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第80話 昇格試験

 そして天桜学園の生徒達が冒険者として活動を始めて一ヶ月が経過したある日。マクスウェル付近の草原にて、ソラが一人で一体のリザードと戦っていた。冒険者ランクDへの昇格試験の課題である、リザードの単独討伐を行っているのだ。

「ちぃ!相変わらず堅いんだよ!」

 ソラはカウンターでリザードを攻撃しようとしたのだが、相変わらず鉄製の片手剣では鱗に傷をつけることしか出来ない。リザードはソラにのしかかろうと上体を上げるが、ソラはこれを後ろに飛び下がって回避する。

「ここだ!」

 上体を起こしたリザードを見て、ソラは片手剣で鱗のないリザードの腹部を攻撃する。ぐぎゃぁ、という声と共にリザードは悶絶するが、大したダメージは無かったようで、血の後を地面に残しながら少しだけ後ずさりしてリザードは息を溜める。

「ちっ、<<火の息(ファイア・ブレス)>>か!変形版<<巨大盾(ラージ・シールド)>>!」

 リザードの<<火の息(ファイア・ブレス)>>を、自分を中心として前面に巨大化した<<巨大盾(ラージ・シールド)>>で防ぐソラ。円形にしたことで、自分をすっぽりと覆うような盾が出来上がる。尚、これまたソラが勝手に改造した技なのだが、きちんと正式な名前―<<球盾(スフィア・シールド)>>―が存在する。

「さすがに、もうソラだと危なげなく戦うな。」

 その様子を少し遠くから見ていたカイトは、隣のアルと話し合っていた。彼らに加え、ユリィはカイトの側で、ティナが少し離れた所に待機している魅衣達を守りながら、いつでもソラの戦闘に割り込める様に待機していた。

「でも、相変わらず火力が足りないね。さすがに鱗を切り裂けるだけの火力が無いと、まずくないかな?」

「まあ、最大まで威力をチャージした<<斬波(ざんぱ)>>なら斬り裂けんことも無いだろうが……。」

「溜める時間なんて与えてくれないだろうね。それに、今のソラの最大限の一撃なら、量産品の鉄の剣の方が壊れちゃうよ。一撃で仕留め切れなかった時点でソラの負けだね。」

「だから、柔らかいお腹を攻撃したんでしょ?」

 そうして、真剣な表情でソラの戦い方に評価を下していくカイトとアルに、カイトの顔の横を飛んでいたユリィがソラの戦闘を見ながらそう言う。気分はすっかり担当教師なのか、彼女はメモを取り出して改善点等を記述していた。

「だろうな。だが、そう何度ものしかかりなんてしてくれないだろう。特にさっき一撃を食らっている以上はな。」

 三人がリザードを見れば、腹部から血を流しながら動いていた。腹部に傷を負っているからか、腹部をかばうような動作が主で、あまり鱗のない部分を露出させたがらない。

「で、どうするんだろうね。ソラは。」

 アルが興味深げにソラの動きを観察する。アルの知る限り、今のソラに鱗を越えてリザードに攻撃を与える術は剣を失う手段以外には、存在していないはずである。

「ソラに考えがあるんだろ?」

 ニヤリ、と笑いながらカイトはそう言う。

「この間の新技ってやつ?」

 カイトの笑みを見たアルが、少し期待含みの口調で問いかけた。二人共、視線はソラに向けたままだ。

「まぁな。聞いてみたら、なかなかに面白い発想だった。」

「へぇー。カイトがそう言うぐらいなら、それなりに期待できそうだね。」

 ユリィとてカイトと共に戦っていたので、カイトの戦闘法の特異性は理解している。そのカイトが面白い、と言うソラの新技に、ユリィも少し興味を覚えたのだ。

「じゃ、もう少し待ってみようかな。」

 アルはそう言うと周囲への警戒を怠らずに、ティナ達他の面子が腰掛ける近くにあった岩に腰掛け、再びソラの戦いを観戦することにした。

「オレたちもあっちへ行くか。立っているのも疲れる。」

 かなり危なげない戦いをするソラに、カイトはもう少し離れた所でも問題は無いか、と思い、ユリィに移動を提案する。二人共、更に十数メートルの距離が離れた所で、ソラの援護にはなんら影響は無いのであった。

「私はいざとなったらカイトの肩か頭に座れるから何処でもいいけどねー。」

「小さいのも便利だな。」

 にこやかに笑みを浮かべるユリィとそんなユリィに苦笑するカイトも、アルの座る岩へと向かい、アルと共に腰掛けたのであった。



「ちっ、やっぱ鱗って堅いな……。」

 ソラが何度目かの斬撃を繰り出し、少しだけ顔を顰めて呟いた。ソラはリザードの鱗に向けて何度か片手剣での攻撃を繰り返しているのだが、一向に効果は見られなかったのだ。

「これがカイトなら即座に武器を切り替えて鱗を貫通する武器に変更するだろうな。アルほどの武器があれば切り裂けるし……ティナちゃんなら鱗を無視出来るしなぁ。翔は……まだ無理か。他の二人はそもそも武器自体の貫通力で貫ける、と。」

 自分に無い物を探せばきりがない。そして、なければ他の物で代用するしか無かった。

「やっぱ、やるか。実戦では使うのは初めてなんだけどよ……。」

 とは言え、カイトからはお墨付きを貰ったのだ。なので、それを寄す処にソラは実戦使用を決断する。そうして、意を決したソラは一旦リザードとの間合いを離して、一度深呼吸を行う。

「よっしゃぁ!行くぞ!」

 ソラは一度大声を上げると、離した間合いを再び詰め、リザードへと肉薄する。そしてまずは片手剣の腹でリザードの頭部を思い切り叩きつけた。

「らぁ!」

 ソラの攻撃を受け、リザードの上体が少しだけ地面に沈み込む。ソラは動きを止めたリザードへと、盾の先を向けた。

「行くぜ新技!<<杭盾(ステーク・シールド)>>!」

 ソラは顔に笑みを浮かべて、魔力が集中し始めている盾のその尖った先端をリザードへと押し当てる瞬間、自らが開発した技の名を叫んだ。

 ソラの口決を切っ掛けとして、左手に装着した盾の先端部分に<<鱗盾(スケイル・シールド)>>と同じく何枚もの小さな盾状の魔力の塊が出現する。更に、盾の中心部分には少し大きな魔力の塊が現れ、それを覆うように再び魔力の盾が何枚も現れる。先端部分と中心部の盾の間は小さな魔力の盾の覆いで覆われており、内部がどうなっているのかは、外からは分からない。

「爆ぜやがれ!」

 そうして、魔力で創り出した盾の先端とリザードの鱗が接触した瞬間、ソラは中心部分の魔力の塊を炸裂させる。次の瞬間、先端部分の小さな魔力の盾の塊が射出され、ソラの盾の先から30センチほど前に射出される。そして、轟音と共に魔力の盾の塊はリザードの硬い鱗を貫通し、リザードを真っ二つに両断した。

「つぅー。やっぱまだキツイな。」

 リザードが絶命したことを確認し、ソラは大きく一息吐いてその場に座る。ソラにはまだ戦闘中に中心部分の魔力の塊を集中させ、炸裂させることは困難なのであった。

「ランクアップ、おめでとう。」

 そんなソラへと、拍手しながらカイトが近づいてきた。同じようにアルやティナと言った他の面子も近づいてくる。

「けっ。一足先にランクアップしている奴は余裕だな。」

 こう言いつつ祝福されている事は理解しているので、ソラは嬉しそうだ。カイトもそんな素直でないソラに、苦笑はすれど、文句を言うつもりはない。

 実はカイトはソラの一週間前に、偽造証の方でランクDへの昇格を果たしていた。方法は簡単で、巨大なパイルバンカーを創り出して問答無用にぶっ飛ばしたのである。

「まあ、パイルバンカーだのなんだのと使えるオレだと、適時武器を変更できるからな。あの程度の鱗だと苦にならん。」

 それを聞いたソラが、少しだけ羨ましそうに悪態をついた。

「ちっ、いいよなぁ、その適正。」

「言うな、その代わり盾使いだとお前に負ける。」

「ま、そりゃな。」

 ソラがそう言うと、ほいっと、と言う掛け声と共に立ち上がる。ソラは余裕の表情でそう言う。あまり苦戦していなかったようなので、連戦も可能だろう。

「あーあ、これでソラもランクDかぁ。」

「むぅー。私達はまだ一人じゃ無理だもんねー。」

 魅衣と由利が少し羨ましそうにソラを祝福する。魅衣は未だ回避に問題があり、場合によっては<<火の息(ファイア・ブレス)>>の効果範囲からは抜けられても、避けた隙に両手の爪での攻撃を食らう可能性があった。由利だとリザードの速度で間合いを詰められれば敗北してしまう。二人共先手を取り、一撃で仕留め切れなければ不安が残る為、アルを通したカイトに止められているのである。二人共、まだ一人ではリザードと戦い、確実に勝利を得られるレベルには至っていなかった。

「二人はまだいいだろ。俺なんて未だに攻撃がまともにダメージにならないんだぞ……」

 少し、どころかかなりガックリした様子で翔が溜め息を吐いた。翔の攻撃は連撃重視の斬撃なので、鱗を貫通できるだけの貫通力も無ければ、内部に攻撃を浸透させるだけの打撃力がなく、有効な攻撃手段が存在していなかった。こればかりは敵との相性の問題なので、どうしようもないのだった。

「あんたもお師匠様とやらと一緒に新技開発してるんでしょ?」

 落ち込む翔に、魅衣が最近聞いた噂を尋ねる。翔はそれを聞いて、若干光は見えているらしく、顔を上げて頷いた。

「まあな。師匠の技の中で比較的簡単な技を教えてもらってる。あれが取得できればなんとか鱗を貫ける……らしい。」

「ふーん。私もティーネさんに何か良い技教えてもらおっかなぁ。」

 魅衣がソラと翔に触発されて、新技の習得をしようとするが、それをカイトが止める。

「魅衣の場合は回避をもっとうまくならないとな。攻撃に集中しすぎて周囲への読みが甘い。由利の場合は、もっと速く攻撃出来るように慣れればいいだけだろう。」

「うーん。やってるんだけどねー。試合みたいに自分が動かないで戦うってことないもんねー……。」

 由利がため息混じりに自身の難点を申告する。ティナとのトーナメントでは最速で5秒を切っていた連射力だが、これは戦場を動かなくて良い、という利点があった。回避行動などを取りながらの速射であれば、それの倍以上の時間を要していたのである。

「回避してから魔力を溜めるまでの一連の流れの高速化も必須だね。最低でも10秒は切れるようにならないと。」

 アルのアドバイスに、由利が頷く。弓矢の場合、魔力を溜めれるだけ溜めてから放てばかなりの威力を誇れる。これは原理的には<<魔力爆発マナ・エクスプロージョン>>の簡易版であった。

「でも、あんまり速いと今度は威力が弱くて、リザードとかの硬い鱗とかって穿け無いんだよねー。」

「だから、そこまでの流れを高速化するんだろ?一発10秒を切れるようになれば、リザード相手でも余裕をもって戦えるだろうな。」

 由利の嘆きに、カイトがちょっと笑って告げる。と、そこまで聞いていた魅衣がティナにひとつの疑問を呈した。

「ねぇ、ティナちゃん。回避系の魔術ってないの?」

 今まで全員―と魅衣は思っている―、自分の速度だけで回避しているのだが、魔術があるなら、何かそういった魔術もありそうだと考えたのだ。

「む?あるぞ?」

 そう言ってティナは何らかの魔術を発動させる。

「これじゃな。例えばじゃが、光属性最下級の<<幻影(ファントム)>>じゃ。」

 そうしてティナが出現させたのはティナと同じ姿をした数体の分身。しかし、ティナ本人が触れると、分身を通り抜けてしまった。単なる光の屈折を応用した形ばかりの分身である。

「へぇー。でも、そういうのじゃなくて、回避力を上げる魔術とかないの?」

「それだったら私がいつもカイトに使ってる補助魔術がそうだね。」

 少し驚いた表情の魅衣が問うた質問に、カイトのフードから顔を出したユリィが魅衣に魔術を発動させる事で答えた。

「これがその<<疾風走(ウィンド・ウォーク)>>。一回あそこの岩まで走ってみて?」

 イマイチ変化が実感出来ず訝しげだった魅衣だが、言われるがままに先ほど自分達が座っていた岩まで走ってみる。そして、魅衣が地面を蹴ったと思いきや、次の瞬間には魅衣は岩の横を通り過ぎていた。

「は?なにこれ、速すぎない?加減がわかんないんだけど。」

 魅衣と距離は約50メートルほどあったのだが、彼女の実感ではほぼ二息ほどで駆け抜けてしまった。そして再びユリィの所まで戻る魅衣。今度も少しカイト達の集団を通りすぎてしまった。

「こんなんあったらそりゃカイトは戦場を動き回るわけだわ。私なんて自分でどこ走ってるのかわからなかったもの。」

 ぽかん、とするソラ達を置き去りに、魅衣が納得した表情で立ち止まった。それにカイトが笑みを浮かべて問い掛けた。

「まあな。で、使ってみた感想は?」

「この速度は無理ね。もう少し遅くしないと反射速度が追いつかないわ……てか、あんた一体どんな反射神経してんのよ。」

「は?あの速度で動くなら、普通に意識面も魔術補助で加速しないと認識が追いつかんぞ?オレの場合は大体3倍ぐらいまで加速するのが戦闘中のデフォだな。ユリィの補助魔術併用なら5倍が最低限だ。」

 呆れた表情の魅衣にカイトが返した答えだが、当然ながら魅衣達の援護を完璧に行う為にもっと加速している。

「……そんなことできんの?」

 かなり驚いた様子の魅衣はカイトと同じくスピードタイプの翔に問いかける。魅衣は色々と手を出しすぎて、意識の加速についてはまだ習得していないのであった。

「いや、俺もやってるけど、戦闘中で1.5倍速だぞ?最大でも3倍速だしな。……カイトがおかしすぎんだろ。」

「オレの場合はユリィに補助を任せて、雷属性の<<認識加速(にんしきかそく)>>を使っているからな。」

 <<認識加速(にんしきかそく)>>とは人体の神経速度や思考速度を加速させる魔術である。カイトはこれを併用して反射速度や思考を加速していたのである。

「あ、そんな魔術あるのか。俺は単なる身体強化の延長で反射神経を強化してるだけだわ。」

 カイトが答えた答えに、翔も驚いていた。

「さすがにカイトでもまだ2つ同時に魔術行使は出来ないからね……と言うか、皆補助についてもきちんと勉強しようよー。帰ってから授業やらない?」

 ユリィが補助魔術については一切把握していない様子のソラ達に、苦笑した様子で一同に提案する。どうやら、教師の血が騒いだらしい。

「え、いや、帰ってからって俺疲れてるんだけど……でもまあ、ユリィちゃんが戦闘時のサポートやってるから、強いわけか。」

「そういうことだ。」

 ユリィの提案をかなり狼狽えた様子でソラがやんわりと拒絶し、話題修正とカイトに尋ねる。そんなソラに、カイトも苦笑するしかなかった。尚、実際にはカイトならば2つぐらい魔術を併用することは苦にならない上、一般的に知られている補助魔術の最上位である雷属性の<<刹那(せつな)>>や風属性の<<瞬速(しゅんそく)>>を併用することも可能である。

「まあ、それならしょうが無いか。ユリィちゃんには俺達も助けて貰ってるしな。」

「えへへー。」

 照れるユリィ。ユリィにとっては手抜き魔術も甚だしいが、感謝されれば嬉しいのである。

「さて、とりあえずはソラ、改めてランクアップおめでとう。後はユニオン支部に報告すれば正式にランクDへと昇格だよ。」

 あまり魔物が徘徊する外で雑談するのもまずいか、とアルが話を切り上げる為、この後の話を始める。

「おっしゃ!もうユニオン支部へ向かっていいのか!」

「ああ、今日はお前の昇格試験以外に受けてた依頼はリザード討伐だけだ。それもさっきのお前の一戦で終わりでいいだろう。」

 テンション高くかなり嬉しそうなソラを微笑ましげに見るカイトが告げて、一同は街へと戻る準備を始める。実はこれ以外にも1つ考えている事があるソラ以外の一同は、早目に終われるようにしていたのである。

「じゃあ、さっさと戻ろうぜ!」

 そうしてテンションが高めなソラを先頭に、一同は足早に街へと戻ったのである。

 お読み頂き有難う御座いました。

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