第77話 レーメス伯爵軍陣営
街道の入り口に着いた三人だが、まだ誰も来ておらず、その代わりに偶然にも一条のパーティと会った。
「一条先輩。お久しぶりです。」
パーティで依頼を受け始めてから、出発時間や帰還時間等は各パーティ毎に違っている。その為、カイトと一条がこうやって顔を合わせるのは久しぶりなのであった。
「天音か、久しぶりだ。この間の草原以来か。天音は今から依頼か?」
この間の草原、とは件のゴブリン退治の時である。その時が約5日前なので、久しぶり、というのは正しかった。
「ああ。これから西の森へ行くところだ。先輩は今帰った所か?」
見れば数人の防具に血糊や傷が付着しており、全員若干の疲労が見て取れたのでカイトがそう予想する。
「ああ、今リザード討伐の依頼を終えて昼食を食べに来たところだ。……そうだ、どこかいいところを知らないか?」
一条に問われたカイトは、最近の昼食の場所である西町の酒場を教えることにした。
「先輩は西町の酒場『英雄の留り木』へは?」
『英雄の留り木』とは、冒険者として活動し始めた初日に利用した西町の酒場の事である。
「ん?酒場?お前まさか……。」
酒を飲んでいるんじゃないのか、と言外に問う一条。どうやら、一条はあまり食事処の事情を把握していないのであった。
「ああ、瞬。あそこはお酒以外も提供していますよ。と言うより、あそこ以外もお酒を一緒に提供しています。」
カイトに代わって答えたのはリィルだ。彼女は祖先のバランタインの足跡を調べる一環で件の酒場を知り、時々アルやルキウス達といった部隊の面々と共に利用しているのである。
「そうなのか?」
「ええ。量の割に値段が安めなので、時々利用させて頂いてます。」
「そうだったのか……。知っていたら教えてくれてもいいだろう。」
一条が不満そうな顔をしてリィルに文句を言うのだが、リィルは呆れた顔で反論する。
「あなたが勝手に市場で買い食いするのが礼儀だ、とかなんとかいって勝手に買うからでしょう。」
「うっ……すまん。初日に食べた串焼きの味がうまくてな。あれだけ種類が豊富なら全種制覇したくなるだろ。天音は市場へは行ったか?」
少し照れた様子で一条が頬を掻いた。尚、一条に引きづられる様に屋台での昼食を決定づけられていた一条パーティの運動部下級生の面々は、このカイトの提案がまさに救いの神に見えた、とのことである。上下関係がきちんと躾けられている下級生達にとって、一条の決定は絶対だったのだ。尚、一条パーティにいる他の上級生たちは屋台での食事が気に入っていたので、誰も止めなかったらしい。
「時々、だが食べてる。いつもはさっき言った酒場だ。」
カイトやユリィにとっては市場調査の意味も込められており、時折だが利用するのであった。何時もではないのは、屋台のメニューにはサラダ等の野菜が少なく、栄養バランスが偏るとユリィからダメ出しを食らったからであった。
「なら、南町の屋台の牛串は食べたか?地球には無い香辛料を使っているらしくて、独特な味だったぞ。」
「それはどこに?」
「ああ。確かソラも知っているはずだ。連れて行ってもらうといい。」
「先輩、腹減ったっす。」
なおも雑談を続ける二人に、後ろにいた男子生徒が空腹を堪えながら、文句を言う。
「ああ、そうか。スマン。じゃあ、天音もがんばれよ……とりあえずは西町へ向うか。リィル、そこからは案内頼むぞ。」
「ええ。任されました。」
そうして去っていった一条パーティだが、なぜかリィルが残っていた。
「一つカイトさんに聞きたいんですが……」
彼女はおずおずと言った具合に口を開いた。どうしようか、と悩んだ挙句、どうやら聞くことにしたらしい。
「ん?何だ?」
「あの勇者メニューって……」
どうやらアルと同じ疑問を抱いたらしいとカイトは判断して、かなり恥ずかしげに言い放った。
「悪いか。お前ら二人共似た事言いやがって。」
ぷすー、と口先を尖らせて答えたカイト。だが、リィルが心配していたのは、別の事であった。
「いえ、悪い、というわけではないのですが……。もう少し野菜も取られては?」
「あ、うん。気をつける。」
正論を言われて毒気を抜かれたカイト。
「結構前からずっと野菜も、って言ってるんだけどねー。まったく、梨の礫だよ。」
ユリィが呆れ返った様子で、リィルに告げる。勇者メニューは肉っけが多かった。それを見ていたアルが笑いを堪えていた。カイトがそんなアルを睨むが効果なしである。
「ま、まあ、いいんじゃないかな……カイトも当時は今の僕や瞬達より幼かったんでしょ?その年頃なら、ガッツリ行きたくてもしょうがないんじゃないかな。」
とは言え、一応は主である。苦笑しながらもアルがフォローを試みた。
「ああ、そういえば当時はまだ15歳前後でしたか……あ、北西の森へ行かれるのでしたら、あまり伯爵領側へ行かれないように。」
当時のカイトの年齢を思い出し、なら仕方がないか、と微妙にまだ言いたそうな雰囲気を残しながら、本題に入った。
「ああ、聞いている。が、今回は依頼の関係上少し話をする必要があるんでな。」
部下からの忠告を改めて受け入れ、カイトはその上で行かなければならない、と肩を竦めた。
「そうですか。アル、カイトさんを頼みますよ。」
カイトの様子から心配は無用と判断したリィルは、これ以上遅れては不審に思われる、と会話を切り上げる事にした。
「わかってるよ。今回話を聞くのは主に僕だしね。何とかするよ。」
リィルの言葉を受け、アルがしっかりと頷く。それを見たリィルは安心し、一礼した。
「なら、いいのです。では、私も怪しまれる前に後を追いますね。」
そう言うやリィルは足早に一条の後を追っていった。
そして、一条達が去ってから10分ほど経過して、ソラ達が集合した。
「魅衣悪い。」
カイトは魅衣から昼食を入れた袋を受け取って、感謝する。
「いいのよ。途中ティナちゃんがわけの分からない果物をおやつとか言って買いそうになったぐらいで。」
その魅衣の言葉に、カイトがティナを睨む。睨まれたティナは少し照れた様子でそっぽを向いた。齢数百歳なのに、どうにも子供っぽい元魔王であった。
「むぅ、いいじゃろ、おやつは300円までじゃ。」
「あれ、銅貨5枚ぐらいしてたよー。」
言い訳しようとしたティナに対し、由利がぼそっとツッコミを入れる。この様子だと、魅衣と由利に財布を任せても大丈夫か、とカイトは安心する。
「……ティナ。」
「むぅ……。」
少し拗ねた様子のティナを連れて、一同は街道を往くのであった。
そして約3時間後。道中数度戦闘があったものの、一同は西の森に展開しているという伯爵の部隊の陣営を訪れたようとしたのだが、その森に入る前に何処かの部隊の陣地があった。
「あの紋章は……レーメス家?」
部隊に掲げられた旗を見たアルが、眉を顰めた。森の中にいると聞いた部隊が、何故こんなところにいるのか、と訝しんだのである。
「ああ、さっきクズハから連絡があって、さすがに森の中に展開させておくのも色々とまずいから、外の開けた所で展開させる事にしたそうだ。」
カイトの答えを聞いたアルは、ああ、なるほど、と納得する。そうして、別に隠すことは無いので、一同は堂々と陣地の入り口から尋ねることにした。
「ここはレーメス伯爵麾下の部隊の陣営である。冒険者がいったい何の用か。」
陣地の門番と思しき人物の一人が、近づいてきたカイトら一同へと問いかける。
「申し訳ない。一つ問いたいことがあって伺わせてもらった。これについてはアルフォンス・ブラウ・ヴァイスリッター殿も証明してくださいます。」
そう言ってカイトに指名されたアルが前に出る。
「私はアルフォンス・ブラウ・ヴァイスリッター。ヴァイスリッター家次男です。彼らは現在公爵家の保護下にある冒険者であり、あなた方に害意無きはマクダウェル公爵代行クズハ様も証明されています。」
そういってアルは自らの軍人としての認識証を提示する。この認識証はドッグタグの様な者で、皇国軍人ならば全員が共通して持っている物であった。
「……本物のようだ。少々待たれよ。今指揮官殿に確認を取ってくる。」
アルの認識証を確認した門番の一人が、陣地の中へと入っていった。
「大丈夫なのか?」
ソラがアルに問いかける。他の面子も不安そうだった。
「うーん……多分。」
少しだけ困った様子で、アルが答えた。彼も他家の軍勢、しかもガラが悪い事で有名な軍を前に、絶対と保証することは出来なかったのである。
「多分って……。」
「大丈夫だろう。余程の無礼があれば別だがな。他家の領地で重要軍人を弑したなどとなれば両家の間に重大な問題が発生する。しかも、オレたちがここを訪れることはリィルも知っている。更にアルがここら一帯の魔物では勝負にならんことは周知の事実だ。事故や事件に見せかけてオレたちを害そうにもアルが邪魔になってくる。もし、アルに手を出せば自分たちが真っ先に疑われることぐらいは向こうも承知しているはずだ。」
困った様子のアルに一気に不安になった魅衣に対し、カイトが論理立てて説明する。
「なるほどなぁ。……ん?てことは、アルが居なかったらまずいわけか?」
そうして、同様にカイトの説明を聞いていたソラがふと、何かに気付いた。
「まあ、そうなるな。」
「アル!頼むから帰るまでは俺達から離れるなよ!」
ガシッ、とアルの肩を掴んで逃げないように拘束する翔。更にソラがアルの後の回り、絶対に逃さない、と意気込んでいた。
「動きにくいから離れてよ。」
一方、がっしりと掴まれたアルは、かなりうっとおしげな顔をして見せて翔の手から逃れるべく蠢くが、翔が更に力を入れる。
「断る!」
そんなこんなで騒がしい面子だが、しばらくして確認に陣地内へと入っていった門番が戻ってきた。
「お会いになられるそうだ。こちらへ。」
そう言って一同を案内する門番。カイトらはアルを先頭にそれに続いた。
「おい、ティナ、ユリィ。」
歩きながら小声で二人に声を掛けるカイト。更に密かに消音結界を張る念の入れようである。
「わかっておるわ。もうすでにやっておる。」
そう言うティナは、周囲を警戒する探知系の魔術を密かに展開している。同じく、カイトと同じ考えをしていたユリィも、既に対策をしていた。
「うん。こっちも嘘検知の魔術は展開済み。」
「そうか。ならいい。」
そんな二人を前に、カイトは何時でも配下の使い魔達を呼び出せる様に準備する。悪い噂の絶えない伯爵麾下の軍人の陣地へと乗り込むのである。警戒するに越したことはない。
「うむ。じゃが……。」
「わかっている。いざとなったら……。」
カイトはそのまま念話を使用して更に対処を行うべく、切り札達に連絡を取った。
『ティア、聞こえているか。』
カイトが念話で語りかけるのは、浮遊大陸にいる筈の、ティナの義姉、ティアである。
『……ん?おお、カイトよ。久しいな。偶には遊びにこんか?最近は暇でしょうが無い。』
しばらくして、何処かぼんやりとしたティアの声が返って来た。どうやら浮遊大陸は平和な様である。
『暇ができたら遊びに行こう。』
『その時は先の二人も連れてくると良いのじゃ。』
どうやら桜とソラの二人を気に入ったらしいティアが、二人を連れてくる様に頼む。
『ああ、わかった。その時は他の面子も紹介しよう。』
『うむ。で、どうした?妾を呼ぶなぞ。』
『ああ。オレの領土の隣は知っているか?』
『うむ。聞いておる。今代は相当な阿呆らしいの。』
彼女は各地を行き来する浮遊大陸の長で、尚且つ古龍の一体として、情報については他の古龍よりも一歩だけ秀でており、どうやら件の伯爵の噂も聞いているようだ。少しだけ呆れた声が返って来た。
『ああ、最悪そいつと戦争になる。それを伝えたかっただけだ。』
『なんじゃ。そんなことか。妾も暇ではない。そんなことでいちいち呼び立てるでない。』
何処か嬉しそうな声で、ティアがそう言う。
『何だ?教えなかったら教えなかったで拗ねるくせに。』
苦笑しながらカイトはそう言う。
『ふむ、そこは、まあ、女心というものじゃ。』
若干照れた様子のティア。一度伝えずに殴り込んだことがあるのだが、その時は盛大に拗ねられたのであった。
『まあ、良いじゃろう。お主の騎龍は妾よ。それに久しゅう暴れてなぞおらん。楽しみにしておくとしようかの。』
『……一応、今のところは殴り込むつもりはないからな。』
『なんじゃ。つまらんのう。』
そうして念話を遮断したカイト。ひとまずこれで最悪の状況になっても負けることはないだろう。そもそもカイト単体でも負ける事はありえないが。
「話は着いた。」
そうして、念話を切り上げたカイトが、少しだけ微笑みながら二人に告げる。
「む?……姉上か?」
「ああ。教えないと拗ねるからな。」
肩を竦めてそう言うカイトであるが、何処か嬉しそうである。
「お主、姉上に相変わらず好かれておるの。後、何故かグイン様とグライア様にも。仁龍様とは飲み友達じゃし、他の方々とも知り合いじゃしな。」
これは惚れた男が大物である証でもあるので、悪い気はしないティナ。いつまでも変わらない姉に、少しだけゴキゲンになる。
「……ただ落し物の行方を聞きに来ただけなのになんで古龍まで出てくるんだろうね、私達。」
そうして、ふと自分たちの現状を冷静に客観視したユリィがそう言う。カイトとティナも思わずきょとん、としてしまった。
「……わからん。」
カイトとティナは顔を見合わせ、首を傾げて声を揃えてそう言う。何故こうなったのかは、二人にもわからなかった。
『恐らく、お主の女癖ではないか?今暇にかまけてグライアと念話で話しておったのじゃが、暇だから余も向う、とか言っておる。』
と、そんな三人に対して、再び念話が響いた。相手は先ほどまで話していたティアである。
『おお、姉上。久しぶりじゃ。』
それに気付いたティナが、念話を返した。
『うむ、妹よ。久しぶりじゃ。何故隠蔽結界なぞ敷いておるのじゃ?……まあ、良い。では、伝えたからな。』
実はティナは今の自分の姿をティアに見られない様に、遠視系の魔術で自分の姿を視認されないような結界を敷いていた。表向きは遠視系の魔術者への警戒である、とカイトにもユリィにも説明しているが、それが嘘である事はバレバレであった。
「女癖かぁ……あり得るなぁ。」
「納得するなよ……」
そうして、雑談を始める姉妹を余所に、ティアの言葉に納得するユリィ。そんなユリィの呟きにカイトが溜め息を吐いた。
「……カイト。もし戦闘になったら、よろしくね。」
と、そこへ先頭で案内の軍人と話していたアルが小声で話しかけてくる。アルも同様の心配をしていたらしい。
「ああ。それはこっちで話を着けた。最悪の場合はティアが確定で、非確定だがグライアが来てくれることになった。」
「……え?僕達って小袋の行方を聞きに来ただけだよね?」
そして出てきた名前に、アルがぽかん、と口を開けたままになる。
「カイトの女癖の悪さじゃな。」
「うん。カイトの女癖のせい。」
「は?」
意味がわからない、そんな顔をするアルであったが、ティナもユリィも二人は説明するつもりは無かった。
「アルフォンス殿とお付の方々、指揮官殿がお会いになられる。入られよ。」
そうして、一人首を傾げるアルに対して、案内の軍人は陣地のテントの一個の入り口を開け、一同を中へと招き入れるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。