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Trick.or.Treat 作者:風雅雪夜
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賢者と夢喰いの魔女

初夢といえば夢。夢に関連したそんなお話。賢者様は、夢を食べると言われる魔女と戦います。季節は思いきり無視です。この話では、夏です。
 深い森の奥に、小さいながらもしっかりと存在感のある家が建っていた。そこには女の占い師がいて、来た者を占ってくれるそうだ。特に彼女は夢占いが大好きで得意で、夢からその者の運勢を見れば百発百中だという。そこの建物は、なんといったかなぁ。あぁ、そうそう。夢館ユメヤカタ、ホーンテッド・ドリームズ。貴方も夢を見たなら、行ってみるといい。彼女はいつでも快く迎えてくれるよ。



 控えめなノックの音がする。
 家主は相手を確かめることなく、ドアを開ける。
「いらっしゃいませ、お客様」
 家主の女は微笑みながら客人の少女を招き入れた。
「さて、本日はどのようなご用件で?」
 向かいに座らせた少女の目を見て問う。
「あの、私…どうしても次の演劇で主役になりたいです!どうしたらなれますか?」
 彼女は言った。
「成る程。では、貴女が昨夜見た夢をお聞かせください。そこから占いましょう」
 夢の話を聞き終わると占い師はゆっくりと口を開く。
「誠に残念なことですが、貴女は主役になることは出来ません。夢が貴女と他の方の求める像がずれているためその夢を見たのです」
「そんな…」
「しかし、その夢は時として、思わぬ未来を引き寄せることになるでしょう。それがなんなのかは私にはわかりませんが」
 少女はなんとも言えない顔だった。
「占いは以上です」
 占い師は告げた。その少女は代金を払って帰ったが、その数週間後、主役の女の子が風邪を引き、彼女がその代役として主役をやったそうだ。まぁ、結果彼女の願いは叶ったのだ。
「あまり、食べられそうなものではありませんでしたね」
 彼女は言う。
 足下に彼女のペットがすりよってくる。
「貴方は呑気ですねぇ」
 ペットの小さな貘を抱き上げた。
「次のお客様はいつくるのでしょうね」
 小さな貘はその言葉を聞き、眠りについた。



 とある夏の終わりの日、二人の魔女は畑の野菜を収穫していた。
「やっと涼しくなったわね」
「ええ。あの猛暑も昼間だけになりましたね。朝と夜が寒いですね。こういうときに風邪を引きますから、注意してくださいよ、エレナ」
「お母さんなの?お母さんなの、アイラ?」
「さ、この暖かいうちに収穫しておきましょう。秋冬に備えてやることが多いのですからね」
「アイラ…だいぶエンジョイしてるわね…」
「農業も楽しいですよ。科学のように条件を変えることによって味が変わりますからね。実験は楽しいですよ。しかし、貴女の水やりをさぼったトマトがとても甘かったのが腹立たしい。あんなに愛情を注いだのに…」
 農業にどっぷりとはまったアイラ。彼女はルカを誘拐し、さらに賢者の魔力を奪い賢者になろうとした貴族令嬢だ。しかし、今の彼女は本当に心を入れ換えたようで、人を駒として使わず、共に物事をなそうとする協調性を身につけた。
 人は変わるものである。しかし、相棒のエレナはわがままばかりで、アイラに言われて渋々やっている。彼女はまだ変わりそうに無さそうだ。
「まったく、貴女という人は…」
 肩を落とすアイラ。
「そろそろ冬野菜を植えなくては…」
 アイラはエレナがまたごねるだろうと頭を抱えた。心配事がつきない、忙しい毎日だ。



 リナーリアは自分の手下の悪魔・ウェパルとティータイムだった。
「そういえばなんですが、先日契約が完了した私の手下の下級悪魔が人間界で変な人を見たと言ってましたよ」
「変な人?」
 悪魔の変な人って何を指すのだろう。魔界と人間界では少し感覚がずれているから、リナーリアは考えた。
「えっと、リナーリア様。我々の基準は人間界よりですよ」
「!」
 なぜわかったのだろう。
「全部声に出てました」
「…」
 なん、だと。
 苦笑してから、ウェパルは話し出した。
「なんでも、無気力な人を見たと言うんです。ただ、無気力なだけでは、と聞き返したらですね、その子、その人間に聞いたんですよ。そしたら、この世界に夢も希望もないって言われたらしく、その人間を調べて見たんですって」
「そうとう気になったんだね。直接聞くって…」
「ええ。で、調べてみたら、その人間には、ピアノの素晴らしい才能があって、コンサートとかで弾いてそれで収入をがっぽり得ていて、薔薇色の暮らしなんですよ」
「えー」
「近々、結婚する予定だったんですけど、悪夢を見るようになって医者に通ってたんですって」
「そうとう精神に来てるね」
「で、あるとき夢館って言う夢占いの占い師のところに行ったんですって。そしたら、あんな感じになってしまった、って話です」
「夢館で嫌な診断でもされたのかな」
「その子、その夢館も調べたみたいですよ」
「調べるの好きだね、その子」
「好奇心の強い子なんですよ。夢館の主人がどうやら魔女のようで、何か怪しげな術を他の患者にもかけていたのを見てしまったんですって」
「怪しげな術…」
「そうすると、皆、無気力になってしまうんです」
 不思議な話だ。ルカに相談してみよう。そう思い、リナーリアはすぐに手紙を書いた。

「ルカー、いるかー?」
「いないわよ」
「セーレ、用事?」
 セーレがルカの家を訪ねてきた。あいにくルカは居なかったが、ノアールとマミが留守番をしていた。
「リナーリアから手紙。至急届けるようにって」
「リナーリアは貴方の主でしょ?リナーリア様って呼ぶべきなんじゃないの?」
「なんか様付けで呼んだら、なしでいいって言われてよ。屋敷で他のやつみたいに働かなくていいとも言われてよ。自由にしてていいって」
 リナーリアはセーレの生活を壊したくなかった。ルカを助けるために仲間と戦う姿を見て、他の悪魔たちのように仕えなくていいと言ったのだ。
「まぁ、貴方は彼女にとってちょっと特別な存在だからねー」
「どういう意味だ、ノアール」
 リナーリアに勇気を与えたのがセーレなのだ。ノアールは人間たちと長い間暮らしてきて、心を見抜く目を養ってきた。だから、些細な変化でも視線でも、わかってしまうのだ。
「よくわからねーけど、ルカは?」
「グレンの、家」
「二人で研究してるわ」
「そっか。ありがとな」
セーレは飛んだ。
「鈍感ねぇ」
「?」
「マミにはもうちょっとしたら、わかるようになるわ」
 首をかしげるマミにノアールは言った。

「あ、セーレ」
「よぉ」
「どうしたの、セーレ?」
「ルカに手紙だ。リナーリアから、至急のな」
「至急?なんだろ」
 開けて読んでみる。
 リナーリアが先程ウェパルから聞いた話が書いてあった。
「気になる話…」
「リナーリアがルカの意見を聞きたいって」
 考えるルカ。
「…夢館の魔女…悪夢…無気力…夢も希望もない…」
 夢と魔女。あるいは魔法。悪夢を見せる魔法はあるが、夢も希望もなくすような魔法があるだろうか。基本的な魔法は全て知っている。特殊な高度魔法なのか。
「もし、これが魔法の仕業なら、私たちの知らない特殊な高度魔法なのかもしれない。人間界に行って確かめないと」
「でも、ルカ。君の夢が無くなっちゃったら…」
「少し調べるだけだよ、グレン。心配しないで」
 よしよし、とグレンに安心させて、セーレと一緒にルカはリナーリアの屋敷へ行った。

「リナーリア」
「賢者様。お手紙読んでいただいて光栄です」
 ぺこりとお辞儀をするリナーリア。
「固いよ、リナーリア。私たちは友達なんだから」
「はい」
 リナーリアとルカはこの現象をどう調べるかを話し合った。
「精神系だったら、ダンタリオンが適役だと思います。彼を中心として、あとはガープを補佐にして…」
「成る程、精神系の悪魔達を中心にするのね。あとはなんでも知ってる悪魔がいればいいんだけど…」
「それなら…」
 話し合って悪魔のチームが出来た。
「でも、後は彼らがちゃんと従ってくれればいいんですけど…」
「ダンタリオンさんは喜んでやってくれそうだけどね」
「呼んで話をしてみましょう」
 リナーリアは悪魔を呼んだ。
「お前が新たな王か」
「随分と幼いのぅ」
「我々を呼び出すということはどういうことか分かっておるのだろうなぁ」
「やめてください!姫を愚弄するものは私が赦しません!」
「ダンタリオン…貴様、誰に物を言っている」
「…」
「ガープ、彼女は俺達の王だ。王の前で言い争いをするなよ。位がどうとかそんなことを言うなよ。今はお前の力が必要なんだ。協力してくれ。頼む」
「セーレ…。お主の言うことだ。仕方ないのう」
 悪魔達はリナーリアの話を静かに聞いた。ガープは不満がっていた。
「王の私がダンタリオンの補佐とは解せぬ」
「姫様が決めたことです。ガープ様。よろしくお願いします」
「面白くないが協力してやろう」
 なんとか皆、協力してくれることになった。
「バアルとウァサゴとグシオンはルカさんの質問に答えてください」
「分かった」
「何が聞きたい」
「人を無気力にする魔法というのは、存在しますか?」
「?賢者、お前は知らないのか?あるに決まっている」
 バアルの口から答えが出た。
「魔法とは呪術。相手を呪うことから始まったのだ。古の魔法にはその様な魔法がいくらでもあった」
「今は禁止されたり廃れたりしてなくなっていますね。根源が失われるのは魔法としてどうでしょうか」
 ウァサゴは言う。
「今でも、秘密裏に伝わっているその様な魔法はありますか?」
「魔法ではないが…」
「あれは能力だろうなぁ…」
「使い方によってはそうなりますね…」
 顔を見合わせる悪魔達。
「能力?」
「夢喰いの一族に伝わる秘術、否、能力か…」
「夢喰いの一族…」
「夢喰いの一族という悪夢を食べる一族がいるのだ。その一族に伝わる秘術は人々の悪夢を食べ、安眠をさせることを代々の仕事としているのだ」
「その一族では悪魔以外の夢を食べることを禁止しているのだ。他の夢はその者の感情や願いに繋がり、それを食べてしまえばそのように無気力になってしまうと言われている」
「夢喰いの一族に代々伝わる秘術ですから、貴女が使うことは無理ですが、覚えたいのですか?」
 三人の知恵が一致するということは夢喰いの一族が怪しいのか。夢館の女主人が夢喰いの一族なのか、調べてみる必要がありそうだ。
「私はその反対です。無気力になってしまった人々を元に戻す方法と夢館の女主人を知りたいのです」
「無気力になってしまった者達はいずれ元に戻る。あれは聞く限り、一過性の鬱のようなものだ。夢館の女主人はその通り、夢喰いの一族だ」
「夢喰いの一族は魔法の国の東部の山奥に住んでいる」
「詳しいことは彼等に聞くのが一番です」
「分かりました。ありがとうございました」
 悪魔達は役割を終え、それぞれの場所に戻って行った。
「リナーリア、私は夢喰いの一族を調べてくるよ」
「あ、はい。いってらっしゃい、ルカさん」
 ルカも動き出した。
「さて…」
 リナーリアの視線の先で睨み合いをするガープとダンタリオン。一応話は進んでいるのだが。
「(二人とも…協力してくださいね)」
 不安しかなかった。
「では、こうしましょう。願いのない者と有るものを囮に使いましょうか?」
「だから、そのように都合の良い者がいると思っているのか、貴様」
「貴方がちょっと本気を出せばそれくらいのことはで来るはずでしょう、ガープ様」
 二人か…。…いた。都合のいい条件に合致する二人がいた。しかも、身近に。
「私に心当たりがあります。その二人を使う許可をこれから頂いてきます。少し待っていてください。くれぐれも、…喧嘩して屋敷を壊さぬようにしてくださいね、二人とも」
「…はい」
「…分かりました」
 リナーリアは屋敷を出た。
「姫は怖いのう」
「今、私もそう思いました」



 ルカは夢喰いの一族の住みかに着いた。
「何用だ」
「私は賢者ルカ。貴殿方にお伺いしたいことがあり、ここへ参りました」



「ただいまです。許可も了承も取れました」
「おかえりなさいませ、姫」
「お帰りをお待ちしておりました」
 帰ってきたリナーリアを迎えるダンタリオンとガープ。知らないうちに和解したようでほっとした。
「ごめんなさい、こんなに遅くなって。夕食は食べましたか?」
「いえ、私達にとって食事は嗜好品のような物ですので必要はないのです」
「そうなのですか。夕食を食べながら話そうと思ったのですが…」
「姫、我々は決して食事ができないわけではありませんので頂きますよ」
「ガープ…。では、行きましょう」
 ダンタリオンは、ガープが従ってくれたことに満足していた。
 リナーリアは、囮として人間界で罪を償っているアイラとエレナを使おうと考え、警察署から裁判所、更には特別監視委員会にまで行って二人を使う許可をもらってきたのだ。そして、その足で人間界の二人のもとへ行き、二人から了解をもらってきたのだ。アイラが快く了解してくれたことに驚いた。本当に更正しているようで良かったが、元主のエレナは中々了解してくれなかったが、しぶしぶ了承してくれて人についての準備は整った。
「素晴らしいです、姫様!」
「我らが王ですな」
「明日から二人をこちらに呼び作戦を立てますよ」
「御意」
「承知致しました」



「まさか、こんなに早く戻ってこれるなんてねー」
「我々はお手伝いですよ。一時帰宅のようなものです。仕事が終わったらまた戻るんですよ。逃げないように」
「うっ…わかってるわよ」
 特例で一時的に魔界に戻った二人はリナーリアの屋敷の前に来ていた。ゆっくりと扉が開き、従者が現れた。
「お待ちしておりました。リナーリア様の元へご案内します」
 変わった格好をした従者は二人を案内する。
「リナーリア様、お連れしました」
「通して」
 扉を開けると中央の椅子にリナーリア、その後ろに様々な髪型をしたダンタリオン、椅子にふんぞり返って座る老人ガープが二人を待ち構えていた。
「お久しぶりですアイラさん、エレナお姉ちゃん」


 というわけで。
「行きますよ、エレナ」
「なんでノリノリなの、アイラ…」
「今が楽しくて仕方がないからです!今までできませんでしたから」
 とてもノリノリで囮を引き受けたアイラにとって、今までできなかったことができるという憧れを叶える機会だ。
『二人とも、よろしくお願いします』
『わかっています』
『我々の作戦通りに動くのじゃ』
『困ったときは私の指示通りにお願いします、アイラさん。セーレもいますから、有事の際はすぐに逃がすことも出来ますのでご安心を』
『了解』
 アイラはぐっと拳を握りしめると恍惚とした表情で一言。
「楽しくなって来ました!」
「アイラ……」
 変わってしまったアイラを見てエレナには不安しかなかったし、それが何倍にも膨れ上がった気がした。

 今日もまた誰かがここを訪れる。
 夢に迷って、夢に酔って、夢に舞って。一喜一憂するがいい。私にはもうできないのだから。皆、夢を失えばいい。大丈夫。貴方達の夢は、私が全て食べて差し上げますから。悪夢も将来の夢も、愛や平和や希望の願いも。夢や願いは私の物。それらは美味しい私のご馳走!
 今日は誰が来るのでしょう。おや、貴方は何かを感じたようですね。甘い匂い?恋愛の夢ですね。食べられるでしょうか。久々の甘い甘ーいデザートです。フフッ。

「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
「はい。いらっしゃいませ」
 二人の少女を招き入れるバク。この二人のどちらかがデザートとなる夢の持ち主だろう。久しぶりのデザートを早く食べたい衝動を抑えながら彼女は仕事を始める。
「私の好きな人がとられてしまって、奪おうとしたんですけど、それも失敗して、それから…あー、ムカつく…」
 エレナの本心だ。まだルカを…と、アイラは呆れずにはいられなかった。
「…それからたまになんですけどその時のことを夢で見るらしく…友達として何とかしてあげたくて。お願いします」
 アイラはバクに言った。
「辛いですか?」
「辛いというか、ムカついて仕方ないわ。殺してやりたいくらいよ。惚れ薬があるのなら使いたいわ。そして、あの子の記憶を消してやる」
 その言葉を聞いた者は驚いたが、ルカの危険を感じた。ルカを守ればいいのか、それとも、エレナの方の思いと記憶を消した方がいいのか。相当強い嫉妬の思いだ。
「…で、では、催眠療法ということで、少し落ち着きましょう。イライラするのはよくないですから」
「…はい」
 本当にイラついた声で答えるエレナ。
「貴女は?願いとか夢とかは?見ますよ?」
「私の夢はありません。砕かれました。けれど、後悔はしていません。なので、必要ありません」
「そうですか。失礼。では、奥の部屋の方で準備をしてきますので少々お待ちを」
 食事の準備だ。
『なかなかいい感じでしょう?』
『バッチリです。流石元悪女』
『リナーリア、後で怒ってもいいですか。いや、怒りますよ』
『悪女なのは元からよ、リン』
『エレナ!』
『これからが本番ですよ二人とも』
『わかっています』
「準備が出来ましたよ、どうぞ」
 小さな礼拝堂のようなモスクのような感じのする部屋だ。中央にはリクライニング式の椅子がある。歯科医院のようなものだ。
「さぁ、この椅子にお掛けください」
 エレナは言われた通りに椅子に座る。
『アイラさん、何とかして入れませんか?』
『わかっています』
「エレナ…。あの、着いていてもいいですか?」
 心配そうな親友を演じるアイラ。
「わかりました。どうぞ」
 すんなりと了承してくれた店主に違和感を覚えつつも、アイラはエレナの隣に行った。
「大丈夫よ、そんなに心配しないでも」
『ごめん。ほんとは怖い』
『大丈夫です。ただの鬱になるだけですから。命に危険はないですよ、大丈夫です』
 むしろ、そうなってくれた方が色々といいのかもしれない。皆のためにも。切実にそう思った。
「それでは、始めますね」
 アロマの香りとリラックスする音楽が部屋を支配する。アイラまでもがこの得たいの知れない術のようなものにかかりそうだ。
 バクは隣の部屋とカーテンで仕切った向こう側にいるペットの貘に合図を送った。すると、愛らしかった小さな獏は魔力を放出し姿を変えた。体形は熊に、鼻は象に、目は犀に、脚は虎に、尾は牛に似た姿になった。まるで中国の悪夢を食べる貘のように。その鼻をエレナの方に向けると、空気を吸い込むように何かを吸い込み始めた。
 アイラとエレナは、何かの気配を察知した。
『アイラ』
『わかっています。刮目せよ。壁を見通し、我に危機を教えたまへ』
 カーテンの向こうにいる貘の姿にアイラは驚いた。
『!?何だあれは……』
 得たいの知れない生き物を見たアイラは、どうしていいか分からなくなってしまった。
「!」
 貘はアイラの魔法を察知し、カーテンに向かって鼻から息を吹いた。
「!」
 それを見、この二人は人間ではないことを察知したバクはサッと二人から離れた。
「貴女達、人間ではありませんね。一族の者ですか?」
 ばれてしまった。
『リナーリア!』
『はい!セーレ、お願いします!』
 パチンっと指をならし、いつも通りにその場から二人を移動させた。
 二人が居なくなった部屋で一人、バクは自分の周りで何かが調べられていることに気づいた。
「きゅー?」
「大丈夫です。貴方のせいではありませんよ。少々、食べ過ぎみたいですね。何かが私達を嗅ぎ回っているようです。警戒をお願いしますよ」
「うきゅー」
 貘はその言葉に返事をした。
「しかし、新たな最上級の味の夢を見つけることが出来ました。ルカ・クラウディア。あの夢は食べなければ。最上級の夢の味、食べずには死ぬことさえできない!」



「アイラさん!エレナさん!大丈夫ですか?」
「お二方、お水です。お飲みください!」
 連れ戻した二人に駆け寄るリナーリア達。
「何があったんですか?」
 リナーリアが聞いた。
「あの、あの生き物は一体…」
「何かの魔力を感じたのよ、部屋の外に!カーテンで私は見えなかったけど、アイラは見たみたい」
 エレナがコップの水を一気飲みしてから言った。
「生き物。どんな生き物だったんですか?」
「キメラみたいに色々な生き物が混ざったみたいで説明しにくいですね…。リナーリア、私は絵がうまくありません。絵のうまい悪魔はいますか?それに私の見たものの思念を送ります」
「分かりました」
「でしたら、私にお任せを」
 ダンタリオンに思念のイメージを送り、それを描き起こす。
「何、これ?」
 一同はこんな得たいの知れない生き物に驚いた。キメラのようなUMAのようなそんな生き物だ。
「あんたでもわからないのか?」
「えぇ。クラウディアでも、わかるかどうか…」
「そー言えば、あの子はどこなの?こんなときにいないなんて。今、一番必要なのに」
「ルカさんなら、夢喰いの一族を調べに行きましたよ」
「夢喰い?」

 ルカは粘っていた。なかなか夢喰いの一族から話を聞けていなかった。恐らく、彼らの仕事は極秘なもので、他人に話してはならない何かがあるのだろう。
「賢者殿、まだおられるぞ」
「大丈夫か?二日も飲まず食わずだろ」
「あと、寝てもいないぞ」
「長、女の子を外で二日も放っておいていいのですか?」
 じっと待ち続けるルカの姿は石のようだが、そろそろ体力の限界だろう。本来は話してはならないが、賢者をこのまま殺してしまえば我々が皆殺人者になってしまう。
「すぐに食事の支度をするのだ」
「長!」
「あと、部屋を暖かくしておけ。ベッドも用意しろ。賢者様は疲れておられる。湯も沸かせ」
「はい!」
 一族のもの達は動き出した。
「…どうしたんだろう?」
「賢者殿、お話ししましょう」
 長がやっと話してくれるようだ。
「立てますか?どうぞ中へ。そして、申し訳ありませんでした」
「いえ、何か話せない理由があるのだろうと思っていました。私の願いに答えていただいてありがとうございます」
 中に案内され、暖かい食事を食べながら話を聞くルカ。
「我々の力、夢喰いと呼んでいますが、これは、かつて強固な催眠術を産み出すために生まれた力なのです。我々は大昔、皆眠れない夜を送っておりました。不眠症だったのです。我々は眠りを研究し、原因が悪夢にあることを突き止め、悪夢を取り除けば、眠れると考えました。そこで、東洋の国の悪夢を食べる貘という生物に協力を願いました。貘は群れの中から数匹を我々に与えてくださいました。そして、悪夢を食べる術を教えていただきました。貘いわく、悪夢を食べれば人々を眠りに導くことができると。我々と協力してほしい、と。それ以来、我々と貘は互いに西と東の世界で悪夢を食べ、人々を眠りに導くことを代々しております」
「質問、いいですか?」
「どうぞ」
「その貘というのは今、見せていただくことはできますか?」
 長が自分の娘に連れてくるように言った。少しして娘が戻ってきた。腕に抱かれていたのはマレーバクのような小さな貘だ。
「普段はこのような姿をしています。力を使うときは先程の話のような姿になります」
 貘は眠っている。その可愛らしくシンプルな姿から複雑な姿になるのが想像できない。
「今では様々な悪夢を食べるので、この子達はちょっと太ってるんです」
 基準がよくわからないがふっくらしていると言われればそのように思う。
「あの、夢喰いの一族の皆さんは悪夢以外を食べることはあるのですか?」
 長と娘の表情が変わった。
「それはなりません。禁忌ですよ、賢者様」
「悪夢以外の夢を食べれば、食べられた相手は暫く活力が失われ、最悪の場合死んでしまいます。そんな危険なことは我々はしません!」
 娘が声を荒らげる。抱いていた貘が起きてぐずり出した。
「ああ、ごめんね。よしよし」
「申し訳ありません」
「いえ。…ごめんね。起こしちゃったね」
 よしよしと頭を撫でると貘はピタリと嘘のように泣き止んだ。
「あら?泣き止んだ」
 貘はじっとルカを見ている。
「どうしたのかしら?」
「…この子って願いにも反応しますか?」
「ええ。でも、こんなに反応するのは初めてです」
「今、人間界にとある占い師に会ってから無気力になってしまった人達がいるんです」
「占い師」
「お父さん、姉様よ、きっと」
 娘が叫ぶ。
「まさか、そんなこと」
「その、姉様というのは」
「一族始まって以来の神童が生まれたのです。それが私の娘でこの子の姉、バクです。一族の中でとても強い悪夢を食べることが出来ました。しかし、彼女が19歳を越したとき、低魔力症に罹り、どんどん力を失っていきました。弱まった魔力ではここにいることができないと、人間界に出ていきました。もし、あの子がそのようなことをしているのなら、我々として、赦せません。いくら一族を離れたとはいえ、そのようなことをしてはならない」
 ルカは確信した。夢館の主人はバクに間違いない。
「何度も人間界で悪夢以外を食べているようです」
「なんと!」
「何故このようなことをするのか、心当たりは?」
「…もしかしたら」
 娘が口を開く。
「姉は夢であった一族の当主の座を低魔力症で失いました。恐らく、夢のあるものへの復讐なのかも知れません。それと、味をしめたのかも」
「夢にも味というのがあります。悪夢はパンのような味が基本で、それから様々な悪夢によって、細かく味が変化していきます。悪夢以外の味を知らないので私どもからはこれくらいしか…」
「いえ、知りたいことは知れました。ありがとうございました」
 深々と礼をし、ルカは夢喰いの里を後にまず、自分の家に戻った。
「ただいま」
「もう、またルカったら。一人でまた国の外れに行くなんて」
「場所、分かってても、心配」
 ノアールとマミが小言を言いながらも帰ってきたことに安心して出迎える。
「ごめんね。でも、大丈夫だよ。まず、シャワー浴びないと」
「また、どこか、行くの?」
「うん。リナーリアの所。疑惑が確信になったんだ。このままあの人を野放しにしておけないよ」
 ノアールとマミはルカが何かを止めようとしていることが分かった。セーレから少し話は聞いたが、相手はどうやら、魔女で特別な力があると。
「ルカ、私達に出来ることはある?」
 着替えを持ってバスルームへ行くルカに問う。振り返りノアールの顔を見て答える。
「相手は夢や願いを食べる力を持っているの。そんな特殊な力を相手にしたことはないから、ノアール達を守れないかもしれない。大事な家族だから、二人を失いたくないんだ。だから、待ってて、ノアール、マミ」
 何となく分かっていた。ルカはきっとこう言って自分達に留守番をさせると。
「分かったわ。帰ってきたら皆でご飯食べましょう」
「リナーリアと悪魔達もいい?」
「…もう!分かったわよ!何人でも読んで食べるわよ!」
「ありがとう、ノアール」
「…はぁ」
 ノアールはキッチンで頭を抱えていた。
「…鍋にする?カレーとか、シチューとか」
「…そうね。マミ、まず食糧庫を見てこよう」
「鍋、足りるかな…」



「リナーリア」
「ルカさんおかえりなさい。どうでした?」
「夢喰いの一族の魔女が犯人だよ。早く彼女を止めないと、また夢を食べられる人が出る」
 リナーリアもアイラとエレナが囮として接触したバクについて話した。そして、その相棒の貘も。
「行こう、皆。バクを止めよう」



 わかっていますよ。近づいてくる最上のグルメが。ああ、早く食べたい。それが最期の晩餐です。
「頼みましたよ」
 例えこれが、最後であっても、あれができれば悔いはないだろう。きっと何も思い残すことなく、消えていく。それが、夢喰い姫の夢。



 人間界の森に四人の魔女と一人の魔法使いの五人が降り立った。
「待ち構えていますね」
「あの貘も…」
「怖いの、アイラ?」
「夢をとられそうになった貴女だって、怖いのでは?」
「あの人の狙いは私だ」
 ルカが呟いた。
「嫌な感じが纏わりついてくる。力が少しずつ抜けてるみたい」
「ルカ、大丈夫?」
「うん。グレン、もしだけど、私が」
「それ以上先を言わないで。当たり前だよ。ルカを守るって君のお母さんに約束したからね」
 強い言葉だった。それを聞いてルカは安心した。
「(…最初から、私の入る余地なんて無かったのね。グレン様は約束を守る優しい人だから)」
「?」
「何でもないわよ、アイラ」
「五行全ての精霊達よ。大いなる力で我らを守りたまえ。未知なる力を恐れぬ勇気を、悪しき力に屈さぬ強さを、全てを守る力に変えて」
 ルカ達の周りに見えない盾が彼女達を覆う。
「行くよ」
 一歩ずつゆっくりと歩く。
「さぁ、客人をお迎えしましょう」
 バクは店の扉を開けた。
 ゆっくりときぃぃという軋む音を上げながらドアは開いた。
「バク、お出迎え、ありがとうございます」「賢者ルカ・クラウディア。貴女のような夢の持ち主をずっと待っていました」
「お邪魔します」
 屋敷の中へ入るルカ。皆も後に続く。
「貴女がやっていることはなんの関係のない人間の生活を変えてしまうことです。今すぐ止めなければ貴女は魔界警察に」
「ふっ、フフフフッ」
「何が可笑しい!」
 グレンが怒った。グレンを制しルカは話を続ける。
「魔界法第一条、魔界の民は人間に危害を加えてはならない」
「ただし、吸血鬼、契約した悪魔及び魂を回収する死神を除く、でしょう。しかし、私は人間界の者です。ならば、魔界法など私には関係ない」
「でも、貴女は魔法を使っている。夢喰いの魔法があなたの一族しか使えなくても、それは魔界の民の力。その力を使う限り貴女は魔女と見なされ、魔界法が適用されます」
「…ルカ・クラウディア、低魔力症になった魔女がどうやって魔界で暮らせます?私には当主の座があったのにそれを譲ることになってしまいました。そんな私が一族の中でどう生きていけます?この力のほとんどない元姫が」
 夢喰いの姫、それはバクの昔の肩書きだった。一族の中で、始まって以来の神童と呼ばれ、将来を嘱望された時期当主候補。夢だけでなく存在理由までもを奪われた。その絶望と悲しみは計り知れないだろう。
「しかし、こんなことをしてもあなたの夢も願いも帰ってこない。こんなことは間違いです」
 アイラが言う。彼女も同じなのだ。夢も叶わず、母親に見捨てられ、復讐して賢者になろうとした彼女はこの中の誰よりもバクに近いだろう。
「貴女だって復讐に駆られたではありませんか」
「アイラは確かに復讐をしました。しかし、彼女は気づいた。目を背けていた自分の心に。しかし、貴女は夢を食べ、夢ある人々に復讐をしています。こんなことはもう、止めてください。でないと、取り返しのつかないことになります」
「夢を奪われてもいない貴女がそのように言うことは簡単でしょう。しかし、私は挫折する不安を食べてあげているのです。復讐だけではないのですよ」
「それでも、人々に害を与えているのを私は許すわけにはいきません」
 ルカが手のひらをバクの方へ伸ばす。
「貴女を止めます」
「パティ」
 バクに呼ばれ、貘が二人の間に入り、吸い込みだした。
「な!」
「パティは美食家のようで美味しそうな夢に強く反応するんです。貴女の夢がこの世の最上の美食と認めたようです。貴女の願いを食べれば、私は夢を食べるのを止めましょう」
「そんな!ルカの願いを食べさせるわけにはいかない!ルカの夢はベルさんの願いでもあるんだ!」
 ベル?確かそのような名前だったでしょうか、あの魔女は。バクは低魔力症に罹ったときにベル・クラウディアに会った。共に暮らさないかと誘ってくれたあの魔女か。
「ベル。あの人の願いならこれはいっそう食べなければ。あの人に申し訳ないですね」
「…お母さんのために、誰かを助けるための願いを貴女に食べさせるわけにもいかないし、貴女をこのままにしておけません」
 その言葉と共に店の扉を蹴破って死神が現れた。
「魔眼・発動」
 サリエルの目が赤く光る。パティの動きが止まった。
「パティ?…パティに何を」
「動きを止めさせてもらった」
「ありがとう、サリエル」
 ルカがバクに向き直る。
「さぁ、バク。パティも動きを止めました。私たちと一緒に魔界に帰りましょう。もう悪夢以外を食べないで」
 手を差し出すルカ。
「…私は、貴女のような魔女が大嫌いだ」
 店の奥から薄藍色の霧が立ち込める。
「私は夢を追います!例えそれが禁忌だとしても、それが私の復讐です!」
 やがて霧が濃くなり、完全にバクの姿が見えなくなった。
「窓を開けて」
「ちょっと!開かないわ!」
「窓が接着されています、ルカさん!」
 サリエルの鎌で窓を割り、風を起こし霧を外に出すとそこにバク達はいなかった。
「逃げたね」
「でも、店の奥に隠れているよ!急いで探そう!」
 グレンが奥に急ぐ。エレナとサリエルが後を追う。
「奥にいると思う?」
「いえ、騒ぎに乗じて裏口から逃げたと」
「探してみますね。現れよ、ヴィネ」
 ライオンの獣人が現れた。
「主、お呼びですか」
「バクがどこにいるか分かりますか?」
「少々お待ちを…フンッ」
 上を見上げ力を入れるヴィネ。ヴィネの目にはこの辺りの上から見た景色が見え、バクの魂を見つけた。
「いました。地下を北西に向かって走っています」
「地下?」
「居住スペースのクローゼットの中に地下通路への入り口があります」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
 ヴィネは戻った。
「グレン、クローゼットを調べて!」
 奥にいるグレンに叫んだ。
「ルカ!」
 あったようだ。
 行ってみると、寝室のクローゼットの中の奥の板が回転扉になっていた。その向こうには2本のロープが下がっている。穴が空いていて、そこにロープが垂れていた。上には滑車、下には一人用の簡易エレベーターのようなものが。これに乗って地下に降りたのだろう。
「バクはこの先だよ。早く行かないと」
 ルカは飛び降りた。
 地下には光る水晶のような石がそこら中に淡い光を発していた。美しい景色かもしれないが見とれている時間はない。行かねば。



 追い付ける訳がない。ここは私が長年かけて掘った秘密の地下通路であり、迷宮。この迷宮を攻略しない限り私には追い付けない。



「なんなのよ、ここ。迷路なの?」
「そうでしょうね」
「本当にこの道であってるんでしょうね」
「大丈夫あってる。でも、早く行きたいなら別の方法もあるけど」
「あるんならそれ使いなさいよ!」
 エレナが怒鳴る。
「リナーリア、お願い」
 ヴィネとセーレを呼び出し、ヴィネにはこの迷路の出口を透視させ、セーレに移動してもらい、先に終わりに出た。
「外!?」
 目の前に小さな寂れた小屋が立っている。ここがあの迷路の出口のようだ。その内、ここからバクが出てくるのだろう。
「捕まえましょうよ!それで終わりじゃない」
 エレナが言う。確かにそうなのだが、ルカはバクが自分からちゃんと認めて戻ることを望んでいた。だから、無理に捕まえるようなことをしたくなかった。
「バクを信じたい」
「ルカ、ダメだよ。バクはルカの言葉に応じようとしなかったじゃないか。それどころか、君の願いまで狙って…」
「でも、私は信じたい」
 小屋の扉が開く。バクが出てきたのだ。
「そんな!」
「バク、貴女がどこに逃げても、私達は貴女を追うよ。貴女を止めるために」
 後ずさるバク。
「…ならば、…ならば、もうこうするしかない。強行手段ですよ、パティ」
 マレーバクのような姿から伝説のあの姿に変わるパティ。鼻をルカ達の方へ向けた。
「…苦しめる夢よ、悩める心よ、眠りの邪魔をする悪しき思いを喰らいて眠りを届けたまへ。ドリーミーツ・テイパー」
 貘がすごい力で空気を吸い込み始めた。
「!?」
 体に纏わせた魔法の盾が欠片となって消えていく。
「ルカ!」
 ルカの願いを食べるつもりだということを察し、サリエルはルカの前に盾として前に出た。
「サリエル!」
 ルカが叫んだ。

『貴女、叶わない願いがありますね。悩んでいらっしゃる』
「…うるさい、お前に何が分かる」
 真っ白な空間に一人立つサリエルに誰かが語りかける。
『あの悪魔、セーレは悪魔で、貴女は死神。その役職から、貴殿方二人は本来相容れない存在。しかし、貴殿方の思いは通いあってしまっている』
「何が言いたい?」
『好きなのでしょう?彼が』
「!!何を!!」
『だって、そうじゃないか』
 そこにいたのはもう一人のサリエルだった。
『だが、お前の願いは叶わないんだよ。結ばれることなんてないんだ。本当は分かってるんだろ?』
「っ…」
『そうやって私は苦しんだ。でも、もう苦しまなくていい。これを見ろ。これはお前の心だ』
 もう一人のサリエルが手を差し出すとそこには紫色に光る小さな水晶玉のようなものが浮いていた。
『これをあれに与えれば、お前も私もこの重みから解放される。さぁ、行こう』
 手を引かれ、貘の元へ行くサリエル達。
『さぁ、お前がやるんだ』
 心を受け取り、貘の前に立つ。これを無くせば…。
―駄目だ!それを無くすな!―
 誰かの声がした。
『どうした?』
―お前は、お前の心に忠実でいろ!お前を否定する奴は、私が赦さない!―
「!」
『どうした?早く』
 誰かがまたも叫ぶ。誰よりも私を思っているようなそんな思いが伝わった。
「…悪いが、私の思いは、誰にも渡さない。例え、この願いが叶わないものでも、無くしたくない!」
 鎌が手に握られ、もう一人のサリエルと貘を切った。
『…そんな、…ばかな』

「ッ!ハァッ…何とか戻ってこれたか」
「サリエル、大丈夫?」
「あぁ」
 バクに向き直るサリエル。
「何故、…何故効かない!」
「……魔眼・発動」
 バクと貘は動きを止めた。
「ルカ、もう終わった」
「…うん。ありがとう」
 サリエルに何が起こったのかは分からないが、もう、これ以上バクを信じるなと言いたいのだろう。そして、悲しませたくないのだろう。その思いを汲んで、ルカはバク達を捕縛し、この事件は幕を閉じた。



 あれから、サリエルは一人でいることが多くなった。ただ、気づくと一人でいるのだ。そして、決まって、あの時の声を考える。あれは一体何だったんだろう。初めて聞いた声なのに、ずっと知っていたように思う。本当に誰だったのだろう。
「サリエル」
 横にセーレが立っていた。
「なぁ、セーレ。お前だったのか?」
「何がだ?」
「いや、いい。何でもない」
 風が二人の間を駆け抜ける。
「セーレ」
「?」
「これからも、私を頼む」
「当然だ。何一人で悩んでる。一人で悩むな、バカ」
「バカとは何だ!」
「一人で悩んでるからだ。お前には俺やルカだっている。頼れよ。そんで、一番最初に俺に相談しろ。俺が一緒に悩んでやる。だから、一人で悩むな」
 そう言ってセーレはオレンジのグミを食べ始めた。
「お前、それ私のだろ。おい」
「お前に買ってきてやったけど、悩んでるから罰として俺が貰う」
「何だそれは!やっぱりお前は悪魔だ!優しいと思ったがそんなことない悪魔だな!」
「俺は悪魔だよ!元天使の!」
 ギャーギャーと丘の上で騒ぐ悪魔と死神。その様子を楽しむようにまた、誰かの声がサリエルに聞こえた気がした。一緒に今を楽しんでいる。そんな声が。

 魔界監獄に一人の面会人が来ていた。
「まさか、貴女が私に会いに来るとは」
「来ますよ。心配ですから」
「私などに構わなくていいのに」
「そういうわけにはいきません、バク」
 ルカはバクが心配だった。
「全く、ことごとく貴女に関わると悪いことになるのでしょうか。あの娘達も」
「それはどうでしょう。変わることができた人達がいることも確かです」
「…私も、変われるのでしょうか」
「変われますよ、きっと」
「…やはり、貴女は嫌いです。ルカ・クラウディア」
「それでもいいです」
「こんなところで油を売ってないで、早く低魔力症の患者達のために研究しなさい!せっかく私が食べずにいた願い、叶わなかったなんて許しませんから。食べますからね」
「分かりました。研究してきます。では」
 結局、悪いことばかりではないのだ。この世界は。

「いや、悪いことばっかりよ」
「こら!せっかくいい感じで終わったのに!それに手を動かす!」
「はいぃ!」
 秋の始めに秋野菜の種を植えた二人は残りの刑期を今日も元気に人間界で過ごしていた。

「いつか、みんなの夢が叶いますように」
「諦めないように、無くさないように、自分をしっかり追い求めてくれるように」
「ルカさん、願いは誰にでもあっていいんですよね」
「そうだよ。叶わないなんて、最初から決めちゃいけないんだよ。叶うと思って、行動していればいつか……」
不定期更新ですので、またいつか。

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