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第84話 発端

 時はカイト達が祝賀の席を設けるより少し遡る。まだ日が真上にあった頃。天桜学園の生徒が二人、マクスウェル北西の森の中を歩いていた。当たり前だが、彼らは冒険者としての活動で森に来ていたのである。

「どこにあんだろーな?ミルの実ってやつは。」

「そもそもミルの実ってなんなんだろうな。」

 二人は上を向いて周囲の木々の枝々を観察しながら、森の中を歩いていた。すぐ近くには、彼ら以外の生徒達とお目付け役の隊員も木の実を探していた。男子生徒二人が所属するパーティは今回、マクスウェルにある飲食店からの依頼で、森の中にあるミルの実と呼ばれる植物の実を取りに来ていたのである。

「聞いた所だと、料理の香辛料として使う……らしい。」

「へぇー。俺達が食ったことあんのかな。つーか、んな知ってる事聞いてねえよ。何なんだよ、って聞いたんだよ。」

「さぁ、知らね。ま、ここらじゃ一般的って言うから市場の屋台で食ったことはあんじゃね?」

「どーなんだろ。まあ、でも、春の時期に取れる香辛料、ねぇ……全くわからん。」

「お前、そもそも胡椒とかでも何時取れるかしんねーだろ。」

「お前もだろ。」

 そんなこんなで雑談しながらミルの実を探す二人。そして何度もメモを見ながら、あれでもないこれでもないと枝になっている木の実を確認していく。

「お!これは……あった。ミルの実だ!おーい、あったぞー!」

 メモに描かれた絵を見ながら、二人が木の実を確認して声を上げる。そうして二人は他のメンバーが来るのを待つ。

「これっすよね?」

 お目付け役である隊員に念の為に確認を取る二人。隊員はミルの実らしき植物の実を確認して、見慣れた香辛料であることを認めて、頷いた。

「ああ、これで合っている。後はこれを集めるだけだ。数は小袋3つ分。あまり離れすぎるなよ。」

「おっしゃ!じゃ、全員で集めるぞ!」

 一番初めに見つけた男子生徒が、嬉しそうに全員に声を掛ける。そうして、メンバー全員で協力して周囲を探索し、依頼された量を集めることになった。

「よゆー。」

 そうして、大分と日が傾き始めた頃。後少しで集め終わるという所で、ゴブリンの群れと遭遇し、戦闘になる。先ほど木の実を見つけた男子生徒が、余裕の表情で最後のゴブリンを討伐する。他のメンバーも同じ様に余裕の感じであった。

「終わったな。よし、残り一袋も集めるぞ。」

 リーダーらしい男子生徒が合図を出し、探索を再開する。そうして、再びバラバラに二人一組で行動を開始する生徒達。教官役の隊員は、先ほどと同じく一同が離れすぎないよう見廻っている。

「ほいっと。そういや、聞いたかよ。」

 探している最中に群れから逸れたらしいゴブリン一体と遭遇して、それを事も無げに討伐する男子生徒。一応、口酸っぱく何度も一撃で倒せる敵は倒すように言い渡されているのでなぶり殺しなどはしないが、かなり油断の見て取れる動作であった。既にこの事は他のお目付け役も似たような問題を提起しており、対策が練られている最中だ。

「お疲れ。で、なんだよ。」

 そうして、再び木の実の採集に取り掛かる二人。既に冒険者として活動を始めてから一ヶ月近く。街の周囲の魔物を粗方簡単に討伐出来るようになっていた二人は、ゴブリン1、2体程度なら、誰にも報せず何度か勝手に討伐していた。確実に生還できる様な危険性の少ない依頼を選んでいた為、彼らの中に小さくない慢心が生まれていたのである。

「俺らって、実はランクDぐらいの実力があるんだってよ。」

「まじか、どこ情報だ?」

 とは言え、聞いた男子生徒の方にも驚きは少なかった。それどころか、道理で敵が弱い筈だ、と妙に納得していた。

「いや、こないだ一条先輩とリィルさん?だっけ、が話してるの聞いたんだよ。学園生は全員ランクDクラスまで訓練しているから、焦らず着実に戦闘に慣れていきなさいって。」

 これは強くなろうと焦る瞬を諭す為に語った事で、事実であった。但し、これには1つ注釈が付き、きちんと全力が出せる、という事が前提条件で、未だ戦闘慣れしない彼らには到底望むべくも無い事であった。

「え?まじ?リィルさんってあれだよな?一条先輩の教官役のとんでもない美人さん。」

「ああ、そのリィルさんだよ。その人がそう言ってたんだよ。」

 実はその後、このことは学生が驕るかもしれないから、黙っている様に、と言っていたのだが、この男子生徒はそこまで聞いてはいなかった。

「ってことは……あれから強くなってる俺達ならランクCぐらいあんじゃね?」

「ありうる!」

 自信満々に笑い合う二人だが、この後すぐに現実を思い知る事になる。

「お、またゴブリンか。一応全員呼ぶか?」

「いや、いいだろ、2体だし。俺らでやっちまおうぜ。」

「そだな……あ?」

 いきなり動きを止めた相棒を疑問に思った男子生徒。後ろを振り向くと、そこには赤黒い巨体が立っていた。

「でけぇな。オークってやつか?」

 ここで二人が相手の力量を把握できるだけの力量を持つか、逃げるだけの恐怖を持っていれば彼らの運命は変わったのであろう。しかし、なまじ実力を着けてしまった事が悪かった。

「ま、ここは俺達二人でなんとかなるだろ。オークって確か一般的なランクD3人で相手にできるんだろ?」

「あ、おい!まてって!せめて他の面子呼んでからにしろ!」

 そう言って片方の男子生徒は止めようとするも、聞こうとしない。

「大丈夫だって。足止めする程度だから。」

 そう言って男子生徒が剣を抜いた所で、鉄製の鎧もろとも上半身が消し飛んだ。剣を抜いた事で、敵と思われたのである。

「……あ?」

 生き残った男子生徒が、口を開けて間抜けな声を上げる。いきなりオークからの攻撃を浴びて即死。せめてもの情けは、痛みを感じる暇さえ無かったことだろう。それほどまでに一瞬で、男子生徒の上半身は消失していたのである。

「うぁ……うわぁああああ!」

 友人が目の前で殺された事を目の当たりにしたもう一人の男子生徒は、大声を上げて即座に転身し、全速力で全員が居るであろう方角へと木々の間を走り抜ける。形振り構わず逃げた事が、彼の身を救った。オーク側にやる気が無かったらしく、追ってこなかったのである。

「どうした!」

 そうして、十秒もしないうちに、お目付け役である隊員と出会う。男子生徒がもう一人を引き止める大声を聞いたお目付け役の隊員は異変に気づくと、即座に二人が居るであろう方向へと移動していたのだ。

「……お前一人か?相方はどうした?」

 血糊が付着し、顔が真っ青な彼におおよその状況を察する隊員。なるべく落ち着かせる様に念を入れて問いかけた。

「し……死んだ……。」

 そうして告げられたセリフに、慌ててやって来た他のメンバーが騒然となる。

「逃げちまった……俺、何も出来ずに逃げちまった……。」

 カタカタと震えながらそう言う男子生徒。その眼には深い後悔が刻まれていた。

「いい。それが正しい判断だ。」

 奥歯を食いしばる彼を宥めるように、隊員が慰める。しかし、生き残った男子生徒は顔を上げると涙ながらに大声を上げる。

「でもよ!もしかしたらあいつを……そうだ、敵討たないと!」

「馬鹿を言うな!今は一旦帰還しろ!」

「でも!」

「今の状態で戦った所で貴様らでは全滅するのが関の山だ!わかったらすぐさま帰還しろ!」

「……畜生!」

 激高する逃げてきた男子生徒を叱咤し、一同を森の入口へと案内する。そうして、学園に居る本隊へと連絡を入れて彼らの回収を依頼し、周囲に結界を展開すると、隊員が再び森へとと歩を進める。

「お前らはここにいろ。直ぐに救助が来る。」

「……先生はどうするんですか?」

 教官役の隊員は割と年嵩であったので、このパーティでは面倒見の良い彼は先生と呼ばれていた。メンバーの一人が教え子であったことも、その一因だろう。

「ああ、俺はせめて遺品だけでも持ち帰ってやらんとな……遺体は後から公爵家に頼んで回収できるかやってもらおう。」

「……ありがとうございます。」

 まだそれなりに冷静さを持っていたリーダーは涙を堪えて礼を言って一人欠けた仲間に声を掛けた。

「おい、行くぞ。このことを学園に伝えないといけない。」

 そうして、彼は泣きじゃくるメンバーを励ましつつ、救助を待って学園へと帰還していった。

「ちっ、俺も年だな。昔はこの程度で動揺することなんて無かったんだが……」

 森へと入った隊員は一人ごちる。そうして、若干気落ちした自らに悪態をつきつつ、周辺を捜索すると、直ぐに潰れた上半身だけの血みどろの遺体が見つかった。彼が見渡せば、少し離れた所に男子生徒の下半身もあった。彼はそれを一所に纏めると、短くだが黙祷を捧げる。

「これか……悪い。これは持って帰ってやる。あとで遺体も何とか持ち帰れる様に手配してやるからな。」

 死体となった男子生徒を見て沈痛な面持ちを浮かべたものの、即座に死体から登録証を回収。

「にしても、こんな所でゴブリン以外に出会うとはな……運が無い、と言うしか無いか……はぁ……一応腐らない様に処置しておくか。」

 そう呟くと隊員は氷属性の魔術を使用し、遺体を凍結させる。そして隊員も、帰還の途に着いた。




 そして日も暮れた頃、学園のグラウンドに展開したルキウスらの部隊の陣営の会議用のテントには、多くの幹部陣が集合していた。

「遂に……か。」

「ええ、まあ、一ヶ月、よくここまで死者無しで来たものです。それどころか、手足の1つも失う者も無く、幸運であったとしか言えないですね。」

 ルキウスとリィルを含めた面子は沈痛な面持ちで座っている。誰もが予想していた事であったが、実際に出るとやはり辛いのだ。

「とりあえず、この一件での学園生の動揺が気になる。即座に人をやって動揺しているようなら落ち着けてやってくれ。」

「了解です。」

 ルキウスの下知に従い、幹部の一人が直ぐにテントを出て治癒術者の手配を始める。

「奥様への連絡は?」

「済ませました。状況が判明次第、閣下にも連絡する、と。」

 ルキウスの問い掛けに、別の幹部が報告する。

「そうか。閣下には辛い報せになるな。丁度昼ごろにソラがランクDに昇格できて祝いの席を設ける、と仰っておいでだった。」

「そうですか。」

 二人は今頃は楽しんでいるであろうカイトに訃報を知らせねばならない状況を呪いつつも、これも仕事と割り切った。

「……そうだ、学生達が逆上して出撃することもあり得る。先ほどの伝令に加えて暴走しないように見張るように。」

「了解です。」

 と、様々な対策案や下知が飛び交う会議用のテントへと、隊員が慌てて入ってきた。

「大変です!一条会頭率いる一部の冒険者達が敵討をする、といって勝手に出て行きました!更にはそれを止めるべく、天道会長率いる冒険者たちも後を!」

 誰もがやっぱりか、と何処か仕方がないと思うが、直ぐにルキウスが命を下す。

「たった今それを危惧して伝令を出した所なのだが、遅かったか……即座に人をやって止めさせろ。出発したのはどのぐらい前だ?」

「およそ15分前との報告が。」

 ルキウス達居並んだ面子は予想外の連絡の遅れに唖然となるも、直ぐに我を取り戻した。

「たったそれだけの報告に、何があればそこまで報告に時間が掛かる!」

「どうにも、一条会頭率いる部活生に賛同する生徒が連絡に来た教員を引き止めた模様。そのせいで報告が遅れたようです。」

 今のところ、生徒達の負担に成るという天桜学園側からの要望で、部隊はグラウンドに待機すれども校舎周辺は見廻ることは無かった。また、連絡も色々と困惑しても仕方がないので、教員に一度通達し、そこからルキウスらに伝わるようにしていたのである。一条達はそれを知っていたので、まずは教員達への連絡が遅れる様に手を打ち、グラウンドの死角となる所から密かに出発したのである。

「はぁ……」

 報告を聞いたリィルから、深い溜め息が零れた。そんなことを考えるのは間違いなく一条だ。無駄に知恵を付けさせたツケが、有り難くない所で回ってきたのである。

「ちぃ……ならば飛翔機を使える者で手隙の者をやって即座に連れ戻せ!今の学園の冒険者程度の実力なら一個小隊もいれば十分だ!最悪首に縄をしても構わん!閣下もご了承くださる!」

 ルキウスが怒声を上げて隊員達に命令を下す。それに従い、一気に陣営が慌ただしくなり始めた。そうして、下知を受けた隊員が出ていこうとした時、更に別の隊員が慌てて入って来た。

「伝令!北西の森からゴブリン及びオークの軍勢が出現!こちらへ一直線に向かってきます!」

 コロコロ変わる有り得ない状況の変化に、誰もが眉を顰める。

「何!……先の命令は取り消し!俺が出る!三十人ほど俺と共に来い!第一陣は俺と共に飛翔機付き魔導鎧を装備する面子で構成する!リィル、悪いが残りの部隊を頼む。これが陽動の可能性もあり得る。アルにはリィルが連絡を入れてくれ。俺は直ぐに人員の選定に取り掛かる。」

 少しだけ考えたルキウスは、即座に命令を変更する。北西の森へ向かった一条達とは道中で交戦する可能性が高い。一個小隊では守りきれない可能性が高いと判断して自らが向うことにしたルキウスだが、念の為多めに人員を連れて行くことにしたのだ。

「ゴブリン共にそこまでの知性が回りますか?」

 念には念を入れたルキウスの指示に、リィルが疑問を呈する。

「無いだろう。だが、これ以上の失態は避けたい。用心に越したことはない。」

 カイトがこの一件を失態と捉えることはないが、ルキウスら教官役を務めた者にとってはお目付け役を務めていた面子が死んだのだ。例え男子生徒の油断であっても、彼ら自身が失態と捉えていた。

「了解しました。では、任されましょう。」

「すまん、なるべく早く戻る。奥様へも連絡を入れておいてくれ。」

「ええ。ルキウスも気をつけて。あなたに何かがあれば奥方と子供が悲しまれます。」

「ああ。たかがゴブリンとオークだが、油断するつもりはない。リィルも気を付けろ。」

「はい。」

「出発は遅くても十分後だ!急いで準備しろ!第2小隊と……」

 そう言ってルキウスは部隊から30名の人員を率いて、一条らを追いかけるのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

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