第71話 森
「こんなのもいるんだなぁ。剣で全然斬れなかった……。」
道中、今度は甲殻系の魔物と出会ってそう言うソラ。すでに討伐は終わった後である。
「矢が効かなかったよー……。」
「レイピアも……。」
由利と魅衣の攻撃は殆ど効果が無く、落ち込んでいた。二人共もう少し貫通力が高くなれば殻を貫通するのだが、現状では力量が足りていなかった。
「しょうが無いの。カイトもハンマーを装備しておったしのう。」
話を振られたカイトは両手持ちの巨大なハンマーを消失させて応えた。
「当たり前だ。甲羅や甲殻を持つ敵には打撃と相場が決まっている。」
実際にはカイトやアルの持つ魔法銀や魔結晶と言った魔金属系の素材で出来た剣でも斬る事は出来る。要は相手の防御力を上回れば良いだけの話であった。
「さすがに僕でも鉄の剣では殻を斬れないからね。僕も魔法銀で出来た剣使ってるから普通に攻撃出来たんだし。」
ただしアルやカイトの場合、今度は鉄の剣を使えないという問題が発生する。カイトやアル、ティナといった一定以上の魔力を保有する者が普通の金属で出来た装備を使うと、装備に込める魔力が強すぎて、装備が爆発してしまう。これを攻撃に利用したのがカイトの得意とする魔力爆発の応用技である。ただし、防具にも同じ現象が起こるので、装着には注意する必要があった。
他にもそのまま放出して一撃限りの巨大な斬撃を放つ砲台とすることも出来ると言うかなり便利と言うか大雑把な使い方である。どちらにせよカイトの様に魔力で武器を創り出せるか、財力と魔力量に物を言わせなければ出来ない戦い方ではあるのだが。
「さて、こっから先が森だな。全員気をつけろよ。はぐれたらまずいぞ。」
そう言ってカイトが先頭で森へと入っていった。
「あった。これだったな。」
「カイト、こっちにも。」
カイトとユリィの会話が森の入口近くに響いた。森へ入って10分。全員が見える範囲で探索を行う一同は二人一組で薬草を探していたのである。
「お、あった。」
ソラが手にしたのは裏が紫色の草だった。彼は翔とのペアだ。薬草とソラの持っている毒草は非常に似た形で、裏が紫色であるのが見分け方であった。
「おい、ソラ!それ毒草!」
「え?うぁ!」
翔に指摘され、葉の裏が紫色をしている事に気付いたソラが、思わず毒草を投げ捨てる。が、投げ捨てた方角には女二人組が居た。魅衣と由利のペアである。
「あ、ちょっと!こっち投げないでよ!」
「危ないなー、もう!」
魅衣と由利が、大声で文句を言う。それに気付いたカイトが、投げ捨てられた草の裏が紫色である事に気付き、声を上げた。
「その毒草は売れるから採取しておいてくれよー!」
探索しながらカイトが確保するように魅衣と由利に言う。それを聞いた二人は毒草の用途に碌な予感がしなかったので、試しに聞いてみる事にした。
「何に使えるのー?」
「えーと、確か……あ、魔物用の麻酔薬の素材だよー!」
由利の質問に、ユリィが記憶を辿り、返答する。一方、アルとティナは依頼のあった薬草以外の薬草を収集していた。
「うーむ……。」
「どうしたんだい?」
「こっちの薬草なんじゃが、昔はここらで見なかった気が……。」
「そうなの?」
「ここ300年で生態系が変わったのやもしれん。持ち帰って調べるとするかの。」
「結果はカイトかクズハ様に上げておいてね。」
「うむ。あ、こっちの毒草は確か暗殺に使えたような……。」
「それは捨ててね。間違えて提出してもまずいから。」
「まあ、しょうがないの。」
周囲の生態系を調べながら探索している。ティナは時折未知の薬草を発見し、研究用のサンプルとして密かに異空間へと収納していた。
「さて、こんなもんか?」
ユニオンで貸してもらった小型の異空間に直結している小袋型の魔導具へと薬草を入れていくカイト。中には20個ほどの薬草が入っているはずであった。
「で、この毒草はどうするの?」
魅衣は手にもった毒草についてを確認する。それに気付いたティナが、魅衣から受け取ろうとして、カイトが止める。
「あ、余がもらうのじゃ。」
「ダメに決まってるだろ。然るべき薬剤師に渡すか、ギルドに提出すれば換金してくれる。こっちに入れておいてくれ。」
そう言ってカイトは腰につけていた自分の小袋へと毒草を入れていく。小袋はギルドで貸してもらった物と同じタイプで、パーティ全員の共有物が入っていた。
「むぅ。由利用の麻酔薬を作ろうと思ったのじゃが……。」
「その前にグローブ買い換えないと使えないだろ。」
由利のような矢を創造して戦う弓兵の場合、睡眠薬のような状態異常を引き起こす薬剤が塗られた矢を使うには一工夫必要である。使う場合は睡眠薬や毒薬をグローブに組み込み、創り出した矢にその影響を与えられる用にするのが一般的であった。
「別に創ってから液に浸してもいいんじゃないのー?」
「それ、戦闘中に一本一本浸していくのか?」
「……そんな暇ないねー。」
カイトのツッコミに、由利は今までの戦闘を思い出して無理な事に気付いた。前もって毒矢等の準備が出来ない事は、創り出した矢で戦う場合の欠点の一つであった。
「あれ?カイトさんも来てらしたんですね。」
そう言って木々の間から顔を出したのは桜である。話し声が聞こえて見に来たらしかった。
「ん?ああ、桜か。ここへ来たと言う事は、桜達も薬草収集か?」
「ええ。比較的安全で依頼分以外の薬草は自由に出来る依頼との事でしたので……。」
「桜、どうしたの?って、天音か。」
更に後ろから楓が現れる。
「同じ依頼を受けてたみたいですよ。」
「そっか。私達以外だとマクスウェル外での依頼は一条先輩の所だけだと思ってたんだけど……。」
「一条先輩が来られてるのか?」
一条のパーティもマクスウェルの外で活動していると聞いて翔が尋ねる。陸上部所属の翔にとって、一条は陸上部の先輩なので、敬語なのであった。
「いえ、一条会頭のチームはゴブリン討伐を受諾されてました。」
「一条先輩がミリアちゃんに魔物と戦える依頼はどれだ、と聞いてたわね。」
「先輩……。」
戦闘狂じみた発言を行った部長に、呆れた感じで翔がため息をついていた。それを見た楓が、更に情報を開示する。
「一応リィルさんがリザード?討伐なんかは却下してたわ。」
「さすがの姉さんもいきなりのリザード討伐は却下したんだ。」
若干呆れ気味のアルが、その時の姉の様子を想像し、苦笑する。間違いなく激怒していたか溜め息を吐いて呆れるかのどちらかであった。
リザードとはマクスウェル周辺の草原にいる魔物である。容姿は2メートル大のトカゲといった所。最下級魔物の一体でありながら、一人でのリザードの討伐がランクEからDへの登竜門として設定されていた。このリザードと初心者冒険者がいきなり戦うには、少々荷が重い相手である。
「リザードは鱗の硬さと<<火の息>>に気を付けさえすれば倒せる相手だから、きちんと練習の成果が発揮出来れば天桜学園の冒険者でも負ける相手じゃ無いと思うけど……。」
「初陣から二戦目だと、さすがに怪我じゃ済まないだろ。一体ならまだなんとかなるかもしれんが……。」
初陣から数戦という動きに固さの残る今でも、6人いれば一体ぐらいならなんとかなるが、2体から厳しくなり、3体からはリィルが戦列に加わらないといけなくなるだろう。5体以上となれば、現状、リィル以外はそもそも戦闘を避けるべきであった。
「一条先輩は代わりにゴブリン討伐ノルマ10体を掲げてらっしゃいましたね。」
「それは……一人か?」
桜の発言に、頬を引き攣らせながらソラが尋ねる。彼の性格をそれなりに把握しているソラにとって、この発言はあながち有り得ない事では無い、と思った様だ。
「いえ、始めはそうしようとしてらしたんですが、リィルさんに止められました。結果、全員で30体に。」
「どうにもこないだのトーナメントでの天音への敗北と、全冒険者を2つに分けての軍勢戦でのミストルティンの用兵に触発されたらしいわ。」
「この間は図書館で、孫子の兵法は無いか、と聞いてらっしゃいましたわね。」
そう言って瑞樹が顔を出した。後ろにいる耳の長い女性―エルフである―のティーネが、アルとカイトを認め、一礼をしていた。
「皆さんも来てらっしゃったんですのね。」
「神宮寺は桜のパーティに配属されていたのか。」
「ええ。近接要員として、ですわ。天音さんはそちらのチーム・リーダーでしたか?」
瑞樹はトーナメントまではカイトの名前を覚えていなかったのだが、トーナメント優勝と軍勢戦での用兵から、カイトに一目置く様になっていた。
「ああ。この間のトーナメント結果が認められてな。」
「妥当な結果ですわね。この間の軍勢戦でも素晴らしい用兵でしたし。」
「ありがとう。」
カイトの用兵の師は、皇国史最高の用兵の達人である第15代皇帝ウィルと、先々代魔王のティナである。流石に頭の回転等の差からティナに常勝は不可能だが、負ける事も無いのであった。
「いえ。それで、そちらはこれで終わりですの?」
「ああ。そっちも終わりか?」
「ええ。私達も先ほど集めた薬草で目標数は達成致しましたので、これで帰る所でした。」
「なら、一緒に帰……れそうにも無いか。」
瑞樹の言葉を聞いて、カイトが一緒に帰る事を提案しようとして、言葉を切った。物音に気付けば、周囲にはゴブリンが6体と更に醜悪な巨体が二つ。
「ちっ、オークか。」
その後ろにいた醜悪な個体を確認してソラが舌打ちする。オークが2体いた。
「オークは僕らにまかせて、カイト達は一旦後ろに下がって!」
そう言って即座に剣を抜き放ち、ティーネと共に前に出る。
「遠距離の出来る方はゴブリンをお願いします!」
ティーネがそう言って、アルの後ろから矢で攻撃を仕掛ける。
「近距離面子は周囲の警戒を!オレ、由利、ティナ、副会長の4人で周囲のゴブリンを片付ける!」
「私達のチームの遠距離攻撃の方はどちらにいってらっしゃるんですの!?」
「来てます!」
「先輩、ご無事ですか!」
弓を使うらしい女子生徒と腰に蛇腹剣を身に着けた女子生徒が現れ、その後ろにもう一人剣と盾をもった男子生徒がいた。
「ええ!ですが、警戒を!」
そう言って周囲を警戒する桜。ソラや翔、魅衣はゴブリンを後衛に通さない様に牽制を行っている。
「さて、アルとティーネとやらはどうだろうな。」
小声でそう呟くカイト。すぐ横に飛んでいるユリィが同じく小声でティーネの概要を語る。
「ティーネは風の加護があるよ。あと、一応二つ名も貰ってる。」
「シルフィの?まあ、加護が無くてもあの部隊の隊員で教官役になっている位だとオーク程度は余裕か。」
「そうだね。あ、やっぱり余裕みたいだね。二人して一切攻撃食らってない。」
横目にカイトもアル達の戦闘を流し見る。二人は余裕そうであった。
「こっちも問題無さそうだな。」
ここへ来るまでに数度戦闘を繰り返した事で、魅衣も何とか普通に戦える様になっていた。全員スキルこそまだ実戦では使えないものの、ゴブリン程度では遅れを取る状態では無かった。
「桜達も大丈夫そうだね。」
そう言って桜達を見るユリィとカイト。此方も問題無さそうである。桜と瑞樹に至っては共に魔術と技を併用して戦闘していた。
「あの二人、慣れてないか?」
「なんと言うか……あんまり動揺してい無いね。」
「あれか?名家の子女としての教育の賜物って奴なのか?」
「知らないよ。自分で聞けば?」
お互いに日本の名家の子女の教育がどんなものか知らないので、勝手な想像でそう言う二人。当然であるが、二人して余裕である。
「まあ、あの二人ならもうゴブリン相手なら3体位同時で戦えるかもな。」
「まだ危なく無いかな?」
「練習の成果さえ出せれば問題ないだろう。」
一応天桜学園の冒険者達は最低限ランクDの冒険者に匹敵する戦闘能力を取得させていた。最も高いと目される一条でランクDの上位クラス相当の戦闘力、ソラら優勝候補で中位相当である。その他大勢はランクD下位相当。
尚、同一ランクにおける戦闘力差は上位から下位への差で、かなりあると見て良い。ちなみに、アル、ティーネら部隊員でランクA下位相当からランクB相当である。
ちなみに、戦闘能力にはランクSからランクAの間に壁が、ランクBとCの間に壁が存在する。ランクS、EXはそもそもで別格であるので、比べるだけ無駄であった。
「案外危なげなく倒せたな。」
アル達がオーク達を討伐し、一同もゴブリンを討伐すると翔がそう言う。
「いや、オレたちだけでオーク2体と出逢えば、今頃全員雁首揃えて死体になってただろうな。」
「ぞっとしないな……。」
「まあ、オーガじゃないだけマシだったろうな。お互い依頼は達成しているし、これ以上来られる前にとりあえず帰るか。」
「あ、はい。一緒に帰りましょう。」
「別々に帰る意味も無いしな。」
そう言って2つのパーティは一緒にマクスウェルへ帰還したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。