絶対ダメ!! 男の子なのに、男の子を好きになるなんて変だよ!! アリサがお兄ちゃんを元に戻すの!! お兄ちゃんは女の子が好きな普通の男の子になるの!!」
駄々っ子のように手足をバタバタさせながらわめき散らした亜里沙は、動きを止め、俺を睨みつけるように見つめた。どうやらこいつの中で固い決意をさせてしまったらしい。
「お兄ちゃんはアリサのことだけを好きになる、普通のお兄ちゃんになるの!!」
いや、それ普通じゃねえだろ!! それはそれでアブノーマルだろ!!
「お兄ちゃん!!」
「な、なに……?」
「今度その人に会わせて!! アリサが説得して、お兄ちゃんとは別れてもらうから!!」
「えぇ……」
「えぇ、じゃない!!」
くそ、こうなったらタカあたりをエロ本で買収して、俺の恋人役にして、逆に亜里沙を説得して……
「で、その人はなんて名前なの!?」
「それは……」
「少なくともタカさんたちじゃないよね。だって、あの人たちは清楚じゃないし可憐でもないし、何よりお下品だもんね」
「う……!!」
しまったぁ……余計なこと言うんじゃなかった。ていうか、お前も余計な推理力働かせてんじゃねえよ。なんだその犯罪者を取り調べる時の刑事のような鋭い目は? 親父じゃあるまいし、そんな目をするな。
「ねえ、誰なの? その清楚で可憐でお上品なお嬢様みたいな男の子って?」
お前そんなの……俺の知り合いには一人しか思い当たる奴いねえよ……
「で、お前の名前を出しちまったってわけなんだ……本当、事後承諾みたいな形になって悪い。て、あれ? 記野崎?」
いつのまにか記野崎は、膝から崩れ落ちて両手を地面につきがっくりとうなだれていた。ちょうど、OTLである。
「じゃあ何? さっき服部君が言った恋人になってほしいっていうのは……恋人のふりをしてほしいってこと?」
「うん、まあそういうことだ」
「しかも男の子の?」
「うん……まあ……」
「じゃあ好きになるのはあたししかいないっていうのも、男子の中じゃあたししかいないっていう意味?」
「うんっと……まあ、そうなるね……」
「なにそれ……」
「え、あの、記野崎君……?」
「なによそれええぇぇ~!! もう信じらんない!! 次回予告のあおりは何だったの!? 前半のシリアスな流れは何だったの!? あんなの完全にあたしとあんたの恋物語の前兆だったじゃん!! みんなそう思ったよ!? あたしもそう思ったよ!? なのに、何でそこで妹とか出てくんの!? もうマジで意味分かんない!! あたしと読者の期待を返せ、バカアァ!! ていうか、服部君も服部君よ!! 何でこんな時にそんなこと頼むの!? 一体どういう神経してんのよ、あんた!!」
「いや、だから言ったじゃん!! こんな時にこんなこと頼んだら、変な感じになるかもしれないし、デリカシーにかけてるかもしんないけどって!!」
「だけどさ~……もうさ~……本当空気読んでよ、服部く~ん……」
「いや、分かる!! お前の言いたいことも気持ちも、重々分かってるつもりだよ!? でも、その問題はちょっとおいといて、服部家のピンチを救ってはくれないだろうか!? 俺の家、今マジでやばいんだって!! 妹だけじゃなくて、家族全員おかしなことになってんだよ!! 親父は狩りに出かけるとか言ってモンハンやり始めたし、母さんは酒びたりになって家事をしなくなったし、犬猫はハローワークに行ってつまみだされるし!! 仕方ねえから俺が母さんの代わりに家事をやって、学校に行く前に親父に変装して警視庁に行って、本部のコンピューターに不正アクセスして親父が潜入工作でしばらく登庁できないってことにしたんだよ!! でも、こんな007みたいな裏工作いつまでも続けるわけにはいかないんだよ!! これが警察のお偉方にばれたら親父はクビになり、俺の一家はバラバラになっちまうかもしれないんだ!! だから、早く何とかしないといけないんだよ!!」
「マジで……? 何か想像以上にとんでもないことになってるのね……」
「まあな……それだけ、あの両親は亜里沙に期待してたから余計にショックだったんだろう……」
「はぁ……仕方ないですね」
記野崎はため息をつきながら立ち上がり、やれやれといった表情で服についた埃を払った。
「そういうことなら、僕が全力で何とかしてみせます」
「え……頼んでおいてこんなこと言うのは何だけど……いいのか?」
ぶっちゃけ、もっと怒るんじゃないか……いや、ブチぎれて半殺しにされることも覚悟していただけに、記野崎が素直に協力を申し出てくれたのは意外だった。
けど、記野崎は記野崎翔子じゃなく、いつもの記野崎翔太の顔で俺に言った。
「ええ、いいですよ。でも、勘違いしないで下さいね。これは服部君の妹さんのためにやるんじゃありません。服部君のためにやってあげるんです」
「お、おま……ふ、普通、逆だろ。何ストレートに言ってくれてんだよ」
「フフ……別にいいでしょ?」
「そ、そうだけど……」
何故かは分からないが、記野崎の中で何かがふっきれてしまったらしい。まあ、昨日のアレと今のぶっちゃけすぎな台詞で、もう告ったも同然だからな……自分の気持ちを吐き出して、スッキリしたんだろう。憑き物が落ちたようなこいつの顔を見れば、それぐらいのことは分かった。
けどね、記野崎君。やられた俺としてはあまりスッキリできないよ。果てしなくドッキリしたよ。そして服部家がこんな状態の今、素直に喜べない……
あ、もしかして……こいつはそんな俺の気持ちを汲み取って、早くこの問題を解決してやろうと、協力を申し出たのか。そうなのか、記野崎!? お前、そこまで俺のことを思ってくれて……
“パキポキ、ポキパキ”
あれ、記野崎君? 何で拳志郎みたいな顔で拳を鳴らしているの?
“シュ!! シュ、シュ!!”
あれ? 何で唐突にシャドーボクシングなんか始めたの?
「それじゃ、服部君の妹をここに呼んでください。僕が二、三発ぶん殴って言うこと聞かせます」
らめええぇぇ!! こいつ俺のことを思ってたわけじゃなかったわ!! ただ純粋にブチギレてただけだわ!! そしてその怒りの矛先を亜里沙にぶつけようとしてるだけだ!!
「ごめん、記野崎君。できれば、もっと別の方法にして」
「別の方法ですか……じゃあ、発想を180度変えてみましょう」
「というと?」
「まず、服部君の妹のはらわたを取り出し……」
「まず、そのステップでアウトだわ!! それ以降ないわ!! あと、それ180度変わってない!! 方向性はそのままに勢いを180%追加しただけ!! ていうか、イライラしてるのは分かるんだけど、もっと別な方法にして!! 誰も傷つかず、誰も血を流さない、平和的解決方法を!!」
「平和的ねぇ…………あ、そうだ! いいこと思いつきましたよ、服部君」
「いいこと……ねぇ……」
そのテレビドラマの悪役が悪巧みをする時のような顔を見る限り、あまりいいこととは思えないが……まあ、こいつに頼んだ以上、こいつの言ういいことに賭けてみるしかないか……果たして鬼が出るか蛇が出るか……後半に続く。
次回予告……
今回はじけ切れなかった分、次回は思い切りスパーキングします。長輔の隠し子が……
次回の更新は今月中にはしたいけど、もしかしたら来月になっちゃうかもです。お楽しみに。
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