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第72話 昼食

 森にて依頼の薬草を採取し、道中3度ほど魔獣の集団と戦闘になるも、なんとかマクスウェルへと帰還したカイトら一同。出発してから4時間程度しか経過していなかったので、まだ周囲は明るいままである。

「大体今13時過ぎぐらいか。」

 出発したのが日本時間の9時ぐらいであったので、大体その程度である。

「腹減った。昼飯食いに行こうぜ……」

 空腹に耐えかねたソラが、昼食を希望する。全員同様なのだが、これには一つだけ問題があった。お金である。

「お金、あんま無いわよ?もしものときのために傷薬買ったじゃない。あれで結構お金使ったのよ。」

「無いよねー。」

「そもそも装備一式に薬が入っていないのは誤算だった。非常食はかなりあったのにな。」

 魅衣と由利の溜め息混じりの発言に、カイトが少しだけ申し訳無さそうに答えた。公爵家では装備一式や旅に必要な物を用意するように手配したのだが、この薬草等の薬一式が漏れてしまっていたのである。

「そもそも、私達の誰も薬を使うっていう発想がなくなって久しいからねー。」

 カイトがそうであった様に、ユリィも失念してしまっていた。これには少し理由があり、カイトが薬を使用していたのは、ユリィとの二人旅の間の最初期だけであった。その為、回復は自分達でやるもの、との考えが根付いており、カイトは自分で治癒術式を使える事を隠さなければならない事を忘れてしまっていたのである。

 では、それ以外はどうしていたのか、というと、旅の最初は治癒術式に適正が高い老賢人ヘルメスがいたので傷薬の必要がなく、中盤以降はカイトの技量の上昇と精霊達との契約によって治癒魔術の種類が潤沢に揃ってきたので、傷薬なぞ使う必要がなかった。おまけに言えば、回復薬にもきちんと消費期限があり、その消費期限に追われる上、馬車を失った状態で荷物となるアイテムを買うわけがなかった。

 カイトが大戦に本格的に参戦し始めると、今度は回復・補助魔術特化のアウラが早い段階で戦列に加わった。そうして再び仲間の誰も傷薬の必要がなくなってしまい、使わなかった事でクズハも失念してしまったのだ。と言うか、彼女の場合は存在を知っていても低級の回復薬を見たことが無いかも知れないので、仕方がないとは言える。

「私達も同じです。先に薬草の依頼を終えて、それからお昼ですね。」

 どうやら桜達も同じく傷薬を購入したらしく、金欠らしかった。カイトはお目付け役に傷薬の購入費用を経費で落とせるように手配することにして、一応アルとティーネと相談するフリをする。尚、その間、カイト以外の面子は昼食の相談を行っていた。

 そうして、せっかくなので何か名産を食べたくなったらしい瑞樹が口を開いた。

「マクダウェルの名産ってなんですの?」

「色々あるけどね。市場行けば串焼きとかもあるから、買い食いでもいいかもね。瑞樹ちゃんや桜ちゃんはお嬢様らしいけど、買い食い大丈夫?」

「一応、私もお嬢様なんだけど。」

 アルが市場での買い食いを提案するが、お嬢様方への気遣いに魅衣からツッコミが入る。

「え?……あ、魅衣も大丈夫?」

 アルは指摘されるまで、魅衣がサバサバした様子の女子生徒だったので一切気付かなかったらしい。

「……まあ、私はいいけど。慣れてるし。」

 ちょっとだけ釈然としない魅衣だが、気にすることでも無かったらしく、少しだけ照れた様子で答えた。

「私は今日は疲れましたので、どこかで座りたいですわ。ティーネさん、どこかご存知ありません?」

 それに対して瑞樹が座っての食事を希望。これには女性陣だけでなく、男性陣も賛同していた。

「なら、古くからある西町の酒場がオススメよ。他にも南町の通りにも美味しいお店が幾つかあるけど、本格的な料理を食べたかったらこっちは夜にすべきね。北にも美味しい店あるけど、こっちは高級店かカフェが多いわ。今の私達では予算オーバーね。東は……あそこは少しガラが悪いからおすすめしないわ。」

 瑞樹の問い掛けに、ティーネが幾つか案を述べる。尚、東には娼館などの風俗店街があるので、少々ガラの悪い住人がいた。それ故東町はマクスウェルの中でも若干治安が悪かったのだ。

「おすすめの西町の酒場って、街が出来た時からあるっていう、あの店?」

 リストアップされた店を思い出していたアルがティーネに問いかけた。どうやら有名な店の様だ。

「そうね。まあ、地元民だけでなく、観光者にも有名なお店よ。」

 最近、とティーネが言っているが、実際には20年ほど前である。ここは長寿のエルフと短命の人間の時間感覚の差、であった。

「たまに利用するんだけど、あそこって可愛い制服だからね。男性客と旅人が多いよ。制服の可愛さなら南町にあるカフェも負けてないけど、食事の美味しさならあっちに分があるかな。……今の時間はミレイちゃんが店番かな。ミドルロングの可愛い娘だよ。」

「アル、またリィルに怒られるわよ。というか、南町にカフェなんてできたの?」

「大丈夫だよ。……店員さんには手を出してないから。あ、南町のカフェは最近出来たみたいだよ。気になったから入ってみたんだ。」

 小声でそう補足するが、ティーネは呆れている。実は、アルはかなりの女好きで部隊では有名である。仕事中に空いた時間で気に入った女の子に声を掛けることもあるので、リィルによく窘められていた。

「血筋か。」

 カイトが呆れて言うと、聞いていたアルが神妙な顔をして少しだけ考え、漸く理解した。

「……もしかして、ご先祖様も?」

 コクリ、と小さく頷くカイトとユリィ。

「そっか。ご先祖様も……親近感感じるよ。」

 アルは偉大な祖先の意外な一面を聞いて、親近感を覚えていた。ちなみに、カイト、ウィル、ルクスの妻は気づいていたのだが、ルクスの女好きは演技の割合が強く、情報入手の側面があった。それ故、公爵家の首脳陣は黙認していた。まあ、カイトの方が酷かったという側面もある。

「……ちなみに、アルの女好きは素だからね。」

 カイトが帰還後、しばらくしてルクスに対して同じ結論に至ったユリィが小声で補足する。アルは素であるらしかった。

「これで高身長かつ銀髪なら酒場のあいつそっくりになるな……。」

 ルクスは優男風の美男子で銀髪、高身長の騎士であった。当然ルクシオン教国に所属していた頃から大陸各地にファンが存在するほどのモテ男である。当時の本人はそんな色ごとにうつつを抜かさない騎士の中の騎士、と呼ばれる程規律に真面目で、融通が効かなかったのであるが、出奔してからは何かが吹っ切れたらしい。社交的な騎士と化していた。それによって更に女性からモテまくるので、カイトにとっては腹立たしい事この上なかった。

「カイトに出会わなければ、今でも騎士の中の騎士やってたんじゃない?」

「あいつの女好きは元からあったんだろ……まあ、自分の純愛は貫いた上、他人の女には手を出さなかったしな。」

 実はカイトの物語と共によく演劇にされるのは後の皇帝であるウィルではなく、ルクスの物語であった。

 彼はとある理由で婚約者との結婚が叶わぬと知ると、婚約者を連れて祖国を出奔。カイトと共に旅をする事になり、英雄となってついにはめでたく結ばれるという演劇のモチーフになりやすい素材だったのである。

「あー、アルも人妻だの、他人の女に手を出して揉めた、とかは聞かないね。」

「さすがに領民から女奪ったらクズハが黙っちゃいないだろ。」

「まあ、ねぇ。さすがに外聞が悪すぎるもの。」

 二人があれやこれやと相談している間に昼食について結論が出たらしく、アルが結論を伝えに来た。

「さっきの西町のお店にしよう、って決まったんだけど、カイトも問題ない?」

「ああ。そこで大丈夫だ。」

「まあ、あそこなら大抵のこの街の特産が食べられるから、期待していいよ。」

「知ってるよ。あそこの始まりから関わっている。」

 当たり前な話であるが、店を出すにあたってカイトへ挨拶へ来ていた。

「あ、それもそうか。……もしかして、あの店の勇者メニューとか、知ってる?」

 小声でアルが問いかける。他の面子はすでにユニオン支部へと向かっていた。

「……知ってるも何も、オレの好物のみ集めたメニューだろ……昔からある、というか、初代に頼んで作ってもらった。」

 さすがにカイト一人で記憶のみを頼りに自分の好物の料理を作ることなど出来なかったので、手伝ってもらったのであった。公爵邸のコックに頼まなかったのは、カイトが密かに楽しみたかったためである。

「……結構肉料理とか粉物すきなんだね。」

 勇者メニューには肉料理やお好み焼きと言ったメニューが並んでいた為、アルがカイトの好みを把握する。彼はまさに若い男が好みそうな料理の並びに、苦笑していた。

「悪いか!ステーキやら鶏の唐揚げやらの肉料理好きなんだよ!……あ、ってことは残ってんのか?」

 苦笑した様子のアルに照れた様子で言うカイト。さすがに偏食のメニューが知られるのは恥ずかしかったらしい。

「今もあるよ。300年前からメニューは変わってないって。味は所々アレンジしてるらしいけどね。」

「……よし、行くか。」

 カイトとて、こちらへ来てから好物など殆ど味わっていなかった。そこにきて自分好みの味付けの料理が発見されたのである。急ぐのも無理はなかった。

「あ、カイト!ちょっと待って!先にユニオン行かないと!」

 地理は把握しているので、即座に酒場へ向かおうとするカイトと、それを止めるアル。

「ん?ああ、そうだった。」

 そう言ってカイトら三人もユニオン支部へ向かったのである。



「結構な額になったな。」

 道中ソラの発見したコアや森で戦ったオークの武器等を含めて、総額金貨5枚銀貨3枚その他小さいな硬貨がいくらかになった。日本円にして約5万3千円ほどである。一番高かったのはコアで、これが金貨3枚になった。

「いや、そうでもないだろ。オレと桜のパーティの総額だからな。」

「初心者向けの依頼で金貨5枚なら結構いい額なんじゃね?」

「まあ、そう言う見方も出来るな。だが、全然足りん。」

「お前ならどんぐらいがいい額になるんだ?」

 カイトが足りない、と断言したので、翔が首をかしげる。彼の疑問はもっともで、学生基準で言うなら、5万円というのは大金であった。

「最低ミスリル銀貨だ。」

「それってAランク以上がほとんどじゃない……。それか賞金掛かった魔物のBクラス以上で受けれる奴か……。」

 魅衣が呆れてそうツッコミを入れる。

「これから先遺跡へ行くつもりなら装備を整える必要があるからな。……ちなみに、ソラ。一般的な武器屋の量産魔法銀(ミスリル)の片手剣単価、いくらだと思う?」

「ん?量産してるなら、金貨5枚ぐらいじゃね?」

 量産されているということで、ソラは自分基準で低めの値段設定で答える。彼は良いところのお坊ちゃんなので、それなりに金銭感覚が一般家庭から離れていた。

「実際にはその10倍だな。さらにそれに維持費として専用の砥石やら何やらがついて結局はミスリル銀貨6枚にはなるだろうな。」

「げぇ!たけぇ!量産されてんだろ!」

 思わず声を荒らげる翔。エネフィア関係者一同と桜と瑞樹、魅衣の三人を除いて全員がドン引きしている。

「人工的に量産されてても魔法金属だ。ちなみにこれが天然物の魔法銀(ミスリル)ならいくらか教えてやってくれ。」

 そうして、アルとティーネの武器を示すカイト。問いかけたのは実は自分が少し気になっていた事もある。

「僕のは天然物だけど、オーダーメイドでミスリル銀貨10枚。鍛えたのは……エルフだったかな。盾も同じく天然物だけど、こっちはドワーフ製の数打ちだったかな。こっちは8枚。」

「私のレイピアは公爵軍に所属するときに父様から頂いた物だから、わからないわね。ドワーフ製のオーダーメイドではあるようだから、ミスリル銀貨15枚ぐらいじゃないか、って予想してるわ。」

「数打ちだったらミスリル3枚が最低価格じゃないかな。どっちにしろ要求魔力量はかなり高いけどね。」

 最後にユリィが補足する。冶金技術であればエルフよりもドワーフの方に分があったので、ティーネのレイピアのほうが値段が高かった。まあ、どちらにせよ量産品よりも遥かにお値段は上がっていた。一同、ドン引きのお値段である。

「ちなみに、僕らの場合はメンテナンス費用は公爵家が補助してくれているから、ミスリル銀貨1枚。」

「補助がない場合は5枚になるらしいわ。」

「……わかったか?冒険者は収入も多いが、支出も多い。オレたちの目標なら最低でも一流の職人とのコネと一流の武器が必要になる。最低でもミスリル銀貨の依頼がこなせるようになるのが、最低条件だ。」

 そこまで聞いて、瑞樹と桜が補足する。この二人はお嬢様として、それなりに良い品質の様々な品物を見てきており、その審美眼は喩え異世界に来ても失われる物ではなかった。

「まあ、分かりそうなものですが、一流の職人による高級素材でのオーダーメイドともなると、そのぐらいのお値段はするかと思いますわ。」

「ええ。それぐらいはするかと。お二人の剣は拵えなども良いようですから、かなり腕の良い職人とわかりますね。」

 お嬢様二人は同意見である。もう一人のお嬢様である魅衣は魅衣で自分達に関わりがありそうな武器の値段を把握していなかったソラ達に呆れていた。

「ソラも翔も少しは提供された資料に目を通しなさいよ。量産魔法銀(ミスリル)の値段なんて、普通に書いてるわよ。」

 魅衣は渡された資料に目を通していたらしい。この意見には由利や他の面子も目を逸らしていた。

「いやぁ、休日も翔と一条先輩と一緒に鍛錬で忙しくって……資料読んでる暇ないんだよな。」

 目を逸らしてう答えるソラ。翔も目を逸らして遠くを見つめていた。

「というか、ソラって結構いいところの子息じゃなかったっけ?」

「あれ?俺、アルに言ったっけ?……いや、まあ、そうなんだけどよ。規律ガチガチな親父とイマイチ反りが合わなくて、な。あんま高そうなの見てない。というか、親父と仲悪くて見せてもらえない。弟は見せてもらってるんだけどな。」

 ソラには三歳年下の弟が一人いる。弟の方はソラとは正反対の大人しく礼儀正しい性格であったので、父親から信頼されていたのである。なお、ソラは父親と仲が悪いことはあまり気にしていない。昔はもっと仲が悪い時期があったし、今はその頃よりもまだマシだ、と思っているのであった。逆に好きなことが出来る、と喜んでいるフシがある。

「こいつ、昔は相当反発して髪染めちゃってさ……」

「いうな!」

 魅衣がかつてのソラを思い出して、ソラの過去を暴露しようとして止められる。

「いいじゃん。別に。」

「いいわけあるか!何なら魅衣の過去も暴露すんぞ!」

「わー!やめて!」

 そんな感じで騒ぎ始めた二人を他所にカイトがアルに告げた。

「まあ、そんなわけで、ソラに目利きを期待するな。」

「いや、そうなんだけど、なんか腑に落ちない……。」

 ソラはカイトの言葉に釈然としない物を感じつつ、一同はそんなソラを大笑いし、昼食へ向かったのであった。



 ちなみに、魅衣の指摘と同じ指摘をされている者が別の場所にも。

「瞬!何度言えばわかるのですか!魔法銀(ミスリル)製のグローブなんて高くて買えない、と!」

「だが、安いものなら売ってるかもしれん!探す価値はある!」

「……瞬。そもそも量産魔法銀(ミスリル)の最低価格がわかっていっていますか?」

「……量産されているんだから、ミスリル銀貨1枚ぐらいじゃないのか?」

「瞬、ソラや山岸と一緒に休日も鍛錬を積むのは良いのですが、せめて資料には目を通しなさい……。もっと高いです。」

「……すまん。」

 こちらはまだ素直に忠告を聞き、改善されるだけましなのかもしれない。

 お読み頂き有難う御座いました。


 2016年12月15日 追記

・誤記修正

『白金金貨』という存在しない通貨を使っていました。『ミスリル銀貨』に修正しました。

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