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第76話 お隣さん

「なあ、カイト。なんで俺は登録証見せなくてよかったんだ?」

 依頼人の店から離れ、南町の待合所となっている場所まで来ると、ソラが先ほどの遣り取りで疑問に思った事を口に出した。今までは全員で揃って登録証を提示していたのに、今回はカイトだけが提示したのである。

「ん?ああ、ホントなら誰か一人でも本物なら問題ないからな。それ以外は冒険者であろうとなかろうと依頼さえこなしてくれれば問題ないわけだ。これからは誰か一人だけが提示することも多くなるだろうな。」

 今までは、カイトが敢えて忘れないように、と依頼人の前では登録証を提示する事を強調させていただけで、実際にはユニオン支部でも全員が提示する必要は無い。尚、実はその意見を聞いた桜や一条も、少しの間はそうするか、と各自のパーティに同様の措置を取っているので、ソラだけでなく似たような疑問を多くの生徒が抱いたのであった。

「そんなんでいいのかよ。」

 ソラはそんなアバウトな依頼人達に呆れるが、実際に彼が依頼を出したとしても、達成してくれれば冒険者であろうとなかろうとどうでもいい、と考えるだろう。

「別に依頼さえこなしてくれれば、依頼人に不利益は無いからな。実際に300年前の勇者にしても冒険者登録していたのは半分程度だろ?それでも依頼を受けているんだから、大丈夫だ。まあ、これが貴族からの依頼ともなると、登録してるなら全員の提示が求められるらしいけどな。」

 貴族となれば、当然嘘を言って近づこうとする者も多い。偽造が難しい登録証は、日本で言う所の運転免許証の様な物なのであった。

「じゃあ、やっぱ登録証は携帯しとかねぇとまずいのか。」

 カイトの言葉に、ソラがふと頭に浮かんだ不携帯の考えを捨てる。

「当たり前だ。これから領地を越えて活動するなら、検問なんかで登録証を提示しないと通れないぞ。」

 登録証が身分証を兼ねているので、当たり前である。そうしていると、他の面子が集まってきた。

「あ、カイト。店見つかったって?」

「ああ。もう話も済ませてきた。」

「ではもういけるのじゃな?」

 魅衣の問い掛けを肯定したカイトに、ティナが問い掛ける。

「ああ。まずは北西の森の街道を通って、一旦隣の伯爵領近くに展開する部隊とコンタクトを取ろうと思っている。アル、悪いが話を頼む。他の面子は悪いが必要な物資の買い出しを頼む。途中で昼飯を取ろうと思うから、ついでに食料も調達しておいてくれ。魅衣、悪いが無駄な買い物しないように財布の紐を握っておいてくれ。オレとアルは少し打ち合わせをやっておく。」

「わかった。集合場所はどこ?」

 魅衣の質問にカイトは少し考え、口を開いた。

「……北西の街道はわかるな。マクスウェルの街道入り口に30分後に集合だ。アル、悪いが少し打ち合わせを頼む。」

 カイトが集合場所を北西の街道にしたのは、そこから出なければ目的地に行くのに遠回りとなるからである。

「いいけど……あそこに部隊って展開してたかなぁ。」

 アルは尚も、先ほど聞いた部隊について頭を悩ませていた。尚、これはこの日に公爵家に連絡がいっていた情報であったので、末端であるアルが知らなくても仕方がない。

「りょーかい。じゃ、カイトはなんか希望ある?」

「ああ。これから少し運動になりそうだからな。軽めで頼む。」

 魅衣に聞かれたカイトは、3時間程走りそうだったので、軽めのメニューを選択する。

「わかった。じゃ、いってくる。」

 それを聞いた魅衣らが買い出しに向かった後も、アルが怪訝そうな顔をして記憶を辿っている。それを見たカイトは事情を説明するのであった。




「なるほどね。でも、その店主は運が良かったね。もしこれが噂に聞く様な軍人だと、今頃殺されて荷物を奪われてたかも。」

 カイトから話を聞き終わったアルが、納得した表情でそう言う。

「それほど悪いのか、隣の伯爵とやらは。一応ここは公爵家で地位は上だぞ?盗賊紛いの奴だったら討伐されても文句言えんだろうに。」

 アルの言葉からあまり良い印象を受けなかったカイトは、かなり顔を顰めていた。

「うん。まあ、他家だから詳しくは伝わってこないんだけど、相当治安が悪いみたいだね。それに領主がどうしようもない女好きで結構非道なことしてるらしいよ。」

「カイトとどっちが上かな?」

 アルの言葉を聞いたユリィが、少しだけ悪戯っぽい笑顔で二人に問いかけた。それを聞いたカイトは呆れ顔であった。

「ユリィ……頼むから、そんな外道と一緒にしないでくれ。」

「冗談だってばー。まあ、女癖は私も知ってるよ。昔ウチの学園にいたんだけど、そこでも問題起こしておもいっきり退学にしようとしたんだけど、さすがに外交問題になりかねないからねー。と、いうか、私にも手を出そうとする辺り、どんな教育をされてきたのやら。」

 ここで言う学園とは、ユリィが学園長を務める魔導学園のことである。ユリィは呆れ返って件の伯爵を思い出していた。

「ユリィちゃんにも?僕は奥様に手を出そうとしてサキュバス送り込まれた、とか聞いたことあるよ。他にもユハラ様に、えぇっと……後は他家だと南東に隣接してる所の令嬢とか、色々聞いてるね。」

 そうして、更に聞いた噂を口に出したアルだが、そこでふと、ゾクリ、と何か寒気を感じた。

「ほう、オレの女に手を出そうとしたか。いい根性だ。」

 カイトは口元は笑っているが、目が笑っていない。件の伯爵はカイトの琴線に触れたらしい。それに若干の寒気を感じつつも、アルは念の為に注意した。

「間違っても殴り込みかけないでね。」

「向こうが手を出さない限りは……な。」

 獰猛な笑みを浮かべるカイト。カイトに今のところは、殴りこみを掛けるつもりはない。

「ま、そんなだからカイトも女好きって言われるんだよねー。ユハラの時は皇国中が騒然となったし。」

「聞いたことあるなぁ……」

 アルがその一件を思い出す様に、上を向いた。

 これはその昔、カイトがまだ公爵になりたての頃のことだ。カイトを侮った貴族の一人がメイドとして働き始めのユハラを無理矢理手篭めにしようとして拉致、すぐにカイトに発覚した事があったのである。その時のカイトの激怒は凄まじく、手勢を集める事も無く、ただその場に居た面子だけで即座に出発したのであった。

「確か、ペンドラゴン様にティナちゃん、カイトの三人で殴り込み掛けたんだっけ。」

 アルとてカイトのかつての仲間の子孫だ。普通に伝わっている以上に、カイトの武勇伝は知っていた。

「他にも何人かいたがな。まあ、そいつは子爵だったんだが、お礼にそいつの軍を壊滅させてやった。たかだか後方で威張ってただけのガキと一緒にすんな、って所だ。」

 アルの言葉に、大したこともない、そんな感じで答えたカイト。引き起こされた結果に、アルはドン引きである。

「ちなみに、私も居たよー。私、大活躍だった!」

 そう言ってVサインをするユリィ。実際、彼女が全て片付けたと言っても過言では無かった。

「お前の開幕一発で終わったからな。」

「あれで200人ぐらい気絶したんだよねー。それで勝てないって悟った子爵軍の残りが潰走。それで真っ青になった子爵が慌ててユハラを連れて詫びに来て……まあ、カイトが軽く、本当にかるーくボコって終わり。」

 件の子爵軍は来ていただけで約1000名だ。当時はまだ治安が悪く、別領地に行こうものなら、そのぐらいの護衛は必要だったのである。尚、散った兵士達は後で公爵軍を使って捜索、きちんと原隊復帰させた。

「うわぁ……。」

 ユリィは軽く、と強調して言っているが、実際には全治数ヶ月の大怪我である。おまけに、カイトに対する悪夢が刻み込まれており、数年間はカイトを直視する事さえできなくなったのであった。それを大方想像出来たアルは、思い切り引き攣った笑みを浮かべるしか無かった。

「ああ、ちなみに、ユハラの貞操は無事だったぞ。」

「なんかあったらあの程度じゃなかったでしょ?まあ、その後にカイトが奪ったけど。」

 半眼になってそう言うユリィ。この事はユリィは当時から察していた事だし、後に聞いてもいたので、今更文句を言うつもりは無かった。

「……五月蝿い。」

 少しだけ照れた様子で答えたカイトだが、彼女の言葉を否定する気はない。無事でなければカイトはその場で即座に首を刎ねようとしただろう。実際にはその後、仲間の誰かに止められただろうが。

 そうしてそれ以降、勇者の仲間の内誰か一人にでも睨まれれば貴族軍程度は軽く潰される、それが当時の諸侯の共通認識であった。と言うより、当時ならばたかだか呼び出されて怒られる程度で済む様な事に、簡単に古龍(エルダードラゴン)の一体を連れて来られては、誰も馬鹿なんて出来なかったのである。

「にしても、今の世代はそんなことも知らんか……」

「知ってたら公爵家の面々に手を出そうとしないでしょ。そうでなくても余程の馬鹿でなければ今の貴族だってウチで馬鹿はしないわよ。なんたって、領主不在とは言え曲がりなりにも公爵領で、そこに暮らす有力な種族達からの支援、圧倒的な技術力と、それに支えられた強力な軍勢。普通に考えられるだけの知恵があれば、誰もここで馬鹿はしないよ。」

 カイトがしみじみと言った言葉に、呆れ返りながらユリィがそう言う。

「で、その余程の馬鹿が隣の伯爵、というわけか。」

「まあ、そう、としかいいようがないよ。他の領地にまで伝わる、って結構すごい事だからね。」

 アルは苦笑しながら肯定する。元々、かの伯爵がトップであるから、もみ消しは容易い筈なのだ。それがアル達他家の要職達にまで伝わるのだから、かなり酷いのだろうと予想できた。

「まあ、いいか。とりあえず、交渉は頼んだ。」

 とは言え、現状では此方には手出しされていないのだ。よほど目に余れば諫言等の形で手出しも出来るが、現状では噂程度に過ぎない。此方から手出しは出来ないのであった。

「うん。」

 そうして三人は街道の入り口へ向かって行ったのである。

 お読み頂き有難う御座いました。


 2016年1月11日

・誤字修正

『情報で』が『情報出』になっていた部分を修正しました。

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