第69話 初依頼
今日から新章開幕。
更に今日から暫くの間、断章を公開しています。時刻はいつも通り、1時間後、13時です。お話が混同しないように、断章、と銘打っていますので、そちらをお読みください。
修了式の後、全員に一日の休憩が与えられた。そうして更にその後、2日を掛けて公爵家や教師陣、桜や一条と言った生徒達の中でも教師から信望の厚い者を中心とした会議が開かれ、新たにパーティ編成がなされ、6人編成で8つのパーティを作成。2日掛けたのは、一度組ませて連携を確認する為である。
この編成は後でばらすことも可能としているのだが、始めの内は強制的に全員をパーティへと配属させた。この編成では端数が二人でるが、残りの二人は生徒会役員で、通常は残りの学園生の為のマニュアル作りなどの事務系を担当する。強制的に全ての人員をパーティに入れたのは、ソロ活動をされて大事があっては問題だからである。
そして明くる日の朝、各パーティが学園の校門に集まっていた。中には今からまさに出発しようとしているパーティもある。
「で、結局この面子か……アルはなんでいるんだ?」
そう言ってソラが見渡したのはいつもの面子であった。カイト、ソラ、ティナ、魅衣、由利、翔の6人である。オプションにユリィとアル。桜は生徒会役員パーティに配属され、リーダーとなっている。なお、全体のリーダーとしては教員たちの希望により、一条が指名されている。一条は部活生で構成される学園主力パーティのリーダーでもある。
「僕はお目付け役だよ。姉さんが瞬、魅衣ちゃん達の師のティーネさんが桜ちゃんのパーティのお目付け役になってるよ。」
「私はカイトと一緒だからねー。」
当然であるが、天桜学園の冒険者達をそのまま放り出して何か不手際があった場合、教官役を務めた公爵家の沽券に関わる。始めの内だけは問題を起こさない様に監視を付けておくのは当然であった。
「まあ安心できるのは、有難いだろう?」
そう言ってカイトが全員を見渡す。このカイトの言葉には全員―特に魅衣―が頷く。
「まあ、まだ余らは一回実戦を戦っただけじゃからな。次の戦いで普通に戦える様になるとは思わんほうが良いじゃろう。」
「まあ、なあ。というか、できれば戦闘無いの選ぼうぜ……。」
翔はげんなりとしてそう言った。初陣での失敗がそれなりに後に引いているらしい。
「それだと、倉庫整理とかか?さすがに戦闘訓練意味なくね?」
倉庫整備でもいいかも、そう言う魅衣だがカイトは否定する。
「それに、最終目標が古代遺跡の遺物やら今だ発見されていない世界間跳躍の魔法であるオレ達に、戦闘が無い依頼は殆ど無用だろ。多少の荒事を避けるとしても……そうだな、例えば常時受諾可能な単なる薬草採取にしても北西の森まで行かないといけない。今のオレたちなら身体強化してユニオン支部から片道1時間ぐらいで行ける距離だが、そこまでに何回戦闘があるか……。」
普通に薬草が街近くに生えているなどという都合の良いことは起こらない。稀に生えていることもあるのだが、採取しに行く場合は学園とマクスウェルの間にある道を少し北に向かった森にまで行かなければならなかった。
「森の中にも魔物はいるしね。魔物だってこの間のゴブリンだけじゃないよ。森の中心部にまで行くと、オークやオーガの目撃情報もあるから、注意しないといけないよ。」
そう言ってアルが補足説明を行う。
「もし、オークとかオーガにあったらどうするんだ?」
「僕が一人で戦うよ。今回皆のお目付け役になった面子は一人でも初心者冒険者が行くような場所の魔物を倒せる人だけだからね。」
要は邪魔だから逃げてろ、そういうことであった。
「わかった。まあ、今のオレたちだと敵わない相手だろうからな。」
「そういうこと。」
「じゃあ、全員、出発するぞ。」
そして、カイトの号令で、カイト率いるパーティも他のパーティに少しだけ遅れて、マクスウェルへと出発した。
魔術による身体強化を併用して歩くこと一時間。マクスウェルのユニオン支部へと到着した。
「あ!皆さん、お久しぶりです!」
そう言って挨拶したのは、受付職員のミリア。約一ヶ月ぶりの再開である。
「ちーっす。」
「ミリアちゃ~ん!はい、タッチ!」
「タッチ!」
「こっちもじゃ!」
そうしてミリアとの再会を楽しむ一同。
「あ!おっちゃん!久しぶりだな!」
すぐにソラが登録の際に仲良くなったという30代半ばの受付員を見つけて話に行ったのだが、ミリアはソラを放置して話を始めた。
「皆さんも今日から活動開始ですか?すでに桜さんや一条さんらが依頼を受諾されていますよ。」
「ああ。オレたちも今日から依頼を受諾するつもりだ。何かいいのはあるか?」
「そーですねぇ……あ、あそこの掲示板はご覧になりました?」
そう言って依頼の一覧を見ていたミリアが指差すのはメモ帳程度の紙が何枚も貼られたボロボロの掲示板である。かなり年季が入っているらしく、掲示板はボロボロであった。
「いや、見てないな。」
「じゃあ、あっちのも見てきたらいいと思いますよ。」
そういうので戻ってきたソラと翔、魅衣、由利が確認へと向う。それを確認したミリアが小声でカイトに問いかける。
「で、実際の所、学生さん達はどうなんです?」
「……まあ、大丈夫そうではあるな。少なくとも初陣は終えた。」
「じゃあ、少しは安心できますね。」
「まあ、最悪の場合はオレとティナ、ユリィが出るからな。」
「余は雑魚となどやりあいたくないんじゃが……魅衣や由利、桜の為とあれば仕方があるまい。」
「カイトがやるなら私もやるよー。」
「それは……相手が少し哀れですね。」
超級とされるランクSの魔物とさえ一人でやり合える二人に加えて、妖精族最強のユリィと戦わされる魔物に哀れみを感じるミリア。低級の魔物であれば一個師団でも10分を要しないだろう。そこで掲示板を見ていた4人が声を上げた。
「おーい、カイト!こいつとかどうだ?」
「どれだ?……古典的だが、初依頼としては最適か。」
ソラがカイトに見せた依頼は冒険者ユニオン直轄の依頼で、薬草の入手の依頼であった。入手手段は問わず―当然犯罪行為は除く―、購入しても良いし、採取しても良いという、簡単な依頼であった。報酬は薬草一つにつき銅貨5枚。薬草の相場が皇国の一般的な市場で銅貨5枚であるので、相場通りとも言える。
「な?俺達には最適だろ?」
ソラが少し自慢気にそう言う。
「チュートリアルクエストじゃな。問題無いじゃろ。」
「他の面子も問題ないか?」
そう言って他の3人に確認を取る。異論が無かったので初依頼はそれに決定する。
「ミリア、これを受領する。」
「はい。依頼内容は薬草の入手、ですね。依頼人はユニオン・マクスウェル支部。これで間違いありませんか?」
「ああ。大丈夫だ。」
「はい。では、登録証の提示を。」
そう言って全員に登録証の提示を依頼する。全員揃って登録証を提示したところでソラが疑問を投げかけた。
「ん?なんでアルももってるんだ?」
「あ、僕もたまに冒険者としてバイトしてるから。」
「そか。……働いててもバイト、するんだ。」
「……補助出るけど、私有する装備の維持費とか結構掛かるんだよね。そのせいで飲み代とかあんまり無いし、暇つぶしになるからね。」
翔は少し物悲しげなアルの言葉を聞いて少し遠い目をした。なんとも世知辛い話であった。
「……すまん。」
思わず小声で謝罪するカイト。幸い誰にも聞かれなかった。今度の賞与に色つけよう、カイトは少しだけ、そう思った。
「はい。確認しました。では、受領書にサインしますね。」
そう言って受領書にサインするミリア。サインして受領書をカイトに渡した後、気さくに雑談を始めた。
「いやー、皆さんが所属してくれたお陰で助かりましたよ。ユニオンのマクスウェル支部に所属してくれる冒険者さんって数がそんなに多くなくて、慢性的に人手不足だったんですよね。そうは言っても冒険者さんってよく怪我をされるんで、薬草は不足しがちなんですよ。常時受諾可能なので時々余った薬草や何かのついでに採取した薬草を納入してくださる方もいるんですけど、それでも補給が追いつかなくて……。」
ゴブリン退治―ゴブリンは倒しても倒しても大量に湧いて出てくるので、こまめに退治する必要があった―と薬草採取は常時受諾可能ですよ、そう補足するミリア。
「そうなの?確か、マクスウェルって大陸最大都市なんだよね?」
「それと、大陸一の技術都市なんだよねー?冒険者の数も多いんじゃないのー?」
魅衣と由利だけでなく、ソラや翔も疑問に思っている。カイトとティナはすでにクズハから現状を聞いているので、原因を理解していた。
「えーと、アルさんの前で言うのも何なんですけど……。まあ、ここの正規軍って皇国で一番強いじゃないですか。」
「まあ、皇国正規軍よりも、クズハ様達公爵家の方々を含めてうちが最強だって言う人もいるぐらいだしね。」
「ええ。それ自体は住人として有難いんですが……。ほら、アルさんって若い天竜でもお一人で倒してしまわれるでしょう?」
「うん。でも、地竜で100歳を超えた辺りから一人じゃ無理になるけどね。天竜だと50歳かな。」
地竜より天竜の方が倍近く強いような印象があるアルのセリフだが、実力的には両者共に変わりはない。飛空術が満足に使えない戦士では空を飛ぶ手段が限られている上、やはり空中では幾分戦闘方法に制限が掛かってしまう為、地竜と天竜では感覚的に、倍ほどの戦闘力の差があるのである。
「そのクラスを簡単に討伐してしまえる正規軍があると、冒険者の方が活躍する場所が減っちゃって……ある程度の実力のある方だと、別の所へ拠点を移しちゃうんですよね。まあ、逆に実力の高い方だと、龍族や神狼族といった大陸でもマクダウェル領にしか居ない高位種族の自治領の方の依頼を受けに来たりと、様々な理由から戻ってこられるんですけどね。そんなことで冒険者が少なくて、マクスウェルに拠点を構えるギルドも無いんですよ。」
ここの初心者さんは殆ど戦闘の出来ないような方が多数ですから、そう言うミリア。
これには、原因がある。都市の開拓時代はカイトや勇者一同の庇護を得ようと多くの非戦闘員と、開拓に際する様々な問題を嗅ぎつけ、名声を得ようとする戦闘が可能な冒険者が大量に流入した。しかし、時代が変わり、非戦闘員の流入こそ多いものの、戦闘の出来る冒険者は流出のほうが多かった。
「ふーん。じゃあ、俺たちみたいに戦闘もできる初心者って少ないのか?」
「少ないんですよー。人は多いんで依頼は多いんですけどねー。非戦闘員向けの依頼も多いので冒険者さん側に問題は少ないんですけど……」
だんだんと愚痴の様相を呈してきたミリアの雑談だが、これはカイトにしても頭が痛い問題であった。
依頼の難易度で、中間層となり得る部分については公爵軍でどうとでもなるし、上層についても、腕利きの冒険者達が戻ってきたり流入するので問題はない。しかし、戦闘系で最も数が多い最下層から下層の難易度を受ける冒険者は初心者が多く、彼らにしても、一定以上の力が付けば更なるパワーアップの為、公爵領に留まるにしても、マクスウェルから出て行ってしまうのだ。その為、慢性的に下層部の依頼を受けてくれる冒険者が不足していたのである。
では、これに公爵軍を割り当てるか、というと、あまり好まれた方法ではなかった。どうしても必要であれば派遣するが、公爵軍の装備が強力すぎて、費用対効果が低いのであった。それに、もう一つ問題がある。
「公爵家のコフルさんとかストラさんも時々依頼を受けてくださってるんですが……それでも絶対数が足りなかったんですよ。まあ、50人増えたんで、多少はマシになると思います!」
そう、絶対数の問題だ。最も人数が多くなる中間層が余程の拘りが無ければほぼ全て外に出て行く為、慢性的に人手不足なのであった。それに対して天桜学園の冒険者達はマクスウェル近郊に拠点を有している上、人数的にも現在だけで50人、しかもそれが更に増える見込みである。ミリアがホクホク笑顔なのは、致し方がなかった。尚、これは人数が足りない、との指摘を度々冒険者ユニオン本部や他の有力支部から受けているマクスウェル支部の職員全体が、笑顔なのだが。
「……つまり存分に働け、と?」
「はい!死なない程度にきっちり働いて、ランクアップ目指してください!」
ニッコリと愛嬌のある笑顔を見せるミリア。
「いい笑顔だね……。」
ユリィが思わず呆れて言うように、輝くようないい笑顔でキリキリ働けとのたまうミリア。荒くれ者の冒険者と話すだけあって、逞しい商魂であった。
「じゃあ、行ってくるねー。」
「はーい。気をつけてくださいねー。」
その後、少し雑談をしてユニオン支部を後にした一同。ソラが外に出て、一言。
「で、どこへ行けばいいんだ?」
そんなソラに、一同がたたらを踏む。
「お前、そんなことも確認してなかったのかよ。森だろ?」
「ほう、翔。どの森だ?」
カイトが意地の悪い笑顔で翔にそう聞く。
「え?森って何個もあるの?」
「あんた地図ぐらいは確認しておきなさいよ。来るとき道を少し北の方角に森が見えたでしょ?そこよ。」
「魅衣の言う通り、今回は北西の森だよー。カイトも言ってたよねー?」
「マクスウェル近郊だけでも森が北に3個、南に1個、西に3個、東に2個あるよ。湖も大きい物で学園近くのルスト湖以外に、北東部に1個あるよ。山脈が数百キロ先の北の魔族領との境目に有名なのが一つ、他にも領内に何個か。更に山がたくさん。河は広いのが13本だったかな。領土の東には海があるしね。」
「げぇ!なんでそんなに自然が多いんだよ!」
マクダウェル公爵領は広いとはいえど、一貴族領として考えれば自然が多すぎた為、翔が驚きの声を上げる。ちなみに、マクスウェルは公爵領南部に位置し、魔族領から繋がる街道はほぼ全て、マクスウェルに接続されている。所謂、交通の要所、衢地であった。
「さぁ。ご先祖様方が大精霊様と契約してたから自然が多い、ていう話らしいよ。」
実際にその通りであった。精霊たちの依頼によって公爵領には多くの自然が残されている。更には各種族にも自治を認めている為、彼らの住みやすい様な環境が維持されているのであった。
「まあ、それは置いておいて。薬草を取りに行くなら北西の森が一番いいね。効率なら更に北の森の方がいいけど、あっちは魔物が少し強いから、今の皆だと無理だね。」
「じゃあ、北西の森で決定だな?」
「それでいいだろう。じゃあ、全員武器は持ったな?今回はオレとソラ、アルが前衛を務める。ソラは相手の攻撃を防いで、敵を後ろに通さないことに専念しろ。翔、魅衣は遊撃でオレたちのサポートをしつつ、ティナと由利に攻撃が行くのを防いでくれ。アルはなるべく戦闘をせず、フォローを頼む。」
「りょーかい。……でも、遊撃ならカイトのほうがいいんじゃない?」
確かに、カイトは数多の武器を使いこなせるので、遊撃のほうが最適であった。が、問題が一つ。
「まだ、魅衣に前衛は無理だろ?」
「うっぐ。そうかも……。」
この間の初陣を思い出してそう言う魅衣。
「まあ、今回からは余と由利もおるのじゃ。危険は減るじゃろう。」
「うん。そうだねー。」
由利は遠距離であった上、初陣時に前衛がうまく後衛へ攻撃が行かないように防げていた。その為、危険が少なく、精神的ダメージが少なかった。
「……うぅー、ありがと。」
心遣いに感激して、若干涙目になる魅衣。
「じゃあ、行くか。」
そうして一同は北東の森へと出発した。
お読み頂き有難う御座いました。
2016年10月5日 追記
・誤表記修正
『オレ達に戦闘が無い依頼はオレ達には~』となっていた部分。『オレ達』が重なっていたので修正しました。