第68話 修了
明日4/29から再び一日二話更新を開始します。と言っても、本編にはあまり関係の無いカイトの地球帰還後、ソラとの出会いのお話です。興味のある方は、次章の終わりに断章、と銘打ってあげますので、そちらをお読みください。
尚、読んでなくても別に本編に影響はありません。時刻は13時を予定しています。
カイトの予想通り、多くの学生達が精神的ダメージで暫くの間行動不能になっていたらしく、最終週は殆ど休憩に費やすことになった。しかし、公爵家からの精神系治癒術者の協力のかいあって、致命的な精神的ダメージを被ること無く、多くの者が3日もすれば普段の生活を取り戻し、早い者では実戦訓練の2日後から鍛錬を再開していた。
「意外と回復早かったな。」
「うーん。まあ、カイトの経験を参考にして日数決めたけど、よく考えたらカイトの初陣ってこっちでも相当ハードだったからねぇ。」
そう言って話しているのはカイトとユリィだ。二人共最終週を殆ど休暇としたのはカイト自身の経験に基づいたものであったのだが、長く取り過ぎたらしい。万全を期した結果なのだが、これだけ早い復帰は二人にとっても予想以上であった。
「オレは精神系の治癒術者の世話になってない上、初戦でオーガ5体だったからなぁ……」
「全部姉御だの爺ちゃんだの皆が速攻で倒しちゃったけどね。カイトったら震えちゃって可愛かったのになー。どうしてこんなになったんだろ。」
初陣から戦闘が出来なかったのは何も学生達だけでは無かった。カイトも同じだったのである。姉御や姉貴と呼ばれた人物は、カイトの面倒を見てくれていた女性兵士のことである。面倒見が良かったことから、兵士たちから姉御と呼ばれていたので、カイトもユリィもそれに習って姉と呼んでいた。尚、本来の名前はアルテシアである。
「まだ言うか……と言うか、オレのトラウマの大半は姉貴のよーな……こっち初陣だってのにあの人張り切りすぎて当分顔まともに見れなかったし……あれは女がしていい顔じゃ無い。」
「生きてたら殺されそうなセリフだねー。姉御、ダークエルフの美女なのに。」
「あれは血に飢えた鬼だろ……」
「あはは……と、そういえば、聞かなかったけど、その後連れ去られて何があったの?」
「………………うあぁああああああ!」
急に冷や汗を流し始め、ガタガタ震え始めたカイト。それを見て、ユリィがびっくりする。
「ふぇ!?何があったの!」
「もう……無理……姉貴怖い……」
震えが止まったかと思ったら、次の瞬間には部屋の隅へ一瞬で移動。両足を抱えて、プルプルと震えていた。
「な、何があったの……」
「なんで誰も止めてくれなかったんだよ……何がご褒美だ。あれは罰ゲームだ……」
独りブツブツと恨み言を言い始めるカイト。その眼は濁り、地面にのの字を書いていた。隅っこで震えるカイトに、何があったのか非常に気になるユリィであるが、さすがに他人のトラウマを弄って遊ぶ趣味は無い。なので、対処に困ってこの話題そのものを無かった事にすることにした。
「え、えーと……ま、まあ、学生たちに最悪の事態にならなくてよかったんじゃない?」
「うぅ……まあ、復帰不可能はゼロ。部隊の奴らからの総合的な報告と、治癒術者の診断結果でも、多少のショックは見られるものの、問題は無し。」
なんとか復帰して来たカイト。まだ震えているが、ユリィと同じように無かった事にするつもりらしい。
「まあ、意外とこんなもんなのかもね。こっちの子達と変わんない。」
「まあ、意外と余裕がある様でよかった、と思っておこう。脱落者が居ないのは誰にとっても利しか無い。」
しかし、この余裕があるという結果こそが、のちに悲劇を生む事になる。しかし、さすがのカイトであっても余裕があったが故の悲劇は予想できないのだから、皮肉といえば皮肉である。
「後は休憩するなり、鍛錬するなり自由にさせたらいいさ。もともと今週は訓練の予定は実戦だけだったからな。それに、教官役の奴には協力を依頼されたら応じるように命令してある。」
そうして、二人は再びのんびりと雑談を行いながら、予定を組み直すのであった。
それから暫くは教師ユリィのアドバイスを受けながら、これからの予定を組み直していった。大方の内容が決まった頃、桜がやって来た。
「あ、カイトさん。来てたんですね。」
桜は実家の教育と彼女の来歴から、ショックが少なく比較的早い内に通常に復帰していた。
「まあ、ユリィが普通に本を読めるのはここかオレの部屋しかないからな。オレの部屋だと光が入らんから、読書には向かん。」
「合鍵ありがと!あ、紅茶でも飲む?」
実は二人は生徒会会長室で会話していたのである。会長室の防音―ティナが消音結界を施したこともあり―は完璧に近いので、聞かれたくない話をするには持ってこいの場所となっている。とはいうものの、カイトもユリィも自分用のマグカップとティーカップを会長室に用意しているあたり、私的にもかなり入り浸っていた。生徒会室に来客用のポットや流し台もあるので、居心地が良かったことが大きい。
「お願いします。あ、ミルクは少しで。ユリィちゃんが大きくなれるのはもう少し隠しておきたいんですよね?」
「うん。ごめんね。」
「いえ、いいんですよ。それで、カイトさん。今大丈夫ですか?」
「ん?どうした?」
読んでいた本から顔を上げるカイト。
「いえ、これから3日は休暇になる、との事でしたから、カイトさんはどうされるのかな、と。」
「ああ。適度に訓練しながら読書かな。後は、今後の冒険者活動に備えて資料漁りか。薬草持ってこいとか言われても、薬草がわからんからな。」
先頃実戦を行った面子の中には初陣の内容に納得ができず、今まで以上の鍛錬を積むものが多かったものの、カイトは―当然だが―普段と同じ鍛錬内容であった。ちなみに、初陣に不満があったのはティナも―理由は雑魚相手の戦闘が非常に面白くなかったから―であり、その夜ティナにより異空間へ強制召喚されたカイトはティナの気が済むまで模擬戦をさせられた。
「あの、もしお時間があるのでしたら、私の薙刀の鍛錬に付き合ってはもらえないでしょうか?」
「うん?クズハさんで……ってそうか。もう来ないんだったな。」
クズハに面倒を見てもらおうと思い、クズハの訓練がもう終わっている事を思い出したカイト。実際には仕事をカイトにまわしているので来ることも可能であるのだが、そんな裏事情を話すわけにも行かない。
「ええ。ですから、カイトさんに鍛錬の相手をお願いしようかな、と。」
「カイトなら殆どの武器に適正あるからねー。可能じゃないかな。」
「まあ、多少はな。それで、遠距離と近距離、武器の指定などはあるか?」
「実戦形式でお願いします。」
「……本気か?」
真剣な顔をして桜へと問いかけるカイト。桜はカイトに武器の切り替えをしながら戦うことを依頼したのである。桜も真剣な顔で理由を告げる。
「はい。先の実戦では不甲斐無い思いをしましたので……」
「そうか。何時からだ?」
「できれば今日からでも。」
「……いいだろう。ユリィはどうする?」
カイトは桜をじっと真剣に見つめ、彼女の中にショックが無い事を見て取ると、頷いた。前進する意欲がある者に、手助けをしない理由は無かった。
「うーん。たまにはカイトと一緒に訓練するのもいいかなとも思ったけど、それだと2対1だから、さすがに桜に不利かなぁ。」
それを聞いていたカイトは少し考える。
確かに、ユリィであればカイトと連携しながらの戦い方を熟知しているが、やはりお互い長い年月を離れていた事によるブランクは感じられる。今後を考えればこの修正もしておきたかった所であるが、その前にお互いの変化を一度見ておく事も重要か、と考えた。
「なら、ユリィ。お前、この訓練中は桜のサポートに着け。オレ以外のサポートを経験するのも良い経験になるだろ。オレとしても攻撃手段を把握しているお前が敵に付くのはやったことがないからな。いい経験になるだろう。」
ユリィもその言葉に思う所があったらしく、少し考えて頷いた。
「うーん……確かにいつもはカイトのサポートだったしね。桜もそれでいい?」
「ええ。私には仲間との連携訓練になりますから。」
そうして残りの日数は途中からティナやソラ、魅衣、由利、翔と言った面々を交えて訓練を行ったのであるが、最終的には冒険者として訓練する生徒達全員を半分に分けての軍勢戦が行われることになったのであった。
そして訓練最終日。クズハを含めた全教官役と生徒達が集まっていた。
「全員、今までの訓練をよく耐え抜いてくれた。急ぎ足ではあったものの、基礎となる技術のみは教えられたと思う。とはいえ、今まで教えた内容は全て基礎中の基礎だ。これからも鍛錬を欠かさないで欲しい。諸君らは明日以降、自由に依頼を受けてもらうことになるが、当分の間はアルフォンスとリィルとその他数名の教官役が、諸君らの冒険者としての活動を支援する予定だ。何かあったら頼るといい。」
そう言うと教官役を務めた隊員の何人かと、アル、リィルの面子が前へ出てきた。
「この面子が通常学園の冒険者を支援する面子となる。アルフォンスについては公爵軍の正規部隊の中では最強の戦闘能力を誇っているので、もしも周辺で危険な魔物を見つけた時は、相談するよう、此方からも頼む。」
表向きの理由として彼らが選ばれた理由は戦闘能力が高く、個人戦闘でもそれなりの戦力となりうるからであった。全員ではないが、正式装備が飛翔機付きの魔導鎧であるものもいる為、破格の対応と言える。
この破格の対応には、当然ながら裏がある。実際はカイトとティナの即応戦力としての意味合いが強かった。
「諸君らが無事に帰還するためには鍛錬を欠かさないことが重要となるだろう。逆に怠れば命を失うこととなるかもしれん。気をつけてくれ。最後になるが、願わくばいつの日か諸君らと肩を並べて戦える日が来ることを願っている。では、諸君ら全員が無事、元の世界へと帰還できる事を祈っている。」
そうして一ヶ月に渡る戦闘訓練が修了し、基礎を習得した。その2日後から、カイト含めた一部の生徒たちは正式に冒険者として依頼を受けるべく、再びマクスウェルへと向かったのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
2016年1月11日
・誤字修正
『依頼』が『以来』になっていた部分を修正しました。