第66話 インタヴュー
カイトの優勝で幕を閉じたトーナメントであるが、閉会式まではまだ少し時間があった。すると、その時間を利用して、真琴とユリィが近づいてきた。マイクと録音機器を持っていることから、インタビューのつもりだろう。
「では、優勝者インタビューをしてみましょう。まずは天音選手、今のお気持ちは?」
「まずは、ユリィ。どういうつもりだ?あれほど大人しくしておけ、といったはずだが?」
「あ……えーとね。たまたま学園をうろついていたら……」
ユリィからたらり、と汗が一つ流れ落ちた。なるべく目立つな、と言われていたのは事実だし、カイトに隠れてこそこそと動いていたのは事実だ。それ故、ちょっとまずいかなー、ぐらいには思っていたのである。あくまで、ちょっとだが。
「私とあったんだよねー。」
「ねー。」
仲が良さそうで良いことだったが、カイトの頭に浮かんだ青筋を見て、ユリィは即座に話を続ける。下手にお気楽に流してお説教を食らうのは既に何度もあったことで、300年で彼女もそれぐらい学習している。悪戯をしない、という根本的な対処はしないが。
「いや、それで、何か悩んでるようだから聞いてみたんだけど、そしたらトーナメントの実況は自分がやるんだけど解説が居ないって悩んでたらしいんだよね。」
「まあねぇ。ホントは隊員さんに頼もうか、とも考えたんだけどねー。さすがにコネが無いし、頼みづらいじゃん。」
どうやら真琴は実況の時にはそれ用の口調に変えていたらしく、今の口調が素なのだろう。あっけらかんと実情を答えてくれた。
「そこにユリィちゃんが来てくれた時はホントーに天の助けかと思ったわ。偶然だったけど、話聞いてみたら知識が豊富みたいだったから、マスコットにも丁度いいかなーって。」
知識については信用していなかったのだが、今日の解説を普通にこなしていたので、真琴は途中からユリィの知識を信頼している。
「伊達に長生きしてないからねー。」
「そういえば、結局何歳なの?」
「乙女に年齢聞く!」
尚、ユリィもクズハも実年齢300歳超で、乙女という年齢か、と思うだろうが妖精族では確かに花も恥じらう乙女である。
「あ、御免。」
「いいけどね。カイトは知ってるし。」
そう言って開会式以来久しぶりにカイトの肩に腰を下ろすユリィ。
「あ、やっぱりそこが定位置なんだ。噂にはなってたんだけどねー。」
「慣れてるからねー。」
「ふーん。で、カイトくん。感想は?あ、これ放送してないから、普通の口調でいいよー。後で校内新聞で使う為の資料だから。聞くの私だけだよ。」
一気に馴れ馴れしくなったな、そう思うカイトだがとりあえず答える。
「まあ、嬉しくはあるな。訓練の結果が出たんだから。」
カイトは折角なので、普段使いの口調で喋らせてもらうことにした。真琴にしても気にしている様子は無い。かなりフランクな先輩であった。
「ふーん。じゃあ、勝ったのは当然と思ってる?」
「いいや?もし少しでも一条先輩が有名でなければ、負けていたのはオレだったかもしれない。良くも悪くも一条先輩は投槍の選手として有名すぎた。陸上一筋なのは、学園生であれば誰でも知っていた。先輩の切り札が投槍だろうことはわかりそうなものだ。最後のあれにしても、油断なく周囲へ気を使っていたが故、槍が戻ってくる事に気づけただけだからな。逆にオレは特異的な適正と無名であったから、相手も油断があった。その点が良く働いたんだろう。」
実はカイトの様に刀を選んだ生徒はそれなりの数で存在している。カイトが有名とならなかったのは、そんな刀使い達に埋もれてしまったことと、天桜学園でカイト自身が運動音痴である、と見えるような行動をしていたからだ。
「じゃあ、一条くんとの戦いは互角の戦いだったっていうのが、カイトくんの感想なんだ。見てる限りはかなり余裕っぽかったけど。」
カイトは戦いを終えた後、息も切らさず試合会場を後にしたので、真琴がこう思うのは無理がなかった。とはいえ、これはカイトも予想していたので、言い訳は考えてある。
「そうでもない。体力的には余っていたが、魔力的にはかなり消費していた。あの戦い方は常に魔力を消費し続けるからな。まあ、先輩みたく最後の一滴まで絞り出したわけじゃないから、余裕に見えたんだろう。先輩が何故、最後の一手に全力を尽くしたのかは先輩に聞いてくれ。オレにはわからん。」
「まあ、カイトも奥の手の奥の手まで晒したからね。かなり苦戦してたんじゃないかな。」
このユリィの発言は間違いではない。実際には見せ札にすぎないカイトの戦い方であったが、今回の戦いでは切り札であった。
「でも、それじゃ、第二回トーナメントとか苦戦するんじゃないの?さっきのユリィちゃんの話だと、カイトくんって手札を出来るだけ用意して戦うんでしょ?」
尚、実際に第二回トーナメントが開催されるかは現時点では未定である。
「ああ、それなら大丈夫だよ。カイトもシュンも半年後には今の戦い方なんて殆ど見せ札と化してるから。」
「そうなの?」
「うん。そんなもんだよ。今のカイト達の実力なんて。」
「そっか。なら大丈夫だね。」
ユリィの口調に心配が一切無い事を理解した真琴は、一安心、と言った感じで頷いた。
「でも、今のでもかなり高度な戦い方じゃないの?」
「今ので?まだまだだよ。例えば瑞樹対シュンの戦い。シュンは瑞樹の防御にかなり手間取っていたけど、アルとかリィルならあの程度の隙間は確実に通せるし、逆だったとしてもあんな大きな隙間を作らないよ。というか、隙間自体が存在しない防御を作るね。それに、守るにしてもあんな攻撃を応用してやる事は無い。さらに言えば……」
そうして始まるユリィによるダメ出し。それが長引きそうだと気付いた真琴が、即座に軌道修正を行う。
「ちょと、ユリィさんや、ここは解説の場じゃ……」
「あ、ごめん。つい熱入っちゃった。」
「で、話戻すけど、誰かに伝えたいこととかある?」
「まあ、クズハさんには、教えていただいた事への感謝は伝えたいな。後、ティナと桜にもな。」
「私には?」
「感謝してるさ。」
顔の前に飛び出して、強請るように此方を仰ぎ見るユリィにカイトが苦笑して答えた。
「あ!そうだ!桜って天道さんでしょ!噂の真相を教えてよ!」
忘れてた、とばかりに急に目を輝かせてメモを取り出す真琴。カイトは真琴の噂を思い出し、話してみることにする。
「黙っておいてくれよ。公爵家で偶然尋ねた日に宴会があったらしくてな。ある老人が偶然桜とソラを見つけて宴会に参加させたんだよ。こっちで飲酒に年齢制限が無いから酒を飲ませたら、ああなった、というわけだ。」
一部嘘をついているが、概ね真実である。嘘の部分もかなり公爵家に親しい者でないと分からない。事情を聞いた真琴はネタに出来ないかー、と呟いて残念そうであった。
「あー、うん。なるほど。それでいろんな噂が錯綜してるわけね。それは記事に出来ないわ。さすがに生徒会長が飲酒とか、シャレにならんもん。」
「まあ、こっちの法律だと問題ないんだが。今はまだ問題になりそうだからな。済まないが、それとなく否定しておいてくれ。どこから漏れるかわからんし、公爵家でもあの日の宴会は秘密らしいんだ。」
「そりゃますます無理だわ。りょーかい。さすがに現状でそんなヤバイネタ扱いたくないしね。」
話の通じる部長で良かった、そう安心したカイト。しかしならば、と真琴が再び目を輝かせる。
「で、本当にお姫様抱っこしたの?」
「……結局、聞くんだな。したよ。写真は桜のデジカメに入ってる。これでいいか?その代わり……」
「わかってるって。当分の間は黙ってるよ。私だって現状ぐらいは把握してるもの。それとなくデマ流して宴会まで辿りつけないようにかき消しておいてあげる。」
今学園で揉めるような事態が起こることは避けたい、それが二人の間の共通認識として横たわっている事を確認したカイトは、黙っている対価として事の真相について話せる部分だけ話すことにした。ユリィが信用していることも、一因にあった。
「助かる。」
「いいってこと。面倒は御免だもの。あ、今後も定期的に情報くれる?その代わりにまずそうな情報だったらもみ消しに協力してあげるから。うちの情報収集能力の高さぐらい知ってるでしょ?」
そういって真琴が自信有りげに笑みを浮かべる。実は学園の報道系の部活は、なまじ優秀な生徒が集まっている天桜学生の部活に相応しく、かなり優秀な諜報能力を有していた。それ故、裏では天桜学園にまつわる情報の売り買いも行っており、かなりの信用度があった。その協力を得られるのだから、かなり儲けものの取引である。
尚、さすがに売り買い、と言って金銭を絡ませると大問題に発展する事を真琴は理解できているので、学食や購買で昼食やお菓子の奢りや放課後に外食を奢る程度である。逆に、情報を得る為に報道系の部活の生徒が奢る事もあり、お互いに帳尻は取れていた。
「それで手を打とう。」
そう言って右手を差し出すカイト。真琴もそれに握手を返した。
「にしても、カイトくんってどっかの組織のリーダー志望?フツーにもみ消しだの取引だのと悪どい取引うけちゃったし。」
真琴が意外そうに少しだけ驚いた表情を顔に出した。彼女の経験では、こういったもみ消しなどの提案は気後れする生徒が少なくなかったのだ。
とは言え、カイトとて公爵家の当主である。当然この程度の取引をためらうほど綺麗な身ではない。全盛期には暗殺や謀略などバレては行けない手段を普通に何処かの未来の皇帝と二人で練っては実行していた。尚、その時の二人の顔はとても勇者や英雄と思えないような悪どい笑みであったという。
「いや?普通に一介の学生だし、そこまで考えちゃいない。まあ、今度機会があれば桜も紹介しよう。」
「ホント!一回ぐらいは話聞いてみたいんだけど、天道さんって取り巻きの生徒会役員が硬すぎて近づけないのよね。」
さすがに真琴もそれなりの場数は経験しているはずだが、カイトとは経験数と濃度が違いすぎる。これをリップサービスと理解していても、素直に喜んでしまっていた。カイトに一切悪びれた感は無かったのもある。
「機会があれば、だぞ?」
「それでいいわよ。じゃ、ありがとねー。」
そう言って去っていった真琴。カイトはいい取引が出来た、と満足気であった。
「カイト、嬉しそうだね。でも、なんで事情説明したの?報道系の部長なら他人に話しそうなもんじゃない?」
ユリィとて、公爵家の有する魔導学園の学園長だ。部活動についても、報道部という存在についても理解していた。それ故の心配だ。
「まあ、普通はな……報道部の一文字 真琴といえば天桜学園の情報の総元締めだ。二つ名は本人も言っていた真実を追う者。天桜学園に関わる事限定だが、情報の信憑性は高い。それ以外にも、本人達の趣味でそれなりには情報網を有している。隠蔽には持ってこいの人物だ。何故事情を話したかだが、ああ見えてあの先輩は情報そのものを扱うことに長けていてな。どの情報は扱うとまずい、こういう影響が出る、なんてことも考えられる人物だ、という噂を聞いたんだ。だから裏で情報の売買やってても、学園からも黙認されている、てな。」
これには、カイトも意外感を覚えたのだが、先ほどの真琴の口ぶりを見れば、事実であった様だ。
「そうなんだ。まあ、悪い人じゃないってのはわかってたから、いいんだけどね。」
「ああ、良い人物との縁を持ってきてくれた。助かる。」
「いいよー。私は困ってた人を助けただけだからね。」
そう言ってユリィは話を終わらせようとする。しかし、そうは問屋がおろさない。
「で、ユリィ。それについてはいいんだが、隠れてこそこそと動いてたのは事実だよな?……あとでお仕置きだ。」
カイトはニッコリといい笑顔でそう言って、ユリィをしっかりと手で掴む。
「もがぁ~!」
ユリィがカイトの手の中でもがき苦しむが、カイトはそれを嬉しそうに眺めるだけだ。そうして、カイトは急ぎ足で与えられた個室へと戻る。その夜、お仕置きが行われたのかどうかは、二人しかわからない。
ちなみに、桜の話を適度にごまかす為、真琴は確かに別の噂を流してくれた。しかし、そのせいでカイトはティナと桜のファンクラブから本気で暗殺を警戒しなければならなくなってしまったのだが、それは別の話である。
カイトの優勝で幕を閉じたトーナメント。カイトはユリィを自室に繋ぎ止め、クズハからの優勝者に対する賛辞を受け取っていた。そうして、最後にはクズハから学生たち一同へと激励の言葉が贈られた。
『皆さん、本日のトーナメントは非常に見応えのあるものでした。今後も仲間達と共に、心身を磨き、冒険者としての活躍を期待しております。』
「くそぅ。これでクズハさんを拝めるのも最後か……。」
「まて。確か、天音の奴がクズハさんに教えてもらっていたはずだ。ってことはまた学園に来る可能性が……。」
「天音の奴、どんだけ女運あんだよ……。」
「ティナちゃんが一つ屋根の下、ユリィちゃんに懐かれる、天道会長には信頼される……。だれか呪殺覚えてくんねぇかなぁ。」
尚、呪殺はバレると即時死刑か終身刑である。
「おい、クズハさんのファンクラブ開設されたけど、入るか?」
「お!マジ?」
そしてクズハの言葉も終わり、全員が再び学園の各地へと戻っていった。尚、その後、カイトは夜中になりちょっとはしゃぎすぎた、と後悔していた。
「……後々整地するからと言ってやり過ぎた……終わらない……」
カイトは後で自身で整地するから、と最後の一条との戦いで大きく動きまわった。そのせいで、二人の戦いの余波でグラウンドのあちこちがボロボロであった。異空間化が解けた後、学園の周囲を囲う塀等には被害は無かったが、地面はめくれ上がり、とてもまともになにか訓練できる状況では無かった。そうして、カイトは黙々と試合で破壊されたグラウンドを土の大精霊の力を借りつつ、元に戻していったのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
2016年6月2日 追記
・誤字修正
『一回の学生』となっていたのを『一介の学生』に修正しました。