第55話 第一回戦
ゴングとともに開始された第一試合だが、即座に終了した試合がひとつ。
『おっと!開始早々試合終了した試合がー!これは……一条選手の第一試合だ!さすが一条選手、相手は一年生でしたが、一切の容赦が無かったようです!』
『あたりまえだね。冒険者として魔物と戦えば手加減なんてしてもらえません。時には逃げる……棄権する知恵も必要でしょう。試合内容ですが、ただ一突で全部の障壁を破壊したようですね。相手選手がシュンの気魄に飲まれたのも一因でしょう。対戦選手は気絶していますね。今回を機に精神面を鍛え直すといいと思われます。』
『まったく実況させて頂けなかったことは残念ですが、さすがは一条選手、といったところですね。』
一条は一瞬黙想して一礼すると、そのまま相手選手を置き去りに試合会場を後にした。対戦選手はそのまま公爵家が用意したスタッフによって運ばれていった。はじめは何が起こったのかわからなかった観客の学生たちは、次第に理解がおよび、一斉に歓声を上げる。女生徒の歓声が多いのは一条だからか。
『では、他の試合も見て行きましょう。おっと!第三試合では……』
一条の試合を間近で見ていたのは何も学生達だけでは無かった。教官役の隊員たちも見学していたのである。
「へぇ、結構速いね。」
「あれでもまだ半分くらいしか出していませんよ。」
「ほう、そうなのか。」
「でも、なんで一条さんは槍に変えたの?姉さんのアドバイス?」
「いえ、自分で考えたらしいですね。私も提案された時は驚きました。」
その時の一条を思い出しているのか、リィルは面白そうにしていた。
「だが、一条は武器選考の時には投槍を使う、と言っていただろう?」
「ええ。だから今使っているのも投槍用の槍です。グローブもつけているでしょう?」
そう言ってリィルは一条の手を指さす。二人はそれを見て確かに、と頷いた。
「ならば何故近接に転向したんだ?投槍ではニホン最高峰の腕前なんだろう?」
「……どうやら、瞬はカイトさんとアルの戦いを見ていたらしいですね。」
カイトが帰還した初日に起きた出来事である。
「あれか。でも、それがどうしたの?」
「アル、確かあなたはカイトさんの投槍で負けたんでしょう?」
「……うん。でも、あれは参考になるレベルじゃないよ?姉さんも訓練で時々見せてもらってるでしょ?」
「ええ。私もそう言ったんですが……。どうしてもカイトさんの領域に近づきたい、と言って近接も出来る戦士になることを決意したようです。それ以降は投槍は切り札として練習し、通常の戦闘では槍を常用するつもりらしいですね。」
「それが近接にした理由か?」
「ええ。カイトさんを除けば、近接戦士において最高の射程距離を持っているでしょう。」
「おまけにあの速さか。カイト殿が居なければ優勝は確定だったな。」
「いえ、それはどうでしょうか?」
そう言って口を挟んだのは、近くへ来ていたクズハである。
「ああ、いえ、礼は不要です。」
そう言って臣下の礼を取ろうとした三人を制する。
「は。それで、奥様。一条の優勝が確定ではない理由をお教え願えますか?」
「ええ。桜ちゃんですよ。」
「天道会長ですか。確かに奥様をはじめカイト殿、ユスティーナ殿、ユリシア様がお教えになっているとは思いますが……。そこまで強いとは思いませんが?」
「ふふふ、見てればわかりますよ。丁度桜ちゃんの試合が開始した所ですしね。」
そう言って4人は映像に目を移すのであった。
丁度第三試合が行われる頃、桜は体育館にいた。桜の戦う第一回戦第三試合は体育館で行われるためである。
『では、第三試合、スタート!』
桜はそれを合図に薙刀で攻めこむ。相手もそれをかわしつつ、必死で攻撃を返しているが、今の所両者ともに有効打は与えられていない。
(常に相手の攻撃に注意すること。ただし、目で追ってはならない。)
思い出すのはカイトから与えられた助言である。桜とて、薙刀では免許皆伝を内々に貰っているが、それでも、カイトには及ばなかった。それ故、彼の助言は素直に受け入れていた。尚、免許皆伝が内々なのは流派が天道家独自の天道流と呼ばれる武術で、外には知られていないからだ。
(魔力とは意思の力である。目で相手の挙動を追うより、魔力の流れを追え。相手から流れる魔力の流れがそのまま攻撃の流れになる。)
相手が攻撃の意思を見せれば、攻撃しようとしている場所には魔力が微かに流れる。相手がそこを攻撃しようという意思が流れているからだ。
(まあ、始めはわからないだろうから、とりあえずオレやティナの攻撃を見ていてくれ。何時かはわかるようになるだろう。)
「多分、カイトくんはもっと強いんでしょうね。どれだけの練習を積んだんでしょうか。」
ボソリとそう呟く。自分と相手の剣戟の音で相手にさえ聞こえていない。
(今なら少しだけ見える気がしますね。)
カイトやティナ、クズハと言った超級のクラスでなくとも、ルキウスらのレベルになればこの魔力の流れは余程の大技でない限りは隠蔽することも容易である。しかし、カイトもティナも練習でだけは、わざと見えやすいように工夫して攻撃を行っていた。桜に魔力の流れをわからせる為である。
(……これ、ですよね?)
そう言った桜の眼には、確かに魔力の流れのようなモノが見え始めていた。それを基準に攻撃を回避し始める桜。目が慣れてきたのか、それとも何らかの感覚を得たのか、次第にはっきりと魔力の流れが見え始め、桜は相手の攻撃を余裕で躱せる様になってきた。それに比例する様に相手への攻撃が段々と当たり始める。そして、遂に勝負が決する。
『第三試合、天道選手の試合が今!決着がつきました!勝者はやはり天道選手!』
『相手選手も必死に食らいついていたんだけどねー。どういうわけか途中から桜の回避と攻撃が上手くなって一向に当たらなくなってからは、桜の一方的な試合運びになってしまったみたいだね。』
『何故、当たらなくなったんでしょうか?』
『多分、見えるようになったんじゃないかな。』
『見える?』
『うん。相手の攻撃の流れが。』
『はぁ。よくわかりませんが、相手の攻撃が見切れるようになった、というわけですか?』
『そんなところだよ。』
そう言うユリィであるが、実際にはほぼ攻防限定の未来予知に近い。さすがに今の学園生相手に、勝ち目は無かった。
『では、他の試合に参りましょう!』
「なるほど、天道会長は魔力の流れが読めるようになってきたのですか。」
「……カイトの指導だね。」
「わかりますか?」
コロコロと笑うクズハ。指導教官が4人、しかも最高峰の教官が付いているのだから、この程度できるようになっていても不思議ではなかった。桜自身も、既に武術の腕が皆伝の領域まで達していた事も大きい。
「さすがに僕もあれを教えるつもりはまだないです。ソラは今のところ精神面の鍛錬が必要だから、下手に教えると無駄に気にしちゃって、自滅しかねないですよ。他のヒトについても、同じですね。」
「ええ。私も瞬にも教えていません。教えた所で冷静に相手の行動を受け止められる精神鍛錬が必要になりますから。今の瞬はどうしても、熱くなりがちです。その余裕はまだ無いでしょう。」
「でしょうね。……どうやらお兄様はユリィと一緒に夜分に桜さんに秘密で特訓をなさっている様子。その際に教えたのでしょう。」
穏やかにそう言っているが、目が一切笑っていない。しまいには周囲へ魔力が漏れ始める。かなり嫉妬に駆られていたらしい。
「……奥様、できれば、少し落ち着かれては。」
「……申し訳ありません。」
「……攻撃が予測されるなら、確かに瞬でも勝ちを得るのは難しいでしょうね。とは言え、彼の場合は速度が圧倒的ですから、予測できても対処出来ない、という事も有り得ますが……」
「ええ、そうだと思います。……あら、お兄様ったら、さすがですね。」
そう言って三人もモニターの映像に注目する。すでに第四試合が開始されており、カイトの試合が写されていた。
『さて、残る第四試合最後の一戦ですが……ラッシュ!ラッシュ!ラァーッシュ!さすがボクシング部部長!手数の多さで天音選手に攻撃する隙を与えない!天音選手は避ける一方だ!』
『さすがに素手で戦う相手に刀が攻撃速度で勝てるわけないですからね。』
『このまま鞘から刀を抜くことも出来ずに……え?』
次の瞬間、カイトは刀を鞘から抜くこと無く、ボクシング部部長をダウンさせていた。周囲の観客も呆然としている。誰も、何が起こったのか理解できなかったのだ。先ほどまでカイトに連撃を仕掛けていたボクシング部部長が、いきなり倒れた様に見えたのである。一方のカイトは一礼をして会場を去っていった。
『……一体、何が起こったのでしょうか!今まで攻撃していたボクシング部部長がいきなり倒されましたー!』
『だから言ったのに。油断するな、って。あのボクシング?だっけ、は確かに手数多いみたいだけど、顔しか狙わない競技?』
『いえ、胴体も攻撃可能ですね。……そういえば何故か顔を主に狙っていましたね。』
『うん。そのせいでカイトに動きを完全に見切られて、柄でカウンターを食らったわけだね。』
『は?天音選手はそんなことやったんですか?』
『正確には柄に魔力を乗せて一撃だね。鞘から抜いてないことで油断してた上に、相手選手は防御の薄い軽装だったから、余計に攻撃が効いたんだろうね。』
『まさに、ユリィさんがはじめに忠告した通り、油断したら負ける、ということになったわけですね。ですが、これでは次からの選手には警戒されることになりましたね。』
『ホントはさっきの人も注意するべきだったんだけどね。』
『あはは、どうやら天道会長のファンクラブの会員だったようですね。頭に血が上っていたようです。』
『なら仕方ないねー。よ!カイト!女の敵!』
もうどうとでも言ってくれ、それがカイトの率直な意見であった。
『では、他の試合に参りましょう!』
第一回戦では、優勝候補と言われた選手は全員が通過した。
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