第49話 戦闘訓練初日
そうして一週間後。訓練が開始される直前、学生たちが使用する初期装備が届いた。
「おお!これが俺用の武器か!こっちは防具だな!」
そう言ってソラは木箱から刃引きされていない片手剣と盾を取り出した。
「わかっていると思うが、抜けないぞ?」
さすがに公爵家も素人に始めから実物を使わせる気は無いので、訓練が終わるまでは使えないように魔術で封印がなされていた。
「わかってるって。でもよ、杖とかはどうなってるんだ?」
「さあな。大方魔術を使えないように封印が施されているんだろ。」
と言いつつ、この封印に関してはカイトとティナが厳重に行ったので、このカイトの言葉が事実であった。
「ふーん。まあ、防具は使えるみたいだけどな……あれ?お前、防具はないのか?」
「いや?今着ている。オレの防具はロングコートなんでな。お陰でフードにユリィが入り込む……。」
カイトが使っているのは嘗てから愛用している、とある狼の革で出来た純白のロングコートであった。それを知ったユリィは、即座にフードに潜り込んで寝ている。
「あはは!……で、防御力あんのか?」
「展示されてたんだから、あるんだろ?大方魔術的な刻印でも刻んであるんじゃないのか?」
「……そういうのもありだったか。まあ、俺はこいつだけどな!」
そう言ってソラはほぼ全ての部品が金属で出来た鎧一式を取り出そうとするのだが、出来なかった。
「おもっ!」
「そりゃ、全部金属製だからな。総重量20キロ超えてるだろ?」
「まじかよ……アルが普通に行動してたから、もっと軽いのかと思ってたぞ……。」
「アルは魔術で身体強化しているからな。まあ、それでも地球のフルプレートメイルよりマシだろうがな。」
ソラの鎧は身体の大部分を隠すものであるが、一部に魔石が用いられている為、肉抜きがなされていた。
「……カイト。」
「なんだ?」
「悪い、着るの手伝ってくれ。」
「……わかった。次からは自分で着用出来るように練習しろよ。ユリィ、いい加減に起きて手伝ってくれ。」
「えー。」
「ワリィ。」
そうして二人でなんとかソラに鎧を着せるのだった。
「おっしゃ!着れた!」
ガシャガシャと音を立てながら、ソラが飛び跳ねようとして、出来ずに終わる。
「うん!様になってるよ!」
「まあ、まだ一端の冒険者らしい、か。」
カイトとユリィは二人して鎧を着用したソラの評価を下す。ソラはそれなりに鍛えていたのでまだ冒険者らしかったが、周囲は酷い物であった。
「ほかの奴で見れるのは、一条先輩率いる部活生達ぐらいか?」
「カイト筆頭にもやしっ子はなんか……防具を着せられてるだけ?」
「カイトはもはや冒険者じゃなくてただのコート着た旅人って感じが……」
まあ、実際には此方の世界の戦士で筋肉ムキムキのマッチョタイプはあまり多くないので、見た目が問題となることはないのだが。現にアルは一撃重視のパワータイプの戦士であるが、見た目では全くそうは見えない。
「やはり、中に革の防具程度でも着用すべきだったか……。」
「おまえ、コートの中はただの服だろ?黒一色の。金属なんて、服のアクセぐらいじゃね?」
カイトの服装は一見すると普段着に純白のコートを纏っているだけであった。一応グローブなどで肌の露出は可能な限り抑えているが、見た目では防御力がありそうには見えない。とはいえ、実際にはこの普段着に見える服も超を何個付ければ良いのかわからない程の超一級品の魔術素材を使用しているため、密かにソラの鎧を遥かに上回る防御力を有している。それどころか、アル達特殊部隊の防具の防御力をも遥かに上回っている。
「動きにくいのは苦手でな。武器も刀で軽い物を選んでいる。」
「お陰で戦闘中は寝にくいんだよねー。」
「ユリィは戦闘中にも寝るきかよ……カイトは手数重視ってやつか?」
「ああ。一撃の威力はお前やティナと言った砲撃タイプにまかせて牽制に回るつもりだ。」
「そう言ってDPS―ダメージパーセカンド。一秒間にどれ位ダメージを与えられるか―は高そうだな。」
「さて、な。HP表示でもあれば楽なんだがな。で、ソラは動けそうか?」
「なんとかな……重い……」
「魔術で身体強化出来るようになったら楽になるよ。それまでの辛抱だね。」
一歩一歩ガシャガシャと音を立てて必死に歩くソラを、笑いながらユリィがそう言う。
「今日の訓練は……普通に生活出来るように……なりそうだな……」
かしゃんかしゃん、と鉄の当る音を響かせながら、ソラが頑張って周囲を見渡すと、自身と同じく金属を主とした防具を選んだ生徒たちは歩くのも一苦労、といった感であった。彼らはなるべく命を大事に、で行こうとしたのだろうが、その前に躓いていた。
「……まず手始めは身体強化を教えて欲しい……。」
必死に身体を動かすソラがそう言う。ちなみに、この後、学生たちに今日の訓練では防具を着用しなくて良い、と通達が出されて、更に脱ぐのに苦労したのだった。
「……何のために鎧を身に着けたんだ……」
ソラが落ち込みながらそう言う。鎧を着たのは、ただ単に自分が着たかったからであった。アルやルキウス達は誰も防具をつけるよう指示は出していない。
「あはは。まあ、これも練習だと思えばいいよ。僕もはじめは着て、脱ぐのだけでも苦労したし。」
アルはそう言ってフォローする。さすがに時間がかかると周囲に迷惑なので、アルやティナらにも手伝ってもらったのであった。なお、同じように先走って鎧を着込んできた生徒達も同じく、隊員たちに手伝ってもらいながら着ていた鎧を脱いでいた。
「まあ、余やカイトだと普段着と変わらんからの。そういった苦労とは無縁じゃ。……次からは一人で着れるように。」
「あんたは先にアルとかに聞いてから鎧着なさいよ。」
ティナと魅衣はそう言って愚痴る。由利は器用にソラが脱いだ鎧を一纏めにして木箱に収納していた。
「みんな、悪い。にしても、ティナちゃんはまるっきり魔法使いって感じだな。」
「じゃろう!こだわったのじゃ!」
「もっと可愛い服あったのにー。」
「そうだよ!ティナちゃんの折角の可愛さが台無しじゃない!」
由利と魅衣の二人はティナが、黒いローブに黒い先の折れ曲がったとんがり帽子という、古典的な魔法使いの姿をしているので、ご立腹であった。ちなみに、これは彼女が魔王時代に入手した逸品で、かなりの防御力を有した防具であった。尚、別案として魔法少女っぽい服もあったらしいが、さすがに命に関わるので内側に着るに留めたらしい。変身シーンでもやって魔法少女にでもなるつもりなのだろうか。
「むぅ。じゃが、魔術師であれば、やはりコレじゃろ?後は大きな壺があれば完璧じゃ。」
「だよな。それで、いーひっひっひ、とか笑えば完璧だろ。」
二人してどこの老婆の魔法使いを思い浮かべているのか、頷き合っている。
「……薬品は創るなよ?」
ティナのことだから、本当に薬品の調剤もはじめかねない。危ない薬品を作られる前にカイトは止めることにしておいた。
「……ダメか?」
「当分は禁止だ。」
「わかった。当分は、控えよう。」
絶対に禁止というと、密かに作るので、当分としておく。そのためカイトもティナも当分を強調した。
「はぁ……で、桜。結局オレたちは誰が教えてくれるんだ?」
「さぁ。私達生徒会役員にも教えて頂いてないんです。」
「ん?そうなのか?」
そう言ってカイトはアルの方を見る。
「三日前まで誰がどの武器を使うか決まってなかったからね。全員の担当の決定が終わったのが昨日だったんだ。」
「もしかして、一人につき一人教官がつくのか?」
ソラがアルに聞く。彼だけでなく、他の生徒達もまだどういう形式で訓練が行われるのか、教えられていなかったのだ。
「いや、教官一人で生徒3人だよ。僕はソラと、ソラと同じ装備の人が二人。姉さんは一条さんと槍を使う人二人だね。兄さんが全体の統括。魅衣ちゃんと由利ちゃんは、同じ女性隊員だよ。彼女はエルフで、弓とレイピアの達人だから安心してね。あ、でも実戦訓練になると別の組み合わせになるかもしれないよ。」
「ねえ、カイトと桜、ティナは?」
自分も一緒に訓練に出るので、ユリィがカイトの教官を気にしている。実はカイトの教官だけは、何故かユリィに伏されていた。伏されている時点で、誰なのか察するべきなのだが。
「えっと……実は……」
何故かアルは非常に言いづらそうにしている。何故かカイトは遠い目をしていた。そこで聞き覚えのある鈴を鳴らすような声が二人に代わって答える。
「私がカイトさんの鍛錬を行うつもりです。後、桜さんとティナさんも私が担当します。」
そう言って何故かクズハがそこにいた。ユリィが即座に半眼で念話を行う。
『なんでクズハがここにいるの!』
『うふふ……一人だけお兄様と一緒と言う良い思いをさせると思いますか!』
『ちっ、折角当分は二人っきりだと思ってたのに!』
『甘い!準備していたのはユリィだけでは無いのです!まあ、急でしたので、時間がかかりましたが。』
『公爵家の仕事はどうするの?』
『お兄様に丸投げしました。そろそろ公爵としての感覚を取り戻していただきませんと。』
『……お陰で分身体を3体マクスウェルのオレの部屋に常駐させている。それでも書類が終わらん。』
内心泣きたくなっているカイト。会談等の場合はクズハが行うが、カイトの印で問題ない書類は丸投げされた。ちなみに、カイトは分身体をもっと多く生み出す事は出来る。何故やらないのか、と言うと4体にすると今度は操作が面倒だし、机が手狭になるので、しないだけあった。
『昔は5体だしていたのですから、今は楽でしょう?まあ、私の分身体も置いてありますので、急な来客も大丈夫です。』
カイトに書類仕事を任せたといえど、任せてあるのは彼の存在を知る幹部陣用の書類だけだ。それ以外はやはり、クズハの印でなければならない。その為、実は彼女の書類仕事はそれほど減っていないのであるが、もとより準備していた、との言葉があって、フィーネ等に負担を掛けるだけで何とかなっていた。フィーネ達は不満気であったが、300年ぶり、久々のわがままなので大目に見る事にしたらしい。
『余は研究室に分身体を10体は置いておるが?』
『お前のは全部趣味だし、単なるデータのモニター用だろ。そんな労力あるなら少しは書類を手伝え。』
とは言え、嘗てよりも楽になっているのは事実なので、感覚を取り戻す程度には十分か、程度にカイトは考えているのであった。
「クズハさんが直々に教えてくださるのですか。光栄ですが……お仕事はよろしいのですか?」
桜がクズハの仕事は大丈夫なのかを尋ねる。
「ええ。幸い当分は皆さんの一件以外に重要な案件もなく、折角ですからお兄様と同じ日本の方と交流を持つのも大事な仕事か、と思いまして。」
「それは、ありがとうございます。」
そう言って頭を下げる桜。彼女もまさかクズハが嫉妬にかられてねじ込んだとは夢にも思っていないだろう。
「はい。では、今日から一ヶ月、お願いしますね。」
そうして訓練が開始されたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。