表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/3871

第74話 帰り道

「ごちそうさまでした。」

 カイトは一足先に食べ終わっていたのだが、全員が食べ終わったので、とりあえず合わせて合唱する。

「……さすがに教育を受けているとマナーが行き届いているみたいね。」

 ティーネがため息をついてそう言う。

「まあ、公爵領はともかく、皇国領土で教育の義務を課しているところなんて皇都ぐらいじゃないっけ?」

「そうだけど……。さすがにこの差を見せつけられたらねぇ……。」

「あはは、冒険者にしろ他の貴族領の出身者にせよ教育を受けている総数が少ないんだから、しょうが無いよ。」

 アルと二人で自分たちの世界の教育について話し合っている間に、ソラと翔とその他数人が手洗いに、カイトとティナ、楓が支払いへ行っていた。

「……桜さん、ここのお話を聞いて、どう思われます?」

「どう、とは?」

 抽象的な聞き方をした瑞樹に問い返す桜。しかし、言いたいことは伝わっているらしく、確認に近かった。

「勇者について、ですわ。」

「……私達は300年前とのことから、江戸時代中頃の方だと思っていました。しかし、違うみたいですね。」

「ええ。例えばナポリタンにしても、発祥は昭和9年ですから300年前には無いですわね。牛丼、ハンバーガーなどの料理にしても300年前当時の日本人が知っていたとは思えませんわ。他にも家電製品とも思える開発品。少なくとも戦後以降の生まれかと。」

 この店に来るまで、二人の中には二つの世界間に流れる時間は同じだという認識があった。しかし、この店に来て、明らかに江戸時代の日本と想定するにはあまりにオーバー・テクノロジーの家電製品もどきを見て、考えを改めた。

「恐らくは。それに、生カステラなどの比較的最近できたデザートを知っていることから、もしかしたら最近の日本にいた可能性もありますね。場合によっては私達が消えた時点でもご存命の可能性さえ。」

「ここから考えられることは……」

「2つの世界の時間の流れは異なる、ね。」

 話を聞いていた楓が瑞樹の言葉を継いで、自分が導き出した答えを言う。そして、これは二人も得ていた答えであった。

「まあ、さすがに私達の中に勇者がいるとは思わないけど……」

 楓が苦笑して言う。さすがにこの可能性は万が一を遥かに超えた可能性だと考えたらしい。現実は目の前で妖精と戯れているが。

「まあ、でも運が良ければ救援の可能性もありますわね。」

 希望論ではあったが、瑞樹が口に出した。万が一にも自分達の転移にあたりを付けられる人材が居るのと居ないのでは、救援の可能性が一変する。無い、が万が一にも有る、に変わるのは大きかった。

「ええ。伝え聞く勇者ほどの方でしたら、転移した程度は簡単に突き止められるかもしれません。」

「まあ、さすがにこれは希望論が過ぎますし、推論が多すぎますわね。」

「この件については秘密にしておいたほうが良いわね。」

「その方がいいでしょう。安易な希望は簡単に絶望に変わりますもの。」

 そうして、知らずカイトの正体へと一歩近づいた三人だが、カイトがその勇者であるとの確証を得るにはまだ、判断材料が少なかった。




「……やっぱ、同じ味だったよな。」

 トイレにて、ソラが一人、そう呟く。

「カレーにしろ、他の料理にしろなーんか、あいつんちのお袋さんの味に似てんだよなー。」

 ソラは実家との折り合いがつかず、時々カイトの家に避難していることがある。更に、夕食を食べて帰ることもしばしばあった。それ故に今日食べた料理に似た味を感じ取ったのである。

「しかも、勇者メニューってあいつの好物ばっかだし……。まあ、あいつが話してくれるってんなら、それまで待ってるか。」

 かつての試合の折に、何時か話す、そう言っていた友人を信じて待つことにしたソラ。更に思考に耽ろうとして、桜のパーティの男子生徒の一人がソラを呼びに来た。

「おーい、天城。そろそろ行くってよ!」

「おーう。」

「いい加減帰らないと18時までに学園に帰れなくなるからなー。」

 始めのうちは日帰りで学園に帰宅するように、それが天桜学園の冒険者へと課せられたルールであった。

「身体強化して一時間で着くっていっても、道中魔物と戦闘になったらもっと掛かるしな。」

 およそ学園から直線距離で10キロ。熟達の冒険者ならばもっと速いし、彼らにとってはかなり速いペースなので、実際にはもっと時間が掛かっている。

「こっちで泊まらせてくれてもいいのにな。」

「あれだろ?確かカイト曰く、始めから泊まりがけの依頼受けられても力量に合わないだろう、だってよ。あと、泊まる金ないって。」

 そうして、手を洗い終えたソラを待って、男子生徒が話し始める。それに対して、ソラが聞いた話を答えた。

「後ろが天音の本音だろ。まあ、先生方だと、男女の無断外泊禁止だ、とか言いそうだけどな。」

 実はこの男子生徒の予想は正解で、未だ戦闘が不可能な教師達がどうにかして規律を守らせようとした結果であった。

「あり得るな。うちトコのパーティはあいつと魅衣が財布握ってるからなー。当分は泊まれそうにない。」

 基本、カイトは冒険者時代の癖で旅関連の支度には浪費がなく、魅衣は元来の性格から浪費しない。それ故、この二人が財布を握り、非常時には由利が財布の紐を締めるので、浪費はありえなかった。

「うちは会長と会計が……。規律面から絶対に外泊はないな。」

 桜のチームはどうやら桜と会計の生徒が財布を握っているらしい。桜は規律にうるさく、会計の生徒は職柄浪費はしない、と思われた結果なのだろう。

「お互い、浪費は出来そうにないな……」

 ソラがため息を吐いて、男子生徒と共に肩を落とした。ソラは見知らぬ異郷での買い食いを少し楽しみにしていたのであった。

「だな。買い食い楽しみだったのに……」

「そいや、小遣いとかで買い食いできんじゃね?」

 実は、天桜学園の関係者一同には公爵家から、幾ばくかの小遣いが支給されていた。金額は役職や年齢などによって考慮されている。ソラは当分使うことないか、と思って持ってきていなかったのだが、この様子だと持って来た方が良さそうであった。

「あ、そいやそっか。買って帰るかなぁー。」

「少し貸してくれ。持って来んの忘れた。」

「貸せるほどねぇよ。この間のトーナメントでボロ負けしたからな……。」

 一応食券は支給されているのだが、トーナメント等で賭け等に使用した場合、当然小遣いから支払うことになっていた。この生徒はどうやらトーナメントで賭けに負けたらしい。

「売ってやろっか?」

 ソラがニヤニヤしながら問いかける。

「……お前、まさか……。」

 そのソラの笑みに、男子生徒が事情を察する。

「おう!ティナちゃんに頼んでカイトにも賭けておいて正解だったぜ!まあ、一番人気の一条先輩に大半賭けたから、結果利益は少し、ってとこだけどな。」

「あ!ずりぃ!お前、天音が強いこと知ってやがったな!」

「伊達に付き合い長くねぇよ。中学時代はあいつと殴り合いの喧嘩しまくったお陰で、前情報に惑わされなくてすんだぜ!」

「けっ。……ってことは、ミストルティンも?」

「ティナちゃんはカイト一点賭けしたらしい。」

 ソラが苦笑して言う。というより、なにげに負けず嫌いなカイトの性格を知るティナはカイトの敗北を考えていなかった為、大穴に全振りをして殆どの取り分を手に入れていた。

「うわぁ……当分は飯に困んねぇんだろうな……」

 そんな風に話し込んでいると、カイトがやって来た。

「二人共、そろそろ行くぞ。大久保、ソラを呼びに行ったんじゃなかったのか?」

「あ、悪い。すっかり話し込んじまった。」

「悪い悪い。で、カイト結局会計はいくらだったんだ?」

「全員合わせて金貨1枚に銀貨5枚だな。多少まけてくれたらしい。」

「量あったのに結構安いな。一人あたり銀貨1枚か。」

「今後ともご贔屓に、ってこともあるんだろ。」

 カイトは自分好みの味付けの料理が出るので、これからも利用する気であるし、日本料理が出てくるなら生徒達の利用率も高いだろう。先行投資としては、十分に良い宣伝代となるだろう。

「まあ、ジャンクフードなんか食いたくなったら来るのもいいな。テイクアウトもできるし。」

 テイクアウト出来るメニューの中には地球でおなじみのハンバーガーやサンドイッチだけでなく、牛丼などもテイクアウト出来るようになっていた。男子学生には有難い話である。

「じゃ、見ていっていいか?」

「早めにしろ。そろそろ出発しないと暗くなってから戻る羽目になるぞ。」

「りょーかい。」

 そう言って大久保はテイクアウトメニューを見に行ったのであった。




 全員が店から出て、カイトは密かに持ってきていた腕時計で時間を確認する。尚、さすがにデジタル時計はオーバー・テクノロジーなので、持ち出しが許可されたのはアナログ式だけである。アナログ式の時計はエネフィアにも存在していたのである。多少珍しい時計程度にしか思われないので、許可が下りたのだ。

「今、15時30分ってとこか。」

「ええ。今から依頼を受けても、18時までに学園に戻れないでしょうね。」

 同じく桜も密かに所持していた腕時計で時間を確認している。二人共、リーダーとしての責任感から、私物の腕時計を持ち込んでいたのである。

「帰るか。」

「それがいいと思います。」

「うん。まだ初日だから、急ぐ必要はないと思うよ。」

 アルとティーネのお目付け役二人も同意したので、学園へ戻ることにした。

「はい。じゃ、帰りも一緒でいいですね。」

「別々に帰るよりも安全だからな。」

 そうしてこのまま帰宅することにした2つのパーティ。帰りの道中で、ソラが疑問に思っていたことを口にする。

「そいや、残った金ってどうなるんだ?」

「10%を学園に納金してもらいます。残りは好きに使え、ですね。分け方は自由。まあ、当分は共有のアイテムや武器防具に費やす事になると思います。」

 桜が依頼で稼いだお金について説明した。続けてカイトが納金分の使用用途についてを説明する。

「学園に納金するのは当分活動が不可能とみられる後方支援面子への投資がメインだな。主には食材の購入や食物の種、動物の購入などに充てるらしい。戦闘向きでない学生達や教師といった面子は此方で冒険者となった者を支援することになる。」

「他にも怪我や病気をした際などに、医者や治癒術者などへ依頼する可能性がありますから、一時貯蓄として蓄えておきます。」

 そこまで聞いたソラはへぇ、と納得した。

「武器ねぇ……。当分はこいつでよくね?」

 そういってソラは腰の片手剣をカシャリ、と鳴らした。

「当分はな。だが、中級以降の魔物と戦うならもう少し上等の武器が欲しいな。」

「鉄以上の良い金属ってなんだよ。合金でもあんのか?」

「お主らの場合は中津国製の玉鋼製武器か、ドワーフの合金武器じゃな。すこし高く見積もるならエルフなんかの数打ちの魔法金属製武器でも良いじゃろ。余のような魔術師ならば魔族の魔導具でも良いかもしれん。」

 そう言うティナだが、彼女の杖はおんぼろな木で出来た杖だ。とは言え、おんぼろなのは見かけだけで、実は彼女がはるか昔から使っているかなり高性能な逸品であった。滅多なことでは買い換える必要は無い。

 尚、数打ちとは量産品と考えれば良い。オーダーメイドに比べて品質は劣るものの、値段は安かった。ティナの様な魔術師には、純金属製の武器は使い道がない。カイトの様に使い捨ての道具にするしか無く、金銭面がジリ貧状態の現状では、表向き買えないのである。

「ちなみに、最低価格は?」

 昼前の一件から、値段を気にするソラ。

「まあ、これらの武器はマクスウェルなら関税無しだから、それなりに安いな。……最低でミスリル銀貨1枚だ。この場合はドワーフの合金武器だな。」

 地理的にドワーフとエルフの里が近いのだが、エルフの武器は量産品でも高性能で、値段もそれなりに高かった。ドワーフ製の武器はピンきりであったので、安い価格帯の武器も存在している。

「俺らの2日分に匹敵すんのか。」

「彼らの里まで行けば金貨5枚ですむけどな。そこまで辿り着くのに結局高い装備を買う事になるな。まあ、しょうが無いさ、持ってこようと思うと輸送費に護衛やらなんやらと金が必要になるからな。」

「俺の場合はそれに鎧一式も揃えないとな……。」

「安心しろ、パーティの経費で落としてやる。」

 当たり前だがカイトとて、装備一式を個人で揃えろと言うつもりは無い。それに、彼独自の伝手もあるので、更に割安で入手することも可能である。

「おー、助かる。で、こっちの場合はおいくら?」

 そう言ってソラが自らが着こむ鎧を指さす。カイトは少しだけ目を瞑って各地での相場を思い出し、答えた。

「……片手剣の3倍ぐらいが相場だ。セット費用だから、少し安い設定らしい。」

「結局は金が掛かるな。カイトやティナちゃんの場合はいくらなんだ?軽装だから俺よりは安いんだろ?」

 皮で出来た防具と、金属で出来た防具で皮の方が高いという事はないだろう、とソラが尋ねる。が、実際には彼の予想は裏切られた。

「オレもティナも革や糸に魔術刻印が施してあるから、結局はお前とそう変わらん値段だ。」

 そう言うカイトだが、彼のロングコートの場合、素材そのものがとんでもない魔力を有しているので、刻印を刻む必要はなかった。カイトがコートの下に着ている黒服やティナが大人状態で常用している真紅のドレスも同じである。

「うへぇ、マジかよ。当分はここで依頼受け続けて高い装備買うしかないのか。」

「そういうことだ。装備を整えた後は泊りがけで各地へ散っていくことになるかもな。金も実力も無いのに始めから野宿用具を揃えても目的地にたどり着けん。」

「ええ。それに始めは日帰りにしたほうが宿泊費が節約できますし。」

「そういうことだ……って、桜も聞いていたのか。」

「興味深いお話でしたので。」

 途中で割り込んできた桜に、カイトが少し驚いた顔で桜の方を見た。彼女は驚かせることが出来た事が嬉しかったのか、笑みを浮かべていた。

「まあ、何時かはこっちに拠点を構える奴も出てくるだろうがな。」

「ん?そうなのか?」

「ああ。何時までも学園からマクスウェルへ通うのも面倒だろ?」

 いくら移動時間はこれから更に速くなるとは言え、移動には時間もかかるし、体力も消費するのだ。カイトの問い掛けは道理であった。それに思い至ったソラは、なるほど、と頷いた。

「その場合はどうなるんだ?」

「ホテルなんかで長期宿泊の受け入れやってるから、そこでいいだろ。安上がりで済むしな。」

 カイトの言っている事はほぼ全ての宿泊施設で可能である。更には宿泊日数毎に割引が付く。カイトは既にいくつかの宿屋にチェックを入れていた。

「場所はそんとき考えるか。」

「それでいいだろ、当分先なんだから。」

 とは言え、これはずっと先の話である。ということでこの話題が終わり、その他の様々な雑談をしながら一同は学園へと戻っていった。そうして、冒険者としての活動初日は終了したのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。


 2016年12月15日 追記

・誤字修正

『白金金貨』という所を『ミスリル銀貨』に修正しました。


 2018年1月25日 追記

・誤字修正

 『中津国』が『中つ国』になっていた所を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ