第75話 慣れ
そして冒険者として活動を開始して半月が経過した。カイト達のパーティは現在、マクスウェル付近の草原にてゴブリン30体と戦闘中である。
「おらよ!」
ソラは慣れた手つきでゴブリンの攻撃を防御してカウンターで仕留めた。
「まだいるの……。この一ヶ月何匹倒したと思ってるのよ。<<鳳仙花>>!」
魅衣は始めの頃の怯えはすでに無く、何体倒しても湧いてくるゴブリンに呆れていた。めんどくさくなったのか、広範囲へと攻撃出来る技を使用してゴブリンを一掃し始めた。
「いいだろ、別に。今回の依頼はゴブリン退治だし。」
翔はゴブリンの集団の間を駆け抜けつつ、一体一体確実に仕留めていく。由利も同じように遠距離から一体ずつ確実に数を減らしている。
「この一ヶ月でかなり腕を上げてるね。カイトの影響かな?」
「あいつらの努力の賜物だろ?」
「魅衣ももうとっくに学園トップ集団なんじゃない?」
カイト、アル、ユリィの三人は戦闘をそこそこに4人の戦闘能力について話し合っていた。ゴブリン相手とは言え、この三人だからこそ、ここまで余裕を持って戦えるのである。
「まあ、まだまだじゃがな。それでもこの程度の相手ならば、負ける道理はないじゃろう。」
そこに遠距離として援護についていたティナが、魔術を用いて遠くから会話に加わる。
「10体程度ならもう4人でなんとかなるだろ。」
「うん。報告書にも戦闘能力も殆ど問題なし、って書けると思う。」
アルは提出する為の文書に記す文言についてを考えながら、ゴブリンの攻撃を捌いていく。
「そろそろユニオン以外の依頼人から依頼を受けるべきか。」
そもそも彼らの礼節面に関しては教官達以上に、カイトの方が詳しく理解している。初日以降、ユニオン以外の依頼人からの依頼も受けている所もあるのだが、学園生の礼儀などが問題となったことは今のところ無い。
「そこら辺はカイト次第だね。」
アルはそう言うが、確かに、アドバイザーとしてアルが派遣されているが、パーティーリーダーはカイトだ。決定権はカイトにあった。おまけに、学園生達の行動は、理に適わないものや、実力不相応な依頼でない限り、聞かれない限りは口出ししない様に命じている。現在のところカイトは先に実戦訓練を積ませる方針を取り、ユニオン直轄の依頼を受けていたのである。その御蔭で、ソラたちは最下級クラスの魔物の討伐ならば、問題なく達成出来るようになっていた。
「まあ、礼儀作法なら魅衣を交渉役に立たせれば問題ないか。」
お嬢様である魅衣は、数年前の一件はあれど他の面子よりも一段上の礼儀作法を仕込まれていた。そんなことを考えていると、翔が抗議の声を上げた。
「おい!そこの3人!さぼってないで手伝え!」
それを受け、カイト、アル、ユリィは各々本格的に討伐に移る。
「わかってるって。さて、さっさと終わらせるか。」
「そうだね。この時間なら後もう一つぐらい依頼受けられるだろうし。」
「じゃ、私はカイトのフードで寝てるねー。」
そうしてカイトらが参戦したことによって趨勢は決した。その後、十分後には全てのゴブリンが討伐されていた。
「終わったなー。これならもう懸賞金懸かってる魔物とかいけんじゃねー?」
最後の一体を討伐し終えた翔が、余裕そうな感じで提案する。
「アル、どうだ?」
翔の意見をもっともだ、と思ったらしいソラが、試しにアルに尋ねる。
「無理だよ。そもそも懸賞金懸かっている魔物なんて周囲への被害が甚大だから懸けられているか、周囲に比べて圧倒的に戦闘能力が高いからなんだし。」
「あ、やっぱそうなのか。」
ソラは大方予想していたらしく、驚いた様子はない。
「周辺だと、どんなのがいるの?」
「この辺りだと、ゴブリンの亜種とか、ヌーの突然変異体とかが懸賞金が懸けられているね。他には手配書を見ればわかるよ。」
「ふーん。で、カイト、今日はこの後どうするの?お昼には早いでしょ?」
魅衣は太陽の高さから、まだ昼になっていないと予想し、もう一つ依頼が受けられそうだと考えたらしい。そうして、これはカイトも考えていた事であった。
「そろそろユニオン以外の依頼を受けようかと思う。」
「それって、マクスウェルの住人から依頼を受けるってことー?」
由利がカイトの意図を察し、カイトに尋ねる。
「そういうことだな。そろそろユニオンからの依頼も慣れただろ?」
「うーん、どうだろー。」
由利は自信なさ気であるが、ティナが太鼓判を押す。
「由利ももう、普通に弓矢で戦えておるじゃろ?それなら大丈夫じゃろ。」
「じゃあ、大丈夫だねー。」
「ソラと翔もいいな?」
「まあ、こないだみたいに一条先輩のパーティに会わなければ、大丈夫じゃね?」
「あの日は疲れたからな……。」
ソラも翔も、一応大丈夫だと思っているらしい。尚、何故一条のパーティに鉢合わせなければなのかというと、実は以前に街の外の草原で鉢合わせた時の一件が原因だ。カイト達がゴブリン討伐の依頼を受けた時に、偶然肩慣らしに、と同じ依頼を受けた一条のパーティと鉢合わせたのだが、その日は時間ギリギリまで討伐に付き合わされた。そのときはカイト達のパーティも、一条のパーティも競うように討伐していったので、かなり疲弊してしまったのであった。尚、一条のパーティは討伐系をメインに受注しているらしい事を、カイトはその時聞いていた。
「じゃあ、戻っていい依頼でも探すとするか。」
カイトがそう言った事で、一同は一旦ユニオン支部へと戻ったのである。
「あれ?皆さん、今日はお早いですね。」
受付は相変わらずミリアであった。カイトの事情からしょうがないのである。尚、その所為でミリアを口説いているという風評被害があるのだが、これだけは甘んじて受けるしかなかったので、カイトは対処していない。
「ああ、そろそろ他の依頼にも手をつけようと思ってな。」
「そうですか。では、どのような依頼をお探しで?」
カイトの意向を受けて、ミリアは受付に備え付けられた魔導具を用いて依頼のリストを展開し、検索する準備を整えた。
「何か住民からの依頼は無いか?……できれば戦闘含みで。」
最後だけ小声で相談するカイト。スパルタである。
「あはは。それでしたら……ああ、こんなのどうです。先日マクスウェルに来られた商人さんが北西の森の街道を通られたそうなんですが、その際魔物に襲われて荷物を落としたらしいんです。」
そうして、3分ほど条件に合致する依頼を探していたのだが、どうやら見つかったらしく、魔導具に映った依頼内容をカイトに提示する。
「……でかい荷物だろ?馬車無いんだが。」
カイトが少し眉を顰めて、難色を示した。遠方から来た商人が落とした荷物ともなれば、大きめの木箱にでも箱詰めされていそうであったのである。
「あ、大丈夫ですよ。落とした荷物は小袋らしくて、落としたことに気づかなかったらしいんです。どうにも、戦闘の衝撃で上に積んでいた荷物が崩れたらしいですね。護衛の方も戦闘前まではあったことを確認しているらしいので、森の中か道中で落としたんじゃないか、とのことです。こちらが荷物の特徴になります。」
そういってミリアは荷物の特徴を記したメモの写しを2枚を渡す。そこには確かに、腰に吊り下げられる程度の大きさの荷物を紛失した、と記述されていた。どちらかと言うと、持ち帰るよりも探す方が面倒な依頼であった。
「わかった。依頼人はどこにいる?」
「えぇっと……あ、南町の市場で出店されるらしいですね。目印に黄色い大きな鳥の羽を看板につけているらしいので、ひと目でわかると思います。小袋の中身は香辛料らしいんですが、できれば今日明日中にでも回収してほしいらしいです。中は開けても大丈夫とのことですので、開けて確認してください。」
「腐らない香辛料に今日明日中か。まあ、依頼人にも依頼人の事情があるからな。了解した。」
カイトは釈然としないながらも、席を立ち上がる。経験から言って、確実に裏有りの依頼でありそうであった。各地の通商がし難いエネフィアでは、食材の中では香辛料は確かに高価であるが、小袋に入っている程度ならば、別段失っても痛くないレベルだ。諦めをつけても良さそうであったのである。とは言え、取り敢えず依頼人と会ってみなければ始まらない。
「じゃあ、こちらが受注証になります。では、よろしくおねがいしますね。」
「ああ。承った。じゃ、行ってくる。」
依頼書をカイトに手渡して頭を下げるミリアを残し、カイトは受付を離れた。
「いい依頼があった。こいつだ。」
そう言って右手で依頼書を掲げ、カイトはユニオン支部のロビーで待っていた他の面子と合流する。
「どれどれ……あ、こっちがメモの写しね。」
そう言って魅衣と由利が受注証とメモの写しを覗きこむ。
「一応もう一枚メモの写しを貰っている。他の面子も確認してくれ。」
そういってティナにもう一枚の写しを手渡し、それをソラと翔が確認する。
「へぇー西の森で荷物探しか。街道へは行ったことあるな。」
「じゃあ、大丈夫そうだな。さっさと街道へ行こうぜ!」
そういって翔が街道へ行こうとする。が、それを魅衣が押しとどめた。押しとどめられた翔は、怪訝そうな顔をする。何時もなら、誰かが依頼書を持って来て、それを全員で確認して、出発だったのである。
「待ちなさいってば。先に依頼人に挨拶へ行くのが先でしょ?」
「え?カイトが済ませてるんじゃないのか?」
「いつもはユニオンの依頼だからミリアでいいんだが、この依頼は南町の市場の商人からの依頼だ。先に南町に行く必要があるな。」
「あ、そういやそうだっけ。」
翔は最近ユニオンでの依頼のみだったので忘れていたらしい。
「とりあえずは南町で黄色い羽の看板を探すか。それでいいんだよな?」
依頼内容を確認していた
「ああ。」
そうして一同は、一旦南町の市場を目指して出発した。
さすがに街で探し物をするのに集団行動をするのは非効率的だ、ということでバラバラで依頼人の店を探していた一同。一同がユニオン支部を出発しておよそ20分後に、目的の店が見つかった。南町の市場の、行商人達が移動式の店舗を並べている場所に、その店も存在していたのであった。
「お!あったあった。すんません。荷物落としたっていう商人ってあなたですか?」
ソラは看板に黄色い羽根がついた店を発見し、店主らしき人物に話しかけた。
「ん?あんたは……。」
ソラの言葉に怪訝そうな顔をする店主らしき人物。
「あ、俺は依頼を受けた冒険者です。」
そう言ってソラは登録証を提示し、証を示した。
「おお!そうだったのか。俺がその店主だよ。いやぁ、悪いな。で、あんた一人かい?」
先ほどとはうってかわって、人の良さそうな笑みでそう言う店主。どうやら素性もわからない鎧姿の少年から声を掛けられて、警戒されたらしい。
「あ、いや、ちょっとまってください。おーい、カイト!こっちにあったぞー!今リーダーが来ますんで、少しだけ待ってください。」
ソラは外に丁度カイトの姿を見つけ、声を上げた。それに気付いたカイトは、ソラの方へと近づいてきた。
「ユリィ、悪いが全員を集めてくれ。」
「はいよー。じゃ、いってくるねー。」
カイトは店に目印の黄色い大きな鳥の羽を見つけ、ユリィに他の面子への連絡を頼む。カイトはユリィが飛び立つのを見届け、商人の方へと顔を向ける。
「あなたが、依頼人の商人ですね。」
「ああ。にしても、ずいぶんと若いリーダーだな。」
「腕は保証しますよ。もちろん、戦闘も含めて。」
不敵な笑みを浮かべてそう言うカイト。彼は相手と対峙する場合、何よりも重要なのは笑みだ、と考えていたのである。
「ほぉ、言うねぇ。じゃあ、とりあえず受注証と登録証を見せてもらおうか。」
商人の方も何人もの冒険者や同業者と遣り取りしてきたやり手だ。カイトの不敵な笑みに、虚飾や虚栄が無い事を見て取ると、彼の方も不敵な笑みを浮かべた。どうやら第一印象としては、まずまずの評価を受けられたらしい。
「此方になります。」
そう言ってカイトは受注証と登録証を見せる。
「ランクEか。そうは見えんがな。確認した。俺達商人にとって、時は金なり、だ。早速依頼の話に入ろうか。」
そう言って、店主は真剣な顔をする。それを受け、カイトも浮かべていた笑みを引っ込めて言う。
「ええ。そちらもお急ぎのようですしね。まあ、戦闘能力については少々事情がありまして。」
「そうか。……依頼内容は確認しているな?」
店主は長く旅をしているらしく、手を出さないほうがいい情報を嗅ぎ分け、カイトについて詳しくは聞かなかった。彼とて長い職歴の中で、要らない情報を得てしまった為に消された同業者達は山ほど見てきていたのである。この嗅覚は必然、身に付けた物であった。
「ええ。探している荷物は香辛料の入った小袋、でしたか。」
「そうだ。場所は北西の街道途中の森だ。」
依頼人の商人は当時を思い出すように一度目を瞑り、語り始めた。
「あの時は確か……ゴブリンとオークの集団に襲われたんだったな。なんとか護衛のおかげて大した被害は無かったんだが、街に到着してから上に載せていた香辛料の入った小袋が無いことに気づいてな。俺も護衛も戦闘前までは小袋があったことを確認しているから、おそらく森の中だと思う。」
「襲われた場所などは?」
「実は少し街道から外れたところなんだよ。隣の伯爵領の部隊が盗賊退治で誤って迷い込んでたらしくてな。あそこの悪い噂は知ってるから、鉢合わせても面倒だ、と思って街道から少し離れた場所を通ったんだよ。そこで襲われたってわけさ。」
商人の話を聞いて、カイトはクズハから上げられていた報告書を思い出す。2日ほど前に盗賊討伐で深追いしたらしく、隣の伯爵からお詫びの使者が来ていたはずである。
北西の森は伯爵領から機動力の高い部隊でも2日の距離で、深追いするにしても伯爵領から離れすぎている点など、何点かおかしな点があった。しかし、発覚したその日の内に通信で謝罪を入れられ、更に使者を即座に送って謝罪があったのでは強く追求できなかった。
全ての街が街道で繋がっている上、広大な広さを持つ公爵領に、伯爵領から公爵家にまたがる森に入り込んで偶然迷い込んだと言われては、なんとも言えなかったのである。
「まあ、たまたま良い部隊司令官殿でな。なんとか彼らの援護もあって討伐することはできたんだが……」
そういって店長は苦笑する。それにカイトは事情を察した。
「その時に落とした、と?」
「ああ。多分そうだと思う。聞いた話だとまだ部隊が駐留しているはずだから、正確な場所なんかは彼らに聞いてみてくれ。」
公爵家から迷い込んだ部隊が故意でないことを確認したいので臨検を行う、と申し込み、伯爵家も同意したので、現在も部隊は駐留しているはずである。
「わかりました。その部隊の場所などわかりますか?」
「確か……森に入って2日目だったから……ああ、あんたらなら入って1時間ぐらいのところだろう。」
マクスウェルからならば、現在のカイト達の速度―およそ時速30キロ―で3時間程度の場所であった。
「ありがとうございます。では、行ってまいります。」
「ああ。よろしく頼む。出来れば、遅くても明日明後日の内に届けてくれ。」
依頼人の言葉にカイト一礼して、ソラを連れて店を後にした。
お読み頂き有難う御座いました。